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70、出発準備 前編

 三人でとにかく依頼を受けて魔物と戦い、己の技術を磨き上げた。そして三人の連携の精度も何度も失敗してやり直し、上手くいくことが増えてきた。


 そうして過ごすこと数ヶ月、ついに俺達は全員が冒険者ギルドランクDとなった。


「遂に全員がDランクだよ」

「おう! とりあえずの目標にしてたから嬉しいぜ!」

「本当に頑張ったよね! かなり強くなったし、お金はありえないほど貯まってるし」


 やっぱりアイテムボックスの力は偉大で、討伐した魔物素材を全て持ち帰れるというのは強かった。他のパーティーとは比べ物にならないほど稼げていた俺達は、この街に小さな家を持てるぐらいのパーティー資金が貯まった。

 もちろんそれはパーティーのお金なので、個人資産はまた別だ。それも合わせたら凄いことになる。


「ついに別の街に行くのか?」

「そうしようか。Dランクになったらダンジョンがある街に行こうって決めてたし。……二人とも、改めてこの街を離れることになるけど、付いてきてくれる?」

「もちろん!」

「当たり前だろ!」


 俺はそんな二人の返答を聞いて、少しだけ緊張していた心が緩んだ。


「ありがとう。じゃあそうと決まったら早速準備をしようか。いつ出発にする?」

「こういうのは思い立った時が良いんだぜ。明日準備して明後日出発はどうだ?」

「私は良いよ。家族皆はもう理解してくれてるから。それに永遠の別れじゃないからね」

「そうだよな。俺もこの街には特別挨拶すべき人もいないし、すぐでも大丈夫だ」


 明後日か。まあ俺も特別やりたいことはないから明後日でも問題ないかな。


「じゃあ明日一日は準備の時間にして、明後日出発にしよう。目的地は中級者ダンジョンがある、アーネストの街で良い?」

「うん! 乗合獣車で一日で着くんだよね?」

「確か朝早くに出発で夕方には着くらしいよ」


 アーネストの街は、近くに大きめのダンジョンがあることで栄えたダンジョン都市らしい。中級者向けのそのダンジョンは冒険者に大人気で、街には冒険者が溢れているとか。

 ここナルシーナの街とは全く雰囲気も違うんだろうし、結構楽しみだ。


「そういえば、ウィリーは村に寄って挨拶しなくても良いの?」

「ああ、ちゃんと村を出る時に皆とは話したし大丈夫だ」

「了解。それなら明後日の朝の便で出発にしよう。乗合獣車の予約は今日のうちに俺が取っちゃうよ」


 今は依頼をこなして冒険者ギルドでランクアップした後なのでもう夕方だ。早めに行かないと予約が取れないかな。


「頼んだぜ」

「トーゴありがとう」

「任せといて。じゃあまた明日……は会わないかもしれないから明後日か」

「うん、またね」


 そうして俺はミレイアとウィリーと冒険者ギルド前で別れ、乗合獣車の発着場に向かった。そしてそこで三人分の予約をしてミルの料金について聞いてみる。


「おじさん、従魔のミルは予約必要? お金かかる?」

「ああ、従魔がいたのか。従魔は椅子じゃなくて床に座るんなら料金は半額で良い。予約もいらねぇよ」

『ミル、床で大丈夫?』

『はい。床の方が広くて良いです』

「じゃあ床にするよ」

「はいよ」


 そうして予約を済ませて俺とミルも宿に戻った。そしてその日は早めに眠りにつき――次の日。



 俺はまず本を買いたくて古本屋に来ていた。この世界での本は馬鹿みたいに高いわけでもないけど、日本みたいに一食分の値段で買えるなんてことはなく、こうして古本を買うのが一般的だ。

 ほとんどが手書きの本だから、印刷技術はあまり発展していないのだろう。でも図鑑などから歴史書、物語や絵本のようなものまである。


「こんにちはー」

「おや、トーゴ君。また来たのかい?」

「はい。実はこの街を出てダンジョン都市に行くことになりまして、その前に気になっていた本を買おうかと」


 依頼を三人でこなし始めてかなりお金が貯まるようになり、俺は休みの日となるとこの古本屋に来て気になる本を買っていたのだ。この街周辺の魔物図鑑と植物図鑑に始まり、魔法の呪文が書いてある本や物語なんかも買った。この国の成り立ちやこの世界の歴史書なんかも買ってみた。

