頼むから王子様を攻略してくれ
さて、危機的なイベントを裏技でやり過ごして気楽な学園生活……なのだが……
「あ、レイカさん! 見つけました」
「……何かしら」
ヒカリちゃん来襲である。犬なら尻尾をパタパタ振ってそうなレベルだ。
……原作的には、むしろ重要なイベント前にこっちが会いに行くんだけど。なんでヒカリちゃん、レイカ様のもとへ飛び込んでくるの? 暇なの? というか攻略進んでるの?
そんな事を考えながら、じゃあ冷たくするべきかと言うとそういうわけじゃない。というかヒカリちゃんが優秀すぎて、レイカ様が冷たくする意味もないんだよな……原作遵守以上に、レイカ様である事は何よりも優先されるから……
貴族ではない成り上がりの家系で、地位を勝ち取ってきた実力主義のアクレージョ。だからこそ、実力のある人間には目をかける。原作的には、先王の遺言という幸運だけで入学してきた能力が低いヒカリちゃんを敵視してたんだけども今回は優秀だし……
「はい、お手数なんですが……分からない事がありまして……レイカさんに教えていただけないかと思いまして」
「……なぜ私が時間を取らないといけないの?」
「ごめんなさい! ただ、先生に聞いても詳しくないと言われて……一番たよれるのは、レイカさんだったんです」
シュンとして言われるとつい優しくしちゃいそうになる。そう、ヒカリちゃんはレイカ様に勉強を教えてもらいに来てる。
というか、ヒカリちゃんが優秀になりすぎて学んでいることのレベルがどんどん上がっているのが原因だろう。ゲーム的に言うと能力値が一年生段階で上がる上限値に近くなっているし、今の時期ですでに頭打ちになっている状態だ。二年生で色々と解禁されないとこの時期って能力値なかなか上がらないからモヤモヤするんだよなぁ。
裏技ではないが、二年生とかの上級生キャラに頼ったりイベントをこなすことで能力ブーストを掛けたりで出来るのでヒカリちゃんの行動は間違っていない。うん、間違ってはないんだ。ただ、相手がレイカ様ってことを除けば。
(ただなぁ~~~! こういうムーブに対してレイカ様がどう対応するかって言うとなぁ~~~!!)
これに関しては解釈の余地があるが……俺のイメージするレイカ様、一応見てあげるんだよな……
というのも、上昇志向の強い人間大好きだもんレイカ様。原作でも、ヒカリちゃんを認めるルートも存在していて、レイカ様に正面切って優秀さを見せながら競い合うとめっちゃ好意的な対応してくれるんだよね……ちなみに、一般的なブレファンからヒカリちゃん蛮族ルートと呼ばれている。だって戦闘能力系が相当高くて、下手な王子様は素手でぶっ殺せるからな……血の気も多いし。レイカ様ファンなら一番好きなルートなんだけど
「……貸しなさい」
「っ! ありがとうございます!」
嬉しそうなヒカリちゃんを尻目に、差し出されたノートの内容を確認。……ふーむ。魔法についての勉強か。魔法については二年生以降でカリキュラムを組まれるから一年生段階だとほぼ上がらないんだよな。
原作でも魔法関係は習得難しいし、普通にプレイしてるだけじゃ能力上がりづらいんだよなぁ。だからこそ、色々と工夫をしたりイベントを効率的にやって魔法大帝とかしたりしたなぁ。
そして確認。うーむ、さすがレイカ様の体。もうヒカリちゃんが何に詰まっていて、どう解決すればいいのか分かってしまう。推しの体が優秀すぎて昇天しそう。
「ここの理屈が間違えているわ。魔法の基礎の部分を間違えていれば、当然分かるわけがないでしょう」
「ここですか……? あ、ほ、本当だ……! すいません、レイカさん! ありがとうございます! その、御礼は……」
「必要ないわ。用事はそれだけ?」
「はい! ありがとうございます! それじゃあ失礼しますね!」
「今後は私の貴重な時間を……もう行ってるわね」
気づいたら笑顔で走り去っていっていた。足早っ。めっちゃ手をぶんぶん振っててかわいいなぁ、ヒカリちゃん。
……いや、違うんだよ。悪役令嬢としてちゃんとストーリーで負けて矜持を通して死にたいんだよ! なんか絆されてる! クソ、ヒカリちゃん主人公視点でゲームをクリアした経験も足を引っ張ってるな!? 感情移入しちゃってる!
(こうなったら、ケチを付けるしか無いな……!)
あまりにも苦しい気持ちになるが、重箱の隅をつつくようにヒカリちゃんに試練を与えて軌道修正をするしかない。レイカ様解釈的にも相反しない。
試練を与えれば、ヒカリちゃんはレイカ様を頼ることができずに王子様候補などを頼らざるを得ないから自然とルートも確定していく。うむ、完璧な作戦!
となれば、ヒカリちゃんを追いかけるか。どうするかなぁ、総合的に見て成績の低い教科について何かしらの難癖を……ん?
