学園と人質と闇の魔術と
突然の男の凶行に全員の動きが止まる。
……というか全校生徒を把握してるのか……凄いなシルヴィアくん……ゲームの人物みたいだ……いや、ゲームか……
つい、緊迫した状況で変なことを考えてしまう。そんな俺の内心とは別にシルヴィアくんが冷静に交渉を始める。
「……君の要求はなんだ?」
「この場から安全に離脱させてもらう。これは人質だ。生徒を殺されたくないだろう」
「分かった、危害は加えないでくれ。ここから見逃すから、カーマセくんを離して……」
「いいや、それは出来ない。お前らの実力を見ていれば油断など出来ないのでな」
あっさりと拒否される。まあ、しょうがない。だって戦力的にはオーバーキルだもんな。
ここにいるシルヴィアくん、レイカ様、ヒカリちゃんが襲いかかってきたら敵からしたら泣いちゃうよ。だってボスラッシュだもん。俺がプレイヤーだとして戦うことになったら泣いちゃうよ。
「安全を確保できるまで解放させられない」
「待ってくれ! 僕がお荷物になるわけには行かない! だから……」
「そ、それなら私が代わりに――」
「……バカを言うな。化け物が代わりになるか」
ヒカリちゃんを見て普通に侵入者が拒否する。
化け物扱いにショックを受けた顔をしているヒカリちゃんだが、冷静に考えて一年生で魔獣を簡単に倒せるのは相当やばい人種ではある。
「くっ! 僕はカーマセの名を汚すわけにはいかない! こんな犯罪者共に……!」
「黙れ。動けば死ぬぞ」
首に刃物が突きつけられ、血が流れる。
警告だが、容赦はしないということだろう。それを見てシルヴィアくんが答える。
「分かった。カーマセくんの安全の方が大切だ。だけども、こっちも君が約束を守る保証はない。そこをどうするべきかを言ってもらおう」
「……」
相手は答えない。シルヴィアくんの言葉にどうするかを考えているのだろう。
一種の硬直状態が起きている。相手からすればここでアクレージョ、シルヴィア、ヒカリの三人に少しでも隙を見せれば捕らえられると思っているのだろう。まあ、多分間違ってない。だってここにいるメンバーめっちゃ強いもん。そして、考えて男は一言呟く。
「こい」
その言葉で、魔獣がニュルリと現れる。ヘビの姿をした小型の魔獣だ。それが十匹を超える数が出てくる。小型だが、厄介なのはこちらを取り囲んでいることだろう。3人では奥にいる生徒を守りきれない。
……魔獣を操っているなら、前に森へ忍び込んだ侵入者と同じか。ここが何故か襲われていなかったのも、コイツがコントロールしていたのだろう。それを見たシルヴィアくんが驚愕の声を上げる。
「魔獣を操って……!?」
「そこから動くな。このまま安全な位置まで下がらせてもらう。一歩でも動けば、人質が無事に済むと思うな。安全を確認できれば解放する」
そのままジリジリと後退していく侵入者。
なるほど……ここで魔獣を倒すことはできる。しかし、いくら早く倒しても捕まえられると侵入者が思えばカーマセくんは無事では済まない。
逆にカーマセくんを助けに行けば魔獣が生徒たちを襲うだろう。多方面から襲いかかる魔獣を倒して守り切るのは難しい。いくら雑魚とはいえ、一人当たりで守れる範囲は決まっている。犠牲になればそれこそ本末転倒だ。
「……僕のことは気にしないでくれ! このカーマセ! 君たちの足手まといになるくらいなら……」
「黙っていなさいカーマセ。この子達まで危険になるのよ」
「……くうっ……すまない……」
「それよりも自分の安全を考えていなさい」
覚悟を決めようとしているカーマセくんを止める……薄っすらとだが、解決方法が浮かんでいる。それに賭ける価値はあるので、無駄に犠牲は出させない。
……どうでもいいんだけど、囚われのヒロインポジションがパっと見て派手なボンボン貴族っぽいカーマセくんなの、なんかこう……複雑な感じがするなぁ……まあいいけど。
と、そこでシルヴィアくんが小声で話しかけてくる。
(……アクレージョさん。どうするんだい? このままだと、逃げられて……)
(考えはあるわ……そうね、この魔獣を倒してあそこの男を捕縛する……どっちも出来るのかしら?)
