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番犬騎士

 異母妹の代わりとして結婚が決まったビアンカ。

 侯爵邸を出ていくまでに、住んでいた離れを掃除しなければならない。

 離れに戻ってつぎはぎだらけのお古のワンピースに着替えた彼女は、イザベラとレベッカと掃除をしながら二人に事情を説明すると、イザベラからあまりにも酷いです!!と嘆かれてしまった。


「そうかしら。でもお相手が“番犬騎士”かぁ。街中での噂では平民出身の最強の騎士。でも、お付き合いされていた女性を次々と十五人も殺したとかっていうのは、どこまで本当なのかしらね?」


 能天気なのか本気で考えて言っているのかわからないビアンカ(おじょうさま)に、頭を抱えるイザベラ。

 しかし、ビアンカはもう一度、言われた言葉の一字一句を思い返していた。


「そうねぇ。でも、王命を下させてまであのカサンドラと結婚したいっていうんだから、なにかしら裏があるのでしょう」


 カサンドラは昔から高慢ちきで、母親の実家である公爵家の威光を笠に着てるのはイザベラも知っている。さっきもビアンカの様子に唖然としつつも、彼女が部屋から退出するとき、すごく醜悪な笑みを浮かべてた。どうやら身代わりで嫁がせようとしたのは彼女の発案に違いないとビアンカは確信していた。

 しかし、この婚約が王命によるということは、“番犬騎士”もしくは王太子になんらかの意図があるということだ。しかし、いくらぼんくらだろうが、あのカサンドラに政治的なことを任せようとはおそらくだれも思わないだろうとビアンカもイザベラも同意見だった。


「ビアンカ様とカサンドラ様が入れ替わってるのに気づかなければよろしいのですが」

「たしかにそこは蓋を開けてみないことにはわからないわね。普通の殿方は私たちが入れ替わってるなんて、気づかないんじゃないかしら? まあ本当にカサンドラがよくて、離縁を向こうから持ちかけられたら、駆けこむ修道院ぐらい紹介していただくつもりよ」


 イザベラの指摘にそうねと頷くビアンカ。

 彼女もその部分は気になったが、二人は母親が違うとはいえ、背格好や外見はかなり似ている。あえて違いを上げるのならば、髪の毛の色の濃さと髪質だけだ。妹の口調や仕草を知っていれば簡単にばれるだろうが、あの母娘は社交界から距離を置いている。よっぽど観察眼のある人間でなければ、見抜くことは難しいのではないかと結論付けていたのだ。

 そうビアンカが力強く言うと、たくましゅうございますとレベッカに言われて満悦だったのに、そこは褒めてはいけません!とイザベラに叱られてしまった。




 翌々日、“番犬騎士”シルビオ・リスジアーノとの見合い(・・・)の場が屋敷の広間で開かれていた。

 生まれてはじめて屋敷のメイドたちに磨かれたビアンカは、生まれてはじめて上質なドレスに身を包まされた。少しでもカサンドラに近づけるために(こて)で髪をふんわりと巻かれ、自分ではつけないような甘ったるい香水をつけられたビアンカは、知らない人から見れば『カサンドラ・ベルフィナー侯爵令嬢』そのものだった。

“番犬騎士”は名のとおり厳つい人かと思っていたビアンカは、その優しげな雰囲気に拍子抜けした。薄茶色の髪と羽織っている紺色のマントが対照的だった。


「はじめまして」


 異母妹も“番犬騎士”と喋ったことはないらしいので、カテーシーしながら異母妹として(・・・・・)の初対面の挨拶をする。顔を上げた瞬間に目の前の薄い茶髪の青年が固まるのがわかった。もう身代わりがバれたのかと思ってひやひやしたが、それを指摘する様子もない。

