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31.前世の苦しみと、痛みと

 リッキー。それが、セティの前世での名前だった。でも私は、その名前を知らない。


 セティは『女王エルフィーナを守れなかった、力になれなかった』ことをずっと悔いているようだった。だから機械弓を作り、剣術同好会に入り、私の騎士になりたいと言い出したのだ。


 前世の彼と私の間に、いったいどんな関係があったのだろう。黙ったまま考え込んでいると、彼は消え入るような声で、そろそろと言った。


「あの王国で騎士団長を務めていたヤシュア、彼はぼくの兄でした」


 彼の言葉は、まるで独り言のようだった。邪魔をしないように、じっと息を殺して耳を傾ける。


「ぼくは……リッキーは、騎士になることをずっと望んでいました。子供の頃から、ずっと」


 その声は、ひどく暗い。もしかして、リッキーは騎士になれなかったのだろうか。そんなことを予想させる声だった。


「僕の家は、代々たくさんの騎士を輩出してきました。僕も騎士になるんだって、ずっとそう信じて疑いませんでした」


 セティの口調が、少し変わった。いつもの大人びた丁寧なものから、少し気弱そうなものに。


「でも僕は、とてもひ弱でした。本当に一族の血を引いているのかと、みなにそう言われてしまうくらいに。兄さんは僕のことを、落ちこぼれと呼んでいました」


 それで、ヤシュアはリッキーのことを私に話していなかったのか。弟のことなど話す必要がないと思ったのか、話したくないと思ったのか。


 けれど落ちこぼれだなんて、ヤシュアにしてはきつい言葉を使ったものだ。


 ヤシュアは口下手なところはあるけれど優しい人だったし、そういった陰口のようなものとは無縁な人だと思っていたのに。


「それでも僕はあきらめきれなくて、必死に努力して兵士になりました。でも、やっぱり兵士たちの中でもとびきり弱くて……裏庭とか牢屋とか、そんなところの警備を押し付けられていました」


 リッキーがただの兵士だったのなら、女王の私と面識がなくても仕方がない。


 ようやく、謎が解けた。でもそれと同時に、前世の彼のことをもっと知りたいという思いがわいてきた。


 彼は女王たる私のことを、どう思っていたのか。たった一つ、女王を守れなかった後悔だけを抱えて生まれ変わるくらいに、強い思いを寄せていたのか。


 けれどセティは、そこで口ごもってしまった。


「……思い出せたのは、ここまでです。リッキーがどんな最期を迎えたのかは、まだ分かりません」


 そう言って、彼は背中を丸めた。どうやら、自分の両手を見つめているようだった。


「でもきっと、ぼくはリッキーと同じような、ひ弱な青年に育ってしまうのだと思います。ぼくの顔は、リッキーにそっくりですから。やっぱりぼくは、騎士になんてなれないんだ……」


「あのね、セティ」


 ついにこらえきれなくなって、口を挟む。


「わたしもあなたも、前世とほとんど同じ顔で生まれた。記憶も残ってる。でも、前世のわたしたちと今のわたしたちは、違う存在なの」


 前世にとらわれてほしくない。自由に生きてほしい。私を縛るそんな言葉に突き動かされるように、さらに言い立てる。


「リッキーは機械弓なんて扱えなかったでしょう? 学園にも通っていなかったし、剣術同好会にも入っていなかった。そして、わたしと親しくしてもいなかった。ほら、こんなに違うわ」


「そう……ですね……」


「今思い出せてよかったじゃない。こうなったらとことん機械弓を改良するのもいいし、なんだったら機械剣を作るのもいいかもしれないわ。力の弱さを補うような、そんな仕掛けのされた剣よ」


