運命のイベント直前です
さて、試合の後に観戦をしていた。疲れたけども、ちゃんと見ておかないと安心できないからね。
「これで……トドメです!」
「ぐっ、ああ!!」
『なんとぉ! ここでまたまた大番狂わせ! 一年生のヒカリ・ノセージョの勝利だぁ! 昨年のシルヴィア様の勝利は記憶に新しいですが、ここにまた上位に食い込んだ一年生の誕生だぁ!』
無事にヒカリちゃんは勝ち上がったようだ。この後の試合もこの調子なら勝ち抜けるだろう。
まあ、原作的な救済措置ラインの8人に残れたので良かった。ここで負けていた場合には申し訳ないが追い出すしかなくなるからね……贔屓出来ないし。
「よう、アクレージョ」
「キシドー家というのは、暇なのかしら?」
と、観戦しているレイカ様の横にロウガくんがやってくる。
……めっちゃ話に来るなロウガくん。好きなの? まあ好きだとしてもレイカ様は絶対に譲らねえからな。ロウガ×レイカ様は解釈違いすぎる。
「待ち時間なんて、観戦くらいしかやることがねえだろ。そんで、生意気な一年坊主を叩き潰した奴が優雅に観戦してる姿が見えてな。……で、だ。聞きたいことがあるんだが、どうだったよ」
「どうだったとは?」
「カイトのやつだ。お前からしたら、どの程度の実力かと思ってな」
……うーん? 一体どういう意図なんだ……?
まあいいか。このくらいは答えても問題はないだろうし。
「そうね。一年とは思えない程に実力はあったわ」
「ほう。余裕そうに戦ってたようだがな」
「そう見えるように戦っていたもの。分かってるでしょう?」
ロウガくんを睨みつけると、軽い笑顔で返される。
いやあ、実際大変だったし油断したら普通に負ける戦いだからね。最初の方でペースを掴んで崩したけど、それがなかったら負けてるしもうちょい経験積んでたら普通に負けてた可能性はある。よくある才能のある主人公世代って上級生側からしたら怖いよね。
「まあな。ただ、聞きたいんだがもっと堅実に戦ってればもっと余裕だったろ? どうせ、カイトのやつはペースを握れず崩せなかった時点で不利だ。隠し玉や小技を持ってたら別だがな。お前も分かってたのに、わざわざリスクをなんで取ったんだ?」
「あら、そんなのは私らしい戦い方じゃないからよ」
レイカ様が地味な戦闘で勝っても嬉しくないだろ!魅せプレイも必要なのだ! 推しを最高に輝かせる! それは人生の命題と言っても過言ではない!
小悪党ならチクチク戦っても解釈一致だが、大悪党となるレイカ様にはド派手に格を見せつけるのが正解なのだ。
「なるほどねぇ。矜持ってやつか」
「当然でしょう? 矜持もなく戦うなんて無様をするつもりはないわ」
「勝ち負けよりも矜持か。とことん女らしくねえな、アクレージョ」
「あら。挑発かしら?」
「いいや、褒めてんだよ」
そう言って笑うロウガくん。……え? 何? 怖い……ロウガくんみたいなタイプがやけに優しい対応してる……一体何をするの? 押し倒されちゃう? 流石にレイカ様を傷物にしたくないから舌を噛み切っちゃうよ?
そんなとんでもない考えが脳内を巡るくらいの意図が読めない質問に、痺れを切らした俺は本題を聞いてみる。
「それで、この中身のない質問は何かしら?」
「なんだよ。俺が雑談しちゃ悪いか?」
別にいいけど、気味が悪いんだよ!
「気味が悪いのよ」
「かはは! 俺としても気味が悪いぜ? 最初の決闘騒ぎから穏当に済ませたろ? カイトに貴族に謝罪して回れとか言われてたってのに。あらぬ誤解のはずだってのに。いいのか?」
「あら、詳しいのね。それに関してはどうでもいいわ。アクレージョを軽く見たのはあの愚かな一年生二人。オウドーの子は愚かでもアクレージョを甘く見ているわけじゃないもの。なら、じゃれつく子猫は叩き潰せばいいだけだわ」
あと、王子様候補だから下手に学園追放とかも出来ないしね。アクレージョの今の権力とかなら出来ないこともないけど、メリット無いんだよな……ヒカリちゃんのルートにも関わるだろうし。
「はは、なるほどな」
そう言ってニヤニヤするロウガくん……やっぱりこれなんか企んでるって! 怪しいもん! ロウガくん、こういう事をするタイプじゃねえじゃん!
「ってことだぜ? 出てこいよ」
「……ああ、そういうこと。何かを企んでいると思ったら」
ロウガくんの言葉で、すっと影から姿を表したのは……カイトくんだった。
その表情はマジメで少し落ち込んでいる感じだ。なるほど、色々と聞かせたかったんだ。そうだよね、ロウガくんいつの間にかカイト呼びになってたもんね。つまり、仲良くなったってことだよね。不気味すぎて失念してた。
「……アクレージョよ」
「あら、負け犬の遠吠えを吠えに来たのかしら?」
殊勝な姿でもなびかないレイカ様の悪役令嬢的な挨拶!
