三年と餌と獲物
さて、二人から逃げ出して学園事務にまでやってきた。
学園事務の中に他に生徒は居ないらしく、シルヴィアくんは一人で黙々と事務仕事をしていた。こちらに気づいて、笑顔を向ける。
「やあ、お疲れ様。大変だったね」
「……見ていたの?」
「うん、君がああも押されているのは珍しいからついつい見入っちゃったよ。そのせいで、ほら。仕事が止まって忙しいんだよね。他の子は帰っちゃったし」
「自業自得よ。性悪」
最近、シルヴィアくんはレイカ様が後輩二人に困らされているのを見て楽しんでいる節がある。ゲームで優しいって言われてるんだから、もうちょっとあの二人に関してなんとかしてくれてもいいだろと思わなくもない。
「それで、今日はどうしたのかな?」
「ええ、休んでいた時の話をしようと思ったの。内緒話は大丈夫かしら?」
「なるほど。なら鍵をしておくよ。基本的に防音だし、事務で残っている生徒は居ないからね」
そう言って立ち上がり、鍵を締めるシルヴィアくん。
大丈夫だという言葉に促されて、スラムで起きたことと黒幕を捕まえて捕縛している所まで話をした。それを感心した表情で聞くシルヴィアくん。
「……なるほど、闇魔法という餌で落ちぶれた人間を集めて教育していると。関係者を捕まえたのはいいけど、末端か……」
「ええ。それに、貴族にも手があるみたいよ?」
「まいったな……身内で警戒をすると外部の手に対して対応出来なくなる。厄介だね。相手が形振り構わなくなる事が一番怖いからこそ、慎重にしないといけないなんて」
そう言って難しい顔をするシルヴィアくん。
この情報自体には価値があるが、それをどう利用するかは難しい所なのだ。特に、内部に敵がいるというのが大きい。敵と味方が分からない以上は、下手に動けない。
情報を聞き出すという話の段階で暗殺なんていう可能性だって十分にある。
「そうね。聞いた情報も有用か判断はつかないわ。だから、餌を用意したの」
「餌?」
その言葉に笑みを浮かべる。
団長とメアリちゃん、俺で考えた作戦だ。場合によっては想像以上に大きいリターンがある。
「……アクレージョさん、悪い顔してるよ?」
「別に気にしないわ。それで、相談があるの。王選に行くメンバーの数人を連れて行くわ。その情報を学園事務の長としての権限で秘匿して」
「違反行為を手伝えなんてとんでもない要求だね……王選メンバーを使う理由は?」
「最悪、魔人との戦闘も想定してるわ。それだけのものが引っかかる可能性はあるから、情報を抑えたいのよ」
その言葉に、本気で悩んだ表情になるシルヴィアくん。まあ、当然だろう。秘匿をして死んだ場合などはシルヴィアくんは死ぬほど悔やむタイプだし。
しかし、それでもレイカ様のことを信用したのかゆっくりと首を縦に振る。
「……分かった。ただ、僕にもちゃんと説明をしてくれるかな? 君の作戦というのを」
「ええ、構わないわ。誰にも言わないことが条件よ」
「当然だよ」
よし、準備は整った。そしてシルヴィアくんに今回の作戦を解説するのだった。
――シルヴィアくんとの会話から半月近く経過して、街ではある噂がまことしやかに囁かれていた。
それは、「人間が魔獣になってしまう屋敷がある」という噂。そして、その原因はとある屋敷に忍び込んだ子供がその現場を目撃したからだという。
最初は嘘だと思われていたが、その屋敷が実在し、誰も住んでいないはずの屋敷に人の気配がする……そして、魔獣らしい姿を見たという声で徐々に噂が大きくなっていく。
「もしかして本当なんじゃないか……?」
最近の魔獣が活性化している事情と、消えない噂に不安から市井ではその話題で持ち切りになる。
貴族側でも市井の事態を重く見て、貴族が調査をするから安心しろという答えが新聞社から発表された。それを聞いた市井の人間はようやく安心する。