 日本にいた時には本なんて読まなかったけど、娯楽の少ないこの国では楽しくて読書にハマってしまったのだ。


「そうか、この街を出て行ってしまうんだね。寂しくなるよ」

「またいつかは戻ってきますから、その時には面白そうな本を仕入れておいてください」

「ははっ、そうだね。では頑張って珍しい本を見つけておこう」

「お願いします。それで今日はずっと買うのを延期してたこの大陸の魔物図鑑と植物図鑑を買おうかと思いまして。それから五大ダンジョンの本も」


 この三つは値段が高くて躊躇してたものなのだ。でもかなり有用だろうし、この先もしかしたらお目にかかれない可能性もある。印刷技術が確立してない世界では本は一期一会でそれが魅力だけど、手放したらもう一生お目にかかれないこともあるって事なんだ。だから迷ったらできる限り買うことにしている。


「ついに買うんだね。じゃあちょっと待っていて」


 店主である優しげな男性は店の裏に入って行った。そして一抱えもあるような大きな本を持ってきてくれる。


「やっぱりいつ見ても大きいですね……」

「凄く重いよ。これを持ち歩けるなんて、アイテムボックスを使えるのが本当に羨ましい」

「俺はラッキーですね」

「よいしょ、この三冊で合ってるかな?」

「はい。合っています」


 ちゃんと欲しいものとあっているのか表紙と中身をさっと確かめて、俺は顔を綻ばせる。これが自分のものになるのが嬉しい。


「それからこれは私からのプレゼントだ。受け取ってくれるかい?」

「これは……野営の基本?」

「トーゴ君はそういう本を買ったことがなかっただろう? ダンジョンは一度入ったら何日も入り続けるというのはよく聞くから、これで野営について学んだ方が良い。後は簡単な野営レシピや保存が効く食料も載ってるから、参考にして頑張ってくれ」


 うわぁ、嬉しい。店主の心遣いが凄く嬉しい。俺は感動で思わず涙が浮かんできそうになり、慌てて頭を振ってそれを抑えた。そして店主の男性に心からのお礼を述べる。


「本当に嬉しいです。一生大切にします。そしてこの本を読んで安全に快適に頑張ります!」

「頑張るんだよ。応援してるからね」


 店主の優しい笑顔に見送られ、俺は古本屋を出た。本は買えたし次は時計屋かな。時計は欲しいと思いつつ、結局街にある時計を見れば良かったからまだ買ってないのだ。

 ダンジョンに潜るようになるなら空を見て時間を把握することもできないし、やっぱり一つ腕時計が欲しい。いや……壊れないように頑丈な懐中時計かな。


 俺はナルシーナの街の中でも高級店が立ち並ぶ通りにやってきた。そしてその端にある時計屋に足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは物腰柔らかで、執事のような服を着た男性だった。俺はその男性の笑顔にちょっとだけ緊張を緩ませて店の奥に入っていく。


「本日はどのような時計をお探しですか?」

「実は近いうちにアーネストの街に行く予定でして、そこのダンジョンに潜るのです。なのでダンジョンでも時間が分かるように時計が欲しいのですが……」

「アーネストの街ですか。あそこのダンジョンは地中型なので時計は役立つと思います。では頑丈なものをお待ちいたしますね」


 男性は店内を巡り、クッションのような台に幾つか時計を載せて戻ってきてくれた。その時計は全て懐中時計のような蓋のついた作りだ。


「頑丈な時計となると蓋のついたこのタイプがおすすめでございます。こちらは腕に付けるタイプ、こちらは首からかけるタイプ、そしてこちらが懐にしまっておくタイプです。手にとってお試しください」

「ありがとうございます」


 俺はまず腕につけるタイプを付けてみた。うーん、かっこいいし時間は見やすいけどちょっと重い。これだと剣を振る時に気になるな。

 後の二つはさほど変わりない作りだ。通してあるチェーンの作りが少し違うぐらい。これはどっちでも良いけど……身につけてられたら便利かもしれないし、首からかけるタイプにしようかな。


「こちらでお願いします」

「かしこまりした」


 そうして無事に時計を購入し、俺は時計屋を後にした。次は武器と防具の手入れ用品を買いたいから工房かな。

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