剣舞会も終わりが近いです
――夢を見ていた。それは、忘れてた記憶。見覚えのある部屋で俺はゲームをしていた。
ああ、そう言えば前世こんな顔をしてたな。自分の顔をまじまじと見る機会はないから新鮮な気分だ。うーん、冴えない顔だなぁ。
『はぁ……レイカ様素敵だなぁ……何回見てもこのイベント絵、好きすぎる……良い……』
うわキモ。
おっと、元自分なのに本音が。だって、ヨダレでも垂らしそうな顔で恍惚としてるもん。正直他人視点でみるとキモすぎる。そして何かをメモに取る。……あー、これはあれか。レイカ様のセリフ収集のための周回プレイ中か。確か、気になったからレイカ様のセリフを調べてたんだよな。
と、ゲームはどんどん進行していってヒカリちゃんが剣舞会で優勝していた。このときは剣舞会優勝パターンの検証をしていたんだ。
(剣舞会優勝パターンは序盤苦労する分、後半が楽なんだよなぁ……隠しルート条件にもなるし)
剣舞会は流石に上位では勝てないかと思いきや、実はヒカリちゃん優勝ルートもあるのだ。
というのも、ロウガくんが勝ち上がってこないパターンもあるしヒカリちゃんをちゃんと特化させて対策をしているとロウガくんだって倒せる。回復と防御をちゃんとしつつ魔法でダメージ通して勝てるのだ。ルーチンミスると速攻死ぬけど。
RPG的な説明だと分かりやすいけど、現実でいうならロウガくんに対して強化を邪魔しつつひたすら回避しながら遠距離からチクチク攻撃してイライラしたロウガくんの隙を突いてカウンター決めるみたいな感じの戦いになるのかな……塩試合すぎない? 多分現実なら複雑な事情が絡むんだろうな……
(しかし、なんでこんな夢を……)
と、夢の中の俺が呟く。
『はぁ……ここでレイカ様と主人公ちゃんが戦う展開があったら激アツなのになぁ……』
そんな風に呟く俺。……その言葉には全くもって同意だ。
レイカ様はどういうルートを通ってもこの剣舞会でロウガくんに敗北する。その運命に違いはない。だから、いつだって俺は不満に思っていた。
『ああ、この時のレイカ様の戦闘をみたいなぁ……レイカ様と、主人公ちゃんの会話も見たいな……』
それはファンとしての心理でもあり……『プリンセス・ブレイド』というタイトルを愛するものとしての本心だった。
悪役令嬢という存在であり、学園に存在するライバルとして誰よりも輝きを見せるレイカ様。そんな彼女と主人公ちゃんがまだ平和だった時に戦う展開というのは……ブレファンならみたいに決まっている。
でも、存在しないものを見る方法はない。せいぜい同人誌や二次創作で見ることくらいだ。だから、ブレファンは妄想で我慢していた。
(でも、今の俺なら)
その夢を実現できるかもしれないのだ。
……ルート通りに進めるだなんて甘い考えをしていたなんて、本当にバカだな俺は。殴れるなら2、3発殴っている。むしろ今殴れないかな? 記憶の俺。
レイカ様であること以上に優先することなんてないだろ。ルートなんて運命の奴隷になろうとする俺を見てレイカ様は幻滅するに決まっている。だから俺は……
『ん? なんだこれ……あれ? レイカ様が――』
ん? 何々? 画面を見ると物凄いバグったような状態になっている。そして俺が混乱していると周りの風景が変化していき……
えっ!? もしかしてこれ転生理由かもしれない!? えっ、詳しく……
「――見せなさい!」
飛び起きて、手を虚空に伸ばして目が醒めた。
……うん。夢だから丁度いい所で興奮したら目が醒めてしまうんだな。理解した。まあいいや。気になるけどレイカ様より優先することはない。
周囲を見渡すと控室だった。そこに置いてあったソファに体を預けて寝ていたらしい。どうにも、ロウガくんとの試合を終えてレイカ様の勝利を聞いてからの記憶がない。
「――お目覚めですか、お嬢様。お疲れさまでした」
「あら、ルドガー? ……今の状況を説明をしてくれるかしら?」
「はい。お嬢様は試合を終えた後に、控室へ戻ってきて……そのまま倒れるように気絶致しました。急速な魔力の欠乏、それに限界を超えた戦いでしたので身体自体にも相当な負担が。医者を呼んで治癒の上で、看病をしておりました」
「そう。助かったわ」
「いえ、お嬢様が無事で何よりです」
ああ、そうか。流石にレイカ様でも限界だったか。見ると傷も治っていて汗も拭かれている。さすがルドガー、完璧な執事だ。
……あのまま意識を保っていれば格好がついたのになぁ……という気持ちと、まさかロウガくんに勝てるなんて……という気持ちが入り混じっていてなんとも言えない感動がこみ上げてくる。ふと、ルドガーを見ると泣いていた。静かに男泣きだった。
「……ルドガー、何を泣いているの?」
「失礼を。元気なお嬢様を見て……あの試合での感動が思い出されて感極まりました。先代の当主様にいざという時を頼まれ、見守ってきていたからこそ……正直に言えば、勝てないと思っていたからこそ……お嬢様が、キシドー家の王候補を打ち破った成長がとても嬉しいのです」
「そう、ありがとうルドガー。でも、涙は拭きなさい」
「お見苦しいものを見せました。失礼します」
そう言ってポケットからハンカチを出して涙を拭き取っている。
