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三年生と新しき王候補

 ……さて、最後の王候補が転校してくる日となった。王候補なら盛大に歓迎されるのではないか……と思うかもしれない。

 王選というのは国の儀式であり、評判ではなく能力で判断されるため大々的にアピールされることはない。特に人気投票みたいな側面が生まれてしまえば、人気で不適当な候補が王になるかもしれないからということでの措置だとか。

 なので、今回の転校してきた王候補も生徒の噂になって興味を惹かれているような様子は見えたが、騒がれることはなく静かなものだった。


(まあ、そっちのほうが助かるんだけどさ)


 廊下を歩きながらそんな風に思う。大騒ぎになると少し顔合わせをするだけでも騒動になってしまう。

 さて、何をしているのかと言うと王候補の顔を見ようと探しているのだ。


(中々見つからないな……ん? あれは……?)

「アクレージョくん!」

「……なんだ、カーマセなのね」

「おや、探し人じゃなくて悪かったね」


 そう言って笑みを浮かべるカーマセ。剣聖徒の時から話すようになり、そこそこ仲良くなったので相手もこちらも気安く声をかける。


「別にいいわ。すぐに見つかると思っていないもの」

「そうか。ああ、そういえば今度新メニューを作るんだが……」

「行くわ」

「……即答だね。いや、出資者としては熱烈なファンはありがたいんだけども」


 ちなみにレイカ様もお気に入りであり、ヒカリちゃん御用達の喫茶店の出資者らしい。そこから何度か新メニューを味見させてもらったりした仲でもある。


「まあ来るときには声をかけてくれたらすぐに案内しよう。それで、今日は君も新しい王候補を見に来たのかな?」

「ええ、そのつもりよ……カーマセも王候補が気になるのかしら?」

「ああ、そうなんだよ。僕も興味があってね……」


 おや、意外だな。カーマセが興味を持つというのは。

 なにせ、王候補であるということは優秀だという証明だが……それ自体には大きい意味はない。王候補であるからと言って貴族として大成するという話でもないからだ。


「……何かカーマセ家に関係がある家?」

「いや、家は関係ない。突然、王候補として祭り上げられ知らない学園への転入をしたのだろう? その子も慣れない環境で大変だろうし、王選というプレッシャーもあるはずだ。ならば、僕のようなある程度立場があり王選の絡まない上級生が声をかけて歓迎してあげるべきだろうと思ってね」

「……そういうことね。でも授業を休んでまですることかしら?」


 そう、今はまだ授業をしている時間。別に休んでも問題はないのだが、真面目なカーマセとかはちゃんと受けているはずだ。

 しかし、笑みを浮かべて否定する。


「なあに、必要な授業というわけでもないからね。将来有望な後輩のためなら、この程度の手間は当然だ。ああ、その王候補の子には言わないでくれよ? 気を使わせたくない」

「……カーマセ、貴方って本当に貴族?」

「む? どこからどう見ても貴族だろう?」


 見た目は確かにボンボンの貴族だけど……貴族というには良いやつすぎるな、カーマセ。

 ちゃんと話をしてみると優しくて、他人を気遣うこともできる。それに、他人の趣味への理解も高くて身分に拘らず優しく出来る。本当にクソ弱いということを除けば完全無欠でシルヴィアくんに匹敵するというのは伊達じゃない。ゲームでは完全な一発ネタだったのになぁ……


「そうね。喋っていても何だからそろそろ探しに行きましょうか」

「そうだね。しかし、転入自体がそうそうないから今は何をしているか……アクレージョくんはどこまで探したんだい?」

「適当に二年の教室を見て回ったけどそれらしい姿はなかったわ。ヒカリに何か知っているか聞いてみようと向かっていたのだけど……」


 と、カーマセと話をしながら歩き、曲がり角に差し掛かった所でうっかり誰かがぶつかる。


「うわっ!?」

「あら?」


 軽い衝撃で驚くが特に体勢は崩れない……が、どうやらぶつかった方はコケたらしい。ううむ、体幹が優れているからなレイカ様。ヒカリちゃんの時も微動だにしなかったし……


「おっと、大丈夫かい? 前を見ていないと危ないよ」

「すいません……」


 と、カーマセくんがさっとサポートをしてくれる。

 ……いいなぁ、カーマセくん。貴族じゃなければ学園でサポートしてくれる執事として雇いたいくらいだ。気遣いも出来るしこういう時に緩衝材になるし……

 と、その子の顔を見てふと気づいた。あれ……この子って……


「おや、見ない顔だね……もしかして、転入生かな?」

「あれ、あたしの事を知ってるんですか?」

「ああ。実は君を探していてね」


 キョトンとした表情の少女をしっかり見れば思い出す。そう、ゲームで何度も見た顔だ。

 よし、最初の出会いが重要だ。


「あら、探す手間が省けたわね」

「あ、えっと……?」


 そして、貴族としての挨拶をする。


「私はレイカ・アクレージョよ。貴方が新しい王選候補ね?」

「れ、レイカ・アクレージョ!? あのアクレージョ!?」


 驚く少女。まあ、そりゃそうだろう。うっかりぶつかった相手が争う相手……しかも、一部では悪名高いアクレージョだ。そりゃあ驚くだろう。

 ……ん? あれ? でも設定的に知ってるっけ? ……まあいいか。


「おっと、じゃあこちらも……僕はコザ・カーマセだ。僕の用事はちょっとしたおせっかいだね。転入生というのはこの学園でも初だからね。王選候補ともなれば、同級生からしたら声をかけづらいだろう? だから、何か困ってないか聞きに来たんだ」