 なにごともなかったかのように義母の隣であり、“番犬騎士”の目の前に着席したビアンカの目の前に紅茶が入ったカップが置かれるが、よくよく見てみると、そのカップの端が欠けているのに気づいた。どうやらいくら“番犬騎士”に身代わりで嫁ぐにしても、扱いは変えるつもりはないらしい。

 まあ、いいかと思いながら、父親と義母、“番犬騎士”の三人が話している内容を聞き流す。


「しかし、なんでカサンドラをお選びになられたのでしょうか?」


 父親の質問に激しく頷くフランチェスカ。多分この質問は“なぜ平民上がりが侯爵令嬢なんて所望したのか”という皮肉が含まれているだろう。しかし、そんな二人の意を気にも留めないシルビオはにっこりと笑って、ビアンカの方を見る。


「それは簡単ですよ、ベルフィナー侯爵。私は“最初に見たとき”から彼女のことが好きでして」


 その言葉に固まったのはビアンカだけではなく、両親ともども唖然とした表情でシルビオを見やった。もしその言葉が本当ならば、カサンドラは一度会った人のことをど忘れしていることになる。

 たとえ格下相手だろうが、失礼なことだ。

 なんちゅうことをやってくれたんだ、あの妹はとビアンカも思ったが、仕方がない。おそらく先ほど固まったのも、やはりビアンカとカサンドラが入れ替わったことがバレたからだろうではないか。今の彼女にできることはただ謝ることしかだった。


「リスジアーノ様のことをまったく覚えておらず、まことに申し訳ございません」

「構いません。私たちが出会ったのはずいぶん前のことですから」


 頭を下げた“カサンドラ”にゆっくりと首を振るシルビオ。彼が怒っていないことに安堵したらしい父親も義母はゆっくりと肩を撫でおろした。


「それはそうとあなたにお伺いしたいのですが、今の私の剣帯、似合っていますか?」

「え?」


 いきなり話を振られた彼女は目をぱちくりさせてしまうが、そんな態度に気分を害した様子もないシルビオはただ、にこやかに彼女の表情を見ているだけだった。


「今度、新たに剣帯(けんたい)を買おうかと思っているのですが、私には何色が合うと思いますか?」


 再びされた質問におもわず紅茶を吹いてしまうところだった。

 なにもこんなところでする質問ではない。なのになんでこの人はこんなくだらない質問をするのだろうかと思ったが、答えは出なかった。


「あら、リスジアーノ様にお似合いなのは、真紅じゃありません?」

「ベルフィナー侯爵令嬢はどう思われますか?」


 ビアンカに答えさせまいと我先にと答えるフランチェスカに、思いっきり眉を顰めるシルビオ。あからさまに無視される形となった彼女は隠すこともせずに舌打ちをした。


「黒色、でもよろしいかと思いますが、菫色も合いそうですわ」


 先ほどチラリと見えた剣帯はマントに合わせて黒色だったけど、彼の瞳の色である菫色でも合うのではないだろうかとビアンカは考えていた。

 義母からはお前ごときの意見なんか求めてないというビリビリとした視線を向けられたが、もうどうせこの人とは縁が切れるんだという意思を込めて、きっちりとシルビオの目を見つめたビアンカ。

 その眼差しに負けないようにシルビオもしっかりと見つめ返してくれた。


「本当ですか!? センスが無くて、店主に聞くのも恥ずかしくていつも無難なものを選んでしまうんですよ」

「あら、そうだったのですね。でしたら、もしお眼鏡にかなうようならば、今度一緒に連れていってくださいませんか?」

「もちろんですとも」


 シルビオはビアンカの回答に満足したらしく、彼女の手を取って嬉しそうにする。隣でそれを見たフランチェスカは、汚いものを見たかのように顔を顰めた。


「ねえ、リスジアーノさん。もしよければカサンドラをお屋敷に連れていってくださらないかしら? うちは侯爵家だから、嫁いだ先の仕事を覚えなきゃならないですし」


 剣帯に施す刺繍がどうだの、留め具は金がいいか、それとも銀がいいかなどビアンカへ次々と質問をするシルビオ。その質問に自分が口出しできなくなったからか、ひと段落ついた瞬間にフランチェスカはそう提案した。

