学園で目覚めと語り合い
「腹を切って詫びようと思っている」
「必要ないわ」
「危うく未来ある貴族の当主を殺しかけたのだ。アクレージョという家は聞けば優秀だそうだ。ならば、一族郎党を処刑されてもおかしくはないだろう。しかし、拙者の近親の一族はもう殆どいない。故に、拙者がここで腹を切って詫びる以外に償いは……」
「床が汚れるから辞めろというの」
医務室のベッドで体を起こしながら、目の前で土下座をした後に正座をしているツルギくんを止めていた。
さて、気絶した後にクイータ先生によって迅速に回収をされてそのまま医務室へブチ込まれたレイカ様。そのまま三日が経過してようやく目が覚めた。医務室で寝ずに治療をしてくれた医者から「一歩間違えれば死んでましたよ」とお説教をされる事態になるとは思わなかった。
とはいえ、既に体のダメージは随分と回復している。学園に常在している医者では右手までは直せなかったらしいのだが、クイータ先生が権限を利用して連れてきてくれた王宮努めの名医のおかげで後遺症もなく完治した。他の傷も跡は残っていない。聞けば今日にでも歩いて帰れるとの事だ。
(まあ、本当に運が良かった。治療費を値段にしたらアクレージョ家の家財を売るレベルだろうからなぁ)
というよりも、金で治療を頼むことすらできない相手だからな……王宮努めの名医って。今回は本当に特例だ。クイータ先生のツテを利用した上で、偶然手が空いていたから治ったようなものだ。
まあ、もうちょっと遅かったら普通に後遺症は残ったかもしれないとは言われたけども。
「しかし、拙者が償わなければ示しがつかぬだろう」
「私を土に付けた相手に死んで勝ち逃げされるなんて御免よ。死なないことが罰だと思いなさい。いずれ、私が貴方を完膚なきまでに倒すのだから」
「……なるほど、了承した。しかしアクレージョか……拙者の知らぬうちに入学した貴族の中に、ここまでの手練がいるとは思わなかった……学園の強敵に目を向けず、山に籠もり魔獣を倒して己を磨いていた。そんな自分を恥じたい気分だ」
「留年したことを恥じなさい馬鹿」
めっちゃ素で突っ込んじゃった。山籠りして留年してることを恥じろよ。
ちなみに、ツルギくん。戦闘科目では完璧だが学業系は全滅である。
「……ムラマサの名が泣くわよ」
「生憎だが、滅びゆく一族の名は泣けぬよ。かつてムラマサの名は貴族として特権こそ賜った。しかし、それに胡座をかいて己の研鑽を怠り、ついぞ貴族として名をあげることも剣に生きることも出来なかった愚かな一族だ。拙者の代で終わろうと文句を言うものは拙者しか居らぬよ。それに、優秀な貴族の通うクラウン学園に拙者は不釣り合いであろう」
自嘲するツルギくん。そう、ツルギくんは剣聖徒の元になった剣聖の末裔なのだ。ムラマサという剣聖は、この国を守った偉業を讃えられて特権を与えられた。しかし、その一族は特権によって堕落してしまい、利権を貪り怠惰に生きる貴族となってしまったらしい。
当然ながら、貴族の役目を果たさずに残れる程この国は甘くはない。徐々に周囲の貴族から擁護されることもなくなり、諌めるものもおらず己の一族で鍛え上げていた剣も錆びついていった。そして気づいた時にはもはや滅びを待つだけの一族になってしまったという悲しい過去がある。
まあ、問題は……
「そう。それで、山籠りをしていた理由は?」
「趣味だ。魔獣を退治し国に貢献出来る上で己の修行になるのでな。学内に剣を合わせて戦える相手も居らず、戦ってもらえる教諭は己の職務に忙しい。ゆえの名案だ」
「……ムラマサの復権は?」
「興味がない」
ということで、さっきの家の話とツルギくんの山籠もりは特に関係ないことだ。
あんだけシリアスの戦いの後なんだけど、本当にツルギくんはこういうヤツなのだ……山籠りが趣味ってなんだよ。変に魔獣退治で貢献してるから教師からも辞めるように言いづらいんだよ。
と、そこでツルギくんの顔を見て気になっていたことを聞いてみる。
「ところで、貴方のその左目はどういうつもり?」
「どういうつもりとは?」
そう、ツルギくんの顔につけた傷が未だに残っている。左目を巻き込んで大きく切り裂いた傷は血こそ止まっているが、痛々しい跡になっている。そして、その左目は閉じられたままだ。
レイカ様がバグキャラのツルギくんに一撃を与えた証である勲章だが……
「治せるでしょう。その傷は」
「うむ。医者からもこのレベルであれば治療できるとは言われた。だが、断った」
「断った?」
「これは己の未熟である。だから、拙者はこの傷を己の戒めに残しておく事にした」
凄い武人キャラっぽい宣言をされてちょっと嬉しい。
……ただ、こんな風に顔に傷をつけたらツルギくんの原作ファンに殺されるかもしれない。いや、どうだろう……? 逆に褒められそうな気がする。ツルギくんファンは、やけに懐が深いのでツルギくんの二次創作で何をしても「まあ、ツルギくんならやる」っていうから……
しかし、戒めか……
「私の攻撃を食らうことは恥だと言いたいの?」
「いや。アクレージョ殿の見事な一撃は称賛されるべきだ。だが、追い詰めても決して油断をせぬように己を戒めていた。だというのに、勝ちを前にして拙者には慢心が生まれた。故に、自分の慢心を諌めるためにこの傷を残すことにしたのだ」
「……可愛げのない答えね」
もうちょっとあるじゃん。なんかこう、こっちを立てるとか。圧勝されているのに、そんな自分を責められたら嫌味も言いづらい。
いや、まあいい。本題はそこじゃないし、いずれ借りは返すのだ。その時に治療させてぶっ飛ばしてやろう。
「まあいいわ。それで、ツルギ・ムラマサ。貴方に謝罪の気持ちはあるのね?」
「当然だ。もしや、数少ない一族郎党の首が必要か? であれば用意するが」
「私をなんだと思ってるの」
レイカ様に対する認識はどうなってるんだ?
