三年と裏切りと
先程の戦いを終えてから全力で追いかけていると、懐に閉まっていた魔道具から突然の高音が鳴り響く。
「なんだっ!?」
「……あ、ごめんなさいね」
「お前の仕業かよ!」
説明を忘れてたので謝ると、本気でキレた表情でこちらロウガくんに叫ばれた。
「おい、その音はなんだよ! てめえ、説明くらいしろ!」
「忘れてたわ。これは傭兵団がいざという時に鳴らす緊急用の魔道具よ」
「それもうちの商品じゃないですか! どれだけお得意様なんですか!」
「だって便利だもの。玩具という抜け道で相当に危ない魔道具を作ってるから色々と使えるし」
「悪用は止めてくださいよ! それすると最終的に規制されるんですから!」
そんな風に会話をしながら必死に追いかける。
傭兵団が残した道標を頼りに必死に走っている。流石に闇魔法の男が追いかけられている事を考えれば、時間はいくらあっても足りないのだ。
「それで! それが鳴るのはどういう意味だ!」
「逃走が不可能になった。想定外が起きたね」
「……マズいじゃねえか!」
少なくとも、本来の予定は森を抜けてとある地点まで送り届けるのが傭兵団の役目だ。
その道中でトラブルや想定外の事態になったということは……
「ジャードという男、それほどまでに強いのかしら?」
「ありえませんよ。少なくとも、体は強くないです」
バッサリと切り捨てるホークくん。
「セイドー家という家系は研究者の気質が強いんですよ。これは誰も例外ではないですし、何よりもジャードは僕と似たようなタイプで何度も研究成果を競ってきたんです。彼に始祖魔法の才能はありませんし……何度か彼の実力を見ていますが、そういうタイプじゃありませんよ。彼も魔法を使った研究者ですから」
「そう、分かったわ」
「……まあ、隠れて特訓したのかもしれませんが」
擁護をすることは出来るが、ジャードという人間を知っている彼がその擁護をせずに切り捨てたのは……おそらくホークくんは内心では怪しいと思っているのだろう。
それでも、もしかしたらとは思っているのかもしれないが。
「それを確認するためにも……早く行きましょう」
「おうよ……所で、ふと思ったんだがよ」
「何かしら?」
「……この格好のまましゃべるのか? そのジャードってやつと」
さて、真面目な話をしているが魔獣色の全身タイツな怪しい姿をしている三人。これで話しかけて……うん、闇魔法に関係なかったらマズいな。
そんな風に考えて答える。
「……相手が闇魔法を使っていることを確認できなければ、このまま無言の状態で継続よ」
「そうか。ならせめて闇魔法を使っていることを祈るしかねえか」
ロウガくんが遠くを見ているような空気を出す。そんなに嫌なんだなぁ……この格好。
そんな一幕もありながら、男の元に急ぐのだった。
「ひぃ、ひぃ!」
「早く逃げろ!」
「ま、待ってくれ! こ、こんなに山道を全力で長時間も走る事なんてなくて……!」
「死にたくなけりゃ弱音を吐くな!」
必死の形相で逃げる男に、傭兵団は必死でサポートをする。
「どうだ! 妨害は!」
「いや、無理だ! 突破された! というよりも、ありゃなんだ!? 罠も仕掛けて誘導してるってのに引っかからねえ! それに、足止め狙いの攻撃をしてんだろうが完全に殺しに来てるぞ!」
そんな風に傭兵たちは叫びながら、自分に課せられた仕事をこなしていく。
だが、足音は止まること無くドンドンと近づいてくる。指揮をとっていた傭兵が逃げ切れないと判断し、一つの決断を下した。
「……お前、ここで話術で時間を稼げ。これ以上は応援が間に合うかもわからない」
「な! こ、殺されたりしそうになったら……!?」
「こっちでも殺されないように援護はする! それともなんだ? これ以上逃げれるか?」
そう聞かれて男は首を横に振る。とっくに逃げる限界は来ていたのだろう。
それを確認して、もう一人の傭兵に命令をする。
「隠れろ! 決してアクレージョ様達が来るまで死なせるなよ!」
「はい!」
そういうと、それぞれが気配を隠し男は取り残される。不安を感じながらも足を止める男。
そこに、ジャードと呼ばれた男がやってきた。汗一つ流さず余裕な顔をしている。
「諦めたか?」
「はぁ……はぁ……なんだ、お前は……」
「こちらのセリフだよ。なんだ? あの人型の魔獣というのは? 闇魔法の噂だと聞いてきたが……予想外の者がでてきたぞ」
「ふ、ふふ……私の研究の成果だよ……闇魔法を習得して逃げ出して来てね……私は天才だから、こうして開発ができたんだ」
「ほう、詳しく教えてもらいたいものだな」
そう言いながら、剣を抜く。それに顔をひきつらせながら、男は時間を伸ばすために必死に交渉を重ねる。
なるべく相手の興味を引けて時間を引き伸ばせるようにと。
「まあ、待て! 魔獣について知りたくないか?」
「必要ない」