 侯爵家では基本的に(・・・・)自分たちで炊事や洗濯なんかしない。それに対して“番犬騎士”は平民出身なんだから、メイドや侍女を雇うかねなんてないだろう。

 一瞬、義母の言葉にパチクリとさせたシルビオだが、たしかにそれはいいかもしれませんねとニコリと笑う。

 多分、この人は義母とは違った思惑があるんだろうなと思ってしまったビアンカ。

 彼女と同じく、彼の反応が自分たちと思うものではなかったとフランチェスカやマルティンも感じたが、やっぱりお断りしますと言われてはかなわない。仕方なく口をつぐんだが、内心ではイライラしているようだった。


「じゃ、こんなところでゆったりしないで、早く行ってきなさい」


 表面上はにこやかに言うフランチェスカの言葉の端々にとげがある。

 自ら立ち上がり家令に仕草で命じた後、彼女はさっさと部屋を出ていってしまった。

 仕方なくビアンカも立ち上がろうとしたら、目の前に手が差し伸べられた。シルビオの手だった。ビアンカは一瞬、戸惑ったけれど、どうやらそれは自分をエスコートするためのものだと理解して、優しくのせる。決して強すぎない力で立ち上がらせる。

 もし彼が本物のカサンドラのことを知っていたとしたならば、果たしてこんなふうに扱ったのかしらと考えてしまう。



「ねぇ、お姉さま(・・・・)。お姉さまが今すぐに行ってしまわれるなんて思ってもいなかったわ。お行きになる前に、ちょっとお見せしたいものがあるから、私の部屋まで来ていただけるかしら?」


 部屋を出た瞬間、なぜか()が出てきた。

 私のことをシルビオ様がいる目の前で『姉』と呼んでもよかったのかと一瞬、頭をよぎったが、多分この妹のことだろう。プライドが邪魔をして、『お嬢様』と呼ぶのを嫌がったんだろう。

 多分ろくなことじゃないだろうとは容易に想像ができた。けれど、ここで騒ぎ立てられても困るから、どうしたの?と言って、彼女についていった。


「ねぇ、お姉さま。お姉さまが幸せになるなんて私は絶対に嫌だから。あの男、十五人も女性を殺しているっていう話だから、お姉さまが殺されればいいんだわ。でもそうね、もし一年経ってもお姉さまが無事だったら、ちゃんと私と交代してくれるわよね」


 私の名前で好き勝手しないで頂戴よ。

 部屋の扉を閉めた後、カサンドラはそう冷たく言い放った。

 一瞬、ビアンカは彼女がなにを言っているのか理解できなかったが、この娘は純粋にビアンカが幸せになることが許せなかったんだろう。


「無理じゃないの? だって、私とあなたは髪の色や顔立ちが違うわ。それに立ち振る舞いだって一緒じゃないんだから」

「なに、お姉さま(・・・・)は言ってるの? 殿方なんて、似たような女性を見れば違いなんて気づくことはないのよ。だから、雰囲気さえ似ていればいいのよ、雰囲気さえ似ていれば」


 おとといの夜、同じことをイザベラに言ったが、まさかこんなところで事実をほかの人に突きつけられるとは思わなかった。

 ビアンカが答えに窮していると、いきなり扉が開いた。


「ベルフィナー嬢、行きましょう」


 カサンドラの部屋に来てから思っていたよりも時間が経っていたらしい。

 シルビオがビアンカをわざわざ迎えに来てくれたようだ。動けずに困っていた彼女の腕をすっと組み、再び行きましょうと声をかけてくれた。

 その温かさはおとぎ話に出てくる魔法の呪文のようで、固まっていた彼女の足がすっと動きだした。

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