学園と森の調査と
ホークくんに森の調査について詳しい話を聞き、その翌日。
朝に目が冷めて体の調子を確認したが問題はなく、今日の調査はベストコンディションで行けそうだ。
(今回は学園側からも調査メンバーを出してくれるらしいから……ま、気楽にやればいいか。とは言え、レイカ様ができる女ってのは見せておかないとな)
話によれば四名。学園から人材を準備して同行してくれるらしい。まあ、舐められないようにするぞと気合を入れて通路を通る。
そして、扉を開くとすでにそこには森の調査メンバーが揃っていた。
「あら、揃って……」
そのメンバーを見て表情が固まる。
そんなレイカ様に対して、まずは学園側の用意した調査メンバーが声をかけてくれる
「アクレージョ様。今回の引率をするクイータと申します。とはいえ、学内で教師として何度かは見覚えがあるとは思いますが」
「……ええ、貴方のことはちゃんと知っているわ。優秀な教師であることも」
「それは恐縮です」
そう行って静かに頭を下げるクイータ先生。
クイータ先生。彼に関してはヒカリちゃんが一本をとった先生といえばわかりやすい。王宮の護衛隊であり、現在は国からの要請で教員として働いている先生だ。学生としての時間の間は公平に教師として厳しく接するが、学園の教師としての時間が終われば公私を弁えた礼節を弁えた対応をする公私を弁えた大人でもある。
(実力も、ゲーム中ではかなり強いんだよな)
授業はちゃんと手加減をしている。まあそれでも一本を取るのは至難の業だが。本気を出したら、ロウガくんとかでも子供扱いに出来るような実力を持っているのだ。
まあ、現役の王宮努めの精鋭だしね。学園の教師は基本的に王宮で働いている人間なのだ。というのも、この国の宰相が学園の運営をしているからである。次代の国王や国を率いる貴族を教育するような学校なので、国が関わるのは当然だ。まあ、それはいいとして……
「師匠! 聞いたぞ! まさか一人で中型の魔獣を倒すなんて……さすが師匠だ! 調査の件について聞いてな! 俺も力になるために来たぞ!」
「あ、レイカさん! 今日はよろしくおねがいします! 足手まといにならないようにがんばります!」
うん、まあヒカリちゃんは百歩譲ってわかる。だが、なんでいるんだカイトくん。
「……なぜ、その二人がいるのかしら?」
「オウドー様とノセージョの二人が今回の話を聞きつけて自分から志願を。最初はアクレージョ様と私に加えて二名ほど王宮から連れて行こうかと思ったのですが……志願をしたこの二人は実力は十分に足りていると判断して許可しました。セイドー様にも問題はないと確認を取っております」
「……なるほど、理解したわ」
まあ、剣舞会で上位進出した二人だからな……志願してきたらヒカリちゃんはまだしも、カイトくんはオウドー家なので断りづらいよね。まあ、学校側からしても王宮の兵士をでわざわざ調査のために休ませるよりは、志願した学生を動かすほうがいいだろう。
なにせこの世界で魔獣に対処できるような人材は貴重だ。ゲームだとみんな魔法を高レベルで使えるので忘れそうになるのだが……この世界では、犬サイズの魔獣でも一般人からすれば為すすべがない程に驚異のある怪物なのだ。血筋を重ねた貴族や、それに食らいつける才能を持った生徒が沢山いるクラウン学園は何気に凄いのである。
それはそれとしてだ。
「師匠! 森の調査というが何をするんだ? 詳しくは知らんが、森で目についた魔獣を切って捨てればいいのか?」
「カイトくん、多分違うと思うよ? ……私もどういう調査をするのかは詳しく知らないけど……」
「……本当に役に立つのかしら?」
「ええ。最低限の実力があり指示を聞く頭はありますので。木偶でもカカシよりはマシかと」
結構ストレートにひどいこと言うね、クイータ先生。まあ、実際そのくらいの実力ではあるんだけども。
剣舞会上位になれる実力があって、こっちの命令を聞く程度の判別はついているので問題はないということか。
「そうね。そこの二人、命令は絶対よ。返事」
「む、師匠がそういうのであれば! 分かった!」
「はい! わかりました」
よし、ちゃんと釘を差したので問題はないだろう。
この二人、レイカ様に反抗心がないのでめっちゃ素直に聞いてくれる。まあ、とはいえそこまで素直になられると今後に響きそうなのでもっと反骨心を抱いて欲しいけどさ。
「ほう……よく躾けていますね」
