三年と帰還と今後と
帰還した学園の医務室。
運び込んだメアリちゃんはぐっすりと眠っている。医者はさっきまでメアリちゃんの様子を見て治療をしてくれていたが、状態が安定したので帰った。
そして目の前には出迎えてくれたシルヴィアくんが医者から聞いた事を話してくれていた。
「ホオズキさんは要治療だね……とはいえ、汚染の影響での後遺症はなさそうだよ。浄化の蝋燭で腕をやけどしていたのが良かったみたいだね。汚染の被害が最小限に抑えられた」
「そう、不幸中の幸いね」
「まあ、その代わりに普通に重度の火傷で重症なんだけどね……アクレージョさんには無理をさせないようにしてほしいんだけどね」
「覚悟を決めた子を止める道理はないわ」
「いや、あると思うよ」
そんな会話をしながら、俺も医務室で治療をしていた。
魔獣とひたすら戦い、爆発が直撃はせずとも余波を受け続けたので相当にボロボロだ。レイカ様の体を傷つけるなんて油断をしすぎているな……
とはいえ、自分でもちゃんと処置を出来る程度だ。なので自分で包帯を巻いたり消毒をしている。
「それで、アクレージョさん。残り三階層だね」
「そうね。次の階層を挑むメンバーを決めるわ」
「うん、そういうと思って用意したよ。残り三階層のメンバーだけど」
笑顔でそういうシルヴィアくん。ふむ、なんかやけに物分りがいいというか普段と違うというか。
そして紙を渡される。色々な注意書きやらデータの書かれているそれを見てみる。なるほど、シルヴィアくんを含めた三年組がメインとして次は行く予定と。
……ん? おかしいな? 見間違いか? あるべきものがない。
「シルヴィア」
「それは正しいよ、そのメンバーで行くつもりだよ」
笑顔のシルヴィアくん……だが、圧が凄い。今までシルヴィアくんと敵対したり仲間になったり色々とあったけども、こういう圧のかけ方は初めて経験する。
なんというか、こう……普段怒らない教師が怒った時のような逆らえない感じ。
「……私が居ないのだけども?」
メンバーを見たらシルヴィア、ロウガ、ツルギの三人になっていた。
そう……レイカ様が! いないのである! そんなレイカ様に優しく聞いてくるシルヴィアくん。
「質問だけどアクレージョさん、先日ちゃんと寝たのはいつかな?」
「……? 睡眠は取っているわよ?」
「最低でも五時間以上の睡眠を取った日は?」
「……数日前に取ったわ」
頭の中で遡ってみてちゃんと寝ていると主張する。が、シルヴィアくんの圧のある笑みは消えない。むしろ強くなった気がする。
「その数日前っていうのは、まさかと思うけどダンジョンに挑んだ日じゃないよね?」
「睡眠は睡眠じゃないかしら」
「アクレージョさん、知ってるかな? 魔力を使いすぎて気を失って昏睡したのはちゃんとした睡眠に勘定しないんだよ。ちゃんと、屋敷のベッドで、ぐっすりと眠ったのは?」
「……覚えてないわ」
最近は魔人騒動やらカイトくんの家に行ったりと忙しかったし、色々と考えることが多かったのだ。記憶にある限りで五時間以上の睡眠って言われても思い浮かばない。
その言葉にため息をつくシルヴィアくん。
「これは僕たちの落ち度でもあるんだけど……アクレージョさんだけに負担が行っている現状はおかしいんだよ」
「あら、私は――」
「自己申告で大丈夫と言われてもね。それに、アクレージョさんに頼り切っている……いや、頼り切るというのは違うな。君だけが誰よりも過酷な道を歩くのはおかしいんだよ」
本気で心配して諭される。
……なんだろうな、剣聖徒で争っていた時が嘘のような……いや、でもこっちが素なんだよな。シルヴィアくんはとても優しい人間だ。そして何より公正な人間である。だから、一人だけが負担を背負っている状況は許せないのだろう。
「はっきり言えば、アクレージョさんは連戦で能力が落ちてるよ。だから休むべきだ」
「失礼ね」
「事実だよ。僕の知ってるレイカ・アクレージョという人間ならもっと上手くやっているはずだ。普段どおりならね。それでも君が怪我をしたり気絶をしたりしているのは間違いなく焦って休んでいないからだ」
「……」
痛いところを突かれた。
実際、ボロボロになったのもそうだし最近は体を張ってばかりなのもそういう側面はある。
「……そうね、認めるわ。最後の鍵がいつ奪われるかわからないからこそ、急いでダンジョンを踏破したかったのよ。あの魔獣を倒すことは成長につながるから」
「そうだね。それは僕も認める……だけど、君だけがいつも行く必要はあるのかい?」
「……」
まあ、レイカ様が行く理由と言われたら……
「私がいれば確実に魔獣を倒せるからよ」
「レイカ・アクレージョ」