「……ですから……」
「……なによ……つもり!? ……!」
追いかけて歩いていると何やら聞き覚えのある声と知らない声の言い争いみたいなのが聞こえてくるので、そっと近寄って確認。
するとそこには……
「生意気なのよ。平民上がりの癖して!」
「最近は上級生にも媚を売って、恥知らずなのね!」
「そ、そんなことはありません!」
ヒカリちゃんが、同級生の女の子に絡まれていた。
(……あーーー! あったなぁ! こんなイベント!)
平民出身だからやっかまれて同級生に嫌がらせをされるシーン! 乙女ゲーじゃなくてもよくあるシーン! コイツらもそんな嫌がらせしてないでちゃんと貴族としての活動してろよ!
だが、大丈夫だ。ここでストーリーの進行状態を確認できる。助けに入ってくる攻略対象! そして助けられるヒカリちゃん! 好感度の進行度がグンとアップ!
(このイベント、回避出来るけど攻略対象絞ってるなら使うんだよな)
ついでに、マスクデータの好感度の確認も出来るのでこれを利用した解析とかも流行ってたなぁ。懐かしい記憶に遠い目になっちゃう。
ということで隠れて確認をしてみよう。誰が来るんだ?
「ふん、平民上がりの癖に礼儀も弁えてないものね」
「ええ。馴れ馴れしくお友達作りなんて……どれだけ他の方が迷惑しているか分かっているのかしら?」
「……」
「あら、言葉もないのかしら? まあ、下賤な平民が喋るよりは黙っている方がお似合いよ」
そして待つ。
まだ色々言われて小さくなるヒカリちゃん。だが、まだ待つ。
そして、どんどんエスカレートする貴族モブ。しかし、ま……いや、早く来いよ!? 誰かしら来るだろ!?
これ以上見てるの辛いんだよ! 自分のレイカ様がやる分には結果を出すか否かだし、カラッとしてるけどこういうジメジメしたリアルなのは見ててシンドイんだぞ!
「ふふ、そう言えば最近は成り上がりのアクレージョに媚を売っているようね?」
「あら、お似合いね。下賤な平民と下品な成り上がりが……」
(カッチーン)
あっ、はい。ライン超えたな。はい、お前らライン超えだな! もう待ってられないどころか怒り心頭だ。
例えどうあろうとも、こういった成り上がりだのでレイカ様をバカにするような奴らは許さねえ!
「なっ、私をバカにしても、レイカさんは――」
「あら、騒がしいと思って来てみれば」
笑顔でレイカ様ログイン。普段見せる以上に、にこやかな表情で登場だ。目の前のモブお嬢様たちはこっちを見て顔面蒼白になっている。
うんうん。遅かったね。もうにっこにこだよ。普段が冷徹な人間の全力の笑顔、凄い怖いだろ。
「あ、アクレージョ様!?」
「ええ、ちゃんと敬称を付けれたのね。家名の呼び捨ては、一年だから見過ごしてもいいわ。でも……下品な成り上がりだったかしら?」
「い、いえ! そんなことは!」
「あら、私の聞き間違いかしら? これでも耳の良さは褒められたのだけれどもね」
そう言って、笑顔のまま笑ってない目で二人を見る。もうネタは上がってんだぞ、てめえらということだ。
もう、二人は恐ろしいくらいに怯えている。まあそりゃそうだ。今からやることは実質的な貴族令嬢人生の死刑宣告だからな。
「ち、違うんです! これは間違いで……」
「間違い? 何が間違いなのかしら? この学園に通っていることかしら?」
「ひいっ……!」
「わ、私はコシャーク家よ!」
む、モブお嬢様が急にそんな事を言い出す。確か、そこそこ地位がある貴族だったかなぁ。
まあ、でもそこそこの地位だったら問題なし。
「あら、だから何? この学園において、実力と品性こそが必要なのよ? 家柄しか誇れないのかしら?」
「あ、アクレージョなんて! お父様に言えば一捻りなんだから!」
「……本気で言ってる、貴方?」
いや、無理だろ……怒ってたのにアホなこと過ぎてちょっと冷静になっちゃった。
めっちゃ簡単に言ってるけど、一応実力で貴族位を勝ち取って王から拝命されてるからね? それこそ正当な理由を持ってキシドー家とかシルヴィアくんレベルの家が周知してやっと潰せるようなレベルだよ?
ぶっちゃけ、一人娘でも、イケイケの貴族に喧嘩を売ったバカ娘となれば……実家に帰ったら相当にマズいと思うよ? とはいえ、先に喧嘩を売ってきたのはそっちなので同情の余地なし。
「そう。知っている? この学園には修道院があるの。学園にそぐわない生徒はそちらに転校をしてもらうことになるけども……」
「きょ、脅迫をするつもり!?」
「あら、穏当なお願いよ。それとも、貴方は家で立場なく飼い殺される方がお好みかしら? そうね。相手を見て噛みつけすらしないような愚かな子は放逐されてもおかしくないけれども?」
こっちは本気だぞ。という意思を目に力を込めて伝える。
レイカ様の強気のぶれない対応に不安になって顔を見合わせてどうすればいいのかと所在なさげにしているモブ二人。
「さあ、どうするの?」
「……くっ、うう……」
泣き出しそうになりながら、何も言えない二人を見てヒカリちゃんがレイカ様に話しかける。
「あ、あの。レイカさん。確かに酷いことを言っていましたが……反省をしているようですし……」
「何を言っているのかしら?」
そこでヒカリちゃんに釘を刺す。優しい子だけど、貴族だからこれを許しちゃダメだよ。
あっ、ピンときた! ふふふ、ここでさらにヒカリちゃんに悪役令嬢っぷりを見せつけて更にちゃんと軌道修正をする完璧なプラン!
