王子様をボコボコにしても構わんだろう?
さて、剣舞会の初日が終わり16人に絞り込まれたトーナメント表を見る。
当然ながらロウガくんにカイトくん。我らがレイカ様にヒカリちゃんも初日を突破した。これでバッドエンドの第一関門は突破したので一安心だ。
他には……うーん、ゲームで名前の出てくる固有キャラは居なさそうだな。ホッとしたような、ちょっと寂しいような。だが、今の展開の狂いっぷりを考えるとここで固有キャラが居ない事はむしろ安心出来る要素だ。
(というか、レイカ様ブロックだけおかしくないかな!?)
ヒカリちゃんの方に固有キャラが居ないのは百歩譲って救済措置として考えるならいいだろう。でも、レイカ様ブロックはここから王子様候補と対決だよ!? 他のゲームなら主人公の戦うブロックじゃん!
まあ、ロウガくんに負けるのはいいのだ。原作的にもロウガくんに負ける理由はあるし。
だが今日のカイトくんとの試合で負けるのはダメだ! 原作的にも気合負け要素はこの段階だと一切ないのだ! そんなカイトくんにもしも負けたらショックで俺は寝込む! だから大人気ないくらい全力で戦って勝たないと駄目だ!
(ただ、そのせいでヒカリちゃんは絶対に勝ち上がらないと駄目になったな……)
原作ではロウガくんに二日目の初戦で負けたので、レイカ様がショックを受けてなあなあになったけど……その展開にならない場合はヒカリちゃんは4位以内に入らないと退学だよなぁ……前言撤回出来ないし。
念のためにもう一回トーナメント表を見る……ヒカリちゃんの相手は大丈夫そうだな。ゲームでもたまに剣舞会で戦うモブキャラが数人居るが、そこまで苦戦した覚えはない。きっと勝てる……
いや、俺はヒカリちゃんの母親か? というか、片や名前無しのモブキャラと戦い続ける主人公。片や固有キャラのブロックで勝ち抜いて行くことになる悪役令嬢。うん、立場が逆だよね。
「……まあ、仕方ないわね。出来ることをするだけよ」
レイカ様の声でつぶやいて自分を盛り上げる。推しの言葉に気合が入る。こういう事が起きても仕方ないのだ。こういう不慮の事故にも出来る事をして対応するのがプロっていうもんだ。何のプロだって? レイカ様のプロだ。
そしてトーナメントを確認し終わったので会場から去って帰宅しようとすると、突然レイカ様の周囲が囲まれた。
殺気がなかったぞ!? どこぞの貴族の刺客か!? と思ったが、面々を見て違うことに気づいた。というか、これは……
「アクレージョ様! 素敵でしたわ!」
「王子様達でも、あんなに見事な剣技を使っているのは見ませんでした!」
「すごかったです! 正直、憧れちゃいます!」
「あの、応援してます! これ、どうぞ!」
キャイキャイ言う女の子に囲まれていた。
……えっ? なになに? なんで? 怖いはずでしょ? なんでこんなアイドルを囲んでいる感じなの? あと、差し出されたのは結構高い回復アイテムなのでありがたく貰いたいところだが、ゲーム的には欲しくても現実的には何が入ってるか分からないから貰えないんだよなぁ!
