休日と方法論とお茶会と
ゲームにおけるレベリング方法は色々とある。プレイヤー達はプリンセス・ブレイドでリアルタイムアタックやら低レベルクリアなど色々な遊び方を試していたので、それに対応するように様々な攻略法が編み出された。
レベリング方法一つをとっても、『サンドバックカイト』とか『ドーピングホーク道場』みたいな感じのレベリングが存在する。ちなみにレイカ様を低レベルで倒すための『肉盾チキン戦法』とか『ゾンビアタックロウガ戦法』とか非人道的手段も色々と編み出された。
問題は、現実だと実行できないということくらいか……頼んだら一ヶ月近くサンドバックとして殴られまくるくらいはカイトくんはしてくれるかもしれない。いや、流石にレイカ様と言えどそれはな……
(そう考えると、ゲームでやってた無茶なレベリング方法は無理か……?)
冷静になって考えてみれば、現実でそういうレベリング方法をしたら気が狂ったと思われて、幽閉されるんじゃないか? ……そうなると、ちゃんとおかしく思われないレベリング方法が必要だ。
しかし、普通に授業をしたり模擬戦をしたり……そういうのではレイカ様が追いつくのは難しい。ヒカリちゃんでも正攻法だけだと結構能力値はギリギリだ。
(……ふと思ったんだけど、適当に本を読むだけで能力が上がるヒカリちゃんはどうやってんだ?)
原作で能力値を上げる方法の一つに、能力値を上げる本があるのでそれを読んだら強くなれる。あれ、現実だとどうなってるんだろう。確か、誰でも出来る料理本とかで強くなるので「中身が武術書」「料理は隠語」とか言われていた記憶がある。ちなみにその仕様を利用したのがドーピングホーク道場だったりする。
……いや、懐かしい思い出に浸って現実逃避をしている場合ではない。ちゃんと考えないと。
(強くなる方法か……うーん。掲示板クエストも足りないだろうし……休日イベントもヒカリちゃんじゃないと無理なのが多い……森レベリングも、効率悪いんだよな……謎のツルギ百人斬りも無理だよな。うん)
……駄目だ。どうしてもレベリング方法を考えてもバグ技とかゲームの仕様を使った裏技みたいな方法しか思い浮かばない。困った……
「……ルドガー、少し外に出てくるわ」
「かしこまりました。それでは、お召し物を……」
「いいわ。少し考え事をするの気分を変えるだけ」
そう言って屋敷を出る。
さすがに考えに詰まった時には気分転換が必要だ。まあ、外を歩いてたら思い出すだろ。
……思いつかなかった。
ゲームでどういうレベル上げをしていたのかを思い出しながら歩いていたらついに街まで出てきてしまった。うーん、駄目だな今日の俺。
意外といい方法は思い浮かばない。無限に殴られてくれるロウガくんとか、なぶり殺しにされてもすぐに回復するクイータ先生がいたら出来るんだろうけど現実じゃ無理だしな……
考えながら歩いていると、ふと気配を感じて振り向く。そこにはヤツがいた。
「あ、レイカさん!」
「……失敗したわ」
うん、そうだった。考えながら街へ歩いてきたせいで忘れていた。屋敷とか貴族を相手にしている分には問題ないのだが……こうして目的なく街に出ると来るのだ。ヒカリちゃんが。主人公の運命力なのか、運命的ストーカーなのかはわからないが正直怖い。
笑顔を浮かべて小走りに走ってくる。学生服じゃない平民の着ている服だ。意外とオシャレなヒカリちゃんに、休日パートの私服ってあんまり見た記憶ないなと感想を抱く。ううむ、なんかちょっとだけ得した気分になって怖さが半減した。ブレファンで良かった。
「レイカさん、こんにちわ!」
「ええ、ごきげんよう」
「今日はどうされました? レイカさんはお忙しそうで、あまり街では見かけないので見かけてすぐに分かりました! どこかに行く予定でしょうか?」
「気分転換の散歩よ。ヒカリは……」
手に紙袋を持っている。ちらりと視線を向けると、色々と本が詰まっていた。
「あ、本屋さんで色々と買ってきたんです。お休みの日は、色々と本を読むことにしていて……それで、面白そうな内容だったら違う日に実践したりしてるんです!」
「そうなの。良いことね」
「はい! それで……もし、お暇でしたら一緒にお茶をしませんか? 実は、近くに新しい喫茶店が出来たんです。私の買い物は終わったので、レイカさんがよろしければなんですけども……」
……ふむ、ヒカリちゃんとお茶かぁ。
前までなら断ってたろうけども……まあ、ルートを気にする必要も薄くて休みの日なら別にいいか。それに、レイカ様は甘いものが嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。
ファンブックにも生クリームのショートケーキが好きだとちゃんと書いてあった。そういえば、俺もレイカ様の誕生日には毎回ケーキを頼んで祝ってたな……一緒に食べてくれる人がいなくて、一人でホールケーキを……やめよう。この話。
「そうね。たまには行きましょうか」
「そうですよね! レイカさんはお忙しいですから、それじゃあ私は……え? えっ!? えええ!? こ、来られますか!?」
「嫌ならいいわ」
