主人公登場でゲームスタートです
さて、ちょうど良さそうな奴らを手駒にするという話でいい感じの奴らを見つけて呼び出したのだが……
目の前には育ちの悪そうな優男。作り笑顔の張り付いた糸目の、なんと言えばいいのだろうか……明らかに金のために動いて、金次第でなんでもする傭兵! って感じだ。普通に顔がいいのにもったいないな……もっと乙女ゲーしてたら固有キャラとして出演できそうなのに。
「それで……アクレージョのお嬢さん。俺たちを雇いたいっていうんですか? 正直にいやあ、あんまり安くないですが……とはいえ、それを気にする家でもないですかい」
「アクレージョ家当主よ。次に間違えれば首を刎ねるわよ。それで、貴方達はお金さえ払えば契約をするのでしょう? 何か問題が? 支払いの不安でもあるかしら?」
「いえいえ、当主様……まあまあ、そりゃあそうですぜ。金さえもらえりゃいい……ですが、俺たちは傭兵上がり。お嬢さんみたいな上流階級のお人に対しての作法も分からねえゴロツキですぜ。だから、なんで俺達を選んだのか分からんのですわ。相当人気で倍率も相当だったでしょうに。ま、端的に言えば裏があると疑ってるんでさ。使い捨てなんてゴメンなんでね」
胡散臭い笑みを浮かべながら、そう聞いてくる男。ううん。この条件をしっかり確認する抜け目ない感じ。なんで君、固有モブじゃないの?
さて、俺が選んだのは金で動く傭兵団。金さえ払えば屋敷の掃除からどこぞの貴族に喧嘩をふっかけるような仕事まで請け負うような奴らだ。実績を見たが、相当やばい橋も渡ってきているグリンドル傭兵団という傭兵らしい。
特に俺が気に入ったのは、金にならない。もしくは金額以上は働かないというところだ。報告書にも、金額以上になった瞬間に撤退したり仕事を辞めたという話があった。つまり、よくあるここぞという時に「へっ、これ以上やる金はもらってないんでね」っていうのが出来る! 激アツ! レイカ様がその時に「ふっ、まあそうでしょうね」とか言ってたら最高じゃね!? ということで決定した。
「貴方達は報酬さえ払ればキッチリと仕事をする。その値段分を……その姿勢が気に入ったわ」
「そりゃあそうですが……失礼ですが当主様、いったい俺たちを使って何をしでかすおつもりで?」
「あら、その質問は契約料から差し引けばいいのかしら? 高いわよ?」
大真面目な表情でそう答えると、ポカンとした表情を浮かべる。そして大爆笑。
いいねぇ……こういうやり取り。レイカ様の見た目でこのやり取りはめっちゃ様になる! レイカ様はやっぱりカッコいい最高の推しだぜ!
「あっはっは! こりゃあ失礼しました! 金の切れ目が縁の切れ目。グリンドル傭兵団はお嬢様の忠実なる手足になりますぜ」
「ええ、ルドガー。手付金を」
「はい」
そう言ってカバンいっぱいの金貨を渡す。
それを見て交渉役の男はがっつくこともなく余裕のある笑みを浮かべて毎度。と一言。そのまま颯爽と去っていく。うーん、絵になるなぁ。それはもうゲームに登場する固有キャラクターのかっこよさだろ。
「お嬢様、持ち逃げをする可能性は……」
「するわけがないわ。それとも何? 私の目は節穴かしら?」
「……これは失礼を。ルドガー、赤面の至りです」
「構わないわ。それよりもお茶の準備をしてくれるかしら? 喉が渇いたわ」
「かしこまりました」
うーん、格好いいやり取りを出来たので心の中で感動をする。レイカ様! 見てください! 俺めっちゃレイカ様をしていますよ!
さあ、やってこい主人公ちゃん! 後はお前だけだ!
