学園の剣聖徒を目指します
剣聖徒。
それは、過去に在学していた剣聖と呼ばれることになる生徒が元になっている役職だ。
貴族とはいえ、まだ創立したての学園ではルールも甘く生徒同士の喧嘩や抗争が絶えず荒れていたという。次代の王様を育てる学校だというのに、足の引っ張り合いや貴族の抗争のせいで生徒達は歪んだ思想や悪い慣習に染まっていくのではないかと危惧されていた。
だが、その状況を嘆いて改善させた生徒がいた。それが、後に剣聖と呼ばれるようになる生徒である。魔法と剣技による実力行使で軒並みの問題児をぶっ倒した後に、話し合いという名の折檻の末に最終的には全員を統率して学園の規律を正した。そのとんでもない偉業を讃えて剣聖徒という役職が生まれたのだった……というのがゲームで開示されてた設定。ちなみに始祖魔法の素質はあったけど王にはならなかったらしい。
(まあ、実際に剣聖徒が何かって言うと……生徒会長みたいなもんなんだけどさ)
生徒会長とは言うが、学園の運営というよりも学園の顔としての役割の方が大きい。ちなみにヒカリちゃんも攻略ルートによっては剣聖徒を目指す。剣聖徒になることが攻略条件に必要なキャラが居るからね。しょうがないね。
剣聖徒になるためには選挙が行われて、投票によって決められる。無差別に投票していいというルールにすると、色々とヤバい事件などが起きることになるので立候補制である。まあ、過去になんか事件が起きたらしいがここに関しては詳しい情報がファンブックでも書いてなかったので想像するしかないけどね!
(ゲームでやってた時はかなり面倒だったよなぁ……これ)
というのも、実態は妨害ありだし買収ありのシミュレーションゲームなのだ。助けてくれるっていう生徒も、普通に裏切ってきたりするし、まず普通にプレイしていても賄賂爆弾とかネガキャン攻撃とかが飛び交う闇のゲームだ。剣舞会でゴリゴリに戦った次の年に、陰険な裏取引を駆使するマフィアのボスとなると言われたからな……「疑似リアル選挙体験シミュレーション」「普通にクリアできる奴は性格悪い」「これを初見クリアするブレファンとは縁を切るべき」って名言が飛び交ったのも懐かしいな。好きな人は好きな要素ではあるんだけどね。
(俺もあの選挙ゲームは苦手だったから相当な苦労を……あ、いやいや。本題はそこじゃねえや)
ついつい懐かしくて思い出を語ってしまったが……なぜ剣聖徒を目指すのか?
それは剣聖徒が生徒の総意によって選ばれた生徒会長でああるからだ。学園における模範となり、生徒達の目指すべき存在である。そんな剣聖徒を、いくら友好のためとはいえ国外の学校に編入なんて出来るわけがない。なので、突っぱねても問題が無くなるのだ。
(まあ、穏当な手段ならこれしかないよなぁ)
ブレイド家という、圧倒的な権力を持つ貴族からの要請を私情やら家の事情で断ることはできない。無理に反発するとそれこそ取り潰し騒動とか起きる。
だが、学園の剣聖徒になったので無理ということなら話は別だ。傭兵団のおかげで国家間に何かしらの不穏な話もないと裏付けも取れている。なので、国家間の友好というふわっとした理由で送り出されることはなくなるのだ。
(まあ、剣舞会優勝者って肩書も強いけど、あくまでも実力があるって証明だけだからな……)
こういう細かな違いで意味合いが変わるの、貴族社会だよな……
ということで、まっとうな手段でシルヴィアくんに立ち向かうことを決意するのだった。
――そして休みが明けての学園で、シルヴィアくんの元へと行って対面していた。
呼び出された時と同じ学園事務室で、シルヴィアくんは待っていた。今日は数人の生徒がいるが、みんな手を止めてこっちを注目している。
「やあ、アクレージョさん。今日はどうしたのかな?」
「あら、人払いはいいのかしら?」
「……お恥ずかしい話、先日は人払いをしたわけじゃなくて偶然居なかっただけなんだよね……」
「……まあいいわ。それで、シルヴィア様。先日のお話だけども……」
柔らかい笑顔だが、何かあるんだよね? と油断なく目で語っているシルヴィアくんにそう切り出す。
その言葉に、ピクリと反応する。やはり、レイカ様が反抗してくるとは予想してたのだろう。ちなみに周囲の人間もガタンと乗り出して聞こうとしている。やりづらいな、おい。
「剣聖徒を目指しているの。だから、それが終わってから答えを出してもよろしいかしら?」
「アクレージョさんが剣聖徒……? なるほど、そういうことかい」
「ええ、ご理解が早くて助かるわ。それだとダメかしら?」
その言葉に、悩んだ表情を浮かべるシルヴィアくん。
剣聖徒は立候補制で、剣舞会と同じで条件を満たしていないとまず参加することも出来ない。しかし、レイカ様はその点では問題ない。それに、シルヴィアくんは公正な人間だ。ルールに則った方法に無理をする人間ではない。
「……確かに条件は満たしている。剣聖徒への立候補は認めるよ」
