46、結界の練習 前編
「じゃあ街の外に行こうか」
「うん!」
話し合いを終えたあとお昼ご飯をミレイアの実家であるパン屋で買い、三人で門に向かった。
「そういえば冒険者はギルドカードがあれば街に入れるけど、ミレイアはどうするの?」
「この街の住民カードがあるの。それを見せれば入街税を免除されるよ」
「そーなんだ。それは便利だ」
「うん。でも街の外に出ることはあんまりないけどね」
確かにそうか……街の外は危険もあるし、わざわざ出ようとは思わないよな。別の街に知り合いがいて会いにいく時とか、そのぐらいかな?
「ミレイアは出たことある?」
「私はないの。だからすっごく楽しみ!」
「そっか。街の外は広いから驚くと思うよ」
そんな会話をしながら、テンション高いミレイアと一緒に門に向かい街の外に出た。
「うわぁ……凄いね。どこまでも壁がないよ」
「この世界は本当に広いから。この街なんてこの世界と比べたら凄く小さいよ」
「想像できない……」
「俺と一緒に旅をしたら、たくさんの街にも別の大陸にも行けるよ。食べたことのない料理も見たことのない建物も服も、たくさん見れるよ」
俺はミレイアが惹かれそうなことを少しだけ口にした。本当はそういう理想を語って仲間になってもらいたくなかったんだけど、実際にそういう一面もあると思い直したのだ。だからこそ、旅の辛いところもちゃんと伝えていこうと思う。
「凄いね。行ってみたいなぁ」
「まあそこはゆっくり考えてくれたらいいよ。じゃあとりあえずもう少し進もうか。魔物がいても俺とミルが倒すから心配しないで」
「うん。分かった」
ミレイアは魔物と聞いて顔を引き締める。魔物を軽く見てはいないけど、怖がりすぎている感じでもないみたいだ。
「この先の草原まで行こう」
『ミル、ミレイアに合わせていつもよりゆっくり行こうか』
『分かりました』
そうして俺達はしばらく街道沿いを歩き、草原に入った。そして他の人がいない場所まで中に入る。ミレイアは全てが目新しいのか、ずっと周りをキョロキョロと見回していた。
「この辺で良いかな」
「魔物って、意外と出会わないんだね?」
ずっと魔物を警戒するように気を張っていたミレイアが、拍子抜けしたようにそう呟く。
「それは魔物がいる場所を避けて歩いてたからだよ」
「そんなことできるの……?」
「うん。それが俺の能力の一つなんだ」
マップのことは今の段階で、少しだけミレイアにも説明したほうが良いかな……。そうじゃないとミレイアが街の外の危険度を正しく認識できない気がする。
「俺は半径一キロほどにいる魔物の位置が把握できるんだ。それで今回は魔物を避けてここまで来たから、もし避けなかったらここに来るまでに三体は魔物と接触したと思う」
「そうなんだ……やっぱり街の外は怖いね」
「うん。でもちゃんと力をつければ魔物にも対処できるようになるから。じゃあ早速結界の練習をしようか」
「よろしくお願いしますっ!」
ミレイアは元気にそう返事をした。やる気は十分みたいだ。
「じゃあ、一度結界を出してみてくれる?」
「分かった。――結界」
ミレイアは瞳を閉じて数秒沈黙してから、静かに結界と呟いた。するとミレイアの前に一辺が一メートルほどの正方形の結界が現れる。
「どうかな? 前よりもスムーズに作り出せるようになったと思うんだけど。それに魔力を消費すれば数十秒なら維持できるよ」
「触ってみてもいい?」
「もちろん!」
結界に触れてみるとなんだか不思議な感触だった。なんだろう……硬いんだけど柔らかさもあるというか……かなり硬めの低反発マットみたいな感じかな? まずは殴ってみるか。
「……っ!! いった〜」
何これ、殴った瞬間にめちゃくちゃ硬くなった。衝撃を受けると硬化するのかな……
「トーゴ大丈夫!?」
「うん、大丈夫……」
俺が痛みにうめいた瞬間に、ミレイアは結界を消してしまったみたいだ。
「今結界を消したのって無意識? 意図的?」
「うーん、無意識かな。他のことに気を取られると結界はすぐに消えちゃうから」
「そっか。じゃあまずはどんなことがあっても、他に何か作業をしながらでも結界を維持できるように練習しないとだね」
魔物と戦ってたら仲間が怪我をすることもあるだろうし、その度に動揺して結界が消えていたらあまり使えないだろう。
「分かった。練習するね」
「うん、ありがとう。じゃあもう一回出してくれる?」
「もちろん! ――結界」
「今度は結界を魔法で攻撃してみてもいい? どうなるのか知りたいんだ。ミレイアも少し離れてて」
「分かった」
とりあえず弱い魔法が良いから……ウォーターボールにするかな。
「じゃあいくよ。ウォーターボール」
俺はかなり弱めのウォーターボールをイメージして魔法を使った。それが結界に当たると……消えた?
