三年と竜と英雄と 後編
ドラゴンとの戦いは続いている。それこそ、一時間近くは様々な方法を試していた。
「ヒカリ!」
「はい! くっ……うううう!」
ドラゴンの吐くブレスに合わせて、今度はヒカリちゃんが魔力による壁を張った。シルヴィアくんが何度か受け止めた事で限界が来たからだ。さらっとしているが、それだけ威力のある攻撃なのだ。
入れ替わって魔力によるブレスを受け止めるヒカリちゃんも、とてつもなく苦しそうにしているが、おかげでブレスによる被害はない。
「ごほっ……そろそろブレスが終わるね」
「そうね……ああ、歯がゆいわ」
「無理はしないことだよ」
俺は動けない。武器を見て、悔しい思いが芽生える。
(……ドラゴンに一撃を入れただけでヒビが入るなんてな)
今までの魔獣には攻撃は通っていた。しかし、このドラゴンに関しては始祖魔法を持っていることがスタートラインのようだ。半端に攻撃をして武器を失うわけには行かないから、観察をする役目に回されていた。
いや、それも当然か。本来なら始祖魔法を使うヒカリちゃん達のエンドコンテンツだ。そこに、始祖魔法を使えない人間が混じっているのがおかしいのだろう。しかし、それでもだ。
(だからって、諦めるのは性に合わねえ)
それこそ、レイカ様も同じことをいうだろう。
歯噛みをしているが、まだチャンスは待ち続けている。
「アクレージョさん」
「なにかしら」
「無理はしたら駄目だよ」
シルヴィアくんにそう釘を差される。
……流石に読まれているか。とはいえ、チャンスがあれば迷いなく動きはするつもりだが。ふと違和感を感じて走っていきツルギくんに声をかける。
「ツルギ! あの魔獣について違和感はないかしら!?」
「……うむ。アクレージョ殿、同意だ」
攻撃をしつつも、観察に比重をおいて立ち回っているツルギくん。敵を見極めることにおいてはこの場で一番優れている。そのツルギくんも違和感を感じ取っていた。
「再生をしているのもそうだけども……なにか不自然ね。分かるかしら?」
「……見ているところ、あの魔獣は内部から再生をしている。魔獣でも再生をする魔獣は居ないわけではない。だが、それは外部から失った体を補給しているからだ。しかし、あの竜はそうではないようだ」
「……まさか、中に魔力の根源がある?」
「おそらく。強大な魔石か、もしくはそれに準ずる何かが中心にあり、それを取り込んだ魔獣が進化を続けた結果があの竜なのだろう」
……なんとなくだが見えてきた。普通の魔獣は汚染された地から発生するが、ここの下層に居る魔獣は何かしらの魔石や道具を中心にすることで体の維持をカバーして進化したのだ。
だから、捕食をする必要がなくなり外敵を倒すための進化をし始めた可能性がある。まあ、どれも推測ではあるが。
「つまり、ドラゴンを倒すのには両断をするのではなくて核の破壊かしら?」
「断言は出来ぬが、その可能性は高いであろう。おそらく、核が体内になければ維持は出来ぬだろうな」
「そう。なら伝えてくるわ」
二人で出した結論は予想が多いが、それでも一番可能性としては正しそうだ。
そして、ツルギくんの代わりに全員に伝達をする。
「全員聞きなさい! おそらくあの魔獣は核がある可能性が高いわ! 体を破壊するのではなく、その核を奪い取れば自壊するはずよ!」
「分かった!」
「はい!」
あくまでも予想でしかないが、それでも納得の行く部分があり、何よりもどんな事も試そうと考えていたからか、他の全員からすぐに返事が帰ってくる。
そして、カイトくんも叫んで報告をする。
「師匠! 削っていた時に一箇所だけ妙に脆い場所があった! とはいえ、他の場所に比べてだが!」
「場所に目印をつけなさい! なら、そこを狙うわ!」
「うむ!」
「ツルギとロウガはあの竜の相手を! コチラの妨害をさせないで頂戴!」
無茶を言っているのは自覚している。しかし、二人は迷いなくドラゴンへと立ち向かっていく。
シルヴィアくんが復活したのか、コチラに走ってくる。