「あら、私は違うわよ」


 そういって、その少女の前に一歩踏み出す。前に踏み出したレイカ様に完全に威圧されている少女。

 その彼女に、レイカ様らしく言い放つ。


「貴方、名前は?」

「あたしの名前……? えっと……ほ、ホオズキ! メアリ・ホオズキ!」

「そう、ホオズキというのね」


 うん、間違いない。彼女こそがレイカ様亡き後にヒカリちゃんに立ちはだかるライバルキャラであるメアリちゃんだ。

 気の強そうな子であり、新しい王候補として突如として転入してくるキャラ。カワイイのだけども、突然増える女の子キャラなので色々と賛否はあった気がする。ヒカリちゃんの対になる存在なのではとも言われてたな……


「あ、アクレージョ様……あたし、何かしました……?」

「胸を張りなさい」

「は、はい!」


 何故かビビって腰が引けていたので、そう命令するとピシッと胸を張る。

 ……あれ? なんか反応が思っていたのと違うな……ゲームだと、ヒカリちゃんをかなり敵視していて何かと蹴落とそうとしてくる、意地悪で反骨精神の強いキャラだった覚えがあるんだけど。生まれ的にもあんまりアクレージョとか知らないと思うのに……


(……まあ、まず原作でレイカ様とメアリちゃんは出会うことがないから反応自体が未知数なんだよな……)


 まず、俺が参考にできる基準がないのが問題だ。とはいえ、やることは変わらない。

 それこそ、ヒカリちゃんと出会った時のように対応をするだけだ。


「貴方、王の候補である自覚はあるのかしら?」

「えっ、え……?」

「他人へ媚びへつらっている人間などは不要だというのよ。ここは実力主義の世界よ。他人に対して媚びるだけしか才能のない人間なら叩き出すわ。肝に銘じなさい」

「……」


 すっかり飲まれて、表情が固まっている。メアリちゃんですらレイカ様の威圧感にはかなわないというわけか……

 まあ、こんなもんか。満足して踵を返す。


「アクレージョくん!? ま、待った! 言うだけ言ってそれは……」

「あら、私は最初からこうだったわよ? 優秀な貴族として学園に入ってきているのだから、その実力もなく媚びるしか能がない無能は私の力を持って切り捨てるだけよ」

「そういうけど、生徒の模範となる剣聖徒だからね!?」

「あら、私がレッテルで変わる人間に見えるかしら? 気遣う役目があるなら私以外の誰かよ」


 そう言って颯爽と去っていく。ふふ、レイカ様もすっかり板についてきた。

 カーマセくんはどっちに付いていくか悩んだのだろう。最終的には転入生のメアリちゃんの方を気遣う事を選んだらしい。

 まあ、これだけ言われたら苦手に思われたり嫌われたかもしれないな。


(まあ、多少嫌われていたり、苦手に思われている方がやりやすいんだよな……いうなら後半のレイカ様枠だし結局は敵に回るだろうし)


 ヒカリちゃんもそういうつもりだったんだけど、何故か向こうからやってくるようになった……なんでなんだろうなぁ……

 そんな風にままならない現実に思いを馳せながら、最初の出会いを終わらせるのだった。



 そして、アクレージョの去った廊下では、カーマセがメアリにフォローを入れていた。


「――ホオズキくん、すまない。アクレージョくんは悪い人間じゃない。ただ、実力主義の貴族でね……本人が誰よりも結果を出しているからこそ、彼女の言動も説得力があるんだ。とはいえ、誰にでも出来ることではない。彼女はちゃんと努力をする人間は見てくれるから……」


 そんな必死のフォローだったが、メアリはすでにカーマセを見ていなかった。

 アクレージョが去っていった方をじっと見ている。そしてポツリと呟いた。


「……あれがアクレージョ……めっちゃかっけぇ……」

「ん? 今なんて……」

「あ? ……ゴホン! え、えっと、カーマセさんでしたよね! 大丈夫です! むしろ、噂に聞いているアクレージョさんに出会えて感動してたんです!」


 そういうメアリ。その表情はキラキラとしていて嘘をついている気配はない。

 それを見て、本当に感動して混乱してたのかな……と納得するカーマセ。


「そうか。それなら良かった。彼女は剣聖徒にもなった人だ。多少過激な部分はあるが、それでもなお素晴らしい人間だ。彼女のような生徒を目指すのもいいだろう……しかし、どんな噂だろうか? アクレージョの名前は貴族の間では有名だが、それでもそこまで大きいものではなかった気が……」

「ガキの……あ、えっと。知り合いの子供の間で噂になってたんです。アクレージョは無名から貴族へと成り上がった凄い人だって。当主さんが死んで、その子供が当主になったと聞いたんですけど……凄いんですね」

「うむ。彼女は血筋こそ良いものではないだろう。だが、この国では見習うべき貴族だよ。おっと、そうだ。本題を忘れるところだった。それでこの学園で……」


 カーマセはそのまま学園の話になり、メアリもその話に答えて話題は変わったのだが……


「アクレージョ……また会えるかな……」


 そう呟くメアリの目は、まるで憧れの野球選手に会えた少年のようだった。

寝落ちして必死に準備をしていたらこんな時間になったので初投稿です

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[一言] アクレージョ様マジリスペクト 一生ついていくっす
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