「そ、そうか……だが、私はまだ捕まるわけにはいかない。交渉をしようではないか!」
「交渉?」
「闇魔法を使った人型の魔獣の作り方だ……この情報を渡す。どうだ? 闇魔法だって教えよう……なんなら、知っている限りの闇魔法の組織についての情報を売ってもいい。どうだ?」
そういいながら、男は決してバレないように手で魔力を操作する。
「プライドがないな」
「死んだら終わりだ……! だから、生き残るために私は何だってする……どうだ? お前もこの国の人間なら闇魔法の組織についての情報が……」
「バカバカしい。交渉するつもりなんてない。何も言わずに死ね」
「……捕らえるのではないのか?」
その言葉にニヤリと笑みを浮かべるジャード。
「裏切り者はどこまで行っても裏切るものだろう?」
「酷いな……裏切ってなどいないし、何よりも殺されるのはごめんだ」
「そうか、なら……む?」
剣を振りかぶろうとすると、茂みからジャードに向かって何かが飛んでくる。それに気づいて剣で弾くジャード。
傭兵団が、気をそらすために魔力で強化した矢を放ったのだ。
「なるほど。傭兵でも雇っていたか? まあいい」
そういうと、懐から筒状の何かを取り出して無造作に投げる。
すると、それは轟音を出して爆発した。その衝撃に男は目を白黒させる。
「な、なんだ今のは!?」
「雑魚散らしの魔道具だ。これで邪魔は入らない」
そう言って剣を構える。今度は傭兵団達の援護はない。
魔道具によって戦闘不能にさせられたのだろう。もしくは……死んだのか。そんな風に考える男に対してジャードは問答無用とばかりに剣を振り下ろして男を両断しようとする。
「う、うわあああああああああ!」
だが、男は以前にレイカからの攻撃を見ていた事でかろうじて反応ができた。叫びながら無様に転げながらも必死に回避をする。あまりにも見苦しい回避に、ジャードは思わず眉をひそめる。
「……情けないな。それに見苦しい。恥もないのか」
「ひぃ! ひぃ! 知らない! 死ぬほうが! 嫌だ!」
「ふん……大義もなく恥も知らぬなら救えないな」
そんな風に言いながら、今度は外さないようにもう一度剣を構えて両断するように一閃。
「……なに?」
だが、突如として何者かが割り込んできて、その剣を受け止められる。
そこには、先程の人型の魔獣を名乗る謎の存在がいた。それを見たジャードは鼻を鳴らす。
「……ふん。奴らは死んだか? まあ、それならばいい」
四対一という構図になりながらもジャードは決して余裕を崩さず、剣を構えるのだった。
(まいったなぁ……間に合ったけども、闇魔法を使う現場を押さえていないから判断しきれねえ)
ギリギリで飛び込んでジャードという男の剣を防いだが、そんな風に思いながら構える。
この男の判断の速さのせいで、色々とこちらも後手に回っているなぁ。無実だと優秀で助かるんだが。
(とりあえずは、相手がボロを出すまではこの格好のままで戦うしかないか)
そしてジャードの一撃に剣を合わせて受け止める。
……いや、相当に強いな。それこそ、普通の貴族ではありえないほどに剣の実力もそうだが肉体と魔力の強さを感じる。
「……ふん、本当に魔獣か? それはあくまでも偽装で、中は人間なのではないか? まあ、闇魔法を使った実験体というところだろうが」
そんな風に言うジャード。察しが良いが、察しの良さが別方向に行ってしまったらしい。
まあ、普通に考えてこんな全身タイツの中身がこの国有数の貴族だとは普通は思わないよね……
「まあいい。その程度のゴミに負けるつもりはない。さっさと死ね」
そして、ジャードの剣はさらに苛烈になっていく。
魔法を使っていないとは言え、レイカ様が力負けをする事に驚く。押し切られそうなレイカ様を見て、カバーするようにロウガくんが割って入るがその攻撃も受け止められる。
「邪魔だ」
ジャードが準備をしていたらしい風魔法を放つ。それを見て、ロウガくんは剣で魔法を受けるが、そのまま勢いに負けて弾き飛ばされていく。あのロウガくんがあっさりと飛ばされるのは、相当に強い魔法だ。
やはり、セイドー家の人間の本領は魔法ということなのだろう。すると、ホークくんが突撃をしていく。俺達よりも剣による実力は劣るホークくんだが、ジャードの動きを完全に読み切った動きで対処していく。
「……む? なんだ?」
と、剣を受けながら違和感を感じたらしく眉をひそめる。正体はバレていないが、ホークくんはジャードと従兄弟であり競い合った相手なのだ。何かしら感じるものがあったのかもしれない。
そこで、思わずジャードは目の前の人型魔獣に声をかける。
「まさかとは思うが……セイドー家の人間を使ったか……?」
「さてな! 喰らえぇ!」
突然、背後で小さくなっていた闇魔法使いの男がそう叫ぶ。
