47.逆転また逆転
美しい中庭には、たくさんの人が集まっていた。
うちの両親に率いられた貴族の私兵たち、捕らわれた騎士たち、カイウス様の姿を見てこちらについてくれた騎士たち。
そして、自力で脱走してきた研究生たちと、私とセティ。
みんなの目は、中庭の中央にある広場で戦う二人に釘付けになっていた。
国宝の剣を振り回して、素早くゾルダーに迫るカイウス様。ゾルダーは風の刃で彼の剣を受け流し、さらに風の刃を生み出してカイウス様に叩きつける。
二人の実力は、互角だった。そしてこの一騎打ちが、すなわち皇帝選定の儀であることを考えると、ぎりぎりまで手出しはしないほうがいいのかも……。
そこまで考えて、ふといらだちを覚えた。考えてみたらこの皇帝選定の儀だって、ゾルダーが勝手に言い出しただけのものだ。
ひとまず彼とカイウス様が対面しないことには話にならないから、今まではゾルダーの示したルールに従って動いていた。
けれど、もうそれを無視したって問題ない。
ここで遠慮なくゾルダーを打ち負かし、反逆の徒として捕らえれば、それで終わりだ。どうしてこれ以上、ゾルダーの言いなりにならなくてはならないのか。
そんな考えが、ふつふつとわいてくる。いつの間にか私の胸には、煮えたぎるような怒りが満ちていた。それと、復讐心。
前世の私は、はっきり言って不幸だった。それでもヤシュアがいてくれたし、セティの前世であるリッキーとも知り合えていた。そんなたくさんの小さな支えのおかげで、私は頑張れていた。
でもそのささやかな幸せでさえ、あっさり奪われてしまった。ゾルダーが私の王国を手に入れようとして、ヤシュアを寝返らせて内乱を起こしたから。
処刑される前に感じた、あの虚無感も絶望も、全部全部、何もかもゾルダーのせいなんだ。
こいつだけは、許せない。いっそ、この手で。
ぎりりと奥歯をかみしめたその時、頬にちいちゃな何かが当たった。私の肩に登ったルルが、その手でそっと私の頬に触れていたのだ。
そのひんやりとした感触に、熱くなっていた頭が一気に冷えていく。
ちゅい。
自分たちに任せろ、と言わんばかりに一声鳴いて、ルルは他のウサネズミたちと一緒に走り出した。今もなお激しく打ち合っている、カイウス様とゾルダーのほうへ。
どうやらウサネズミたちは、私が背負っていたカバンの中にある魔法陣から勝手に飛び出してきていたらしい。
帝城に足を踏み入れる時にルル以外はいったん異世界に帰していたのに、いつのまにやら三十匹くらいの群れを作ってしまっている。
そうして彼らはゾルダーの風の刃をかわしながら、統率の取れた動きでゾルダーの足元までたどり着いた。そのまま、彼の体を登っていく。
ウサネズミたちの見事な動きに、さっきまでの怒りも忘れて見とれてしまった。同じように戦いを見守っていた周囲の人々からも、感嘆のため息がもれている。
もっとも、いきなり大量のウサネズミに取りつかれたゾルダーはすっかり混乱していた。
「なんだ、こいつらは!? 離れろ!」
「お、ちびたちが加勢してくれるのか、ありがとうな。でも危ないから、もういいぞ」
カイウス様は面白がっているような笑みを浮かべている。私だけではなく彼も、少し落ち着きを取り戻したようだった。
ウサネズミたちはゾルダーの制止に耳も貸さず、体によじ登り、その肩に、頭に、次々と長いしっぽをぶち当てていく。
そこまで痛くはないだろうけれど、盛大に気は散るだろう。魔法を使い続けるにあたっては、かなりの邪魔になるはずだ。
しかも、カイウス様と盛大にやりあっている最中だから、なおさら。
「ちっ、獣の分際で私に手を出すなど、ええい、いまいましい!」
うっとうしげに叫んで、ゾルダーが腕を大きく振り払う。さっきまで操っていた風の魔法の刃が消えた。そのまま彼は、大きく後ろに下がって間合いを取る。
