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12.二年目の春が来た

 試験後の春休みは、そのまま帝都で過ごした。セティやアリアと遊んでいるうちに、あっという間に新年度が始まった。


 私たちももう七歳で、これから学園の二年生となる。学園に慣れるためにゆったりと過ごしていた一年目とは違い、活動の幅も広がっていくのだ。


 二年生からは、同好会と呼ばれる活動に参加できる。それぞれが興味を持った事柄について、異なる学年の生徒が集まって一緒に学ぶのだ。


 実のところ、それは学びの場でもあると同時に、交流の場としての意味合いも強かった。


 同好会を通して知り合ったのが縁で、その後婚約する者もそれなりにいるらしい。


 そんな訳で、どの同好会に所属するかに当たって、本人の好みよりも親の意向が反映されてしまうこともあるとかないとか。


 でも当然ながら、私の甘々な両親は、そんな無粋なことは言わない訳で。


「ジゼル、君はどこの同好会に入るつもりなんだい? まるで自分のことのようにわくわくしているよ」


「あなたならどこに行っても、大歓迎されるに違いないわ!」


 とまあ、こんな調子だった。


「料理同好会に入ろうと思うの。昔から、一度やってみたかったから」


 自分の手で、料理を作る。それは前世の私が、女王になる前から抱いていたささやかな夢だった。


 もちろん、王の一人娘である私には、厨房に立って刃物を手にしたり火を取り扱ったりすることなど許されなかった。


 私に何かあったら、侍女や料理人たちが責任を取らなくてはならないから。


 でも生まれ変わって、ごく普通の貴族の娘になれた。これならもしかして、と思った。


 うちの両親はちょっとだけ料理をするけれど、教えてはもらえなかった。危ないから、もっと大きくなってからね。そんな言葉を、何度聞いたことか。


 でも学園には医務室がある。そこには、回復魔法を使える魔導士が常駐しているのだ。多少怪我をしたところで、何一つ問題なんてない。


「まああ! 素敵! あなたが料理に興味を持ってくれるなんて、とっても嬉しいわ!」


「君なら間違いなく、すぐにおいしい料理を作れるようになるさ! 愛娘の手料理か……最高の響きだ……」


「パパ、ママ、感動しすぎよ」


 いつものように大はしゃぎする両親をたしなめつつ、こっそりと決意する。しっかり料理を練習して、いつか二人に食べてもらおう、と。


 その時の二人はどれだけ大騒ぎするのだろうか。想像しただけで苦笑がもれてしまったけれど、同時に今の自分はとっても幸せなんだなと、そんなことを実感した。




 次の日の昼休み、食事を終えた私は、セティとアリアと一緒にのんびりお喋りしていた。


「とまあ、昨日そんなことがあったの」


「さすがは、ジゼルのご両親ですね……二人ではしゃいでいる様が、目に浮かぶようです」


「……そんなにすごいの?」


 屋敷でのくだりを話したら、セティは納得していて、アリアは目を丸くしていた。


「うん。うちの両親、すごいの。わたしがあんまりはしゃがない分、二人がはしゃいでるって感じかな」


「ぼくも一度ご一緒したことがありますが、ジゼルのことをとても可愛がっている方々だなと思いました」


「そうだわアリア、次の長期休み、うちに遊びにこない? きっと両親も喜ぶと思うの」


 というか、両親は前々から言っていたのだ。君の新しいお友達に、ぜひとも会わせてくれ! と。


 少々暑苦しくて押しの強いうちの両親は、引っ込み思案のアリアにはちょっと刺激が強すぎるかもしれないけれど、それでも両親に自慢したかった。この子が私のお友達なの、と。


「……うん、そうする。楽しみ」


 アリアが本をしっかりと抱きしめて、はにかんだように笑う。可愛いなあ、彼女。


「ところでずっと気になっていたんですが、そのウサネズミは一体……?」


 セティが私の肩の上を見ながら、おずおずと切り出してくる。肩の上にいたウサネズミがぴょんと跳ねて、私の手の上に乗った。


「その……なんて言えばいいのかな。この子は、特別な任務を遂行中なの」


 その言葉に、手の上のウサネズミが誇らしげに胸を張った。


 この子は他のウサネズミより体が大きい、ちょっと目立つリーダー格の子だ。


 それが革のリュックを背負っているので、余計に目立ってしまっていた。このリュックはもちろん、この子の体格に合わせた特注品だ。


 こういうものが欲しいのと両親に頼んだら、その日のうちに革職人を連れてきた。革職人は珍妙な注文に驚いていたけれど、それでもすぐにリュックを作ってくれた。


 そうしてできあがったリュックにカイウス様から預かったあの指輪をしまって、この子に背負わせたのだ。


 この子はこのリュック、あるいはこの任務を気に入ってしまったのか、背中の毛づくろいをする時以外はずっと、リュックを手放そうとしなかった。


「特別な任務、ですか?」


「ええっと……陛下の提案でこうなったというか」


 あいまいな私の言葉に、アリアがぴんときたらしい。ちょっと身を乗り出して、小声で尋ねてきた。


「リュックの中身って、陛下からいただいたものだったりする……? その、試験の後のごほうびの……」


「うん。でも陛下は、誰にも見せるなって。だからこの子に持ってもらってるの。いざとなったら異世界に逃げ込めるように、魔法陣も渡してある」


 ウサネズミの腰のベルトには、小さな小さな紙を丸めたものが収まっている。帰還の魔法陣を描いた紙だ。


 もし誰かに捕まりそうになったら、それを使って異世界に逃げることができる。


 それはそうとして、あんなに小さな紙に魔法陣を描いたのは初めてなので、結構大変だった。描き慣れているものなのに、十回くらい失敗したし。


「ふふ、きみはジゼルの宝物を守る騎士なんですね。……騎士、か……」


 笑顔でウサネズミに話しかけていたセティが、ふと言葉を詰まらせて真顔になる。アリアが首をかしげて彼を見た。


 もしかして彼は、前世にまつわる何かを思い出したのだろうか。


 私と違って、彼は前世のことをほとんど覚えていない。彼はただ、女王エルフィーナを救えなかった、守りたかったという思いだけを抱いて転生してきたのだ。


 尋ねてみたかったけれど、今は何も言えない。私たちが前世の記憶を持っていることは内緒だから。それぞれの両親や、アリアにだって。


 私たちの王国が滅びてから、まだ八年ほどしか経っていない。女王エルフィーナの生まれ変わりがこんなところにいると知られたら、それこそどんな目にあうか分かったものではない。


 前世でのあっけない最期を思い出してしまい、身震いする。


 私たちの様子がおかしいことに気づいたアリアが、おろおろし始めた。い、医務室、行く……? などとつぶやきながら。


 あわてて笑顔を作りながら、話をそらす。


「あ、何でもないの。それより、アリアも一緒に考えてくれないかな?」


「……えっと、何を?」


「この子の名前。今まではみんなまとめてウサネズミって呼んでたけど、この子はちょっと特別な仕事をしてるから。きちんとした名前があったほうがいいんじゃないかなって、そう思うの」


 実はとっさの思いつきだったのだけれど、ウサネズミはその案が大いに気に入ったらしい。


 手の上でぴょんと跳ねて、そのまま宙返りしている。重い指輪入りのリュックを背負っているとは思えないくらいに、高く軽やかに。


 ようやく我に返ったセティと三人で、顔を突き合わせて考える。ウサネズミ本人の意見も取り入れながら、何とか名前が決まった。


「それじゃあよろしくね、ルル」


 そう呼びかけると、ウサネズミ……改めルルは、大変満足そうに二回転宙返りを決めていた。

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