……しかし言い返してこない。え? 何を吹き込まれたの? もっと反発するというか、こういう事を言われたら怒り出すタイプだと思うんだけど。
「……すまなかった!」
そして頭を下げ……下げてる!?
「……どういうこと? オウドー家の頭はそんなに安いのかしら?」
「いいや。だからこそ、下げている!」
冷静そうに見えるが、内心の動揺は半端ない。格上の貴族が頭を下げるのって相当だよ!?
特に昔から伝統ある貴族の謝罪は半端ない意味がある。場合によっては国宝よりも貴重なものだよ!? 貴族としての弱みになるんだから、もっと自分を大切にしようよカイトくん!
「オレは事情をちゃんと把握した! 学友の女子の所業も……そして、ノセージョにされていた嫌がらせも。アクレージョは助けていたというのに、オレは何も知らずただお前を悪だと決めつけていた! オレはいずれ上に立つ者としては恥ずかしく思っているんだ!」
「私はあの子を助けたつもりはないわよ。礼儀も知らないくだらない一年生を蹴飛ばしただけだもの」
悪だからね!? 正義じゃないし善でもないよ!? 結果を出せなきゃヒカリちゃん追い出すとかいい出してるからね!?
勘違いしないでくれ! レイカ様に対する沸点がめっちゃ低いだけだから! 本来なら関わる予定なかったし!
「分かったか、こういう奴だよ」
どういう奴だよロウガくん。知ってる顔で変なことを吹き込まないでくれ。
「……アクレージョ! 恥を忍んで頼みがある!」
「嫌よ」
「このオレをお前の……駄目なのか!? まだ内容を聞いてないだろう!?」
「ろくなことじゃないもの。教師でもしろというのでしょう?」
こういう展開しってる! よく見るやつだ! オレを弟子にしてくれとかそういうのでしょ! カイトくんって少年漫画主人公タイプだし!
でも絶対にイエスは言わねえからな! 弟子とか居たら最後の悪役令嬢デッドエンドを迎えれないようになるだろ! ちゃんとした悪役令嬢なの! 悪党なの! 王子様候補と仲良くなったらイベント凄いことになっちゃうの!
「オウドー家にはオウドーのやり方があるのでしょう?」
「いや、オレは甘かった。オレは……こういうのもなんだが、家族に大切にされてきていた……だから、考えが甘い人間だ。挫折も知らなかった。だからこそ、オレよりも優れている人間に教わりたいと思ったんだ」
「だから私を? 他人に頼らずに自分で厳しくすべきでしょう」
「ああ、言う通りだ。だが、何よりも……アクレージョ。オレはアクレージョに上に立つものとして必要なものを持っていると思っている。この試合を通して……オレは、アクレージョこそが一番見習うべき存在だと思ったんだ」
べた褒めルート入っちゃったよ。なんでだよ。倒したら友情が芽生えたり尊敬されるのは主人公だけでいいんだよ。悪役令嬢には負けねえぞってなってくれよ。困っちゃうよ。悪い気がしないんだもん。
貴族らしいのはまあ、レイカ様は完璧なので当然だけども見習うならそこにいるロウガくんでもよくないかな?
「そう。でも嫌よ」
「そうか……分かった。認めて貰えるまで誠意を示せばいいのだな! だが、いずれ正式にオレの事を弟子と認め貰うからな! 師匠!」
「あのね――」
「待っていていくれ、師匠! 満足してもらえるように頑張るからな!」
そう言って吹っ切れた表情で走り去っていくカイトくん。うん、当然ながら話を聞いてなかったね。遠い目になる。
そしてジトッとロウガくんを睨みつける。さっきからずっと声を殺して大爆笑していたんだよな、この王子様はよぉ。
「……貴方の差し金?」
「さあてな。とはいえ、俺は別にお前に関して変なことは特に吹き込んでねえぜ? 聞かれたことに対して事実を教えただけさ。そしたら、ああなった」
「そう。分かったわ」
絶対面白いからで吹き込んだなこの悪ガキ野郎! クソ、原作とキャラ違い……いや、個別ルートはこんな感じだな。レイカ様ルートとか許しませんからね! ロウガ×レイカなんてルートは存在しない! 解釈違いです!
「なら、この借りは舞台の上で返すわ」
「はは、出来るならな。期待せず待ってるぜ」
そう言って去っていくロウガくん。
クソ、カッコよく決めやがって……カッコいいからずるいんだよなぁ!
――さて、こんな騒動の後に残り8人の試合。特に苦戦することもなく勝利。まあ、流石に王子様候補よりも強いモブってそうそういないから当然である。
自分の試合が終わったので帰ろうかと廊下を歩いていると……
「レイカさん!」
「……あら?」
何故か、背後からヒカリちゃんが走ってくる。何か用事でもあるのかな?
