45、今後の話
「ミレイア、力をコントロールできるようになったの?」
「そうなの。あの透明なやつを出せるって分かっただけで、無意識に出てくることはほとんどなくなったよ」
「良かった」
「うん……っ、ひくっ……ほんとうに……よかっ、た」
ミレイアは俺に抱きついたまま泣き出してしまった。それだけ苦しめられてたってことだよな……
「ミレイア、泣かないで」
俺は泣いてる女の子をどう慰めて良いのか分からず、ぎこちない動きでミレイアの頭を優しく撫でた。ミレイアのお母さんに視線を向けても、困惑していてどうすれば良いのか分からない様子だ。今までは遠慮して泣いたりもしなかったのかな……
そう考えるとミレイアを止めるのも可哀想な気がして、営業中のパン屋の中で俺はしばらくミレイアを抱きしめていた。それからしばらくして、ミレイアは泣き止んで俺から離れる。
「……ごめん、泣いちゃって」
「全然大丈夫だよ」
「あのさ、この後私の部屋に来ない?」
「良いのかな?」
「お母さん、良いよね?」
「まあ、あなたの友達なら良いけど……」
お母さんはまだ困惑して俺のことを不審に思いながらも、ミレイアのことを信じて了承してくれた感じだ。
ずっと変な力に呪われてて引きこもってた娘が、突然呪いを解いてくれる人がいたって言ったら信じられないのも無理はない。しかもそれが十五歳ぐらいの見た目のただの少年だし。了承してくれただけでも心が広いな。
「良いって」
「じゃあ、少しお邪魔するよ」
「ありがとう! 早速行こ」
「うん。あっ、ミルも良い? 前にも言ったけど従魔がいるんだ」
「今日は一緒に来てるんだ。お母さん良いよね?」
「別に従魔なら良いけど……」
「良いって。外にいる?」
「お店に入るのは良くないかなと思って、外で待っててもらってるんだ」
「じゃあ迎えに行って、裏口から部屋に行こ!」
そう決めるとミレイアは少し強めに俺の手を引き、お店の外に向かって歩き出した。俺はミレイアに引かれながら慌てて振り返りお母さんに挨拶をする。
「あの、ありがとうございます。ミルと共にお邪魔します!」
お母さんは最後まで何が起きてるのかよく分かってない困惑顔だった。今度ちゃんと説明しないとだな……というかミレイアが俺と一緒に来てくれるなら、絶対に説明して乗り越えないといけない壁になるだろうな。
「わぁ、この子? すっごく可愛い!」
ミレイアはお店の外に出てミルを見つけると、凄く嬉しそうな声を出した。やっぱりミルの可愛さは誰にでも通じるな。
『トーゴ様、この子がミレイアですか?』
『そうだよ。仲良くしてあげて』
『分かりました』
「この子がミル。撫でても大丈夫だよ」
「良いの!?」
「もちろん」
ミレイアは少し緊張した面持ちでミルに近づき、ミルの背中に恐る恐る手を伸ばすと、そっと背中を撫でた。そしてその感触の虜になったのか、段々と撫で方に遠慮がなくなっていく。
「凄く触り心地が良いね」
ミルはその言葉が嬉しかったのか、尻尾を振って顔をミレイアに擦り付けている。ミレイアはミルのその仕草に心を奪われたようだ。
「なんて、なんて可愛いの……!」
「ミル、可愛いでしょ」
「この世で一番可愛いのはミルちゃんだよ。もう可愛すぎる。抱きしめても良いかな……?」
『もちろんです!』
俺が聞く前にミルから念話が来た。俺はそのスピードに思わず苦笑いだ。ミルって撫でられるの好きだよな。
「大丈夫だと思う」
「本当!? じゃあいくよ」
ミレイアはそう前置きして、ミルの首元に恐る恐る抱きついた。そして顔を背中に埋める。
「ミルちゃん、毛並みが本当に最高だよ。もう可愛すぎる」
そうしてミレイアが一通りミルを愛でて落ち着いたところで、俺達はミレイアの部屋に案内してもらった。部屋にはベッドと机に椅子が二脚、棚には色々な小物が置かれている。
「狭いけど座って。ミルちゃんは床でも良いかな?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
俺が椅子に腰掛けると、ミレイアも俺の正面の椅子に腰掛けて表情を真剣なものに変えた。
「トーゴ、改めて本当にありがとう。私もう生きるのが辛くて悲しかったんだけど、トーゴのおかげでこれからは楽しく生きられそうなの!」
そしてそう言って満面の笑みを浮かべる。そのミレイアの笑顔には影がなく、将来への希望に満ち溢れているようだった。本当に良かった……ミレイアが仲間になってくれなくても、救えただけで良かった。
「役に立てて良かったよ。もう完全にコントロールできてるの?」
「たまに失敗しちゃうけどもうほとんど大丈夫だし、それに力が発動しちゃった時も未知のものじゃないから怖くないの。今は凄く便利な力だと思って練習してるんだ!」
「この力は本当に強いと思うよ。これからミレイアの身を守ってくれるから練習した方が良いと思う」
「うん、頑張るね! ……それで、これ聞いて良いのか分からないんだけど、トーゴはなんで私の力のことが分かったの?」
やっぱりこれ聞かれるよな……この街で誰も分からなかったのに、何故か自分と同じぐらいの歳の少年が知ってるんだから。
