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88、痺れ蝶

 魔物がいるだろう方向にしばらく進んでいると、魔物が目視でいるところにまで来たようだ。草原の先にいるあの魔物は……あれってもしかして。


「白狼じゃない?」

「僕がなりきってる魔物ですね!」


 ダンジョンではいつ他の冒険者が近づいて来るか分からないからと言葉を話さないミルが、思わずと言った様子でそう口にした。六層によく生息している魔物一覧にはなかったのに、白狼がいるのか。初めて見たな。


「あれが白狼なんだ……白狼って、ミルちゃんと全然違わない?」

「全然違うな……全く別の魔物に見えるぞ?」


 確かに全然違う。ミル、全く白狼にはなりきれてないな。白狼が凶暴な狼だとしたら、ミルは野生を無くした忠犬だ。これは突然変異で誤魔化せてるのだろうか……大丈夫だと思いたいけど。


「とりあえず倒すか。これならミルに似てるからって躊躇することもないから、良かったな?」

「確かにそれはそうかもね」


 白狼は群れで行動しないのか、たまたまこいつがはぐれてるのか、一匹だけみたいだ。


「白狼は土魔法を使うから気をつけて」

「分かったぜ」


 ウィリーとミルがリラックスしながらも隙は見せずに白狼へと近づいていくと、白狼は一匹だけだから近づいたら不利だと思ったのか、まず土魔法で攻撃を仕掛けて来た。いくつかの石の塊を宙に作り出し、狙いを定めているわけではなく無差別に放ってくる。


 そんな石の攻撃はミレイアの結界に阻まれて一つも俺達には届かず、そうしているうちにウィリーが白狼の近くまでたどり着いて首を落とした。

 全く危なげのない、完璧な戦いだ。やっぱりこの辺の魔物には余裕で勝てるな。まあそうじゃないとダメなんだけど、俺達が目指すのは五大ダンジョンの制覇なんだから。


「トーゴ、アイテムボックスに収納してくれ」

「了解。今行くよ」


 白狼をアイテムボックスに仕舞ってマップを確認すると、さっき表示されていたよりも魔物が二匹増えているみたいだ。やっぱり外よりもダンジョンの中の方が魔物の数は多いな。


「次はこっち方向かな。今度はちょっと遠いかも」

「こっちだな」


 それから一つ下の階に進みながら魔物を倒し続けて二時間が経ったけど、まだ痺れ蝶には出会えていない。出会う魔物のほとんどがロックモンキーという土魔法で石を投げてくる猿の魔物だ。


「またロックモンキーかよ。もうロックモンキーしかいないんじゃないか?」

「さすがにうんざりだよね……」


 ロックモンキーはほとんどが群れで行動し、さらには素早いので意外と倒すのに時間がかかるのだ。もうアイテムボックスの中には、三桁に迫る勢いでロックモンキーの素材が溜まっている。


「次がロックモンキーだったら作戦を変えようか」


 もしかしたら植物や虫型の魔物は表示されないのかもしれないな……それだとかなり厄介だ。その場合はどうやって痺れ蝶を見つけるか、そんなことを考えながら次の魔物に近づいていくと……マップ上では既に魔物を目視できるところまできているはずなのに、魔物がどこにいるのか分からない。


「トーゴ、もう魔物の近くだよな?」

「そのはずなんだけど……皆集まって。ミレイアの結界の中にいることにしよう」


 少しでも危険度を下げるために俺達の周囲を結界で覆ってもらって辺りを観察していると、突然空から黄色の粉が降って来た。これってもしかして……痺れ蝶の鱗粉じゃない!?


「皆、痺れ蝶かも。ステルスで隠れてるはずなんだけど見える……?」

「いや、俺には見えないぞ」

「皆さん、あちらにいますよ」

「ミルちゃんには見えるの?」

「匂いで位置が分かったので、そこに対して目を凝らしたら見えるようになりました。今はあちらに飛んでいっています」


 ミルのその言葉に従って目を凝らしてみると……少しして俺にも痺れ蝶を目視することができた。ミレイアとウィリーも見えたみたいだ。

 これはマップがなかったら、さらにミルがいなかったらと考えると強敵だな。対策なしに姿を捉えるのは難しいだろう。


「どうやって倒す? 羽を傷つけないようにしないと」

「俺の斧はダメだな。あの胴体だけを狙うのはさすがに難しい」

「僕も飛んでいる魔物は苦手です。魔法は……コントロールが少し不安です」

「了解。じゃあ俺かミレイアのどっちかだ。俺は魔法なら当てられると思う。痺れ蝶は防御力が弱いから、威力に魔力を割かなくて良いし」

「私は……多分当てられると思うけど、羽の羽ばたきで風が起こってるだろうから、一度は外れるかもしれない」


 確かにそうか、あの大きな羽で羽ばたいてるのだから、風が起こっているのは当たり前だろう。初見でその風の流れまでを読んで弓を放つのは不可能だな。


「じゃあ俺が魔法で攻撃するよ」


 風の抵抗を受けないように形をいつもと少し変えて、できる限り俺から遠くで魔物に近い場所にアイススピアを作り出す。そして羽ばたきの合間を狙って……魔法を放った。

 するとアイススピアは、吸い込まれるように痺れ蝶の胴体部分に突き刺さって、痺れ蝶を絶命させた。


「よしっ」


 思わずガッツポーズをすると、皆が俺を笑顔で讃えてくれる。本当に良い仲間だよな……俺は改めてそんなことを考えて、心が温かくなるのを感じた。


 地面に落ちた痺れ蝶を拾いにいくと、上を飛んでいた時よりも倍ぐらいの大きさに感じる。俺が両手を広げたよりも大きな蝶だ。

 蝶って小さいと可愛いけど、大きいと気持ち悪さが勝るんだな。


「アイテムボックスで解体できた?」

「ちょっと待って……あ、できるみたい」

「虫型の魔物も問題なくできるんだな。じゃああと数匹は痺れ蝶を倒すか! 鱗粉が足りないとか言われたら最悪だしな」


 確かに余裕があった方が確実ではあるな。まだまだ時間はあるし、最悪はダンジョン内で野営もできるからもっと見つけて倒そう。


「そうだミル、痺れ蝶の匂いを覚えられた?」

「はい。ただあまり強い匂いではなくて、近くにいないと気付けないかもしれません」

「そっか。じゃあ今までと同じように、マップの魔物を端から倒していくしかないかな」

「そうなりますね……お役に立てず、すみません」


 ミルがしゅんっと尻尾を下げて耳をへにょんと垂れ下がらせたのを見て、俺は思わずしゃがみ込んでミルに抱きついた。


「そんなに落ち込まなくて良いから。ミルは十分役に立ってるよ」

「本当ですか……?」

「もちろん!」


 俺のその言葉を聞いたミルは、一気に嬉しそうに表情を変化させて尻尾をピンと立てる。感情が分かりやすすぎてめちゃくちゃ可愛い。

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