「ありがとうございますわ、シルヴィア様」
「考えたね。剣聖徒になれば確かに断っても問題はないね。多分、裏付けだって取っているだろうしね……ただ、分かってるのかい?」
シルヴィアくんのこの発言は、本気なんだね? という意思確認だ。その目は、シルヴィアくんには珍しい挑発的な戦う人間の目。
なにせ相手は……
「ええ。この学園でまだやることがありますもの。だから……座して待つくらいなら戦うわ。例え貴方とでも。覚悟しなさい、シルヴィア」
「おや、様はつけないんだね」
「ええ。だってこれから敵として戦うのでしょう? なら、敬称はいらないわよね?」
「ははは、確かにそうだね。アクレージョ」
目の前にいるシルヴィアくんだからだ。
原作でも主人公が剣聖徒になると、引き継ぎイベントが行われる。その際に引き継ぎをするのは、前年度の剣聖徒であるシルヴィアくん。つまり、公式でシルヴィアくんが今年の剣聖徒になることが確定しているのだ。
正しいルートでは剣聖徒として、学園の模範となるシルヴィアくん。その正史に挑むというのだから……運命を嫌うレイカ様らしい戦いになりそうじゃないか。
「そうだね。アクレージョさんとこういう形で戦うことになるとは……少しだけ思ってたんだ」
「あら、そうなの?」
「だって、君はとても上を目指している人だからね。だから、どこかで君と戦う事になるんじゃないかって思っていたよ」
……シルヴィアくんがこう言うってことは、レイカ様が王を狙っている事がわかってるようだ。やはり、国から遠ざけて王選が終わるまで監視するつもりだったのだろう。ううむ、さすが原作から有能キャラなだけはある。
とはいえ、やることは変わらない。真正面からの勝負で、シルヴィアくんを叩き潰してやるということだろう。
「ええ。それなら言葉は要らないわね」
「うん、僕は負けてあげる気は一切ないよ」
そういうシルヴィアくんは、挑戦的な顔を浮かべている。それを見て不敵に微笑むレイカ様。
ううむ。CGにして一枚絵として飾りたいレベルの構図だ。
「……まあ、それはそれとしてだ」
「何かしら?」
「学園事務としての説明義務があるから説明をさせてもらうよ。剣聖徒の選挙の開始は二週間後。選挙期間は一週間で、最終日に全生徒の前で発表される。そして、立候補者の条件としては本人が学園事務室から立候補が認められる事。そして、候補者を保証するために一年と二年から一人づつ擁立者を集うこと。最後に……選挙においてクラウン学園の名に恥じぬこと。さて、異論はあるかな?」
「いえ、ないわ」
「うん、ありがとう。それじゃあ……健闘を祈るよ」
「ええ。いい勝負に期待しているわ」
そういって、学園事務室を後にする。
……さて、こうしてかっこいい構図をしたのはいいのだが。
(……悪役令嬢に人気投票、相性悪くね?)
ちょうど、この前怖くて引いた人がいるって話を聞いた直後だったし……学校の顔になるかと言われると、ぶっちゃけ俺だってシルヴィアくんを選ぶ。だってレイカ様、お美しいけど怖さのある美しさだし悪役令嬢だもん。
でも、この勝負に持ち込んだ理由は何でもありの土俵だとこっちは勝てないからだ。ブレイド家と正面切って戦うのではなく、学園のルールに落とし込んで同じ土俵で戦わせないといけなかった。シルヴィアくんは公正な子だけど、相手がルールを破るなら容赦のしない人間だ。だから、こっちがルールを破るとブレイド家を全力で使って叩き潰される。
まあ、どちらにせよ勝ち目の薄い勝負ではあるのだ。だが、それでこそ挑戦しがいがあるってものだ! ……本音でいうとセーブボタン欲しい。
「まあ、仕方ないわ。やるしかないもの」
自分の喉から出る推しの声で高めながら足を進める。
兎にも角にも……まずは、準備をしなければな!
そしてレイカ様が去った後の学園事務室。断片的な会話を聞いていた生徒達がシルヴィアが帰った後に盛り上がりを見せていた。
当然、先程の会話の内容であり……
「……聞きました!?」
「ええ! シルヴィア様とレイカ様の、あの会話……これは間違いなく……」
「「告白の答えを賭けての勝負ですわね!」」
「新鋭気鋭のアクレージョ様ですものね……シルヴィア様も目を掛けていましたもの」
「そうですわね。あの会話はどう考えてもパートナーとしての契約……おそらく、貴族としての立場を考えての関係ですわね」
「ですが、それを断るだなんて……もしかしたら、アクレージョ様には心に決めた方がいるのでは!?」
「レイカ様は私達のお姉さまだから好きな人なんていませんわ!」
「……流石にそれはどうかと思いますわ。でも、これは目が離せませんわね……」
「ええ。今年の選挙がどうなるのか……見ていませんと!」
……とんでもない勘違いで、変な噂が広まろうとしているのだった。
説明回になったので初投稿です
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