「核を狙うか……場所の当たりは付けているかな?」
「そうね……おそらく、再生の中心点だから体の中心だと思うわ」
体の中心から盛り上がるように回復をしていた。
つまり、核は中心にあるはずだ。
「分かった。なら、僕とセイドーくんが協力をして魔法を使う。出力はセイドーくん、僕が調整をして狙いをつけることにするよ」
「ええ、勝てるならなんでもいいわ」
「うん。だから、苦労をかけるけど……頑張ろう」
そんな風に珍しく頑張ろうという言葉を残して、ホークくんの元へ魔法の準備をしに行くシルヴィアくん。ゲームでも協力して魔法を使うシーンは見たことはない……だが、あの二人ならやり遂げれるだろう。
「――ちっ! おい! そっちに攻撃が行く! こっちの攻撃に対する反応がなくなった!」
ロウガくんが叫ぶ。魔力の不自然な動きを感じたのか、カイトくんを振り落とそうとしていたドラゴンが動きを止めてこちらを向いた。そして、迷いなく口を開いて魔力のブレスを吐いてくる。
「ブレス!」
「大丈夫、ですっ……! 私が、守り、ます! くっ、ううう!」
ヒカリちゃんは先程と同じように魔力の壁を作り出す。しかし、その表情はどんどんと険しくなっている。
当然だろう。流れる滝を無理やり押し留めているようなものだ。普通なら吹き飛んでもおかしくはない。それをやり通せるシルヴィアくんとヒカリちゃんが規格外なのだ。ブレスが止まり、安堵するヒカリちゃん。
だが――
「二発目!?」
連発しなかったはずのブレスをもう一度吐いてくる。
カイトくんやロウガくん、ツルギくんの攻撃を受けて体が削れているのを意に介さずにこちらを攻撃してくる。そこには、明確な知性があった。
「ヒカリ!」
「くっ、うぅ……! ま、まだ……まだぁ……!」
声が徐々に小さいく弱くなっていく。
ヒカリちゃんの魔力の壁はまだ残っているが目に見えて薄くなっていく。このままでは、破壊されて背後の二人もヒカリちゃんもブレスによって吹き飛ばされるだろう。
(なにか、なにか出来ることは……!)
しかし、始祖魔法を使えない以上ヒカリちゃんの助けにはなれない。それこそ、ブレスを別の方法で防ぐしか……
(……いや、待てよ?)
武器を失うわけには行かないので試していなかったが……疑問が浮かぶ。ブレスは魔獣の体と同じ闇魔法だと考えていた。
しかし、もしも核があるとすれば……その核から余剰の魔力を口から放っているのではないか? つまりは、純粋な魔獣の力でないのなら防ぐために始祖魔法である必要性はないのではないか。
(試す価値はある)
剣に魔力をまとわせる。ひび割れからギシリと嫌な感覚が襲ってくるが、耐えてくれると信じよう。
そして、そっとブレスを剣で切りつける。もしも駄目ならば剣はブレスの魔力で破壊されるだろう。そして結果は……
(無事か……いけるわけだ)
だが、疲労感から魔力の削れ方の異常さを感じる。普段がマラソンをする疲労度であれば、同じ距離を全力疾走する程に違いがある。
長くは持たないだろう。だが、それでも苦しんでいるヒカリちゃんを助けられる。すぐさま壁を作るヒカリちゃんの横へと走っていく。
「ヒカリ、手伝うわ」
「えっ、レイカさん……!?」
「集中していなさい」
ヒカリちゃんの隣で、剣に魔力を通わせる。
イメージをする。目の前にあるヒカリちゃんの作った壁、その表面を覆うように……層になるように魔力を纏わせていく。
武器に魔力を纏わせる応用。そして、その層にブレスが触れた。
「あぐっ!? ぐっ……くぅ……」
「れ、レイカさん! そんなやり方だと、魔力が……!」
「貴方は……! 集中、しなさい……!」
ガツンと頭をハンマーで殴られたような衝撃。血を吐きそうな程の苦痛。頭を万力で締め付けられるようだ。一人であれば一瞬で終わっていただろう。
これに近い苦痛を味わいながらヒカリちゃんとシルヴィアくんは守っていたのか。すぐにでも限界が来て魔力を途切れさせてしまいそうだ。
(でも、レイカ様なら……やってのける!)