(……いいや、両方は無理だ。数が多すぎる。彼らに自衛を求めるのも難しい。せめてあと一人いれば分担して守りきれるだろうけども……僕とノセージョさん、アクレージョさんだけでは守り切るのが精一杯だ……)
「なら、答えは出たわ」
そう言って、侵入者を見る。
カーマセくんを連れてかなりの距離を開けた。もう既にここから追いつこうとしても難しいだろう。こちらの動きを見て警戒する侵入者に聞こえるように叫ぶ。
「――魔獣を倒すわ!」
「はい!」
「……そうだね。生徒の身を守るのが優先だ」
そして、近くに居た小型の魔獣を切り捨てる。
「はっ! 馬鹿が! やれ!」
そういうと、先程まで取り囲んでいた魔獣は一気に襲いかかってくる。
だが、この三人であれば守りきれる。それぞれが背後の生徒に飛びかかろうとする魔獣を切り、貫き、倒していく。それを見てカーマセくんを突き飛ばした侵入者は全力で逃走を始める。ここから追いかけても間に合わないだろう。
そこで、俺は魔獣を倒しながら森に向かって叫んだ。
「逃げるのは敵! 捕らえなさい!」
「承知した」
――その一言で、森の方面から一人の男が現れた。それは、怪我一つなく涼し気な表情で刀を構えた……そう、ツルギ・ムラマサだ。
これが秘策だ。突然現れた男に驚く侵入者は致命的な隙を晒した。金属音がして、膝から侵入者は崩れ落ちる。
「がっ、はっ……」
「……峰打ちだ」
……良かった。うまくいった。そして、懐から丈夫そうな縄を取り出して手足を縛る。
その状態の侵入者を担いでツルギくんは歩いてくる。道中、突き飛ばされていたカーマセくんもついでに回収してきた……両脇に人を抱えて歩いてくるツルギくん、絵面が酷いな。
近くに2人を降ろしたツルギくんに労いの言葉をかける。
「いい仕事ね。それで、森の方は?」
「森の魔獣はある程度は抑えた。結界もある程度は修復されたので、これ以上は森からは魔獣は出てくるまい」
そう答えるツルギくん。どうやら、イベントは一段落したようだ……原作にないイベントでここまでピンチになるなんてな……もしかして、レイカ様のクーデターがないからか?
そんな風に考えていると、シルヴィアくんも息を吐きながら武器を仕舞って声をかける。流石に疲れていそうだ。
「ふぅ……捕縛できたんだね。一応、こっちも生徒に怪我はなし……それにしても、よくツルギくんが来ているなんて分かったね」
「あら、知らないわよ」
「……えっ?」
呆気にとられるシルヴィアくん。
頭の片隅にあったツルギくんが森の第一線で戦っているという情報。そして、俺だから分かるツルギという人間の強さ。それを信用した賭けに近い作戦だった。
「どうせ仕事は早々に終わらせて迷子にでもなってると思っただけよ」
「……そうなのかい、ツルギくん?」
「仕事を終わらせてアクレージョ殿を探していたのは事実だ……迷子と言えば迷子か。そして、学園近くまで戻ってきた時にアクレージョ殿の声が聞こえて走ってきた。間に合って何よりだ」
その言葉になんとも言えない表情をするシルヴィアくん。まあ、いきあたりばったりなのは事実だから仕方ない。
まあ、こういうイベントでタイミングがいいのが王子様達だよな! みたいな信頼もあるので、そこまで荒唐無稽な作戦ではない……と思いたい。
「とはいえ、ある程度の確証はあったわ。前回も森に侵入者が居たのなら逃走ルートをそちらで準備していた。なら、森に逃げるのは間違いないもの。そして、ツルギは勘が優れているし、読みが外れても逃げられるだけで最悪の展開は避けられたわ」
「……確かにそれもそうかな……? まあ、二人のおかげで皆無事のおまけにこの男を逃さずに済んだことを喜ばないとね。ありがとう」
そう言って感謝するシルヴィアくん。ううん……今は敵だけど本当に良いやつだなぁ。
俺だったらこれが作戦でした! とかドヤ顔で言われたら一発頭を叩くと思う。
「……さてと、それに話を聞かないと駄目ね。ヒカリ、そこの生徒たちを連れて避難しなさい」
「分かりました! 皆さん、こっちが安全な場所です!」
そう言って先導して連れて行くヒカリちゃん。
「……優しいんだね、アクレージョさん。この男にすることをノセージョさんに見せないようにしたんだろう?」
