知らない展開だ……
「迎えは明日呼ぶ。俺からは兄貴へお前が話せるように連絡を繋いだだけだ。まあ、変な忖度も入れ知恵もしてねえ。だから好きに話せばいい」
「……ロウガ様が許しているとはいえ、もしもアクレージョ。貴様がキシドー家に無礼を働いたら……分かっているな」
「はいはい、分かったわ。感謝するわね、ロウガ・キシドー」
「おう、じゃあ明日は期待してるぜ」
そんな感じで言い残して、二人は帰っていった。
……さて、ついに来た。この世界に転生してレイカ様になり初めてのピンチと言える。というかこんなタイミングでピンチになるとか思わなかった。
(いやいやいや! なんにも考えてないよ!? そんな同伴されて面白いこと言える準備も何もしてないよ!?)
まだルドガーも居るので表面上は平静を保っている。しかし、内心では汗がダラダラと流れているしなんとかしてくれと助けを呼びたいレベルだ。
まず絶対に通らない要求だから安心してたのに! 作中でも登場するのはロウガくんの個別ルートでの障害としてというレベルのキャラだぞ!? なんで頑張っちゃうのロウガくん!?
(まず、一国の軍部を統べるような貴族の家の次期当主だぞ!? つまらない話をしたらぶっちゃけ、アクレージョ家の立場が相当ヤバいんだよ!)
エンドの前に世界中から総スカンを食らっちゃうよ! クーデターの前に作ったコネクションも何もかも破綻しちまう~!
ということで、必死に今は理由をひねり出している。明日に納得できるような理由を用意しないと想定してない破滅を迎える。レイカ様が勝手に没落エンドとか、もしもお出しされたら製作者を殴りに行くレベルなので俺も必死だ。
俺は、ただ破滅したいわけでも、無為に死にたいわけでもないんだ! レイカ様という推しを完璧な悪役令嬢として全うさせることが望みなんだよ!
しかし、考えても考えてもネタが出てこない。そんなに簡単に出たら苦労はしないもんなぁ!
(ぐぅうう……仕方ない。反則かもしれないけど、これしかないよな……)
ある意味では禁じ手。こういうのはフェアじゃないというか、どうなるか分からないから使いたくはなかったけども……
次の日。迎えの人間に送迎されてキシドー家にやってきた。バカでかい門をくぐって歴史を感じさせる屋敷の中に通される。
(アクレージョ家よりも豪華だな……まあそりゃそうなんだけど)
ガチガチの歴史を持つ貴族だもんな……そして案内された客間は、複数ある中でも一番グレードの高いであろう部屋だった。管理の行き届いた室内は目のこえたレイカ様視点でも感心するレベル。そして、内装も見事で、部屋を飾る小物ですらアクレージョ家でも買うか悩むレベルの高価なものばかり。
つまりここは、一流の貴族を応接するのに使う客間だろう。複数の部屋を相手によって変えるのは当然だからね。それを考えれば、アクレージョ家の事をこの部屋を使っていいと思うほどに注目しているということだ。
(ううむ、注目されるのは嬉しいけどもあんまり注目されすぎたら困るよな……というか原作と違いすぎるんだって!)
まずこんな展開原作にねえし!