……そして、その貴族の調査の入る日。
問題の屋敷の一室で、レイカ様とロウガくん、そしてホークくんの三人は誰にも見られないように待機をしていた。そして、ホークくんがレイカ様にジト目で言う。
「……それで、どういう理由で僕たちはここにつれてこられたんですか?」
当然と言える疑問。
実は、ロウガくんにもホークくんにも詳しい説明をしてない。シルヴィアくん経由で強制的に連れてきたのだ。
「ヒカリさんから協力してほしいと言われて、まあそれくらいなら……と色々としていたら、とんでもない噂が立って事実確認をしに来たら連れてこられたんですけども。人道って言葉知ってます?」
「……セイドー、諦めろ。コイツが絡む事態なんだからよ」
めちゃくちゃ酷い言い草だが、今回に関しては否定は出来ない。
なんなら、このメンバーの理由も結構酷いからな……
「ヒカリからはどういう説明を聞いたの?」
「空き家を使いたいけど、知らないかと聞かれたので、二つ返事で空いている屋敷を貸したんですよ。そうしたら、何故か変な噂が流れて事情を聞きに行こうとしたらシルヴィアさんに呼ばれて、そのまま今日まさにここですよ。まあ、ヒカリさんじゃなくて使うのがアクレージョさんなら納得ですが」
恨みがましい目でそう言われるのだが、むしろこっちとしてはヒカリちゃんが大丈夫です! っていうから、本当に大丈夫な屋敷だと思って好き勝手したのに……
「……もしも私が頼んでいたら?」
「そうですね。もっと価値のない屋敷を紹介しました」
露骨に対応が違うな……というか、ホークくんはヒカリちゃんに甘すぎなのではないだろうか。
そんな風に思いながら、まずは今回に至るまでのスラムでの経緯を説明する。
「というわけで、闇魔法の使い手を捕縛したわ」
「凄いじゃないですか……! まあ、その事情は分かりましたよ。ですが、何をするかの説明くらい僕たちにもするべきでは?」
「何かの間違いで話が漏れる事を警戒してたのよ。どこに耳がついているかも分からないもの」
「ほお、そこまで隠したい作戦ってのはなんだ?」
ロウガくんに促されて、ついに今回の作戦を話す。
まあ、伏せたい理由が第一にだ……
「この屋敷には、闇魔法を使う人間が本当に魔獣を眠らせているわ。だから噂は半分くらい事実よ」
「はぁ!? 本気か!? 犯罪行為じゃねえか!?」
「どういうつもりなんですか!?」
二人が当然のように驚いて抗議をする。
まあ、ある程度レイカ様が無茶をすると知っている二人でこの反応をするくらいにマズい事をしている。だから話を秘匿したのだった。ちなみにシルヴィアくんは聞いた時に本気で頭を痛そうにしてた。
「首輪は付けているわ。それに、魔獣とは言っても小型程度よ。多少危ない橋を渡ったけど、その成果はあったわ。……今回の調査、シルヴィアに確認をしてもらったけどもこの屋敷に確認のために踏み込んでくる貴族は5人よ」
もう言っても無駄だと思ったのか、抗議を辞める二人。だが、この話を聞いて不思議そうな顔を浮かべる。
「……ん? そりゃ多くねえか?」
「そうでしょう? 理由としては、魔人騒動などで王宮の警戒を解くことが出来ず、事実確認だけなら有志の貴族に確認をして貰うのが一番いいだろうとのことね。そして有志が多かったから全員に行ってもらう事にしたらしいわ」
それを聞いて、首をかしげるホークくん。
まあ、この話は事情を知っているほど不自然に感じるからな
「……理由は納得できますし、間違ってはいませんね……ただ、人数もそうですが不自然すぎる」
「そうか? 理由は不自然というほどでもないと思うが……」
そう言うロウガくんに答えるホークくん。