「別に。邪魔になるから行かせただけよ」
まあ、尋問になるしこういう場面を見せるのは良くないだろうという配慮だ。
と、忘れるところだった。
「ヒカリ、ついでにカーマセも一緒に連れて……」
「あ、いや! 僕は大丈夫だ! ……せめて、一緒にこの男から聞かせてくれ。この学園に何をしようとしたのか僕も知りたいのでね」
「えっ……ど、どうしましょうか?」
「……まあいいわ。ツルギ、横に避けさせて。ヒカリ、行きなさい」
「はい!」
「承知」
そう言ってヒカリちゃんは他の生徒を連れて避難する。ツルギくんも、地面に寝かせていたカーマセくんを抱えて校舎の壁側に座らせた。
……さて、尋問の前にだ。まずはツルギくんから聞くことを聞いておこう。
「まず、ツルギ。森でなにが起きていたのか教えなさい」
「分かった。指示の後、森に走り……そこで、王宮の護衛と外部から連れてきた魔獣ハンター数名が大型に対処していた。助太刀をして大型の魔獣に対処して追い払い、露払いをしながら学園を目指していた。聞いた話では、以前に侵入したものが仕掛けていた罠が原因だそうだ。結界を破壊する魔道具、それと魔獣を寄せるための餌が確認された」
……なるほど、予想通り侵入者は森の結界を破壊するつもりだったと。
「……相当大きい計画みたいだね。今日、発動したのはなんだろうか?」
「どうやら、今日発動したこと自体は向こうも想定外のようだ。というよりも、森の調査で魔道具を発見され破壊、解析されることを嫌って発動をしたらしい。本来であればもっと致命的なタイミングで発動したのだろう……ということだ」
「なるほど……まあ、詳しい計画はコイツから聞けばいいわね」
「ぐっ……ぐ、うう……ああ……」
そう言って蹴りを入れると、ゆっくりを腕も足も縛られて芋虫状態の男が目覚める。
うめき声を上げながら身を捩っている。
「貴方には聞きたいことが色々とあるわ。まずは計画について……」
「……ガ……グアア……」
「あら? 地面が恋しい? 生憎だけど話をするならこっちに話なさい」
一度頭を踏みつけて地面に顔を叩きつけ……だが、うめき声はつづている。
違和感を感じてこっちが見えるように足で蹴り転がすと……上を見た男は異様だった。
(……目が黒い? 白目まで真っ黒に染まって……それに、ヘドロみたいに濁ってる……まるで、魔獣みたいな――)
「……アクレージョ殿! マズい!」
「くっ!?」
突然、ツルギくんに突き飛ばされる。その瞬間に侵入者は、拘束していた紐を素手で引きちぎって人体の動きを無視して……飛び跳ねた。
そして先程まで俺の居た場所を殴り……爆発したように地面が抉れる。
「なっ!?」
「ガ、アアア……!」
「なっ、どうなって……いや、その血は……!?」
当然、そんな力で殴って体が無事なわけはないのだが……その千切れそうな腕から血ではなくて真っ黒な魔力のようなものが溢れ出ていた。それが、体を繋ぎ止めている。
「ガアアアア!」
「ぐっ……!」
手当り次第というように、男は腕を振り回す。知性もない攻撃だが、風を切る音から喰らえば無事では済まないことが分かる。
そして、ツルギくんは男の攻撃を受け止め……そして、一瞬で跳ね飛ばされた。
「ツルギ!」
「無事だ! しかし、気をつけろ! それは人間の出せる力ではない! 拙者の刀を危うく折られかけた!」
「……一体どういうことなんだ!?」
シルヴィアくんの叫びに同意する。侵入者はすっかりと様変わりしていた。理性のない真っ黒に染まった瞳、体中に浮かび上がった黒い筋が血管のように張り巡らされていく。意味のない唸り声を上げながらこちらに敵意を向けている。
それは、人間の形をしている魔獣とでも言うべき姿だった。
(おいおいおい……原作でも知らないぞこんなの!?)
混乱しながらも、理性のない獣のようにこちらを見ている侵入者にそれぞれが武器を構える。
心を落ち着かせる。何、いつだってそうだ。RPGのお約束ってやつだろう。
(イベントの最後にはボス戦が待ってるもんだ!)
そして、この学園襲撃イベントの最後に挑むのだった。
イベント戦にはボスが付き物なので初投稿です