次の瞬間、ゾルダーの周りに風が渦巻く。
彼の体に張りついていたウサネズミたちが、引きはがされて吹き飛んだ。中庭の木や茂みに、ウサネズミたちがぽとんぽとんと落ちていく。
その一瞬の隙を、カイウス様は逃さなかった。素早く駆け寄って、頭上から剣を振り下ろす。
「くっ!!」
すんでのところで、ゾルダーはその一撃を受け止めた。どうにかこうにか出したらしい、魔法の風の刃で。
けれどそのせいで、体勢を大きく崩してしまう。そのままゾルダーは、ぺたんと尻もちをついた。
ああ、決着がついた。
「我の勝ちで構わぬな、ゾルダー?」
カイウス様の静かな声が、中庭に響く。みんながほっとしているのが、ひしひしと感じ取れた。
けれど、その時ゾルダーの様子が変わった。
彼のそばには、ルルが腹ばいになっていた。さっき吹き飛ばされた拍子に、気を失ったらしい。
ゾルダーはルルを見て、何かに気づいたような顔になった。そうしていきなり、ルルを引っつかんだのだ。
「……これは……はは、そういうことか」
奇妙に晴れ晴れとした顔で、ゾルダーが笑う。と、彼の体が後ろに吹っ飛んだ。違う、彼は地面に座り込んだまま、魔法で移動したのだ。
あれだけ戦った後で、まだそんな魔力が残っていたなんて。
何かを察したらしいカイウス様が、ルルを奪い返そうと走り出す。目を覚ましたルルも、必死にゾルダーの手の中でもがいている。
ルルを助けなきゃ。考えるより先に足が動く。すぐ後ろから、セティが追いかけてくる足音が聞こえていた。
しかし私たちの手が届くよりも先にゾルダーは立ち上がり、ルルのリュックの中身を取り出した。
真上からの日光を受けて、それはまばゆくきらめいている。とびきり大きなエメラルドがはめ込まれたその指輪。
私にはまだまだはめられそうにないくらいに大きなそれは、ゾルダーの大きな手の中では妙にちっぽけに見えた。
「やけに強い魔力を感じると思ったら……まったく、皇妃に贈られる国宝の指輪を、こんなところに置いておかれるとは」
あ、やっぱりあの指輪、とんでもないものだったんだ。一瞬頭をよぎったそんな思いを無視して、ひたすらにルル目がけて走る。
ゾルダーは、私やセティのことはまったく気にしていないようだった。妙な余裕をたたえて、カイウス様のほうをまっすぐに見ている。なんだか、嫌な予感がする。
「カイウス様……本当にあなたは自由奔放で型破りで、おまけに人心をつかむのもうまい。だからこそ、あなただけはここで消しておかねばなりませんね」
そしてゾルダーは、エメラルドの指輪とそれにしがみついているルルをまとめて握りしめたまま、ただ一言つぶやいた。風よ、と。
何が起こったのか、すぐには分からなかった。
ふわりと体が浮き上がるような感触がしたと思ったら、見えない壁に弾き飛ばされた。柔らかいけれど、スライムよりはずっと固い、魔力を感じる壁だ。
同じように後ろに吹き飛びながら、見事な動きで体勢を立て直しているカイウス様の姿が目の端に見えた。
何が起こったのか分からずに、ぽかんとした顔でこちらを見ているみんなの姿も。
ぐるんと世界が回って、青空が見えて。木々の梢の横を通り越して、まだ上に。
「ジゼル!」
悲鳴のような声が、いくつも上がる。誰かが駆け寄ってくる気配がする。どうやら自分は空中高くに投げ出されているのだと、その時ようやく気づいた。
ど、どうしよう。剣術を習っていたら受け身を取れるし、風の魔法や水の魔法が使えれば、着地の衝撃を相殺することもできるかもしれない。でも、私にはどれもできない。
魔法陣でスライムを呼べば……間に合わない。あの子を呼ぶ魔法陣を描き上げるより先に、地面に叩きつけられる。
それでも必死に、手を動かした。けれどどんどん、私の体は落ちていく。
ああ、もう駄目だと思ったその時、いきなり体が何かに受け止められた。




