学園と激闘、ボス戦 後編
「――むん!」
ツルギくんと魔人が激突する。
魔人が振るってくる腕をツルギくんは冷静に見切りながら、ギリギリで回避をして反撃をしている。魔人も目の前のツルギくんに意識を向けていて、こちらを向いていない。
……正確には、魔人の視界を遮るように狙って攻撃をしているので無理やり意識がツルギくんに向かされているというのが正しいだろう。人間、痛みがなくても目の前に小さい虫が飛んできたりしたら反応するのと同じだ。絵面は急所を狙う暗殺者みたいだけど。
(……とはいえ、目の前の攻撃に意識が取られているのを見ると魔人化すると知性は低くなるのかな……? でも、レイカ様が使っていた闇魔法と違う……もしかして隠し設定があるのか?)
プリンセス・ブレイドというゲームは、2を発売する目的だったのか、ゲームの容量や尺の問題なのか……伏せられていた情報が幾つもあるのだ。ファンブックやら公式情報で開示されているデータなどもあるが……まだ判明していない要素は多いのだ。2が発売するならプレイしたかったな……
いや、今はそういう事を考えている場合ではないな。後ろで剣に魔法を通しているシルヴィアくんに声をかける。
「そっちはどうかしら?」
「……大丈夫みたいだ。ツルギくんは?」
「善戦してるわ。とはいえ、私が入れるような隙には繋がっていないわね」
そう、これだけ頑張っていても魔人に飛び込む隙には繋がっていない。
ツルギくんは信用しているが……それでも、ツルギくんには魔人を斬る事ができないのがネックだ。一方的な消耗戦になるからこそ、時間をかけ過ぎればツルギくんといえど集中力も落ちてミスの可能性が高くなる。
「なるほど……それで、アクレージョさんも大丈夫ですか? ツルギくんの次に大変な役目ですけど……」
「問題ないわ。私はレイカ・アクレージョよ」
「……はは、なるほど。とんでもない説得力ですね」
笑みを浮かべるシルヴィアくん。レイカ様も責任重大で難しいポジションだ。ツルギくんが作った一瞬の隙に侵入者の体を魔力剣で切り、シルヴィアくんの追撃のためのお膳立てをする。
色々な戦いを経てレベルアップをしたおかげか、剣舞会のときよりも実力が目に見えて上がっている。魔法剣を使っても魔力の消費で意識が途切れそうになることもなく、何なら魔力を通すのもスムーズにできている。現実だとレベルアップの恩恵をこうやって感じ取れるのか……レイカ様がレベルアップをして最強になっていく事実にはテンションが上がるな。
そうやって自分を鼓舞していくが……しかし、状況としては難しいと言わざるを得ない。
「……む、くぅ……」
ツルギくんも攻めあぐね始めた。なにせ、魔力の鎧を貫けなければダメージは通らないのだから、刀の攻撃は有効打になりえない。いくら急所などを狙っても、それが相手の隙に繋がるわけではない。腕を振り回し、体で突撃するだけの行為が人体への致命的な一撃になる馬鹿げた身体能力を持つ魔人にとって、多少バランスを崩したり意識が逸れた程度では隙にはならないのだ。
魔法剣をツルギくんが使えれば……と思うが、ああ見えて魔法剣は意外と高度な魔法なので無い物ねだりをしても仕方ない。感覚で使うのは難しく、全ての貴族が使えるわけではないのが難易度を物語っている。それに、慣れている人間でも魔法剣に集中するため準備に時間がかかる。
(これ以上は良くないな……ここでチャンスを見つけるためにはリスクを背負うべきか……?)
