三年と悪意と結果と
「オルカ様!」
「お前達……ゴホッ! どうなっている!」
オウドー家にやってきたら、そこは酷いことになっていた。
魔獣によって汚染された兵士がそこらにいる。抵抗するもの、逃げ惑うもの、中には泣きわめいている人間もいる。そして、魔獣達が暴れていた。だが、無秩序な突撃や、飢えた魔獣の共食い。それは今までの規則性のあるものではなく本来の姿だ。
「襲撃が起きました! 今までにないパターンで警戒はしていたのですが途中までは壁を攻撃しているいつもどおりの行動で……そこで対応をしようと近づいた瞬間に、本来の魔獣の動きに戻ったのです! そのせいで、近くに居た兵士達は巻き込まれパニックに……」
「ドルフはどうした!」
「わかりません! 気づいたときには連絡が取れず……そのため、意思統一が出来ませんでした!」
「カイトは!」
「同じく、連絡が取れません!」
そう、兵士達をまとめる指導者が居るのであればまだ話は変わったかもしれない。
しかし、オルカが不在でありドルフとカイトから連絡が取れない。そうなれば、兵士達としてはパニックになるのも当然だ。
「……今から俺が指揮を執る! 無事なやつは集まれ!」
「はい!」
そして、オルカはこちらを見る。
それは、屋敷の中に生きドルフとカイトくんに関しては任せるということなのだろう。
「いいのかしら?」
「お前にやられた傷もあるが……俺は家族を疑えない。そういう人間だ……俺の弟を頼む」
そう言って頭を下げる。それは、いろいろな感情の籠もった中ですべてを飲み込んで託したのだろう。
だから、レイカ様らしくほほえみ答える。
「当然よ」
「……恩に着る」
「二人共、来なさい」
「はい!」
「分かりました!」
メアリちゃんとヒカリちゃんも連れて行く。魔獣退治は任せるとしよう。
そして、カイトくんがいるであろう屋敷の中へと踏み込んでいった。
中は思っているよりも荒れていない。人気がなく静かなことを除けば、普段通りに見える。
だが、それでも感じ取れるものがある。メアリちゃんがレイカ様に向けて小声で語りかける。
「レイカ様……この屋敷、なんというか……」
「ええ。私もそう思うわ」
スラムや裏で何度も感じたことのある、独特の感覚。
緊張感があるのだ。それは、鉄火場やなにか事件の起きた空間にある独特の感覚。ヒカリちゃんも近いものを感じているのか、ポツリと呟く。
「……カイトくんは大丈夫でしょうか……」
「少なくとも」
心配そうに言うヒカリちゃんに答える。
「ここで簡単にやられるような人間を私は認めないわ」
「……そう、ですよね! レイカさんがそういうなら、急いで助けてあげないと!」
そう言って声に元気が戻るヒカリちゃん。空元気ではあるが、それでも多少調子は取り戻したらしい。
優しくて情が深い。それはヒカリちゃんのいい所でもあり、欠点でもある。親しくなった人に感情移入して思い入れてしまう。それがヒカリちゃんの調子に直結するので悲しいことなどがあれば目に見えてパフォーマンスが落ちる。まあ、逆に言えば爆発力にもなるんだけど。
「さて、そろそろね」
屋敷を案内してもらった時に教えてもらったカイトくん……というよりも当主の部屋。
その扉を開け……
「……おや、早かったですね」
なんてことのないように言うドルフ……そしてドルフの前には、地面に倒れ伏しているカイトくんがいた。
「カイトくん!」
「ああ、動かない方が良いですよ?」
そういって、倒れているカイトくんに剣を突きつける。
それは脅迫だ。俺たちに対して自分の弟を使って……ドルフという男の脅迫は、一見するとおかしいが効果的だ。
「貴方達は強いですからね。ここは人質を取らせてもらいます」
「……要求は?」
「ここからの安全な退避ですかね。貴方達には見逃していただきたい」
そんな事を言うドルフ。要求自体はあまりにもしでかした事に比べてささやかな要求だ。
笑顔のドルフに対して、メアリちゃんがキレて叫ぶ。
「どういうことよ! 自分の弟を人質に取って、安全に逃げさせろって意味がわからないわ!」
メアリちゃんの当然の言葉に、ドルフは笑みを浮かべたまま答える。
それは出来の悪い生徒に教える教師のような口調だ。
「生憎、ここで僕が死ぬわけにはいかないからね。自己犠牲なんて馬鹿らしいだろう? 分かるかな?」
「あんた! あたしの事舐めてるの!」
ブチ切れるメアリちゃん。煽りに弱いな……多分意図的に煽っている。冷静さを戻すためにこちらからも言葉を投げる。
「あら、そんな闇魔法に頼っていて命が惜しいのかしら?」
「いいや? 命が惜しいわけじゃないよ。ただ、僕がここで死ぬと不都合が多いし目的も達成できない。だからまだ死ぬタイミングではないだけって話だ」
……つまりは、ここで事を起こしたのは何かしらの意図があってか。
相手の意図がわからない以上は、どうするべきか難しい。だから言葉を投げ続ける。
「カイトが簡単にやられるはずがないと思うけども……どんな手を使ったのかしら?」
「そうですね。僕の裏切りを信じられなかったのかしばらくは説得をされましたよ……全く、愚かな弟ですよ。いざという時には非情になって切り捨てないといけない。それを理解できていないなんてね」