これから仲間になってくれる人にどこまで話すのかは悩むところだ。俺が神ってことは証明しようがないから伝えないつもりだけど、俺の能力は伝えたい。あと悩むのはミルのことだけど、ミルが言葉を話せることも伝えてもいいかなとは思っている。マップで確認して色が青で、なおかつ俺が信頼できる人になら。ずっと一緒にいる仲間にまで秘密にしてたら、ミルは窮屈になっちゃうから。
子供の頃に拾った魔物で大きくなるにつれて話せるようになった、そんな説明でいけると思うんだ。今までこの街で暮らしてきた感じ的に、そんな珍しい魔物もいるんだね〜って割とすんなり受け入れられる気がする。
ミレイアには仲間になって欲しいと思ってるし、マップで確認しても色は青。だから俺が神ってこと以外は全部話しても良いと思っている。でもやっぱり実際に仲間になってもらって、もっと信頼できるのか判断してからの方が理想だ。
「実は俺って他の人が持ってないような特殊な能力を持ってるんだ。そのおかげでいろんな話を聞くことがあって本とかも読めて、それでミレイアの能力についても知ってたんだよ」
今はこのぐらいしか伝えられないかな……
「そうなんだ。トーゴも不思議な力を持ってるの?」
「うん、実はそうなんだ。今はまだあんまり詳しくは話せないんだけど……もしミレイアが仲間になってくれるのなら、少しずつ話していこうかなと思ってる」
その言葉にミレイアが再度真剣な表情を浮かべた。
「私あれから色々考えたの。私は家族が大好き。呪われてると思ってた私を捨てずにずっと守ってくれたから。だから、だからこの街を離れたくはない……」
やっぱりそうか……家族と離れる選択はできないよな。
「でもね、トーゴには本当に本当に感謝してて、トーゴのおかげで私の世界は広がったの。それで……もっと広い世界を見てみたいと思ってる。だからトーゴと一緒に行きたいって、今はそっちの気持ちのほうが強いかな。私の力がトーゴの役に立つのなら頑張りたいし」
「本当!?」
俺はミレイアのその言葉を聞いて、思わず机に手をついて身を乗り出してしまった。
「うん。だから試しに一度、私を連れて街の外に行ってくれないかな……? 弱い魔物から訓練してくれるって言ってたでしょ?」
「言った! もちろん付き合うよ」
「ありがとう」
ミレイアはホッとしたように笑顔を見せた。最初の戦いが怖いものにならないように、最大限配慮して訓練に付き合おう。
「じゃあいつが良い? できる限りミレイアの予定に合わせるけど」
「うーん、今日はだめ?」
「俺は良いけど、ミレイアは大丈夫なの?」
「うん!」
「じゃあ早速行こうか」
「ありがと。じゃあお母さんとお父さんに話してくるね!」
ミレイアはそう言って嬉しそうに部屋を出て行った。そしてしばらくして両親を連れて戻ってくる。
「トーゴ、お母さんとお父さんがトーゴと話をしてからだって……」
「分かった。……初めまして、私はトーゴです。ミレイアさんとはお友達で、冒険者をしています。こちらが冒険者カードです」
俺は認めてもらえるようにしっかりと姿勢を正して挨拶をした。そして冒険者ギルドカードを見せる。
「その歳でEランクなのね……」
「凄いな」
Eランクに上がってて良かったな。ちょっと認めてもらえそうかも。
「娘からトーゴさんに力の使い方を教えてもらって呪いが解けて、トーゴさんのお役に立ちたいから仲間になるって聞いたのですが……」
「はい。ミレイアさんの能力は結界というもので、本来はとても強力なものなのです。魔物の攻撃も防ぐことができます。なので私はミレイアさんにパーティーに入って欲しいと誘いました。それをミレイアさんは前向きに考えてくれているようでして……」
「トーゴさんは何故それを知ってたんだ? 俺達も色々と調べたが全く分からなかった」
今度はお父さんにそう聞かれた。
「私も特殊な能力を持っておりまして、その関係でミレイアさんの能力も本で読んだことがあったのです。別の街で読んだ本ですので……」
「……そうか。この街にないのなら俺達が探せなかったのも当然だな」
ミレイアの両親は俺の話で納得してくれたみたいだ。この世界の本はこの世に一つしかない本っていうのも結構あるし、本で読んだって話で基本的には納得してもらえる。
「トーゴさん、まずは娘を救ってくれてありがとう」
「本当にありがとうございます」
「いえいえ、ミレイアを救えたのは偶然ですから。お役に立てて良かったです」
「私達は今まで自由に生きてこれなかった分、娘には自由に楽しく生きて欲しいと思っています。……だから、娘の意思を尊重しようと思っています。娘をお願いします」
ミレイアの両親はそう言って、嬉しいような寂しいような、複雑な表情で微笑んだ。子供の幸せは嬉しいけど遠くに行っちゃうのは寂しいって感じだ。
「トーゴと一緒に行っても良いの!?」
「ええ、ミレイアの好きにしなさい。辛かったらいつでも戻ってくるのよ」
「お前の家はここだからな」
「うん……うん、ありがとう」
そうして三人は仲良さそうに抱き合った。俺はその様子を見て家族って羨ましいなと思う。いつか俺も神界に戻ったら俺なりの家族を作ろう。