そして椅子に座って待っていると、奥から現れるのは現在3年生であるキシドー家の3男。名前は……ロウソーくんだ、思い出した。ロウガくん個別ルートでの重要人物だったからなぁ。
見た目は流石に兄弟ということで、ロウガくんに似てるんだよな。とはいえ、ロウガくんよりも気難しそうだ。きちっと髪を整えて服も乱れがない。なんというか、めっちゃマジメな委員長って感じだ。
「おまたせした、アクレージョ嬢……いや、アクレージョ家当主殿。私はキシドー家次期当主の……」
「お話の機会を頂き感謝致しますわ。ロウソー・キシドー様」
「ほう、ご存知であったか。私はしがない三男坊なのだがな」
「ふふ、ご謙遜を」
まずは挨拶。ちゃんと名前を知ってるぞとアピールだ。向こうは名前を気軽に呼ばない。まあ、これも貴族の面倒な格付けみたいなもんだ。
さて、ロウソーが座るとロウガくんも入ってくる。本当に聞きに来たんだ……近くの椅子にドカリと座って足を崩す。視線を向けると、笑みを浮かべて手をふる。
「ああ、俺は気にしなくていい。アクレージョと兄貴は適当に話してくれ。最初からの条件だろ?」
「ロウガ。お前は今もキシドー家の……」
「兄貴、小言は無しだ」
「……むぅ、いいだろう」
引き下がるロウソーくん。普通の家ならぶっ飛ばされてもおかしくないが、ロウソーくんとロウガくんの関係は複雑なのだ。まあグレてるヤンキーなロウガくんは家族にいろんなクソデカい感情を抱えているし、家族も負い目があるので仕方ない。
そしてマジで静かに聞く体制になるロウガくん。ロウガくん、そういうキャラじゃないよね!? ……まあいいや。今は目の前のバッドエンドフラグだ。
「それでは、アクレージョ殿。本日は話があると言ったがどのような要件だ?」
鋭い目でこちらを見るロウソーくん。こちらが満足できない話であるなら、分かっているなという威圧だ。
さて、ここからは反則手段だが……だって原作にねえんだもん! 仕方ないだろ! と言い訳をして話を始める。
「ええ。少し小耳に挟んだことがあったので、お話をしたかったの」
「ほう、キシドーの耳に届かぬような話、さぞかし愉快な話なのだろうな」
「ご満足いただけると思うわ」
意訳すると「俺たちも知らねえ話なんだろうな? 違ったらどうなるか分かってんだろ?」である。貴族こわぁ……
「キシドー家の縁者が隣国に居るわよね? とても優秀な家だと聞いているわ」
「ほう、よく知っているな。国内だけではなく、国外まで届く耳をお持ちか。確かに、自慢の家族だ」
「ふふ、よく聞こえる自慢の耳なの」
笑顔で答える。
「その縁者が、なにやら良からぬ動きをしているのを知っているかしら?」
「……ほう……?」
ロウソーくんが反応する。それは純粋に知らなかった反応だ。
まあ当然だろう……だって……
「偶然知ったけれども、そちらの家に物資の動きがあるわ。キシドー家は、魔導石の扱いはしていないと思うのだけれども?」
「ああ。確かに魔導石はキシドー家で扱う事はないな」
「本家に内緒で、私にも聞こえる程の量を集めているけれども。私の杞憂だったかしら?」
「……ふむ、調べてみよう」
そしてロウソーくんは家の人間を呼んで調査するように命じる。何もなければぶっちゃけ、家が取り潰されるレベルだが安心していいだろう。
だってこれ、原作のロウガくんルートサブクエストだもん。
(ごめんなさいレイカ様! 俺は困って原作知識に安易に頼った愚か者です!)
レイカ様の肉体を預かっていながらこんな原作知識を使った雑なプレイをすることになるなんて……くそう!
ズルは駄目なのだ! 一応原作通りなのか調べるために傭兵団を使って色々と調べて裏付けは取れている。だが、こういう原作知識を使って未来予知とかするべきじゃないと思っているのだ。フェアプレイもそうだし、ルートが崩壊しそうなのもあるからだ!
今回はもうロウガくんルートにヒカリちゃんは行かないだろうと考えた上で、一番影響の少なそうなサブクエストを利用させてもらった。
(出来るなら、頼りたくなかったなぁ……)
「耳の良さには感謝するが、その聞こえる耳の自慢のためだけに声をかけたわけではあるまい?」
「ふふ、当然……と言いたいけれども、キシドー家と仲良くしておきたいだけよ。アクレージョ家には敵が多いもの」
余裕の表情で答える。ごめん、マジで何も考えてない。なのでレイカ様シュミレートをして実際に言いそうな会話をする。頭いいし、ロウソーくんがいい感じに受け取ってくれることに期待しよう。
「ほう、その程度でいいのか? 欲がないことだな」
「あら、私としては噂話を教えただけでキシドー家とお知り合いになれたのだから十分得をしたわ。過ぎた欲は身を滅ぼすもの」
「ほう……なるほどな。アクレージョ家か。覚えておこう」
「ええ、感謝するわ。ただ、これだけというのもつまらないわよね? キシドー様からも私になにかお話でも聞きたいかしら?」