突然のことに何を言えばいい分からず、無骨な返事をしてしまう。
「……貴方達、私は忙しいの。退きなさい」
「「「はーい!」」」
キャアキャアいいながら道を開けてくれる。何故か声をかけてもらったことに対する喜びであの対応でも嬉しそうだ。完全にアイドルと会えた人みたいになっている。
……いったいなぜぇ……という気持ちが強い。自画自賛するくらい悪役令嬢をしていたと思うし、怖がられるはずなんだが……
(……まあ、大丈夫。ルート進行には間違いないはず)
それにレイカ様に人気が出てくる事自体は悪いことじゃない。そう思っておこう。
色々とヤバい現実から目を背けて、とりあえずは屋敷に帰るのだった。
さて、次の日。
二日目ということもあり、初戦はカイト・オウドーくんなので気合を入れるぞ……とやってきたのだが……
「あ、アクレージョ様よ!」
「素敵ね……あのアクレージョ様が目をかけていた一年生も勝ち残ったそうよ」
「ええ、凄いわね……あれだけの激戦区だというのに、一年生で残るだなんて……アクレージョ様は才能を見抜いて手ほどきをしてたと噂よ」
「素晴らしいわ……教師としてアクレージョ様に手ほどきをして貰いたいですわ……」
「むしろ、アクレージョ様に『駄目な子ね』と言われたいですわ……」
「分かる……」
出待ちがもっと酷くなってた。
学園の前に女子生徒がそこら中にいる。
(あ、これ見たことあるな。コラボカフェで遠巻きに推しの看板とか見てるファンだ)
懐かしいなぁ……参加したら男が俺一人だけでちょっと居心地が悪い思いをして……いや、今はいいか。なんかフラッシュバックして関係ない前世の記憶まで思い出しちゃったよ。
そして、女の子たちがレイカ様を発見してこっちを見てキャアキャア言ってる。声を抑えてるのにキャアキャア聞こえてくるんだけど圧が凄い。
「……貴方達、邪魔よ。散りなさい」
「「はーい!」」
その言葉でまるで軍人かと思うような統率感で全員が解散して更に遠巻きに眺めている。
邪魔じゃなくなったかもしれないけど、正直もっと精神的に辛いよ。具体的には突き刺さるような視線が感じられて怖いよ。
(……うん! みんな、レイカ様の魅力に気づいたってことだな!)
俺は思考放棄をした。この後にイベント戦があるしここでリソースを削ぎたくないんだよ!
……いや、本筋に絡まないくらいのミスだとは思うんだけど。悪役令嬢なのにこう、女子生徒から大人気なのは間違ってないか? ……いや、でもなんかカルト的な人気がある方がそれっぽいか? 取り巻きとか悪役令嬢いるし。もうわからなくなってきた。
と、そこにちょっとバツが悪そうにやってくるカイトくん。あの空間の背後で待機してたんだ。凄いなカイトくん。
「アクレージョ、どうやら逃げ出さなかったみたいだな」
「……あら、オウドー家の子ね」
「カイトだ! 家名を貴様に呼ばれたくないと言ったろう! ……まあいい。生徒達の前で恥をかく覚悟はできているようだからな」
「あら、する必要ない覚悟なんていらないでしょう?」
まあ、余裕の表情でそう返しておく。その言葉に、ぐぬぬ顔になるカイトくん。
カイトくんって正義感はあるけど思い込みが強いタイプだからなぁ。今はもう、アクレージョは悪党だから俺が天誅を下す! みたいになっているのだろう。
まあ、バッチコイなんだけどね! だってレイカ様は悪役令嬢だしな! 負けてはやらねえけどこういう挑戦者は大歓迎だ!
「ふん、まあいい。俺と貴様が最初の対戦だ。せいぜい華々しく蹴散らしてやる」
「そうね。貴方の無様な負け姿を華々しく飾る戦いになるわね」
「ぐっ……いい! 後は試合で語るだけだ!」
そう言い返して、もはやこれ以上言葉はいらないとばかりに会場にカイトくんは向かっていく。
……カッコいい~! こういうやり取りしてるとこの世界に存在している事に感謝してしまう! レイカ様! 今、俺は凄い悪役令嬢をしてますよ!