「勝手に懐いているだけよ」
「それも人徳かと」
「必要のない人徳だわ」
うんざりした表情で答える。こういう関係性になるなんて思わなかったので本当に不本意ではある。楽しいけど、なんか思ってたのと違うんだよな……
……よし、このまま腐っていても仕方ないので気持ちを切り替えよう。魔獣が森から這い出てきた原因の究明と行くか。
「アクレージョ様。そろそろ……」
「ええ。それじゃあ行きましょうか」
「「おー!」」
……ハイキングじゃないからもっと気合の入った同意が欲しかったな。
――調査に入った森の中は、ごく普通の森林だ、魔獣が出没しているかしていないかくらいであり、違いというのはそうない。
とはいえ、中に入って見える異常はあった。地面がところどころ黒く汚染されている。魔獣が死ぬ以外では汚染は起きないので、何かが起きているのは明白だ。
魔獣が事故死したり森の獣に倒されたりすることはある。厄介な生物だが、決して不死身の生物というわけではない……それでも、こうも見える範囲で汚染されているのは異常だ。
「……複数箇所で汚染が起きているのはおかしいわね」
「そうですね。詳しい調査をする前に……ノセージョ、オウドー。ここから汚染地帯の浄化をする。お前達の方が我々より適任だろう。これを使え」
「えっと、浄化ですか?」
「む? 俺たちか?」
「反論は必要ない。返事を」
「「はい!」」
返事をした二人にクイータ先生は蝋燭を渡す。
それぞれ汚染された地面に向かって、魔力を通した蝋燭を近づける。その魔力の炎に照らされ、固まった蝋が溶けるように汚染された黒い大地が元の地面へと戻っていく。これをしないと、際限なく魔獣は増えるからな。
2人が作業をしている横でクイータ先生と俺が森を調査する。ふと、浄化をしながらヒカリちゃんが首を傾げて聞く。
「あの……この蝋燭はどういうものなんですか? 使い方は聞いたことがありますけど、詳しい事は知らなくて……」
「む? ……そういえばノセージョは元々平民の出か。ならば教わってもいないだろうし、二年に学習する範囲ではあるが……説明をするとしよう。よろしいですか、アクレージョ様?」
「ええ。構わないわ」
「分かりました……では」
クイータ先生は、咳払いをして周囲を警戒しながら講義を始める。
聞きながら俺は調査を続けよう。
「魔獣は死骸を残し、その死骸は放置をすると大地を汚染して更に魔獣を生み出す土壌になることは知っているだろう」
「はい」
「うむ」
「魔獣の死骸はあらゆる魔力を吸収する。だからこそ、魔力を吸収され汚染するわけだ。しかし、唯一始祖魔法だけは魔獣は吸収することができず浄化をすることができる。そのため、特殊な触媒を利用し簡易的に始祖魔法を使えるようにしているのがその蝋燭だ」
「え、これは始祖魔法なんですか? 始祖魔法は使える人が少ないって聞きましたけど……」
「そうだ。始祖魔法は使える人間は少ない。しかし、それは魔力を通すだけで始祖魔法と同一の魔力が発生する。とはいえ、複雑な事はできず、魔獣の死骸を浄化するためにしか使えないがな。特定の用途のためだからこそ、貴重な魔法も使えるのがそういった魔道具の特徴だ。」
ゲームで言うならアイテムだな。回復アイテムとかダメージアイテムとかそういう区分の道具である。ゲームでは存在しなかったので多分描写されてなかったんだろう。
「実際、魔法の使えない市井ではこうして魔力を通すだけで決めた魔法を使う道具が使われている。だが、起動に必要な魔力や融通の効かなさ。コストを考えればクラウン学園の生徒ではよほどの道具ではない限りは自分で魔法を使うほうがいいだろうな。それと、覚えておくといいのは得意な魔法の種類である魔道具を使うと効率は良い。始祖魔法の才能を持つお前らのほうが我々よりも効率的に始祖魔法を使うことは出来る」
「そうなんですね」
「なるほどな。よく考えられている」
「……オウドー。お前は知っているべきだろう」
クイータ先生の言葉に視線をそらすカイトくん。
さっきの説明、小さい貴族なら知らないかもしれない。でも、流石に四大貴族のレベルになるなら知ってて当然の知識ではあるはずなんだけどな……まあ、カイトくんは興味のないことは本当に興味がない子ではある。
ゲーム中でも得意分野はトップなのにそれ以外は赤点ギリギリとかいうピーキーな子だった記憶が……あ、そういえばあのサブイベントとか大丈夫かな?