「いえ! むしろ大歓迎です! すいません、いつも断られることが多くてつい反射で……やった! やった! それじゃあ行きましょう!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながらレイカ様の手を引いて連れ出すヒカリちゃん。
そこまで嬉しい……うん、嬉しいだろうな。俺だってレイカ様とケーキが食べれるって言われたらその日の前日から絶食するくらいに喜ぶ。何なら余韻のためにレイカ様とお茶をした次の日も何も食べないくらいに嬉しい。
そして、ちょっと痛いくらいの勢いで手を引かれて喫茶店へ案内されるのだった。
「……ど、どうでしょうか?」
「いい味ね」
やってきた喫茶店はゲームでも見覚えのある場所だった。イベントで王子様と一緒にデートに使ったりするお店で、ここで好感度を上げるんだよなぁと違う視点で関心する。まさかレイカ様としてこのお店に来れるとは思わなかったなぁ。
ケーキも美味しくて満足だ。レイカ様の味覚にバッチリと合っている。ここまで満足度が高いなら、またお忍びで遊びに来るか……食べてたらヒカリちゃんに遭遇しそうなのが怖いけど。
「良かった……このお店、美味しくてお値段も安いからいつも来てるんです! まだアラタちゃんにも教えてないお店でまた行こうねって約束をしてて……」
楽しそうに話してくれるヒカリちゃんを見つめながらケーキを食べる。
アラタちゃんか……ゲームでヒカリちゃんの親友で、いつだって助けてくれる日常の象徴のような女の子だ。レイカ様だと出会う機会がないけど、一回見てみたいな……
ケーキの美味しさに幸福を感じつつも、レベリングどうするかなぁと悩む。
「――で、アラタちゃんもレイカさんの応援をしてくれるって……あ、ごめんなさい……私ばっかり喋ってますね」
「そうね」
「うぅ、話題……そうだ、レイカさんは私になにか聞きたいことはありますか? 何でも答えますよ!」
「話題? そうね……どういう本を買ったのかしら?」
ヒカリちゃん、原作でも読書をするだけで能力を上げることができるからな……
一体どうやってるのか気になって聞いてみる。たまに、意味不明な本で能力上がるんだよなヒカリちゃん。
「今回はお菓子作りの本と魔法についての本と、後は小説くらいですね」
「あら、勉強熱心ね」
「はい! 魔法の本でちゃんと基礎を学んでいたら、他の本も勉強になるんです! たとえばお菓子作りの本で、お菓子の作り方を見てたら魔法の使い方に似ている部分があって……」
「……?」
普通にポカーンとしてしまった。うん、なんか変なこと言ってるね。この子。
そのまま聞いてみるが、かなり独特なことを言ってる。
……そうか、ヒカリちゃんは感覚派か。なんとなく見ていて分かってたが……そうかぁ、原作で色んな本で能力が上がるのはフィーリングで魔法への理解ができちゃうからかぁ……つまり、あのゲームのレベリングはヒカリちゃんがおかしいから成立してたわけだな。うん、真似できないねぇ……
「……で、アラタちゃんから魔法について聞かれたときもそうやってお菓子の本を見せながら教えてたんですけど、「無理! わかんない!」って言われちゃって……」
「そうでしょうね。そんな方法で理解するのは初めて聞いたわ」
「あはは、やっぱりそうですよね……他の人と話してても、魔法でちょっとズレる事が多くて……基礎がわかっても、それはわからないって言われて……」
「仕方ないわ。魔法は人それぞれだもの。理屈で覚えて使う人間も居れば、感覚で覚えて使う人間もいるわ。自分に合わない方法で覚えるから伸びない人間もいるわ」
そう、魔法は本当に難しい技術だ。まずは魔力を持っているか否かという大前提が必要で、さらにそこから魔法を使うために自分の使いやすい方法を探さないといけない。失敗して伸びない人間もいる。
レイカ様は理屈派なのでしっかり勉強をして計算の上で使うタイプだ。逆にヒカリちゃんとかは感覚で掴んでアレンジするタイプ。まあどっちが優れているというわけではないがゲームでは結構大きい意味がある。具体的にはダメージ乱数や固定値に関係してるのだ。なので通常プレイでは魔法特化ヒカリちゃんは運が良ければ格上でも殺せるし、低レベルでは事故率がひどいので脳筋になる。
「そうなんですか……難しいですね。魔法を学ぶのって」
「ええ。だからこそ、自分の感覚は大切にしなさい。誰かに合わせるものじゃないわ。自分だけのものよ」
「はい、分かりました!」
ヒカリちゃんに、ケーキをゆっくり食べながらレイカ様らしい助言を授ける。元気よく返事をするヒカリちゃんにほっこりする。
ケーキを食べ終わって一息ついて紅茶を飲む……うん、こっちはルドガーの紅茶のほうが美味しいな。ケーキだけ買って帰るのもありかも。そしてお皿が空になったのを見てヒカリちゃんが頭を下げる。
「今日はありがとうございました、レイカさん。せっかくのおやすみの日なのに、最後には相談に乗って頂いて……」
「別に構わないわ。気分転換だもの」
「それで、お悩みは解決しましたか?」
突然ヒカリちゃんにそう言われて、驚いてしまう。確かにレベリングどうしようか悩んではいたけども……悩んでいたことに気づいてたのか?