「……はぁ、見ました……?」
「どちらも素敵……」
「……どちらが勝つと思います?」
「私はアクレージョ様……」
「オウドー様が泣いてる姿を見たいですわ……」
「わかります……」
「むしろ私が切られたい……」
「わかりますわ……」
そして周囲から隠れてみてたヤバい女の子達の声が聞こえてくる。……頼むから試合前にやる気を削らないでほしいなぁ。
『さぁ、ついに残った16人の優秀な生徒達! 誰が勝ち残るのか! 今日という日の初戦は、なんとアクレージョ様とオウドー様の対決だぁ!! それぞれが実力のある貴族同士! この勝負を今日の最初に見れるなんてなんという幸運でしょう!』
その実況の声を聞きながら、向かい合うレイカ様とカイトくん。お互いに真剣な表情だ。
武器は剣と双剣。原作では見たことのない対戦なのでドキドキする。俺も観客になりたいが、俺がレイカ様なので見れない。辛い。
『さて、それでは運命の勝負だぁ! 圧倒的な実力のアクレージョ様と、その年齢に見合わぬ実力と勢いを持っているオウドー様の勝負! それでは……』
「……覚悟するがいい、アクレージョ!」
「あら、挨拶なんて真面目ね」
『試合、開始!』
その言葉とともに真っ直ぐに突っ込んでくるカイトくん。想像以上のスピードだ。
そのまま一発、二発、三発と連続で双剣を叩きつけてくる。その攻撃を剣で受けながら丁寧に捌いていく。うーむ、一発一発が重たいなぁ。魔法でブーストしてるなこれ?
回避をしようとしたら、間違いなくそのまま攻撃を食らうので、剣で防御をしながら武器を弾くように立ち回っている。これで一年生ってすごいな。
「どうした! 手も足も出ないか!」
「あら、余裕がなさそうね」
「そんなことはない!」
にこやかにそう言いながら攻撃を捌いていく。まあ、こっちもそこまで余裕はないがカイトくんの方が余裕はないだろう。
ゲームでも、耐久力がないから倒される前に倒すスタイルが基本形だったけども現実でも同じようなスタイルだ。最初から全力で攻撃を続けて、相手に反撃を許さずに倒す。戦い方はシンプルな方が強くて対処がしにくいからね。
こうしてカイトくんの攻撃を、受けていて思うのだけども……
(これ、このまま受け続けてたら魔力切れるだろうなぁ)
余裕がないとは言え、最初の一番強い時間帯を捌き切った時点でカイトくんはここから勢いはどんどん落ちていく
勝ちを狙うだけなら、このまま相手の体力が切れるまで防御をしている手もある。
……しかしだ。
(このまま時間切れまで防御をし続けるなんて華がないよな……レイカ様だぞ! レイカ様!)
派手で実力を見せつけるスタイルのレイカ様がこんな地味なスタイルで戦うなんて許せねえ!
それに、カイトくんだってこれで負けたら不完全燃焼だろう。
「このまま何をしないのも退屈だから、反撃してあげるわ」
「ぐっ!? くぅ、」
そう言って、魔法を発動する! 剣に炎を纏って反撃の一閃!
その攻撃を受けるかと思ったが、カイトくんは紙一重で避ける。
体制を崩したまま、カイトくんはこちらに一撃を加えようとする。軽い双剣ならば、普通の剣では出来ないような反撃などもできるわけだ。
(あー、そう言えばカウンター攻撃も原作であったな)
回避しながら勢いを生かして双剣で攻撃。こういう理屈なのかーという感動で思わず笑みが出る。ゲームのデータが現実に反映されてるのを見れると嬉しくなるよね! なるよな!
しかし、当然ながら反応できる。そのまま風魔法を使って相手の剣に魔法の塊をぶち当てる!