結局の所、ツルギくんには戦闘を長引かせることしかできない。
いうなら崩れそうな崖の縁でジャンプしているような、いつ崖の下に落ちていくかも分からない状態なのだ。
……失敗をしてしまう覚悟をしてでも、レイカ様が突撃しチャンスを切り開くべきか……
「アクレージョ殿」
レイカ様が動こうとする気配を察したのだろう。
戦いながらも、ツルギくんはレイカ様へ声をかける。声には疲労が滲んでいて、消耗しているのが分かった。それでも伝えようとする言葉を聞くために動きを止める。
「……もう少し、待って頂けるか」
「――ええ、三十秒だけ待つわ」
「かたじけない」
その一言で、ツルギくんの動き方が変わる。
先程までは、相手の攻撃をギリギリで回避しながら急所を狙い相手の隙を作り出すような攻撃だった。しかし、今度は苛烈な相手をそのまま倒そうとする動きになる。
「はぁああああ!」
一発でも喰らえば致命的な相手。特殊な攻撃でなければ通じない。だけども、そんな相手に対して防御ではなく捨て身に近い攻撃を選んだ。
そして、今まで静かに見ていたカーマセが叫ぶ。
「ムラマサくん!? そんな捨て身な攻撃は危険だ!」
「黙っていなさい。カーマセ」
「心配しないでいいよ。ツルギくんを信じるんだ」
「わ、分かった……」
だが、気持ちはわかる。当然ながら、魔人はダメージのない攻撃にうっとおしそうに腕を振って刀を跳ねのけようとしている。
だが、不思議なことに……回避もせずにひたすら攻撃を続けるツルギくんには攻撃は当たっていない。未だにツルギくんの斬撃が続いている。それを見てカーマセくんが驚愕して叫ぶ。
「……な、なんでムラマサくんは無事なんだ!? このカーマセの目には、あの化け物の攻撃は当たっているようにしか見えないぞ……!?」
カーマセくんの言葉に同意しそうになるが、ちゃんと理由はあるはずだ。理由を考えながら観察し……その理由に気付いた。
(……嘘だろ!?)
魔獣と魔人の違いは、肉体があるかどうかだ。攻撃のダメージは魔力の壁によって防がれるが、それでも攻撃された衝撃は与えられて肉体の動きを阻害させる。
それに気付いたツルギくんは、相手の動きをコントロールするように関節に攻撃を加えていたのだ。人体の構造として、衝撃を関節に加えられたら勝手に体は反応するので確かに不可能ではない。
(いやいや! 戦闘中で、それもとんでもない速度で動いている相手に対してどうやって当ててるんだ!? 確かに相手は知性が低いし読みやすい動きだとは言っても……!)
魔人の腕の動きはとんでもなく早い。鞭を振るった時ような視認しきれない速度で攻撃が飛んできている。それの関節を狙って攻撃してズラすなんて……神業としか言いようがない。
シルヴィアくんも気づいたのか、カーマセへ答える。
「……あれは、相手の関節を狙って攻撃をコントロールしているんだよ」
「か、関節だと!? シルヴィア、そんなのが可能なのか!? あんな速度で動いているんだよ!?」
「僕も無理だ……でも、彼だから出来ている」
そう、これを出来るのは現時点で……いや、この後に置いてもツルギくんくらいだろう。
ただ、そんな神業を続けていても限界はある。
「――二十」
魔人からすれば、目の前に飛んでいる羽虫が潰せないような苛立ちを感じているだろう。
腹に据えかねたのか、動きが変わる。先程までは適当に腕を振っていただけだが……
「オオオオオオ!!」
「――二十五」
「なっ、ま、魔獣が!?」
魔人が叫んだ。すると、周囲からヘビの魔獣が飛び出してきてツルギくんに殺到する。貴重な回復する餌を攻撃に使うということは、相当に苛立っていたのだろう。
そして魔獣と一緒に魔人は攻撃を加える。先程とは違って、相手の回避を許さないという動き。
魔獣か魔人か……ツルギくんが選んだのは、目の前の魔人に対する攻撃だった。
「――二十七」
「ムラマサくん!」
同じ様に攻撃をして、魔人の攻撃をずらすが……無視をしたヘビの魔獣がツルギくんの体に噛み付いた。噛まれた場所から魔力を捕食され、黒く汚染されていく。
痛みか、ツルギくんの動きが止まる。そして、知性が落ちたとしてもそんな隙を見逃す魔人ではない。
「――二十八」
「なっ、刀が!」
振るわれた魔人の腕に対して、刀を盾にして受け止めた。当然ながら砕けるが、攻撃の勢いを殺した。刀を犠牲にしながらも、なんとか命を繋いで地面へ倒れるツルギくん。
「ま、マズイ! ムラマサくん! 駄目だ! 逃げろ!」
「――二十九」
だが、倒れたツルギくんは動かない。魔人は勝ち誇るかのように、倒れたツルギくんへ腕を振り下ろして追撃を加えようとする。
倒れたツルギくんの胴体に向けて腕が振り下ろされ……
「――三十」
「時間ピッタリよ」
それが、待ち望んだ魔人の致命的な隙だ。
あらゆる生物に言えること……トドメを刺そうとする瞬間は、最も無防備だ。そして、魔人の土手っ腹に向かって魔法剣を振り抜く。
だが、その傷は浅く横っ腹を少し引っ掻いた程度。それを見たカーマセくんが悲鳴を上げる。
「そんなっ! 攻撃が浅すぎる!?」
そう、切り裂かれても魔人は動揺すら見せない。
魔人にとっては蚊に刺された痛みすらないだろう……
「――見事だ。アクレージョさん」
そう、狙い通りだ。
俺が切り裂いた瞬間に、シルヴィアくんはカーマセの剣を突き刺した。切り裂かれた魔力の鎧が治るコンマ数秒のタイミングを逃さなかったのは見事としかいいようがない。
「お、おお!? 突き刺さった! 僕の剣が、あの化け物に!」
そう、必要なのはシルヴィアくんが剣を突き刺すための小さい穴でいいのだ。
俺がするべき事は、相手に警戒をさせないほどに繊細なダメージを与える行為だけだ。
(はは! こいつも意図に気付いたみたいだな……でも、遅い!)