……いや、悪役令嬢の有名税だということで仕方ないと思おう。ツルギくん、レイカ様の悪役令嬢を知らない気がするけども。
「今がどうあれ、剣聖の末裔であるツルギ・ムラマサの名は使えるわ。もしも私に詫びたいというのなら協力しなさい」
「何をすればいい?」
「剣聖徒の擁立者になることよ」
一応判定としては二年のツルギくん。留年してるから大丈夫か気になるが……まあ、多分大丈夫だろう。最悪は二年生だからルール上問題はないってゴリ押しすればいいか。
一応、ツルギくんは知る人ぞ知る有名な人間だ。元剣聖の一族の最後の一人であり、その実力は未だに二年生でも有名だ。なにせ、山籠りに反対して止めようとした教師を数人全員返り討ちにして強行したからな。強行というか、凶行というか……とはいえ、実力で従えている事はアピールになる。
「私が目指すのは剣聖徒よ。ツルギ、その礎になりなさい」
「了承した」
うん、予想してたけどシンプルに頷いたね。ツルギくん。
まあ、断ることはないと思ったけど。
「……素直ね」
「名を貸す。その程度で良ければいくらでも貸してやろう。拙者のお主に対する無礼はもっと大きい事態だ。この刀で誰かを討ち倒せと頼まれれば討ち倒そう。気が変わり、拙者の命を捨てろと言われれば今すぐにでも捨てよう」
「それは辞めなさい。貴方の命は糸程度に軽いの?」
「軽くない。重いからこそ差し出す価値があるのだ」
……そりゃそうだ。価値があるからその提案には意味があるんだよな。基本的には残念な子だけど、本質的にはツルギくんは素直で正しい子ではあるんだよ。
とりあえず、この話題は一旦は終わりにしよう。
「分かったわ。せめて、私の役に立つまで死なないようにしなさい。それで、擁立者として何をすればいいか分かっている?」
「いや、何も分かっていない」
「……ええ、素直なのは美徳だと思うわ」
まあ、ここで知ったかぶりをするよりはマシか……
と、そこでノックの音。
「あの、レイカさん……」
「入っていいわよ」
そう許可をすると入ってくるヒカリちゃん、ルドガー、カイトくん、ホークくん、クイータ先せ……いや、多い多い。いくらなんでも想像していないレベルでゾロゾロ入ってきた。
驚きを隠しながら、聞いてみる。
「……なんで、ぞろぞろと雁首を揃えて入ってきているの?」
その質問にルドガーが答える。
「失礼しましたお嬢様。それぞれのお客様に、お嬢様へ用事があるとのことです」
「そう。それはルドガーもかしら?」
「はい。私からもお嬢様に言いたいことなどは」
……まあ、そういえば心配をかけたろうなルドガーには。
信用をしてくれているだろうけども、ここまで死にかけて帰ってくるとは思っていないだろう。まだ、寝ている間の詳しい話は聞いていない。ここで教えてもらうか。
「それで。要件は?」
「師匠! その男は……」
「あの、レイカさん! 体は……」
「アクレージョ様。この度は私がついていながら……」
「アクレージョさん。この先の……」
うるさっ!
いや、面倒くさいから適当に促したのは俺だけどなんで全員速攻譲り合いをしないで話始めるんだよ! そして顔を見合わせて全員黙る……いや、誰か喋れよ!
くそ、起きるまでのシリアスな空気はどこにいったんだ。ああ、もうめんどくさい。ルドガーに面倒くさそうな表情を隠さずに命令する。
「……ルドガー、叩き出してから順番に連れてきて」
「かしこまりました」
そして、ルドガーは命令どおりに入ってきた全員を叩き出してくれた。まあ、一人ずつ話を聞いていこう。
……さて、誰から来るのかなぁ。
1000PTになったことと、一ヶ月の連続投稿記念なので初投稿です
ご覧になり、応援してくださってありがとうございます。ここからどんどんと色んなキャラを掘り下げたりして面白くしていきますのでお付き合いいただければ何よりです
(あと、説明が必要そうな用語があれば随時あとがきに用語解説を追加していきます。あとがきは初投稿報告所だけではないのです)