「いえ、まず貴族に行かせる事自体が不自然ですよ。市井の不安を解消するためのアピールだとしても、公に発表せず5人も行く理由がない。そこまで危険だと判断するなら王宮の兵士を動かすべきですよ。それに、有志が順調に集まったのも不思議ですし……なんというか、結果ありきで理由が付けられたような違和感があるんですよ」
「そうね。私もそう思うわ」
「貴族を5人行かせる……いや、5人である必要はないのか……? カモフラージュのために他の貴族を用意した……? なるほど、だからこの屋敷に……もしも僕がやるなら……」
ホークくんは徐々に考えが至ってきたのか、一人で考えながら呟いている。
ロウガくんは早々に諦めてこっちを見る。
「……アクレージョ、説明頼む」
「ええ。まず最初に、私の手駒を使って市井に噂を流したわ。「とある屋敷で人間を魔獣にする実験をしているのを見た」っていう話をね」
「あれもお前の仕業……ん? 市井ではやってる噂と違わねえか?」
「ええ。噂を流している間に変化したのよ。この短い期間で広まったのは運が良かったのか、それだけ不安が大きかったのか……まあ、でも上手くいったわ。ここに関しては運だよりだったから不安だったけどね」
あの時捕まえた男を利用する方法。
それは、噂話を作り上げてそれに対して相手からリアクションを引き出すという戦略だ。噂に関しては広まるように努力はしたが、結構長期的に考えていたので上手くいって助かった。
「身の安全を保証する代わりに、捕まえた男が知り得る情報を聞き出したの。そして、その情報をそれとなく噂話に混ぜて流したわ」
「……闇魔法について知ってないとわからない情報ってわけか」
「ええ。噂に事実が混ざってるから無視は出来ない。相手からすれば放置をするという手は出来ないでしょう?」
あの男が逃げ出した事を相手は把握してない。だから、一体どんな人間が何をして闇魔法を使っているのかが不明なのだ。
だからこそ、相手はリスクを取らないといけない羽目になった。そこから情報が漏れるかもしれないとなれば当然だ。
「放置をすると、学園の王選候補が動く可能性が高くなる。だからこそ、こちらに話が行かないように強引にでも動いて処理をしたいのでしょうね。もしも、相手にとって致命的な何かを知っている人間だったら取り返しがつかないから」
「んでも、その男をわざわざ用意する必要あるのかよ?」
「あるわよ? だって、発見させて逃げてもらうんだから」
「……は?」
その言葉にポカンとするロウガくん。
「今回の仕事は悪役側よ? 適度に確認に来た貴族を邪魔して、相手の反応を引き出すから適度に邪魔をするの。多少怪我をさせてもいいわ」
「……ああ、やっぱりそうなるんですね。まあ、形振り構わない状況じゃないと本性は見せないでしょうし」
一瞬で理解するホークくん。やっぱり性格が悪いからか、すぐに分かってくれる。
魔人化という段階に行けずに脱走した人間では、ボロを出さない可能性も高い。だからこそ、俺たちで邪魔をすることで相手に見誤らせるのだ。メンバーの理由も、そういう危ない橋を渡る方法を取れる人間にしたからである。
「……だからこのメンバーか。確かに他の奴らは出来ねえだろうからな……」
「分かってくれて助かるわ」
「分かりたくなかったぜ」
これがレイカ様の作戦であり、危険ではあるが貴族社会に潜り込んだ闇魔法の関係者を見つけ出す方法だ。
すっかりとマジかよ……みたいな顔をしているロウガくん。ふと、何かに気づいたようにこちらを見る。
「なあ……アクレージョ。聞きたいんだが」
「何かしら?」
「もしも、全員が善意の参加者で闇魔法を何も知らねえやつしかいなかったらどうすんだ?」
その質問に、一言。
「釣りって、釣れない事もあるのよ?」
「お前バカだろ」
呆れたようなロウガくんのツッコミが入るのだった。
チーム悪属性なので初投稿です。当然ながらメアリちゃんもこの枠組に入ります