……やめてくれないかなぁ。俺も貰い泣きしちゃいそうになるから。こういうのでレイカ様が泣くのは解釈とズレているんだ。泣くとしても一人で静かに泣くタイプ、レイカ様。だからここで泣くわけにはいかない。
と、それよりも聞きたいことがあった。
「それで、私はどの程度寝ていたのかしら?」
「はい。二時間ほどです」
「……二時間。なら、次の試合は?」
「はい。ノセージョ嬢がモジミー様を打ち破り勝利をしました」
「そう。あの子は勝ったのね」
ヒカリちゃんは勝利したのか。
決して勝てると決まっているわけじゃない。能力値は高くても負けることはある。そしてここは現実だ。一年の差はとても大きく、実践でしかわからない事だっていっぱいあるのだ。だというのに、勝ち進んだのか。凄いな、ヒカリちゃんは。
「それで、次の決勝戦はいつ始まるの?」
「休憩を挟んでから、開始を待っている状態です。ですが、先程まで眠られていたお嬢様の体調を鑑みて現在はストップをしています。とはいえ、このまま無理をせず後日に剣舞会の決勝を回してもいいのではないかと言う話を学園の方と……」
「必要ないわ。十分に休んで、相手は一年生のあの子。私が引き下がる理由がある?」
その言葉に、少しだけ悩むような表情を浮かべるルドガー。だが、なんと言われようと譲る気はない。この体に残る熱を冷ましたくないからだ。
そして、静かな声でルドガーは答える。
「お嬢様。ご健闘をお祈りいたします」
「祈りなんて必要ないわ。勝つのだから」
「はい」
ルドガーに見送られながら、自分の足で舞台の上へと歩みを進める。
すでに会場では準備を完了していて、集中している様子のヒカリちゃんが待っていた。そして、こちらの気づいたのか、レイカ様を見て表情をほっと緩めて……そして、引き締める。
そして、レイカ様を確認した実況席から声が聞こえてくる。
『おおっ!? アクレージョ様の帰還だぁあああ!! あの激闘の後なので、解説席でも試合の延期もあるかもしれないと相談をしていましたが……しっかりとその足で! 会場へと参られましたぁ! そして、対するノセージョ様も準備完了だぁ! 先程のモジミー様との勝負はとても素晴らしい試合でした! アクレージョ様とキシドー様の試合の後に流石に盛り上がりには欠けるだろう……その大方の予想を覆した大勝負でした! モジミー様が過去に滅びたはずのニンジャの末裔であり、失伝したはずの7つの秘剣を繰り出す事も驚きでしたが……』
「は?」
えっ、なにそれ!?
気絶している間に試合が終わっていたのは分かっていた。でも、待ってほしい。なんなんだその情報。滅びたニンジャの末裔? なんで寝ている時にそんなに濃い試合をしてるんだ? そして失伝した7つの秘剣ってなんだよ! まずトテ・モジミーってモブじゃねえのかよ!
『その攻撃に苦しめられながら秘剣破りを習得し、全ての秘剣を打ち破りモジミー様に完全に対応しきったノセージョ様も凄かった! そして最後の魔法によって爆発四散して敗北してしまったモジミー様ですが……おっと、どうやら先程意識を取り戻したようです! 見どころの多かった試合です』
「……」
あの……出来ればでいいんだけど、開始をちょっと待ってその試合について教えてくれないかな? 完全にシリアスな雰囲気から前の試合に意識がそっちに取られてしまった。何だよ。というか魔法で爆発四散って何がどうなったら起きるんだよ。
……いや、いかんいかん。気分を変えよう。シリアルな展開なのだ。色々と申し訳ないし、ヒカリちゃんもあんなに真面目に待っている。だから、集中をする。
そして、厳しいで表情で待っているヒカリちゃんを見る。
「……レイカさん」
「期待はしていなかったけども」
そう言って剣を構える。
俺の本心の言葉であり……レイカ様がここに居ても、全く同じことを言うだろう言葉を告げる。
「ちゃんと、結果で応えたようね。驚いたわ」
「はい。絶対に戦うんだって決めて……ここまで来ました」
「そう」
原作になかった展開。ヒカリちゃんとレイカ様の一騎打ち。
この二人がシナリオで激突するのは闇魔法を習得し、暴走して国を混乱の渦に叩き込んでいる時だ。ヒカリちゃんが戦えるのは……ボスとしての、悪役令嬢ではない闇の魔力を使うボスとしてのレイカ様。
だから、これは原作にない展開であり本来ではありえない……悪役令嬢のレイカ様と、主人公ちゃんが戦うシーン。ブレファンがどれだけ望んでも見れなかった夢。
「だから私は貴方に、敬意を表して宣言するわ」
いつかヒカリちゃんはレイカ様を打ち倒す。超えるべき壁として。この国の、あらゆる問題を気付かせる存在として。誰よりもヒカリちゃんの記憶に残る存在として。
でもそれは今ではない。だから、レイカ様……いや、俺に出来ることは一つしか無い。
「ヒカリ・ノセージョ。貴方を全力で打ち倒すと」
「――」
このゲーム最強の……悪役令嬢として、立ちはだかること。圧倒的な力で、見せつけること。
だから、ヒカリちゃんが勝つことはない。
(ここまで来てくれてありがとう、ヒカリちゃん)
さあ――覚悟しな主人公……負けイベントの時間だ!
壺男をクリアしたので初投稿です
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