俺は交渉を終えて、傭兵団のホームに帰ってきた。そして、出迎えた副団長に向けて呟く。
「……いやあ、あの嬢ちゃんは凄えな」
「どうしました団長?」
「新しい雇い主の話だよ」
「ああ、どこぞの貴族のお屋敷のお嬢様に雇われるって話でしたっけ? まあ、貴族の依頼は珍しいですがいつも通りでしょう? 値段きっかりに働いて終わりです」
副団長が、気楽にそういう。
そんな楽観を訂正するように、俺の見た正しい情報を伝えていく。
「いやいや、俺たちを雇ったのはかの有名なアクレージョ家だ」
「はぁ!? アクレージョ家!? 前、ダメ元で話だけ振った場所じゃありませんでした!? てっきり別のところだと……」
「ああ。おもしれえから内緒にしてた。金目当てのなんでも屋で売ってるウチには声はかからないだろうなんて思ったが……まさかとは思ってな。流石に呼び出されて俺も目をむいちまったよ」
「ちゃんと言ってくださいよ!?」
あのお嬢ちゃんが俺たちに声をかけた理由は予想をするしか無い。
だが、あのアクレージョ家の当主と名乗ったお嬢ちゃんを見て、俺の考えは確信に至った。
「ありゃ、やべえお人だ。俺たちの想像してる貴族のお嬢ちゃんみたいな軽い雇い主じゃねえ」
「……どういうことですか、団長?」
「『貴方達はお金さえあれば仕事をする。その姿勢が気に入ったわ』……これを当主になってそう経ってねえお嬢さんが言ったんでさ」
「……ただ、世間知らずなだけでは?」
「はは、そんなお嬢さんがあんなジョークを飛ばせるかよ。ありゃ、本気だ。おそらく……相当にヤバいことを巻き起こすはずだ」
そう、それこそ……国を揺るがすような騒ぎを。それならば、アクレージョの名前よりも金を取る人間を雇う理由は納得できる。
「団長、それは流石に危ない橋を渡るのでは……」
「おいおい、バカを言うなよ……おい、お前ら! グリンドル傭兵団の流儀は!」
その言葉に、愛すべきバカな仲間共が復唱する。
『金の切れ目が縁の切れ目!』
「そして!」
『馬鹿をやって、笑って死のう!』
「そうだ! 俺たちはそうやって楽しんで生きるグリンドル傭兵団! なら、金をくれて最高に馬鹿をさせてくれるだろうあのアクレージョのお嬢さんについて行こうじゃねえか! 文句あるやつはいるかぁ!?」
「文句なんて無いぞー!」「面白いじゃねえかー!」「色気に負けたか、ロリコーン!」「学生と出会えんのー!?」
「おおし! さっきクソみたいなことを言った奴ら出てこいや! ぶん殴ってやらァ!」
その言葉に数人が飛び出てきて大乱闘が始まり、副団長が呆れたように額を抑える。
ああ、退屈だった俺たちに楽しい景色を見せてくれるだろうお嬢さんに期待がかかる。
「さあ、見せてくれよ……アンタが、俺たちを使って起こすお祭りを!」
「クシュン!」
「お嬢様、お召し物を」
「いいわ……ホコリかしら?」
たまにくしゃみをするんだよな……レイカ様の体はちゃんと労ってるんだけどなぁ。
寒いわけじゃないから、アレルギーとか警戒したほうがいいかもしれない。この世界にもハウスダストとかあるのかな?
さて、それよりもだ。
「……ふぅ、明日ね」
「明日ですか? 新入生の入学ですが……なにか特別な事情でもおありでしょうか?」
「さあ、どうかしら?」
意味深に微笑むレイカ様。なにかあるのだろうと静かに了解しましたと頷くルドガー。
くあーーーー! かっこいいレイカ様! ぶっちゃけ明日イベントで自分を没落させる女の子と出会うだけなんだけど、それもこうすれば意味深になる!
さて、ここで間違えるわけには行かないので部屋に戻っておさらいだ。
「私は寝るわ。貴方も早めに休んでいいわよ」
「かしこまりましたお嬢様」
そして部屋に戻り、ちゃんとメモをしている自作の攻略日記を見る。
さて、ここまででなんか変な所は……うん。なんか予想してた反応と違うとか、そういうのはあるけども概ね問題はないはずだ。
なんかロウガくんがちょくちょくレイカ様に声をかけてきたり、シルヴァンくんと不自然なくらいに出会わないとか、シルヴァンくんに出会っても何故かすぐに去っていくとか、学園の女の子がやけにキャーキャーしてるとか……まあ、多分大丈夫だ。原作とちょっと違う事になるかもしれないとは予想してた。でも致命的に変な所はない。大丈夫。信じろレイカ様を。
明日を間違えなければ何も問題はないのだ。
(まず、明日の入学式で遅刻した主人公ちゃんが走ってくる)
そこで、歩いてきたレイカ様とうっかりぶつかってしまう。
そして、コケた主人公に「どこを見ているの」と冷たく言い放つ。
(そして、主人公ちゃんが「ご、ごめんなさい!」と謝る。そこでレイカ様は「貴方はどこの家のものかしら? 名乗りなさい」と冷たく言い放つ)
そこで主人公の名前を決定! これぞブレファンのスタートだ。
ライバルとぶつかって聞かれて初めて名前が決まるというのも、意外と好きなのだ。こう、物語が動くと言うか運命が交差するというか。こういう出会いのシーンでその物語の方向性が決まると言ってもいい。俺が最初にプリブレを……
……おっと、つい熱くなった。本題はここじゃないもんな。
(そして名前を名乗り、レイカ様は「そう。私はレイカ・アクレージョよ。今回だけはぶつかったことを不問にしてあげるわ」という)
ここで、なぜレイカ様はぶつかってきた無礼な主人公に対してこういう穏当な対応をとったのか?
それは、知らない家名の相手だからだ。先王の遺言で入学してくる元平民の女の子という情報自体は有名になっている。自分の知らない相手だから、当たりをつけて穏当な対応をしたのだ。
というのも、成り上がりであるアクレージョは王家の血筋を引いている主人公に対して実はそこまで立場に差はない。前王の遺言で入学してきた女の子とかに下手なちょっかいをかけるのは危険すぎるもんね。そして初期能力値の低い主人公ちゃんを見て、レイカ様は気に入らない子供だと敵視するのだ。
(そこで、主人公ちゃんもいきなり冷たい対応をしたレイカ様を怖い人と思う。そしてそんな主人公ちゃんにレイカ様が「でも、ここは実力主義の世界よ。不敬を働くような礼儀もない存在は、容赦なく叩き出すわ。覚悟しておくことね」と宣戦布告する)
そこで、主人公とレイカ様の因縁が始まるわけだ……
確認完了! 段取りは問題なし!