「あまり魔道具に関しては興味がなくてな」
「……学園の授業の有用性をこんな所で知る事になるとは」
クイータ先生はそうつぶやいてため息を吐く。まあ、気持ちはわかる。
「まあいい。浄化は終わったな? 説明は以上だ。質問は?」
「はい! 大丈夫です」
「俺も分かった」
「アクレージョ様、お待たせ致し……いかがなされましたか?」
俺がじっと一箇所を念入りに調査していることに気づいたクイータ先生がそう聞いてくる。
その言葉に、調べていた場所を見せる。
「これを見なさい」
「……これは、誰かの形跡ですね?」
見れば、それは壊されているが焚き火の後だ。
一見すると気づかないように隠されてたが、ふと違和感に気づいて見つけたのだ。
「ふむ……誰かがこの森にいるようですね」
「ええ、そうね。少なくとも、焚き火の後を残しておくのではなく気付かれないように壊している時点で、気づかれたくはない人間の仕業でしょうね」
「……わざわざ隠すということは、たしかに外部の人間ですね……む、なにか忘れている気が……」
クイータ先生が首をかしげる。
忘れていること……? 一体なんだろうと思って聞いてみる。
「それは何――」
「きゃあっ!?」
そこで、ヒカリちゃんの悲鳴が聞こえる。
何事かと思えば、突然誰かが横切って逃げていった。魔法を使っているのか魔力を感じるが、顔をうまく認識できない。レイジくんのような魔法を使っているのだろう。おそらく侵入者だ。
それに気づいたクイータ先生が叫ぶ。
「マズい……あれだけの魔力を使っていると魔獣が来る!」
「師匠、先生! 大変だ! 魔獣が!」
「言ってる側から来たわね」
ヒカリちゃんたちの方を見れば魔力に引き寄せられてきた中型……いや、大型サイズに足を踏み入れている魔獣だ。牛のような見た目をしている。クイータ先生と同じくらいに大きい……190センチくらいはあるであろう魔獣が突撃してくる。
それを見てクイータ先生が逡巡している。あの魔獣を先に討伐するか、逃げていった侵入者を追うか。それを見てとっさに俺は叫ぶ。
「クイータ! 追いなさい! こっちは私が指揮をするわ!」
「――任せます」
その言葉に一瞬で判断をしてクイータ先生は侵入者を追っていく。
優先すべきは侵入者だ。逃げている理由が不明だからだ。もしも、あいつがこの森の封じ込めに対して穴を開けているのであれば魔獣と戦っている時に挟撃される可能性もある。
クイータ先生はそれを理解していたが、ヒカリちゃんとカイトくんを連れてレイカ様が戦えるのかを考えたのだろう。だから、その悩みを払拭するために叫んだのだ。そして、追ったことを確認してすぐに指示を飛ばす。
「ヒカリ! オウドー! すぐに避けなさい!」
その言葉に返事するよりも早く動いて、二人は魔獣の突撃を避ける。
魔獣は避けたヒカリちゃんを追撃しようと体の動きを変える。あれでは避けれない。とっさに判断して魔力を剣に込める。すると、魔獣はこちらに向かって進行方向を変えた。やはり魔獣は魔力で引き寄せられる。その性質は変わらない。
「……ふっ!」
突撃してきた魔獣を余裕を持って回避し、一撃を入れる。だが、先日の魔獣よりも硬く剣が弾かれた。
体制を整えた2人がこちらにやってくる。魔力の持ち主が増えたことで魔獣も多少警戒しているのか動きがとまる。さて、ここからだ。
「今から私が指示を取るわ。武器を構えなさい」
「構えました!」
「もう準備万端だ!」
指示を聞いてすぐに構える。
うん、ちゃんと指示を聞いてすぐに反応している。これなら大型でも戦えるだろう。
「クイータは侵入者の追跡に行った。私達であの魔獣を殺すわ。分かったわね!」
「「はい!」」
いい返事だ。状況は最悪。大型の魔獣というイレギュラー。大型はレイカ様ですら戦ったことはない。
そして連れている二人は実力があるとはいえ一年生。指示のできる強キャラのクイータ先生は不在。だというのに、俺はワクワクしている。
(――主人公とレイカ様の共闘なんて、百回俺が想像してもイメージできない瞬間だ!)
原作にない共闘展開に高揚しているのだった。
ちょっと遅刻したので初投稿です