その静かな言葉は、場の空気を凍らせるような冷たさだ。
本気で怒っていた。先程の怒りが子供の癇癪に思えるほどに本気でシルヴィアくんは怒っている。
「あまり僕たちを舐めるな。君が居なければダンジョンを踏破できない木偶だとでもいうのか? 僕たちの積み重ねを君は侮辱するのか?」
「……ごめんなさい。失言だったわ」
素直に謝罪をする。今回ばかりは頭を下げた。
俺がゲーム知識を持っているからと行って、確実ではない。それに、彼らのことを甘く見すぎていた。いや、どこかで調子の乗っていた。本気で反省をする。
「休むべきだね。普段の君はこういう失言をするかい?」
「……そうね」
ここで認めないのは俺の大好きなプリンセス・ブレイドの世界に生きる皆に失礼だ。
プレイヤーが居なければ何も出来ないNPCなんかではない。彼らは生きて自分で考えてやり遂げる人間なのだ。だからこそ、俺の発言は本当に酷いものだ。レイカ様の中から飛び出て泣いて侘びたい。
「君が見据えている戦いに備えるなら、君がいない状態でも勝てなくては意味がないんだ。ダンジョンの残り二階層は僕らが進める。最後の階層に関しては相談するけども、君はダンジョンへの出入りは禁止だ」
「……分かったわ。でも、条件があるわ」
「条件?」
「ヒカリかメアリを連れていきなさい。あの二人は経験をすべきだわ」
「……本人の意志次第だけども、なんでだい?」
純粋な疑問の表情を浮かべるシルヴィアくん。
「――あの二人はまだまだ強くなるわ。私と違ってね。だから、あの二人に経験を積ませたいの」
「アクレージョさんがそこまで言うほどかい?」
「魔力という水を入れる器が違うわ。私はもう限界に近いけども、あの二人はまだまだ器に入る。誰も勝てないほどに強くなるでしょうね」
ゲーム的にいうなら、それぞれのキャラクターにステータスの限界が300や500と設定されている中でメアリちゃんとヒカリちゃんだけは全て999で設定されているようなものだ。
だから伸ばそうと思えばこの世界のどの生物よりも強くなれる。とはいえ、あくまでも上限なので伸び悩んだりとかはあるだろうが。
「私はもう限界が見えている。これでも相当に誤魔化してきたけどもね。でも、あの二人はまだ上を見れるわ」
「……驚いた。アクレージョさんからそんな弱気に聞こえる発言が出るなんて」
「純粋な事実よ。とはいえ、ただ負けるつもりはないけどもね」
まあ、これに関しては主人公とそれ以外みたいな特別な才能との差みたいなもんだ。これからの苦難やら何が起きるかわからない世界で、ヒカリちゃん達はもっと強くなってほしいのだ。ちゃんと一人でも乗り越えれるように。
「うん、分かった。伝えた上で本人の意志を確認するよ。断られたら僕たちだけで行く。それでいいかい?」
「ええ、それでいいわ。ああ、あとメアリのことだけども」
「うん、聞いてるよ。セイドーくんからね。始祖魔法の才能はあっても魔法が使えない……まあ十中八九、出生を偽装して市井から連れてこられた子だろうね。おそらく、組み込んだ貴族は傀儡として実権を握ろうと考えているんだろうけども」
……ホークくん、あっさりとバラしたな。まあ、シルヴィアくんだけならいいけども。
「どうするつもり?」
「アクレージョさんがその程度構わないって切って捨てたのなら、僕もそれでいいさ」
「あら、いいの?」
「当然だよ」
ニコリと笑う。それはどちらかと言えば、挑戦的な笑みだ。
「魔法を使えない後輩に負けるなら、それまでの才能だ。不満があるなら勝てばいい」
「いいわね、それ」
「アクレージョさんの意識が移ったのかもね。とはいえ、彼女の家についてはいずれ洗っておくよ。それとこれとは別だからね」
「ええ。この事実に関してはメアリが自分から言い出すまでは黙っていて。あの子が自分で乗り越えることだもの」
「うん。ホオズキさんがどうするのか。それ次第さ」
そして会話が一段落する。治療も終わったので部屋を出ていこうと立ち上がるとシルヴィアくんが声をかける。
「それじゃあ、ちゃんと休息を取るんだよ。それと、ご飯もしっかり食べるべきだよ。最近は忙しいからって簡単な食事で済ましているだろう? 栄養は大切なんだから……」
「親じゃないのだから、言われなくても分かってるわ」
「それなら良かった。ちゃんと言わないとすぐに無理をしようとするからさ」
そういうシルヴィアくんに見送られながら医務室を出ていく。
「……休息ねぇ」
……何をすればいいんだろう?
忙しさに慣れきったせいで、ポッカリと空いた時間……何をすればいいのかわからないのだった。
ドクターストップをかけられて日常パートが始まるので初投稿です。