「なっ!?」
「残念、ハズレ」
魔法の攻撃は意外と人体には効果がないことも多い。というのも、魔法を使える人間は魔法に対する抵抗力を持っている。なので魔法だけで相手をぶっ倒そうとすると魔力を込めて威力を上げたり、大量に魔力を使ったりと大変なのだ。
しかし、魔法で防御されていない剣であれば弱い力でも弾くことが出来る。
「くっ、小癪な!」
「あら、創意工夫は必要項目よ?」
バランスを崩しても、すぐに態勢を立て直すカイトくん。こういう基礎的な能力の高さが確かな実力に繋がっているんだな。
しかし、カイトくんは真っ直ぐすぎるんだよなぁ。他の生徒は隠している手や小技を持っているけども、カイトくんはそれを持っていない。逆に言うとそれでここまで勝ち上がるのが凄いんだけども。
「それで良かったのかもしれないけど」
「くっ、うう!」
「バカ正直なだけで勝てるほど甘くはないわ」
そして剣を振るう。しかし、見え見えの大振りな軌道で簡単に回避される。
それに、会心の笑みを浮かべて隙をつくように反撃をするカイトくん。
「油断したな! アクレージョ!」
「貴方がね」
そしてまた風魔法をぶつける。今度はカイトくんの武器ではなく、自分の武器に。
突然回避したはずの剣が突然軌道を変えて襲ってきた事で、驚きを隠せずに双剣で受け止める。だが、それは悪手だ。
「ぐっ……あっ!」
魔法でぶつけて軌道を変えた後に、炎魔法で威力を上昇させる。搦手ではあるが、本気で振るったのと同じレベルの威力が出ている。
軽い双剣では受け止めきれずに、そのまま武器を弾き飛ばされる。
「――さて、武器がなくなったわ。どうするの?」
降参するかな? と思って聞いてみると涙目で双剣一本だけを手に立ち上がる。
「舐めるな……俺はオウドー家! この程度で諦めるものか!」
片手だけになった双剣で立ち向かうカイトくん。
そのまま真っ直ぐに打ち込んでくる。が、当然ながら手数は半分になっているし、軽い剣一本では対した威力は出ない。諦めないガッツは偉いけど、それだけだ。
「そう、心意気だけは立派ね。実力が伴っていないけども」
そういって、レイジくんをぶった切った時と同じくらいに大きい炎を出す。魔力の無駄遣いで特に必要はないが、カイトくんに対しての礼儀みたいなものだ。
そして、そのまま炎の大剣でまっすぐにぶった切る。
「ぐっ、うううう!」
すでに心が折れていて魔力も尽きているカイトくんは、回避できずに残った双剣で受け止める。
だが、レイカ様の魔力で作った火力特化の剣だ。そのままカイトくんの双剣を破壊した。吹き飛ばされて転がっていくカイトくん。なんとか立ち上がるが、もう終わりだ。
『な、なんとぉ!? 立ち上がりましたが……もう、武器は残っていません! 格を見せつけた勝負! 圧倒的、圧倒的だぁ! アクレージョ様がオウドー様を打ち破り、大勝利だぁ!』
(よし、完璧にレイカ様を出来たぜ!)
会場は大歓声だ。まあ、だってド派手に戦ってたからね。地味な小技とかめっちゃ使ってたけど、観客から見るとド派手な技の応酬で見応えがあったと思う。まあ、これも悪役令嬢の戦い方って奴だ!
「ぐっ、うう……くそう……くそう……ぐすっ……うぅ……」
(あ、泣いてる)
そして立ち上がったけども、そのまま力尽きて倒れるカイトくん。……このシーンを生で見ると道を踏み外したブレファンの友人の気持ちがちょっとだけ分かるな。いや、分かっちゃ駄目だ俺。
……うーん、放置してもいいんだけど原作にない展開だし声かけたほうがいいよな……どう対応するか? レイカ様らしい対応……対応……ううん……悪役令嬢っぽく……よし!
「あら、そうやって這いつくばって泣いているだけかしら?」
「ぐっ、くぅ……ぐすっ……泣いてなど、いない!」
立ち上がるカイトくん。健気でいいなぁ。
「そう、なら迷惑にならないようにさっさと負け犬は去りなさい」
そう言うと、言い返さずにボロボロになりながら自分の足で会場を後にするカイトくん。
……ううむ、素直だよなぁ。ここで言い返さない所とか。貴族っぽくないよね。さて、見終わったしこっちも壇上を降りる。
(ふふふ、この悪役令嬢ムーブ……完璧だな!)
そして、会場の声を聞いて……
「凄かったなアクレージョ様……カッコ良すぎるだろ」
「ちょっと俺も炎の剣とか真似をしたいな……」
「なんだろう……あのオウドー様を見てドキドキしてる」
「俺も……」
……うん、聞かなかったことにしよ!
スイーツパラダイスを堪能したので初投稿です