そう自分を鼓舞しながら守り続ける。さっき聞こえたヒカリちゃんの声に多少の余裕が出ていた。少なくとも、効果はある。
永遠のような、拷問の時間が続く。
「レイカさん……! ありがとうございます! まだ、がんばれます!」
返事ができない。集中をしろ。意識が飛びそうだ。
ちゃんと効果はある。俺が耐えればまだまだ壁は……
「……なっ!?」
「レイカさん!?」
バキンと、音がして剣が砕ける。ひたすら魔力を注ぎ続けていたのだ。
戦闘に使うのとも違う負荷のかかる手段だったからこそ、想定以上にあっさりと早く壊れた。そして、壁が消える。
「ヒカリ……!」
「くっ……ううう! だい、じょうぶ……です! レイカさんが……! 守って、くれてたから!」
そう言いながら、壁を維持する。しかし、それでも限界は近いだろう。
だが……背後から希望の声が聞こえた。
「お待たせしました!」
「撃ってもいいですか、シルヴィアさん!?」
「ああ、いつでもいいよ」
ホークくんとシルヴィアくんが声を上げる。そして、カイトくんもその声を聞こえて叫んだ。
「シルヴィア殿! ここだ! 俺は離脱する!」
「ああ! そこだね! 分かった!」
カイトくんが叫んで飛び降りていく。そこには、一本の剣が目印のように立てられていた。
そこを向いて二人はまるでスナイパーと観測手のように魔法を構えている。
「美学もない魔法ですが……行きます。『爆流光』」
「『クー・ドロア』」
ホークくんから始祖魔法が放たれる。まるでバケツの中の水をぶち撒けるような乱暴な攻撃だ。
それを、シルヴィアくんはまるで鏡のような壁を作り収束させる。そこを通って、その魔法はまるで一筋の閃光のように鋭い一撃となりドラゴンの体を貫いた。
それは目印から体の中心を貫く完璧なまでに計算をされた一撃。
「……通った!」
「ブレスが、止まった……!」
ヒカリちゃんがそういった。
ドラゴンは体を閃光に貫かれて、苦しそうに上向いている。
「よし、やったか!」
ロウガくんがそういうが……ドラゴンは落ちず、未だに飛んで体を維持している。
「……まさか、核から外れた!?」
シルヴィアくんが気づいてそう叫んだ。そう、確かにドラゴンの体は貫かれた。そこから魔力に保護され光る何かは見えている。
だが、それは着弾点からほんの少しだけズレていた。だから、核であるらしき部分は無傷だった。それは中心点よりも上に不自然にズレている
「そんな、こんなほんの少しずれるなんて……いや、まさか! 核をズラしたのか!?」
「不味いな。再生が徐々に始まっている」
ツルギくんが指摘をする。流石にあの一撃ですぐに再生はできていないようだが、ドロドロと魔獣の体が戻っていく。
誰も彼もが予想外で止まっていた。それだけ衝撃が大きく、もしもドラゴンがこのまま再生してしまえば精神的にも肉体的にも同じことをするのは厳しいだろう。
何よりも、魔獣であるドラゴンに知性があるのがあまりにも手痛い。同じ手を何度も使わせてくれるわけがない。
「そんな……これで、終わり……?」
だから、終わらせないために俺は動いていた。
「いいえ、終わらないわ!」
遠くから聞こえるヒカリちゃんのつぶやきに俺は叫んで答える。ブレスを止められた時点で俺は走り出していた。嫌な予感を感じて、行動に移していたのだ。
「レイカさん!?」
「まて、アクレージョくん! 一体何を……!」
「見えているなら、直接奪ってやればいいわ」
そして、閃光で開けられたドラゴンの体の中へと飛び込んでいく。このサイズのドラゴンの体を貫くために閃光はレイカ様の体よりも大きいサイズだったのが功を奏した。
「馬鹿野郎! 魔獣の体の中に飛び込んだら……!」
ロウガくんの声が聞こえるが答える余裕はない。
外皮と違って内部は魔力を押し止める必要がないからこそ全てが胃の中みたいなものだ。一歩間違えれば汚染されて動けなくなり取り込まれるだろう。しかし、勝算がある。
(レイカ様は原作で、闇魔法を使っていた……そして、魔獣が闇魔法から生み出された生物。ならば、闇魔法の才能があると思われるレイカ様は闇魔法に耐性があるはずだ)
希望的観測ではある。しかし、賭けをするには十分すぎるくらいの理由だ。
ドラゴンの体の中を走っていく。空いた穴を修復するために魔獣の体液がぼたぼたと垂れてくる。肌に触れると焼けるように痛い。
だが、それでも走る。走る。走る。
(取った!)
そして、核になっているであろう何かを掴んだ。まるで手に馴染むような感触。しかし、その正体を見ずに反対側までその勢いのままで走り抜ける。
このまま体の外へ持っていかなければ意味がない。ドラゴンが暴れているのか、グラついてドラゴンの体液が雨のように落ちてくる。
硫酸で焼かれているようだ。しかし、足は止まらない。ここまで全員が頑張ってきたのだ。それを繋ぐために足が勝手に動いていく。
(あと、少し……!)
目の前に反対側の穴。しかし、大量の体液が逃さないように落ちてきた。一瞬だけ、思考してしまう。足が止まりかけ……
「――レイカさん! 帰ってきてください!」
ヒカリちゃんの声が聞こえた途端、意識せずに走っていた。
そして、走り抜けてドラゴンの体から飛び出す。だが、着地の余裕なんてない。そのまま落ちて……
「うおっと……! おい、アクレージョ! 生きてるか!」
「……ええ、生きてるわよ……」
視界がよく見えないが、後ろでドラゴンらしい形のものが崩壊していく。
手にはなにかを持っている。
「……勝ったわね」
「おう。全員の勝利だ」
その一言に安堵して……そのまま俺の意識はいつものようにストンと落ちてしまった。
思った以上に分量が増えてしまったので初投稿です