そう言って、一瞬だけカイトくんに冷たい視線を向けるドルフ。
……なんとか会話の隙を見てカイトくんを助けようと考えているのだが、全くと行っていいほど警戒を解かない。視線は常に俺を向いている。
「オウドー家はこの国でも忠義に厚い家のはずなのに、直系の子供が裏切るなんて驚きだわ」
「ああ。だからこそ、効果があるんだよ。僕以外のやつは誰も彼も裏切った時にどこかで「裏切るかもしれない」って納得がある。予想外だからこそ、致命的な一打になるんだよ」
「ご高説感謝するわ。それで、わざわざ自慢げに言って何をしようというのかしら?」
「いえいえ、逃げたくても逃げれなくて。貴方達が怖くてね」
そう言って抜け目なくこちらを観察しているドルフ。しかし、その表情には余裕が浮かんでいる。
……違和感を感じる。カイトくんを殺さないのもそうだが……なにか時間稼ぎをしているような。
「しかし、オルカは足止めにならなかったんだね。予想とは違って残念だ。オルカなら君たちも倒せるかと思ったんだけどね……」
「そうね。でも真っ当に強かったわよ? 貴方と違って」
「はは、それは手厳しいね。まあ、僕はオウドー家の出来損ないだ。生憎、強さという面では勝てすらしないよ」
「だから闇魔法に頼ったのかしら? こんな犠牲を払って?」
「うん、そうさ。闇魔法のおかげで僕は強くなったよ……それこそ、オルカにも勝てるくらいに。強くなるためには何かを犠牲にしないといけない……そうだろう?」
そんな風に言うドルフ。
適当に反論をしても良いのだが、どうにも煽ってこっちのペースを見出そうとしている気がする。
だが。そこで我慢できない子がいた。
「――そんな事はありません! 誰かを犠牲にする強さがなんですか!」
「ヒカリ?」
「何かを犠牲にする強さで、何をしたいんですか! 何のために力を求めたんですか!」
「……何だって?」
ヒカリちゃんが反論をする。
その言葉に、ピクリと反応するドルフ。先程までの余裕そうな表情は一転して歪んでいる。それは苦しんでいるような……
「何を……だって? それは……僕は、この力で……」
「答えてください! そこまでして、何をしたいんですか! カイトくんが自慢のお兄さんだと言っていたのに……どうしてなんですか!」
主人公だ……と場違いな感想が出てくる。でも、それほどにヒカリちゃんの言葉が響いてくる。
「それは僕が……あれ……なんでだ……?」
突如として、グラグラとドルフの視線が揺れ始める。
「僕は、僕……は……」
「見つかったぞ」
突如として、地面をぶち破って何かがやってくる。
全身に闇魔法をまとった男……どこか、シルヴィアくんに似ている。
「なんですか、あれ……」
「ばけ、もの……?」
その男を見たヒカリちゃんとメアリちゃんがそんな風に呟く。
その男から溢れ出てくる闇魔法の魔力が規格外なのだ。それこそ、今まで出会った誰よりも強い。今のレイカ様ですら、勝てるかと言われれば答えられない程度に。
「……ぐっ、見つかったのかい?」
「地下深くに隠していた。これで二つ目だ」
そして何かを見せる。それは欠けているパズルのピースような……
そして、そこで狙いに気づいた。
「鍵を狙っていたのね」
「ふむ?」
その言葉にその男がこちらを見る。
シルヴィアくんに似ているが……その目は真っ黒だ。光も感じないほどに染まりきっている。
「アクレージョ。アクレージョか」
「あら、ご存知かしら?」
「我らの期待を裏切ったお前は、必要ない」
……期待? 何の話だ?
その話は終わりだと、視線を今度はカイトくんに向ける。
「殺していないのか」
「……ちょうどいいタイミングで割り込んできてね……」
「時間がない。今ここで……」
「駄目だ。やる時は、僕がやる」
そう言って止めるドルフ。
その表情はたとえ味方でも許さないという気迫がある。
「ならば引くぞ。時間がない」
「ああ……じゃあ、残りを開放するよ」
そう言ってドルフは指を鳴らす。
その瞬間に、外から誰かの叫び声が聞こえてきた。
「魔獣だ! 魔獣の大群だ!」
「……そう、襲撃のために使っていた魔獣を開放したのね」
そして、視線を向けると既に彼らはその場には居ない。
……今回に関しては完全にしてやられた。今までの襲撃も、今回来ることも全て計算の上だったのだろう。
「二人共、正気に戻りなさい」
「はっ、はい! ごめんなさいレイカさん……」
「うぅ……なんなのあの化け物……」
すっかり気をやられている二人。それほどまでに完全な闇魔法を使いこなすあの男に精神をやられてしまったようだ。
「先に魔獣を倒すわ。このままだと、本当にこの屋敷が崩壊するもの」
「は、はい!」
「分かりました! 名誉挽回します!」
そう言って走っていく二人。
その二人を見送り、気絶しているカイトくんをお姫様抱っこして任せられる誰かを探しに行く。
(……いや、これ立場逆じゃねえかな……)
そんな風に思いながら、レイカ様にお姫様抱っこされるカイトくんがちょっと羨ましいのだった。
最近は眠気に勝てないのでこの時間に初投稿です
応援、感想ありがとうございます!
最近は調子崩し気味で夜に寝るようになっているので投稿が遅れていますが、毎日投稿はしていきますので適当に空いた時間にお読み頂ければと思います




