三年と前哨戦
……さて、当然ながら人型の魔獣の正体はレイカ様、ロウガくん、ホークくんの三人だ。
この世界で全身タイツという概念はどうやらなかったらしく、これを着るのよといって現物を見た時に「正気かよ」「美意識を疑う」「効率だけしか考えてないのかよ」「こんな物を作るために店を営業してない」と言われた。おかしい、マッドサイエンティストは「機能性重視でいいね」って言ってくれたのに。まあダサいとは思うけど。
機能としては魔力を通すと魔獣と同じような色合いになるというだけだ。実際に魔獣と同じ魔力が発生するわけではなく似たような色になるだけだが、闇魔法使いの男に小細工をさせて気配を誤魔化している。それに周囲には魔獣を飼っていたせいで魔力の判別をしづらいのだ。なので、余程詳しく調べないと人間だと気付かないだろう。
(しかし、縛りプレイだな)
これ自体には、ある程度強度はあるが……それでも剣や魔法による攻撃が直撃してしまえば普通に壊れてしまう。
そして、あまり強い魔法を使うことも出来ない。というのも、新種の魔獣のフリをしているのだから、その魔獣が突然魔法を使い始めれば流石に違和感を感じるに決まっているからだ。だから、ここではあくまでも自己強化のための魔力以外は使わない戦いになる。
そして……怪我をさせてもいいがうっかり殺さないことだ。殺したら流石に問題になる。ここまで難易度が高いが……不安はない。
(なんせ、無理じゃないからな)
王選候補としてこれまでも様々な修羅場を越えてきた。そして徴兵という不名誉な呼ばれ方をしているレイカ様式ダンジョンアタックで王選候補の全員が何度も連れて行かれて生死の境をさまよったのだ。
それで鍛えられたこともあり、普通に訓練を積んでいるだけの貴族などには負けない実力はついている。だからこそ、こういう場面で無茶が出来るわけだ。
「我々があちらの二体を相手する。お前らは奥の小さい方をやれ」
「わ、分かった」
「は、はい!」
そう言ってレイカ様に二人やってくる。
ここでこの二人を無視して追いかけたい所だが、相手が弱みを見せてもこちらの正体と作戦がバレるとマズいのだ。なので、目撃者は最低限にしなくてはならないので、気絶させなければならない。
(……まあ、この二人は正直いつでも気絶させれるけどさ)
はっきり言えば弱い。まず腰が引けてるし、剣の振り方も魔法の使い方もなっていない。
多分気がつく前に秒で気絶はさせられるが……あちらの二人はこっちよりも強い。そして、あの二人は状況を不利だと見たら撤退するくらいの割り切りは出来るだろう。
つまり、ホークくんとロウガくんがあの二人を気絶させたのを見てこちらも気絶させる必要があるのだ。ある意味では、成長した二人の実力を見るいい機会なのかもしれない。
(ということで、頑張れよ~)
そんな風に心のなかで応援しながら、倒してしまわないようにのらりくらりと戦うのだった。
(ちっ、めんどくせえ……アクレージョの野郎。一番ラクなのと戦いやがって)
ロウガは内心でそんな風に文句を言いながら目の前の男と対峙する。
魔力を使えず、武器も使い慣れない細剣。相手の男の剣を受け止めながら、弾き飛ばす。魔法による攻撃も、喰らわないように回避。
「ちっ……素早いな」
そんな風に男は悪態をつく。
攻撃を喰らわず、魔法を使わず、そして慣れない武器で気絶させる。そんな無茶だと言うのに、なんとかなるという自信がロウガにはあった。
(……アクレージョの野郎に比べりゃあな)
ダンジョンに挑むこともそうだが、それ以外でも半年の間に様々な騒動を起こして巻き込まれてきたのだ。
それに付き合って、何度も危ない橋を渡ってきた。それに比べれば、この程度は無茶とすら思えない。
(そういや、あいつは……)
ふと、ホークはどうかと様子を見るロウガ。セイドー家は魔法を中心に戦う家であり、貴族としての戦闘力はロウガやアクレージョと比べるまでもなく低い。今回のような魔法を使えないという縛りの上では苦戦するだろうと考えていた。
もしもピンチであるなら助けに入ろうと考えていたロウガだったが、その戦い方を見て考えを改める。
(ほお……やるじゃねえか)
「くっ……何故攻撃が通らない……!」
ホークの相手をしている男がそう焦るように呟く。完璧と言えるタイミングで攻撃をしても、受け切られる。ロウガのような豪快さや、レイカのような華美な動きではない。だが、短い時間で相手の動きを読みきって、計算されたまるで演舞のような剣戟を繰り広げていたのだ。
何度も相手の男が攻撃を繰り返し、その全てがホークの剣に吸い込まれるように打たれていく。それは、レイカとのダンジョンアタックで身につけたホークの強みを生かした戦い方だった。その戦い方に、一度手合わせをしてみたいという気持ちが芽生える。
(もしも縛り無く戦うなら……ああやって、攻撃をコントロール。決め手に欠けるなら時間を稼いだ上でお得意の魔法に切り替えるのか。そうなると厄介だな……アクレージョのやってること、イカれてんのに結果は出てんだよなぁ……)
「ぐぅ……こんな人型の魔獣など、聞いたことがないぞ……! 何だこの強さは……! まるで、人のような……」
(まあ、そりゃあ人だからな)
ロウガは内心でそうツッコミを入れる。
まず、一般的に知られていない魔道具。それを使って人間が魔獣のフリをしているというのは意識の外だ。念を入れて闇魔法を使って偽装していることがそれに拍車をかけている。
(……まあ、これが一番楽っちゃ楽か。アクレージョの作戦を認めるってのも癪だがな)
最初にこの趣味の悪い服を来たまま戦うという方法を聞いた時に、「この女は常識すら分からねえようになったのかよ」と嘆いた。隣りにいたホークなど「今からこの人と縁を切れないか」とロウガに相談するほどだった。
しかし、実践してみればロウガやホークでは他の方法は思い浮かばかなかった。もしも相手が魔人になる可能性があるならば、確かに自分達が表立って戦うべきであり未知である闇魔法の存在を考えれば相手に納得をさせられる。
「……仕方あるまい。ここで使いたくはないが……」
(……っと、隠し玉か? まあいい。こっちも腕が温まってきた所だ)
男は魔力を手に集めていく。それを見て警戒をしながら攻撃を徐々に加速させていく。
今まで慣れていない細剣だったが、打ち合う間に徐々に慣れてきたのだ。攻撃パターンが、本来のロウガの戦い方である力で叩き潰すような苛烈な剣戟に変わっていく。
「ぐっ……!? 力が、強く……!?」
(さて、隠し玉があるならさっさとやってみるべきだぜ?)