当たって跳ね返されたとか周りに飛び散ったということもなく、吸収された感じだ。
「ミレイア、何か感じた?」
「うん。ウォーターボールが結界に当たった瞬間に魔力が多く持っていかれたよ。さっき殴った時も少しだけ魔力が持っていかれた」
ということは、物理攻撃には結界が硬化して攻撃を受け止めたり跳ね返すのに魔力が使われて、魔法攻撃にはその攻撃を吸収して攻撃を無効化するために魔力が使われるのか。いずれにせよ、攻撃を防ぐほど魔力がなくなっていくんだな。
でも魔法を吸収できるって凄すぎる。めっちゃ強い。
「ミレイアの結界は攻撃を受けるたびに魔力を消費して、それを跳ね返したり打ち消したりするみたいだ。本当に凄い能力だよ」
「本当?」
「うん。凄く強いよ」
「やった。嬉しい」
ミレイアは心からの笑顔を浮かべた。そしてそのタイミングで結界が消える。やっぱり他のことに気を取られると消えちゃうのは訓練しないとだな。
あとは発動する時に目を瞑る癖と、結界の大きさも変えたい。
「ミレイア、結界を発動する時に目を瞑ってるけど、そうじゃないと発動できない?」
「うーん、イメージをちゃんと頭の中で固めないと発動できないんだよね。だから目を瞑って他のもので気を逸らさないようにしてた……けど、目を開けてもできるのかな?」
「じゃあ一度やってみてくれる? 外で目を瞑るのは危険だから、できれば周りを警戒しながらでも発動できるようにした方が良いと思う。あとは今は発動まで数秒かかってるけど、できれば一瞬で発動できるのが理想かな」
俺のその言葉にミレイアの瞳が輝く。新しい目標が見つかって生き生きとしている瞳だ。これで面倒くさいと思うようだったら厳しいかなと思ったけど、ミレイアが向上心のある性格で良かった。
「目を開いたままで発動と、発動を一瞬でやるんだね。あとは何かある?」
「あとは結界の形かな。できればもう少し大きくて縦長にして、体全体を覆える形が良いと思う」
「確かにそっか。縦長で体全体を隠せる大きさ……」
ミレイアはその結界をイメージしているのか、目を瞑ってぶつぶつと呟いている。
「結界」
そして数十秒後に結界と唱えると、さっきまでの形と違う結界が出現していた。
「おおっ、凄い」
「できた! あとはこれを目を開いたまま、一瞬で作り出せれば良いんだよね?」
「それが理想かな」
「私、頑張るね!」
ミレイアはそう言って拳を握り締めている。本当にやる気に満ち溢れているみたいだ。でも今日はせっかく街の外に来たんだし、魔力があるうちに魔物とも戦っておきたいかな。




