109、囮作戦
話し合いを終えていつも通りダンジョンに潜った俺達は、やっと肩の力を抜いて話をしていた。街の中だとマップにはたくさんの人が映るので人を避けきれないけど、ダンジョンなら一キロの範囲内に誰も他の冒険者がいない場所が存在するので、隠し事があるトーゴ達にとってはダンジョン内の方がリラックスできたりするのだ。
「ロドリゴさんのことどう思う?」
「うーん、俺はトーゴに警戒しろって言われなかったら、普通に信じるな」
「私は……警戒して見てみたら、ちょっと黒い笑顔の時がある気がするって思ったけど、先入観からの気のせいかもしれない」
やっぱりその程度だよな……俺もマップが黒の表示じゃなかったら、普通に親切な良い冒険者だとしか思わなかったと思う。
「初心者狩り、ロドリゴさんが参加しても良いのかなぁ」
「トーゴ様はロドリゴさんが初心者狩りの犯人だと思っているのですか?」
「……可能性はあるかなって」
「それじゃあ今回の作戦は意味なくねぇか?」
「ロドリゴさんが犯人なら、私はずっと襲われないのかな?」
それもどうなんだろう。仲間がいて襲わせる可能性もあると思うけど、そうなったらその仲間は切り捨てるってことだしロドリゴさんの正体を知らない仲間を使うのか、それとも逆にロドリゴさんに傾倒してるような仲間がいるんだか。
色々と考えられるけど、どうなるかは予想がつかない。そもそも全てが予測でしかないんだよな……ロドリゴさんが初心者狩りと全く関係ない可能性の方が高いんだし。
「ああ、考えるのは俺には向いてない! 早く魔物を倒しに行こうぜ!」
「ふふっ、そうだね。考えても結論は出ないし、依頼を達成しようか」
確かにそうだな。ダンジョンの中にいる時ぐらいは難しいことは忘れよう。
「ダンジョンのクリアは、初心者狩りを捕まえるまで後回しにするんだよな?」
「うん。あと数日で三十層に到達して、クリアできるはずだったんだけどね。野営をするってなると囮の役割を果たせないから」
本当はすぐにでもダンジョンをクリアしてこの街から次の街に行こうかって案も出たんだけど、もう初心者狩りのことを知っちゃったから、さすがにそれは後味が悪いってことで逮捕に協力することにしたのだ。
だから初心者狩りを捕まえられるまで、ダンジョンクリアはお預けだ。
「早くクリアした時の転移を体験してみたかったのですが、残念です」
そう言って尻尾をシュンっと垂れ下がらせているミルを見ると、今すぐクリアしに行こうか! と言いたくなるけど、それは寸前で我慢した。
「初心者狩りを捕まえたらすぐにクリアしようか」
「そうですね。楽しみにしています! 初めての野営も楽しみです!」
「快適な野営にしようね。ミルちゃんのベッドも作ってあげる」
ミレイアのその言葉にミルが嬉しそうに尻尾を振り、ミルの可愛さに癒されたところで俺達は受注して来た依頼をこなすことにした。
それから数時間は真剣にダンジョンを駆け回り依頼の魔物を討伐し、三つの依頼を問題なく達成した俺達は、いつもより時間に余裕を持ってダンジョンから地上に戻った。
「おおっ、いつもより明るい」
「凄いな」
「いつもこのぐらいの時間に戻ってきたほうが良いかもね」
『美味しい匂いもたくさんする気がします!』
『いつもの時間には暗くて閉まってる屋台もやってるからかな』
皆でそんな話をしながらギルドの中に入ると、中はさすがに空いているということはなく、冒険者で溢れていた。しかしもうこの光景にも慣れたものだ。俺達は空いている受付に並び、依頼の達成報告と魔物素材の買取をお願いする。
ビクトルさんはさっきチラッと俺達のことを伺ってきたから、作戦は問題なく遂行できそうだ。ロドリゴさんは俺達がギルドに入ってきた時から、食堂のテーブルで新人冒険者らしき三人組と話をしている。
「トーゴ、ウィリー、私はちょっと買いたいものがあるから先に行くね。二人は先に宿に戻ってて」
「おう、分かったぜ」
「暗くなってるから気をつけて」
「もちろん。ミルちゃんもまたね!」
「わうんっ!」
ミレイアが皆に何気なく聞かせるようにそう声を張ったところで、ロドリゴさんは三人と話を終えて席を立った。ビクトルさんは見えないけど、裏からギルドを出て追いかけてくれるんだろう。
「じゃあウィリー、俺達も行こうか」
「そうだな」
そうして俺達は全員で、不自然にならないようにミレイアの後を追った。途中で事前に聞いていた建物に入り、周りから隠れてミレイアの周辺を監視する。
「誰か怪しいやつがいるか?」
「うーん、今のところはいないかな」
「そんなすぐに襲ってくることはさすがにないかぁ」
マップを見ていても近くに怪しい動きをしている人や、黒い点の人はいない。……まあ、すぐ近くに黒のロドリゴさんがいるんだけど。
やっぱりロドリゴさん怪しいよなぁ。こうして接していて黒に表示されてる理由が全く分からないし。
でも今日のロドリゴさんは俺達から少し離れたところにいるけど、怪しい動きは全くしていない。これだとマップ以外で疑う理由がないんだよな。
「全く不自然じゃないし、ミレイアは凄いな」
「ミレイアって意外と肝が座ってるんだよ」
「本当だな」
それからもミレイアが買い物をしながら路地を歩いていく様子を密かに追いかけたけど、初心者狩りは現れることなく、ミレイアは事前に決めていたコースを歩ききった。
そうしてそれからは毎日ダンジョン帰りに囮作戦を実行し、初心者狩りが現れないまま五日が過ぎた。