魔人は、自分の体に突き刺さった剣に気付いて逃げようと地面を蹴ろうとするが……もう遅い。
ここまで静観して準備をしていたのは、ここで終わらせるためだ。
「――『シュミルタネ』!」
その言葉とともに、魔人の体から光が漏れる。始祖魔法の光だ。
肉体へ注ぎ込まれた始祖魔法で、魔人の体内が浄化されているのだ。静かに、音もなく燃えていく魔人はもう蹴る足も残っていない。
ジタバタと、まるでピン留めされた昆虫のようにもがいているが……すでに末端から灰になって崩れていっている。
あれなら大丈夫だろう。
「……さて、こっちね」
そして、ツルギくんに噛みついていた魔獣を切り捨てる。数匹に噛まれた場所は汚染され、痛々しく黒に染まっている。
「ツルギ、声は出せるかしら?」
「……見事な一撃だった、アクレージョ殿……」
「喋れるなら大丈夫ね。私が倒すまで死ぬ事は許さないわ」
「ふふっ……ならば、倒れるわけにはいかんな……」
ここまで汚染されていると意識を保っているのもきついだろうに、笑えるのは相当に強い精神力だ。
懐から念のために持っていた浄化の蝋燭を使って治療をする。そして、汚染が引いた当たりでシルヴィアくんが声をかけてきた。
「アクレージョさん。問題が起きたんだけども……」
「どうしたの?」
「浄化をしたら……ほら、見てくれるかい?」
視線を向けると、そこには完全に灰になって崩れ去った魔人の痕跡だけが残っていた。
「肉片一つも残っていないのかしら……?」
「うん。まさか死体どころか、欠片も残らないなんて……魔人、だっけ? その呼称を使わせてもらうけど、どうやら……僕たちは侵入者にまんまと逃げられたらしいね」
「そうみたいね……ただ、答えは見えなくても手がかりは十分手に入れたわ」
「手がかり……?」
その言葉に頷く。
ある程度、推測やらもある。だが……
「剣聖徒が終われば教えてあげる」
「……ああ、そうだった……まだ終わってないんだったね」
「ええ、当然でしょう。疲れたのなら辞退でもする?」
「……いいや、色々と理由はあるけど……それとは別に、辞退をするつもりはないよ」
その言葉には、今までのシルヴィアくんと違うような感情が見える。
その様子が気になって聞いてみた。
「あら、理由とは別に?」
「うん……そうだな、なんていうんだろうか。僕は君に勝ちたい……いや、違うな……君と戦って決着をつけたいんだ」
そう言って笑みを浮かべるシルヴィアくん。
ううむ、よくわからないが……シルヴィアくんとしては重要なことなんだろう。まあ俺としてはバッドエンドに行くために負けるわけには行かないんだけどさ。
「そう、ならしっかり白黒つけてあげるわ」
「うん……月曜日の投票日を楽しみにしているよ」
辞退してくれても良かったんだけど……まあ、そんなに簡単に勝たせてくれないよな
……と、そこで声が聞こえる。
「レイカさん! 皆さん! 大丈夫ですか!? 先生方も来てもらいました!」
「……やっと来たのね」
ヒカリちゃんが教師たちも連れてやってきた。多分、呼んだり事情を説明して遅れたのだろう。
まるで爆弾でも落とされたような状態の中庭。さて、この惨状をどう理解しやすく説明しようか頭を悩ませるのだった。
家に帰る準備をしていたらめっちゃ遅刻したので初投稿です