「ふぅ……これで問題はなさそうね。後は、やるだけよ」
レイカ様の声でそう言うと、元気が出てくる。推しになるメリットは、自分を鼓舞するだけで推しが応援してくれるってわけだ。最高だぜ!
そして就寝をする。レイカ様としてやれることはやった……さあ、プリブレの本編が始まる。レイカ様としての生の全うだ。
見ててくださいレイカ様!
……
……
……ワクワクして眠れない。
そしてなんとか眠って次の日
(なるほど……なんでレイカ様がここを歩いてたのかと思ったけどちゃんと理由があったのか)
入学式に合わせて、色々とアクレージョに顔を繋ぎたい貴族が居て対応に追われていたようだ。急ぎだから特別許したのもあるのかも。
まあ新入生の親の貴族とかは、小娘が当主ということで甘く見ている貴族も多いからな……こういう書かれてない要素を見れるのも転生してきたメリットだなぁ。
そして、小走りをしている足音が聞こえる。
よし、プロローグのスタートだ……!
「きゃっ!」
「んっ……あら?」
ぶつかり……あれ? なんだろう。思った以上に衝撃がなくて主人公ちゃんだけが倒れている。
……まあいい。俺がぶつかることを知ってたから心構えができちゃってたせいだろう。イテテといいながら立ち上がる主人公ちゃんのセリフを待つ。
「ご、ごめんなさい! ぶつかってしまって……!」
そこで、主人公ちゃんは申し訳無さそうな表情をして立ち上がる。
うおお……推しはレイカ様だが、こうして見る主人公ちゃんを見るとなんというかめっちゃカワイイな……人を引きつけるオーラがあり、なるほど主人公だと納得できる。うーん、主人公ちゃんに出会えたからテンション上がるなぁ。
分かってもらえるだろうか? プレイヤーとして見守っていた子が、目の前にいる感動を……しかし、今の俺はレイカ様だ。悪いが、容赦はしないぜ。
「貴方はどこの家のものかしら? 名乗りなさい」
「は、はい! 私はヒカリです! ヒカリ・ノセージョと申します! 今年から入学した新入生です」
「……そう」
……わぁ、思い出した。公式デフォネームだぁ。心のなかでめっちゃ悲しい顔になる。いや、当然なんだけどさ。デフォネームになるの。でも、「安直が服を着て歩いてる」「ダサすぎて癖になる」と言われた公式の設定したデフォネーム、こんなんだったな。光の聖女だからってこれはないだろ。なんだよ家名のノセージョって。セージョでいいじゃん。
ま、まあいい。ちょっと知らない、良い感じの名前が来るかと思った期待が外れただけだ。さあ、イベントの続行だ。
「私はレイカ・アクレージョよ。今回だけはぶつかったことは不問にしてあげるわ」
「あ、アクレージョさんですね……ありがとうございます!」
驚きの表情を浮かべながら感謝を述べる主人公ちゃん。
なるほど、こういう表情なのか……主人公ちゃん、確か記憶では「アクレージョさん……怖い人だな……」って内心描写があったはず。
よし、威厳たっぷりの表情でちゃんと続けるぞ。
「でも、ここは実力主義の世界よ。不敬を働くような礼儀もない存在は、容赦なく叩き出すわ。覚悟しておくことね」
「は、はい!」
よし、いい切った! ヒカリちゃんも……よし、なんか放心状態みたいになってる。
そして颯爽と去っていく……ああ、やった! これでプリブレが始まるんだ……!
内心でガッツポーズをしながら、この後にどっかの貴族共のおべっかが待っていると思うと気が重いな……
そんな下がったテンションを、プリブレ開始のワクワクで誤魔化しながら自分を鼓舞するのだった。
取り残された廊下で、一人の少女が呟く。
「……レイカ・アクレージョさん……」
そして思い返す。
女性だと言うのに、まるで王子様のようにカッコいい立ち姿を。威厳を持ち、カリスマに溢れるその言葉を。ぶつかっても動揺一つ見せずに冷静に対処した姿を。
そして、レイカの言葉を思い返す。
「……もしかして、私を励ましてくれたのかな……」
もともと平民であるヒカリからすれば、アクレージョという貴族に働いた不敬はその場で処罰をされるレベルの出来事。
だというのに、それを見逃して更に忠告までしてくれたのでは……他の貴族なら、間違いなく処罰をされるだろうと。
(きっと、私なんて想像もつかないほどの立場の方なはずなのに……凄い、カッコいい……)
……そしてここから始まる。
歯車がもはや軌道修正不可能なまでに狂ってしまった、プリンセスブレイドのストーリーが。
連日投稿成功したので初投稿です