「ふむ……そうだな……」
一応、答えれることくらいなら条件付きで答えるよ~という対応。こういう余裕が評価に繋がるのだ。そしてロウソーくんはチラリとロウガくんに視線を向ける。
そしてニヤリと笑い……
「私の弟は、反抗期でな。日常について何も話してくれないのだよ」
「あら、そうなの」
「なっ!? ぐぅ……」
「出来るなら、普段の様子を知りたいのだがなぁ」
その言葉に、動揺して目を剥くロウガくん。だが、無理やり遮ることはせずに声を抑える。
まあ、それが約束だし律儀だもんねロウガくん。しかし、面白いなー。ロウソーくん。原作だとシリアス一辺倒だからお茶目な所もあるんだ。面白いので、俺も容赦なく乗らせてもらう。
「あら、ロウガさんは家では無口なのね。学校ではよくお話をしているのを見るのに」
「なっ、てめっ! ……ぐぅ……!」
「ほお、面白いな。教えてくれないか?」
「ええ。構わないわ」
もうさっきすごい声で止めそうになってたな。ロウガくん。
今も物凄い不服そうと言うか、変なことを言ったら殴られそうなくらいに真っ赤になっている姿を前に学校での出来事を報告。まあ、大したことじゃないけど興味深そうに聞いてくれるロウソーくん。
ロウガくん突っ張ってるけど根が真面目だから、下級生を助けたりとかしているらしい。それをヒカリちゃんから(聞いてもないのに話すので)よく聞いている話もついでにしておく。チラリと見るともはや怒りを超えて無の表情で目を瞑って待っていた。賢者になってるじゃん。面白すぎる。
そして、つい楽しくて和やかに会談をしていたら時間が随分経過していることに気づいた。
「あら、もうこんな時間」
「む、すまない。ついアクレージョ殿の話が愉快で引き止めてしまった」
「いえ、構いませんわ。では、また機会があれば」
「ああ、では見送りをしよう」
そして立ち上がり、ロウソーさんとロウガくんに見送られる。もうロウガくんは疲労困憊といった様子だが。
まあ、目の前で反論もできず自分のことを話されるの生き地獄だろうしなぁ……変に条件をつけた自分の自業自得だけど。
しかし、なんとかなった……これで当面の不本意なバッドエンドは免れた。危機を残り超えた開放感で、足取りは自然と軽くなるのだった。
「……あれがレイカ・アクレージョか」
見送った後に、兄貴がそう呟く。
俺の目の前で俺の話をするという拷問のような時間に、苛立っていたがその言葉でマジメな空気になる。
「んで、兄貴。あの言葉は本当か?」
「確認を取らせるが確証を持ってのことだろうな。それに、間者から魔法で報告を受けたが、確かに怪しい動きがある」
兄貴がそういうのなら間違いはないのだろう。
キシドー家の血縁であれば、信用のできる奴らなのだが……そいつらが悪巧みをしているとは。身内に敵がいるなんて、ムカつく限りだ。
「けっ、家の恥を知られたなんて恥ずかしいもんだな」
「全くだ。お前が私に久々に話をしたと思ったら、アクレージョへの顔繋ぎ。最初はお前が色ボケたかと心配をしたが……」
「はっ、馬鹿言えよ。あんな狂犬、食い殺されるぜ」
「ああ。気をつけるといい。犬どころか、気高い狼であろう」
マジメな兄貴の素直な言葉に、俺も認識を改める。
面白い女だと思っていたアクレージョは、学園でも完璧な令嬢の仮面を崩さなかった。だが、俺は何かがあると睨んでいてこうして恥を忍んでまで兄貴に顔をつないだ。
その成果はあったと言える。あの女は思っている以上に面白い。俺の不満をすべて壊すような、何かを感じる。
「国外にも届く耳。情報収集力では、国内でも随一かもしれんな。それに、本当に令嬢か? あの立ち振舞いに在り方。惜しいな。もしも家長でなければ、嫁としてキシドー家に迎え入れたい程だ。性別が男なら……いや、立場がもっと簡単であれば楽だったのだがな」
「そこまでか?」
「ああ、そこまでだ。アクレージョ家……元より成り上がりではある。だが、それは実力で勝ち取った立場だ。怠惰に利権を貪るような貴族に比べれば幾分もマシであろう。ただ、その野心さえなければだが……」
含みのある言葉に、気になるが……兄貴が言いよどむならこれ以上は言うつもりはないだろう。
腹芸の出来ない兄貴だ。しかし、野心か。
「野心ねぇ。要注意ってわけか」
「ああ。私はキシドー家の当主としてやることが多すぎる。お前には出来るならば……彼女に目をつけてもらいたい所だ」
「……はっ、やだね」
「ふっ、そうか」
そう言って諦める兄貴。物分りが良すぎて気味が悪いが……まあ、元からこんなもんだ。俺が入学してから一切会話をしてなかったのだから、引き際がいいのは当然だろう。
誰が頼まれてやるもんか。
(あんなおもしれえ女……俺の意思で観察したいに決まってるだろうが)
そうして、ニヤリと笑うのだった。
土曜日かと思ったらもう日曜日なので初投稿です




