76、ダンジョン産の肉

　一階に降りると、さっきまでは誰もいなかった食事スペースが結構埋まっていた。冒険者のような格好をしている人がほとんどで、女性客も多いみたいだ。

「そこの三人、席は空いてるところを早い者勝ちだからな〜」

　俺達が顔を出すと、忙しそうに給仕をしているイレーネさんが声を掛けてくれる。

「はーい。あそこの端の席にする？　ミルちゃんがいるから真ん中は微妙だよね」

「うん、そうしよっか」

　席に着くと、すぐにイレーネさんが食事を持ってきてくれた。メニューは決まってるみたいだ。

「美味そうだな！」

「本当だね。凄く良い匂い」

「なんの肉だろう」

　見た目はゴロっと大きな肉が入っている、熱々のビーフシチューって感じだ。パンを付けたら絶対に美味しいやつ。やばいな……お腹が鳴る。

『美味しそうですね！　凄く良い匂いです！！』

　ミルは大興奮で尻尾を高速で振りながら、ビーフシチューの匂いを嗅いでいる。今にも中に顔を突っ込みそうだ。

「これはレッドカウの肉なんだ。味が濃くて煮込みにすると美味いぞ」

「これがレッドカウなのか！　途中の屋台で売ってたぜ」

「この街ではメジャーな肉だからな。普通のカウより脂身が少ない代わりに味が濃くて、赤身が絶品なんだ」

　それは良いな。俺は脂が多い部位より赤身肉の方が好きなんだ。レッドカウの肉、アイテムボックスにたくさんストックしておきたいかも。ダンジョンでたくさん倒そう。

「パンは一度だけならお代わり無料だから言ってな」

「おうっ！」

　イレーネさんが他のお客さんに呼ばれて席を離れたところで、俺達は全員で食前の祈りをしてさっそくスプーンに手を伸ばした。まずはパンを付けずにシチューを一口。

　……やばい、美味すぎる。めっちゃ濃厚なソースには肉と野菜の旨味が溶け出していて、絶品としか表現できない。自分の語彙力がないことが悔やまれるほどの味だ。

　さらにそんなソースの中でトロトロに煮込まれたレッドカウの赤身肉は……噛めば噛むほどに旨味が出てくる。歯応えはあるのに全く硬くはなくて、とにかく美味しい。

「美味すぎる！　もうこの宿で決定だ、ずっとこの宿にしよう！」

　ウィリーは瞳を輝かせて、ビーフシチューを飲み物のように口に運びながらそう言った。ミレイアも頷いているし、ミルも首を縦に振って尻尾を振っている。

「この宿はかなり当たりだったね。私もこの宿で良いと思う」

「俺もそう思う。この宿にしようか」

「おうっ」

　定宿が決まるとちょっと安心するな。これからは毎日ここから冒険者ギルドに通って頑張ろう。

　話が終わったところで、次はパンをちぎってビーフシチューにつけてみると、パンにシチューがたっぷりと染み込んでめちゃくちゃ美味しそうになった。シチューが垂れないように気をつけて一口でパンを頬張ると……口の中でジュワッと幸せが広がる。

　はぁ、マジで美味しすぎる。これは毎日でも飽きない味だ。

『トーゴ様、僕のパンもシチューにつけてくれませんか？』

『もちろん良いよ。ちょっと待ってて』

　俺はミルの前にしゃがみ込み、パンを一口サイズにちぎってシチューにつけていった。たまに浸したパンを口元に運んであげると、幸せそうな表情で食べてくれる。

　……ミルが可愛い。この時間も俺の癒しだ。

　それからウィリーがビーフシチューを有料で三回お代わりして、俺達もパンをお代わりしてお腹いっぱい夕食を食べた。

「マジで美味かったぜ……」

「本当に美味しかった。この味なら毎日食事が楽しみだね」

「すでに明日の朝が楽しみだよ」

　いつかお米の料理も出てこないかな……ナルシーナの街では結局一度もお米に出会えなかったのだ。この街で出会えたら嬉しい。

「明日はまず何をする？」

「とりあえず情報収集かなと思ってるんだけど、皆はどう思う？」

「私は賛成かな。やっぱり情報は大切だからね。あとは必要なものの買い出しもしたいな」

「俺も賛成だ。あとは屋台巡りもしたいぞ」

『僕も屋台を巡りたいです！』

　ウィリーとミルは本当に食欲が凄いよな……今食べたところなのに、もう屋台巡りがしたいとか俺からしたらあり得ない。今はお腹がいっぱい過ぎてイメージが湧かない。

「ミルちゃんもウィリーと同じこと言ってるでしょ」

「凄い、ミレイア大正解」

「最近は顔を見ればなんとなく分かるようになってきたよ」

　

　そう言いながら苦笑を浮かべるミレイアと、俺は同じような表情を浮かべて顔を見合わせた。

「じゃあ明日はまず冒険者ギルドに行って、その後にお昼ご飯を屋台で買って食べようか」

「それ良いな！」

「何時に宿を出る？」

「うーん、混んでない方が情報を集めやすいだろうし、九時過ぎにしようか。そのぐらいなら朝の混雑も収まってるだろうし」

　さっきの冒険者ギルドはヤバかったからな……依頼を受けないのにあの混雑に突っ込んでいく必要はない。

「了解。お昼ご飯の後は買い物の時間ね」

「もちろん。俺は魔力回復薬が気になってるんだ。ダンジョンだと必要になるかもしれないと思って」

「確かにそうかも。アイテムボックスに入れておけば邪魔にはならないからね」

「魔力回復薬とかテンション上がるな！　冒険者って感じがするぜ！」

　ウィリーはそう言って瞳を輝かせた。その気持ち凄く分かるな……ダンジョンとか魔力回復薬とか、マジでわくわくする。今までも冒険者をやってたんだけど、ここからが本番って感じだ。

「じゃあ今日は早く休もうか。ずっと獣車に乗ってるのも疲れたし」

「確かになぁ。動いてるのより疲れた気がする」

「お尻が痛いよね。街の外は整備されてるとは言っても結構揺れたから」

「性能が良い獣車なら揺れないらしいけど、安い獣車だったから仕方ないよ」

　貴族が乗るような獣車は魔道具となっていて、揺れがかなり軽減されてるらしいのだ。俺達もお金を稼いだら高くて良い獣車を買いたい。獣車持ちのパーティーとか良いよな。移動も楽になるし。

「もっと稼ぎたいな。美味い飯をいっぱい食べれるように」

「ははっ、ウィリーはそこが一番大事か」

「本当に凄い食欲だよね。やっぱりその力の強さを維持するためなのかな？」

「そうなんじゃないか？」

『僕もたくさんご飯を食べたいです！』

　ミルが念話でそう言って、俺の足に顔を擦り付けてきた。か、可愛い……！

「ミルにはご飯をいくらでもあげるよ」

『ありがとうございます……！』

「ミルちゃんもよく食べるよね」

「俺には勝てないけどな」

「ウィリーに勝てる人はいないよ。そんなに食べたら逆に心配になる」

「確かにそうか」

　そうして俺達は楽しく会話をして夕食を終えた。明日からの新しい街での活動が楽しみだ。