声に出さずにそう想うロウガ。
ホークやレイカ、ヒカリだけではなくロウガも成長をしていたのだ。分かりやすい力だけではなく、器用さを兼ね備えるという形で。
(この程度のハンデで、苦労してやるわけにはいかねえからなぁ!)
「ちっ……だが、これで!」
そして、男は魔力を発動する。黒いモヤのような魔力、それがロウガの体を包み込む。
一体どんな効果なのか……警戒するロウガだが、全くと言っていいほど異常はない。
(……なんだ? いや、今がチャンスってわけだ)
「なっ……!? ば、バカな……!? まさか、そんな……!」
(これで、終わりだ!)
魔力のモヤを抜けてきたロウガを見て、狼狽する男。それは致命的な隙であり、全力で振り抜かれた一撃は綺麗に胴体に入る。
そして、そのままロウガの力を乗せた一撃で男は威力のままにま吹き飛ばされて壁に激突する。白目をむいて気絶する男
「がはっ!」
「なっ、相棒! ……ぐあっ!?」
相方が吹き飛ばされたことで、もう一人の男が意識を取られてしまう。そのタイミングをホークが見逃すわけがなく、隙を見せた瞬間に急所を剣の峰で叩いて気絶させる。
それを確認したレイカも目の前の二人が驚く暇もなく意識を刈り取る。
圧倒的と言える戦果であり、消耗無く倒せたことに誰からともなく安堵の息がこぼれた。
「……ご苦労様。それじゃあ、追うわよ」
そして走りながら会話をする三人
「見ていたけども、なかなか良い戦い方だったわよ。二人共」
「うるせえ、サボりやがって。最後のやつはお前がやれよ……まあ、だがこういう趣向もちょっとは面白いな。違う武器を使うってのもいいかもしれねえ」
「……」
苦戦をすることなく、ハンデを背負っても余裕で貴族をあしらうことが出来る。
これが今の三人の実力であり、レイカを筆頭にしたダンジョンでのレベリングの成果だった。ふと、違和感にレイカが気づいて声をかける。
「セイドー、どうかしたのかしら? 先程から黙っているようだけども」
「反省でもしてんのか? さっきの戦いを見る限りじゃ、十分に合格点だったぜ」
「……いくら僕でも、初見で相手の呼吸を読むことは難しい。本来なら、負けはしなくても苦労をするはずなんですよ」
走りながら、そういうホーク。その声は、どこか悲哀が籠もっている。
「……なんだ、セイドー? あいつらを知ってたのか?」
「はい……彼らは僕の縁者ですよ。分家ですが……覚えのある一人です」
「……そう。申し訳ないわね。嫌な仕事をさせたみたいで」
「いえ、いいんです。僕が困惑をしていて……悲しんでいるのはもっと別の理由ですから」
形容できない、悲しさと困惑の同居した声で答えるホーク。
聞いたことのないその声に、レイカは尋ねる。
「……別の理由?」
「はい……彼らのことはよく覚えていますよ。なにせ、金のために違法な取引をしたので、反省のために国外に追放をしたはずなのですから」
その発言に、レイカもロウガも驚く。
それはつまり、今回の闇魔法の事件に場合によってはセイドー家も絡んでいるという事だからだ。
「なら、あのリーダーらしい男も知ってんのか?」
「はい。ジャード……彼は僕の従兄弟なんですよ。昔、仲の良かったね……さあ、追いかけましょう。ジャードが彼らを手駒にしている理由……それはわかりませんが、場合によっては僕も本気にならなければならないかもしれないですから」
そう決意した声で言い、走るホークを追いかける二人。
……三人が消えた後、気絶したはずのホークの縁者である二人がゆっくりと立ち上がる。その目に意識はなく、まるでゾンビのように彼らの行った方向へ追いかけていくのだった。
全身タイツマンの正体は予想通りだったので初投稿です