「……どうして悩んでいると分かったのかしら?」
「えへへ、いつもレイカさんを見てましたから……普段と違って、何かを悩んでる事はすぐに分かりました。実は……私から相談を聞けたらいいなって誘ったんです。最後には私の相談に乗ってもらっちゃいましたけども……」
「……そう。気持ちには感謝するわ」
ううむ、流石主人公。ちゃんと悩みを見抜いて解決してくれる。ちゃんと王子様に使ってくれるのが一番嬉しいけどもさ……ちゃんと交流をしてレベルを上げないと、ラストバトルで実力差が開いて詰むのも……ん? 実力差……
あ。良いことを思いついた。
「そうね、ならヒカリに頼もうかしら……」
「分かりました! お受けします! それでなんでしょうか!?」
「……聞く順番が逆よ」
勢いがめっちゃ怖いよ。流れで言おうとしたのについ突っ込んでしまった。
「ご、ごめんなさい……役に立てる事がないと思ってたので、嬉しくてつい……それでなんでしょうか?」
そういいつつ、すごい笑顔でソワソワしてる。
うんうん、これなら大丈夫だな。
「……剣聖徒の選挙が終わった後、ダンジョンに付き合いなさい。少し気になることがあるのよ」
「ダンジョン……ですか?」
「ええ。嫌なら良いわ」
「行きます! 楽しみにしてますね!」
そう言って張り切った表情で頷いているヒカリちゃん。そして喜びすぎて気づいていないだろう。何も詳しいことを説明していない事に。
実はダンジョンを利用したレベリングがあるのだ。レイカ様を倒した後に出来る事なので意識から抜けていたが……イベント用にダンジョンに入る権利を抑えていたのを思い出した。どっちにせよ剣聖徒にならなければ話は終わりだ。なので、ダンジョンもガンガン利用してやろうじゃないか。
ああ、懐かしいな……経験値効率のいい魔獣を延々と狩リ続けるエンドレスバトル。通称デスマーチ。
(エンドコンテンツのダンジョンで裏技を使った後に心が折れるくらいに戦いまくってレベルを上げる方法。やりすぎると後半がヌルゲーになるようなレベリングだけど……レイカ様とヒカリちゃんが一緒にレベル上がれば問題はない!)
最終的にヒカリちゃんに負けるなら、レベルがちょっとくらい負けててもいいのだ。最後にいい勝負が出来るようにしておけばな!
悩みは解決した。後は剣聖徒に全力を尽くそう。待ち構える地獄に気づかず、笑顔で張り切るヒカリちゃんを優しい顔で見つめながら一安心するのだった。
死んだように寝ていて時間がかかってしまったので初投稿です
用語説明
【リアルタイムアタック】 通称RTA。現実時間でどれだけ早くゲームをクリアできるかを競う競技。体力、知識、技術が必要でルールも細かく細分化されている。たまに「こんなゲームでRTAするの!?」と思うような狂人もいる。とある動画投稿者が流行らせたので今でも動画が沢山ある人気なジャンル
【低レベルクリア】 ゲームをやりこみ難易度が物足りなくなった人が行き着くプレイの一種。最低限の経験値で最後まで駆け抜ける。明らかに想定されてないレベルをバグ、アイテム、仕様などを最大限に利用してクリアする。しかし冷静に言えば狂人の所業なので一般人は真似しないほうが良い