「……それ、面白そうです」


「でしょう? ……だから、考えてみて。思い出した記憶に苦しむんじゃなくて、その記憶を踏み台にして、より高くへ跳ぶ方法を」


 そう締めくくって、部屋を後にする。扉が閉まる直前に、ありがとうございました、と穏やかな声が返ってきた。ちょっぴり泣きそうな声だな、とも思った。




 そうして、寮の廊下を抜けて学園の玄関にやってきた。重い足取りでとぼとぼと。


 セティは、ひどく悩んでしまっている。私の言葉が、多少なりとも助けになればいいのだけれど。


「おう、ここにいたかジゼル」


 下を向いて歩いていたら、いきなり上からそんな声がした。顔を上げると、そこにはカイウス様がいた。今日はきっちりと、カインさんの格好をしている。


「屋敷を訪ねたら、こっちだって言われたんでな。ほら、行くぞ」


「い、行くぞって、どこに?」


「すぐそこだ」


 近くならいいかな、という私の思いは、あっさりと裏切られた。


 カイウス様は玄関のそばに馬を待機させていて、それに私を乗せると、そのまま二人乗りで走り出してしまったのだ。


 抗議したいけれど、馬が揺れるのでうかつに喋れない。仕方なく、落ちないようにくらにしがみつく。そのまま耐えていたら、やがて馬が止まった。


 そこは帝都のはずれのほうにある、小高い丘の上だった。


 主だった通りから離れていて交通の便が悪いからか、この丘の上には家一軒建っていない。自然のままの、綺麗な場所だった。


「ほら、座れ」


 カイウス様は懐からハンカチを出して、草の上に敷いた。


 皇帝のハンカチの上に尻を乗せる。それはとんでもなくおそれ多いことだけど、この人相手に細かいことを気にするだけ無駄な気もする。


 なので遠慮なくそこに座る。と、カイウス様も慣れた動きで隣に座った。私たちの眼下には、美しい帝都の町並みが広がっている。


「あの、カインさん、どうしてこんなところに?」


「帝城の中にいると、仕事とか義務とか色んなものが追いかけてきて、息が詰まるんだよ。だから時々、こうやって外の空気を吸うんだ」


「はあ……息が詰まる、というのは分からなくもないような……」


「お、分かってくれるか。嬉しいな。……それはそうとして」


 柔らかな笑みを浮かべながら町を眺めていたカイウス様が、ふっとこちらを見て真顔になった。


「お前、何か悩んでいないか? あの騒動の日から、ずっと学園を休んでるって聞いたぞ。セティも寮の部屋から出てこないんだってな。何があった?」


 悩みならある。けれどそれを、彼にそのまま言う訳にはいかない。そこまで考えて、ふと気づいた。


 カイウス様も、前世の記憶を持って生まれた人だ。それも、私たちより長く、二度目の人生を生きている。


 だったら、前世の自分と今の自分との間の折り合いのつけ方を知っているかもしれない。それを知ることができれば、より的確にセティを励ませるかも。


 少し考えて、あれこれぼかしながら尋ねてみることにした。


「カインさんには、前世の記憶があるんですよね……その、前世に関係するものや場所なんかを探してみたことは……ありますか?」


「あるぞ」


 間髪入れず、彼はうなずいた。そして、とんでもない話を聞かせてくれた。


 五年前、彼は十四歳で皇帝になった。そして彼が最初に手をつけたのは、何と前世の復讐だったのだ。


 前世で彼の両親が残した農地を奪い、そして彼自身の命をも奪ったあの貴族を、彼は探し出したのだ。それは皇帝である今の彼には、あまりにもたやすいことだった。


 当時からこそこそと悪行三昧をしていただけあって、その貴族は大小様々な犯罪に手を染めていた。


 前世のカイウス様が暮らしていた頃であれば不問にされていただろうが、カイウス様はそれを見過ごしはしなかった。


 帝国を変え、弱者でも暮らしていける世界を作る。彼は幼い頃から、そう心に決めていたから。


「そいつは全ての領地を失い、牢につながれた。馬鹿馬鹿しいほど簡単に、処分が決まったよ。罪が多すぎて、全部足したらすごいことになった。死罪だけは免除してやったが、一生牢の中だな」


 けれど、とつぶやいてカイウス様は目を伏せる。


「……ただ、前世の俺を殺した罪では、裁けなかった。かなり昔のことだったし、死んだのは浮浪者同然の少年。証拠も何も残っていなかったし、そもそもそいつはその事故のことを覚えてすらいなかった」


 しんみりと、悲しげな声でカイウス様はぽつりとつぶやいた。


「皇帝も、貴族も、平民も、浮浪者だって……みんな懸命に生きてるのにな。なんだってここまで、命の重さが違ってしまってるんだろう。あの貴族を投獄してからしばらく、俺は空しくてたまらなかった」


 予想外の内容に、言葉を返せない。ただじっと黙って、カイウス様の横顔を見つめることしかできなかった。


 どれくらい、そうしていただろう。不意に、カイウス様がこちらを見た。


「……ところで、俺からも一つ尋ねたい。……お前とセティには、前世の記憶があるな?」

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― 新着の感想 ―
[一言] セティには前世の記憶に負けないで欲しいですね。 それにしても、ヤシュア随分とイメージが違いましたね。 外に見せる顔と内に見せる顔が違うのは当然ですが、それでもねー……。
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