「あの、その……お疲れさまです!」
と、いきなり労いの言葉。もしかして試合前のロウガくん達に絡まれた俺の苦労を見てて、癒やしに来てくれたのかな……と勘違いしたくなるベストタイミング。これが主人公力か……
もう内心の俺は相当に絆されてるけども、レイカ様はそんなに安いお人じゃないぞ! ということでちゃんと厳しい対応だ。
「この程度で疲れている? そんな風に考えているならお気楽なことね」
「すいません……でも、カイトくんの試合に比べて、さっきの試合はどこか疲れている様子が見えていたので……その、レイカさんのことが心配になりまして」
「……疲れている、そう見えたのかしら?」
「はい」
完全に言い切る。
そう見えたのか……いや、まあ疲れてたよ? でもどっちかと言うと気疲れだから申し訳ない……いや、よく考えると気疲れで言うならヒカリちゃんも散々疲れさせられたな。申し訳ない気持ちがスーっと消えちゃったよ。
「なら勘違いね。オウドー家と戦うために全力を使っただけよ。さっきの相手は本気を出すまでもない。それだけの話。貴方は相手を気遣う余裕なんてあるのかしら? 」
「はい、あります。私の目標はレイカさんですから。ここで負ける事なんて考えていません。全力のレイカさんに勝ちたいんです!」
……覚悟キマってるなぁ!?
そこまで言い切るんだ!? 原作的にも結構王子様候補と話をして、そこで自分がどうなりたいかの自問自答をしたりするので覚悟は決まってるけど、ここまで覚悟完了してたかなぁ!?
「あら、強気ね」
「じゃないと、レイカさんに追いつけませんから。レイカさんとは、決勝でしか戦えないので勝ちます」
「そう。なら言葉だけじゃないと証明してみせることね」
「はい、見ていなくてもいいです。結果で、お答えしますから」
その強い言葉に、流石にレイカ様でも感服だ。
最初の頃……というか、この前のモブ貴族にイジメられてた女の子から成長しすぎじゃない? 男子は三日会わなければ刮目してみよって言葉があるけど女の子にも通用するの?
とはいえ、この意気ならむしろヒカリちゃん追放ゲームオーバー展開は無いと思っていいな! ……そう言えばちょっと気になる事が。
「――ところで」
「っ! は、はい! なんでしょうか!? レイカさんからの質問なら答えます!」
うわっ、すごい勢いだ! そんなに食いつく!? 何を聞かれると思ってるの!?
「……オウドー家の子は知っているのね。名前で呼んでいるようだけども」
「はい、その……試合の後に、私も頭を下げて謝罪されたんです。その、あの人達にひどいことを言われたりした話で色々とあって……でも、謝られた時にちょっとお話をして仲良くなったんです」
そう言って笑顔で言うヒカリちゃん。……おお! これは、カイトくんルートか!?
原作とは導入から色々とズレてるけども、名前呼びなんて相当にフラグ立ってるじゃん! 仲良くなった王子様候補がいてレイカ様も俺も一安心だ。
「そう。貴族との縁は大事にしなさい」
「はい!」
「聞きたいことはそれだけよ」
「あ、はい。それじゃあレイカさん、決勝で待っていてくださいね!」
「ええ。出来るのならね」
強気のヒカリちゃんに、挑発するように笑みを浮かべて別れる。
……まいった、ついヒカリちゃんの王子様フラグに嬉しくなって優しいアドバイスをしちゃった。
とはいえ、ちゃんと物語が進行してる事がわかって安心した! カイトくんルートは、甘酸っぱい幼馴染みたいになるんだよな。うーん、変化を間近で見られるのも楽しみだ。そんな風に、ご機嫌になって家路につくのだった。
そして、レイカが去っていった後の中庭で二人の男女が会話をしていた。
「……おい、ノセージョ!」
「あ、カイトくん」
「オレの弟子入りの話はどうなったんだ! お前ばっかり楽しそうに会話をしていただけじゃないか!」
「え、えっと……その、話すタイミングがなくて……ま、まず! こういうのは他人任せじゃ駄目だと思うな!」
「なにぃ!? 正論だが、お前まさかオレを話すキッカケにしたんじゃないだろうな! お前が任せてと言うから任せたんだぞ!?」
「そ、ソンナコトナイヨー?」
「嘘がオレよりも下手かお前は! くう、オレもお前のように弟子入りをしたいというのに……やはり、ズルは駄目だということか……」
「カイトくん、だから私は弟子じゃないんだけど……」
「教えを受け、厳しい試練を与えられている! 立派な弟子だろう! ……まあいい。オレも認められるように頑張るしかあるまい」
「その、私も出来る限りのお手伝いはするからね? ……そうしたら、レイカさんが私のことを弟子って言って認めてくれるかもしれないし……」
「む? なにか言ったか?」
「う、ううん! 何も言ってないよ! 頑張ろうってこと!」
「そうだな。お互いにアクレージョの弟子として競い合うとしよう!」
「うん!」
……レイカの知らない所で、レイカ様を中心とした親友フラグが立とうとしているのだった。
いっぱい見てくれる人がいて驚いたので初投稿です
※『イベントをエンジョイしています。』を修正致しました。発言周りでちょっと設定でややこしくなりそうだったのでそこを手直ししています