その言葉に呼応して、茂みから魔獣が飛び出してくる。それも大型のだ。それは、ジャードに向かって襲いかかった。
「なっ……!? くそ、貴様!? 魔獣を4匹もコントロールを!?」
「いいや! 時間はかかったしコントロールは出来ないが襲いかかるだけで十分だ!」
どうやら命を狙われたことで相当にキレてしまったらしい。
……まあ、4匹じゃなくて1匹。それも暴走させてるので実質的にコントロールはしてないが。
そのまま、暴走する魔獣に狙われたジャード。流石にマズいと思ったのか苦しそうに表情を歪めて……
「……ちいぃ! 『平伏せよ』!」
とっさにそう叫んで、手を魔獣の前に差し出す。
――その両手には魔力が込められていた。それも、闇魔法のだ。
そして、魔獣は……まるで子猫のように大人しくなりジャードの前に平伏した。それは言い逃れの出来ない完全な場面だった。
使う予定はなかったのだろう。ジャードはこちらを恨みの籠もった目で睨みつける。
「くそがぁ……使ったからには皆殺しをしなければな……!」
「……ジャード」
「なっ!? ほ、ホーク……!?」
人型魔獣から声が聞こえた瞬間、ジャードは驚きの表情を浮かべる。
確かにセイドー家の人間ではないかと思ってはいたのだろう。しかし、それが当主……それも、王選の候補となっているホークであるとは流石に予想はできなかったようだ。
そこで俺たち三人はタイツを破り捨てて正体を表す。脱ぐの手間だしね。
「ようやく使ってくれたわね……いい仕事をしたわね。あの魔獣がなければ闇魔法は使わなかったと思うから」
「あ、ああ……それならば良かった……私も役に立てたようだ」
「でも、後でなぜ隠していたのかを聞かせてもらうわね」
「あぁ……はい……」
その言葉に絶望の表情を浮かべる男。まあ、多分だけどほとぼりが冷めそうな段階で隙を見て大型魔獣を俺たちに襲わせて、逃げようと考えてたんだろう。まあお仕置きしとくか。
さて、ジャードとホークは向かい合っている。
「ジャード。言い逃れはさせない。君の家で痕跡がないかを確認させてもらうよ……ジャード、君は――」
「なぜだ」
「……ジャード?」
そういうジャード。しかし、それはホークくんに対する質問というよりも……もっと別の感情が込められた怒りのような……
「なぜだ。なぜだ。なぜだ! ホーク! なぜ俺から奪う! 貴様は、なぜ全てを持っている! 何故、貴様ばかりが恵まれる! 何故、邪魔をする!」
「……何を言っているんだよ、ジャード……」
「ホーク! ホーク! お前のせいだ! お前のせいだからだ! だから俺は――」
もはや狂乱と言えるような姿を見せているジャード。冷静で計算高そうな男だったのに、その姿はまるで癇癪を起こす子供のようだ。ジャードの魔力がいびつに膨れ上がり、爆発しそうだ。
「……あ?」
だが、ジャードがまるで火に水をかけたように魔力が霧散する。
突然の反応に困惑していると、突然茂みから二人の男が現れた。それは気絶させたはずの二人だった。白目をむいて、明らかに意識があるようには見えない。
「なんだ? アイツらは気絶させたはずだろ? どう見ても意識が……」
「……はははは! バカが! お前はいつだって甘いからな! ああ、良かったよ! お前が愚かで! ああ、なんだ。まだ大丈夫だったんだ!」
「大丈夫ではないでしょう! ジャード! 今ならまだ自首をすれば……」
罵倒をするジャードに、それでもまだ自首を勧めようとするホークくん。
……多分、本心では認めたくないんだろう。自分の身内が、国すらも裏切っている事実を。だが、もうジャードという男は止まるようにみえない。
「ああ、このまま死んでくれると最高だが……まあ無理だろうな。さあ、『目覚めろ』! お前たちはこのために用意したのだからなぁ!」
「……が、あ、ああああああ!」
「ぎ、ぐ、がががが!」
ジャードが二人の男に手をおいて、そう言って魔力を込めるのを見た……
その瞬間に二人の男は全身に黒い血管が走っていき、魔人に変貌する。
「覚えておけ、ホーク。お前から全てを奪う。何もかも根こそぎ消してやる」
そう言うと、茂みの奥へと消えて逃げるジャード。それを見て、ホークくんは叫ぶ。
「なっ、待て! 待ってくれ! ジャード……」
「あぶねぇ!」
ロウガくんがホークくんを掴んで退避。そこに魔獣と魔人が突撃した。
地面が爆発したようにえぐれる。それは殺意のこもった、ホークという人間を殺そうとする一撃で……言い逃れは出来ない。
「感傷は後よ。アレをどうにかするわ」
「……はい」
ホークくんはそう言うと、冷静さを取り戻す。
そして立ち向かう……それは二体の魔人と一匹の魔獣。成長したとは言え……最初からハードな戦いだなぁだと思うのだった。
ゲームだったら「クソゲー」「敗北イベントか?」とか言われる状況ですが勝たないと駄目なので初投稿です