「品位も実力もない輩にこの学園での席はないわ。それは誰だって例外ではないの」
「で、でも……!」
「そんな実力も品位もない有象無象すら跳ね除けられない貴方は、私の見込み違いだったのかしら?」
そう言って、侮るような視線を向ける。
その言葉に、ぐっと目を伏せるヒカリちゃん。可哀想だけど、これも正しいルートのためだ。
「処罰を止めた時点で貴方も同罪。だけども、努力をしていたことは認めるわ。だから、貴方にはチャンスを上げる。そうね……ちょうど一ヶ月後にある優秀な生徒を決める剣舞会。そこで貴方が上位4名に入ることも出来ないのなら……この学園に貴方の席はないわ。荷物をまとめて出ていきなさい」
「えっ……」
「一年と二年生の合同で行われる催し。あくまでもレクリエーションとはいえ、実力を見せる機会だもの。ああ、そこの二人も上位4名になれるのなら特別に許してあげてもいいわよ」
「なっ、そんなの無理です!」
「そうよ! あんなのまず参加が……」
「そう。なら、諦めて修道院に行くことね」
その言葉に、沈黙してどうするかという顔をしている。ふふふ、レイカ様を侮った罰を受けるのだ。
そしてヒカリちゃんを見る。
「貴方はどうするの?」
「……わかりました。私は、そこで実力を示します」
「そう。なら、まずは参加できるようにすることね」
そして颯爽と去っていく。優雅に歩きながら内心では自分の機転に褒めたいくらいだった。
剣舞会はいうならイベント戦だ。導入とか細かい部分は違うけども、だいたい同じようにレイカ様がここで結果を出せないとヒカリちゃんは学園から追放だと宣言するイベントだ。結構難しそうに見えるが、実はそこまでじゃない。
(ちゃんと救済措置もあるからなぁ)
というのも、このイベントで8位になれればその時点でゲームオーバーは無くなるからだ。
レイカ様は上位に入るのだが、王候補であるロウガくんに負けてしまう。これに関してはちゃんと伏線があり、王候補の持つ始祖魔法の素質は持ち主の色々な能力値を大きく伸ばす力があるのだ。そのため、同年代に比べて優秀になり、ヒカリちゃんも始祖魔法の力で一年で二年生に勝てるレベルで能力が伸びていくのだ。
このイベントでロウガくんに負けて一位にすらなれなかったレイカ様は、始祖魔法を持たない自分はこのままでは王になる目的どころか、その前すら果たせないと察して力を求めていく……というボスになるフラグが立つのだ。
ちょうど思い出して組み込んでみたが……自画自賛するレベルの大成功だ!
(ふふふ、レイカ様……なんとかやってやりましたよ!)
これで正しい歴史に戻してやる!
その決意と共に、浮足立って家路につくのだった。
レイカさんと二人の貴族の方が居なくなり、誰もいない中庭で私は自問自答していた。
(レイカさん……)
学園を去るか、それとも剣舞会で上位になれ。あの言葉の意味を考える。
剣舞会で4位になる。クラスメイトのアラタちゃんから聞いたけども、そこで実力を示せば学校でも確かな地位を認められてアドバンテージになるらしい。
(……でも、厳しくて酷いように見えるけども……レイカさんがいうなら、もっと別の意味があるはずだ……)
この道をレイカさんは絶対に通らない。だというのにやってきたのは……多分、私を心配してのことだと思う。
少しだけ迷惑そうにしていても、いつだって話は聞いてくれていた。そんなレイカさんに、あんなに厳しくて辛いことを言わせた自分が情けない。
(今回のことだって、ちゃんと私が毅然としてれば……)
アラタちゃんからも言われたけども、やっかみや嫌味をいう貴族なんて学生である以上は差がない。だから、言い返せばいいのだと言われた。
でも、平民出身である立場がどうしても私を竦ませてしまった。だから、ああいう態度をレイカさんにさせてしまったのだ。それは、この学園でやっていくために私に足りないものを自覚させるためだろう。
「もう、迷惑をかけたくない……だから、私が強くならないと」
変かもしれないけど、レイカさんの事をお兄さんのように感じるのだ。女の人だというのに、ときに頼れて心から憧れる遠い存在。……お兄さんだなんて失礼だから言わないけれども。
だから、あの人に失望されたくない。そして何よりも……私はあの人に並べるようになりたい。今回のこれは、そのために……私を認めてもらうための試練なんだ。
「頑張ろう……!」
決意する。
レイカさんに見合う私になるために……剣舞会で、レイカさんのもとにたどり着いてみせようと!
月曜日になったので初投稿です




