11.とんでもない預かりもの
そうして、年度の締めくくりとなるテストが始まった。
テスト期間は一週間、今まで学んできたこと全てが出題される。みんなしっかり勉強して、この試験に臨むのだ。
一年生の出題範囲は基礎の教養だけど、それなりに難易度は高い。賢い子でも、それなりに苦戦するらしい。
……私たち三人を除いて。
私とセティは、前世の記憶のおかげで教養は一通り身についている。そしてアリアには『一度読んだら忘れない』という特技がある。
かくして今年の一年生は、『全科目満点が三人もいる』という、学園始まって以来の記録を叩き出してしまったのだった。
試験結果が出た数日後、私たち三人は学園の一室に集められていた。眼鏡をかけた上品な中年の女性教師が、私たちを順に見る。
「あなたたちは大変優秀な成績を修めました。そのため、特別なご褒美があるとのことです。そそうのないよう、行儀良くしているのですよ」
誇らしさ半分、心配半分といった顔で、彼女は私たち三人に呼びかけた。そして彼女は私たちを連れて部屋を出て、そのまま帝城へと向かっていった。
ご褒美って、何がもらえるんだろう。私たちは子供だし、常識的に考えればお菓子とか本とか、そういったものだろう。
でもそれにしては、教師がやけに緊張しているような。
その理由は、すぐに分かった。教師が足を止めたのは、こともあろうに玉座の間の前だったのだ。
「……陛下が直々に、あなたたちにお言葉をかけてくださるとのことです。私はここで待っています。行ってらっしゃい」
彼女がそう言い終えると同時に、扉の両脇に控えていた兵士が扉を開けてくれた。セティとアリアは、とても緊張している様子だった。
「大丈夫。こないだ課外授業で陛下と会ったでしょう? 素敵で優しい方だから」
そう二人に呼びかけて、玉座の間へと足を踏み入れる。左手の袖にしがみついたアリアをそっとなだめながら、しずしずと進んでいった。
「よくぞ参った。楽にするがいい。そちたちの話、聞いておるぞ」
私たちがすぐ近くまでやってくると、カイウス様は朗らかに笑った。
金色の目をきゅっと細めたその表情は、この大きな帝国の頂点に立つ者とは思えないほど気さくだった。
ずっとこわばっていたアリアの肩から、力がちょっと抜けた。
「三人そろって最優秀生徒とはな。似たもの同士ということか」
カイウス様はやはり愉快そうに笑っていたけれど、不意にその目が切なげに細められた。
「……ジゼル、そちは良い友を見つけたのだな」
しかしそれも一瞬のことで、陛下はまた朗らかに笑うと、私たちを手招きした。
私は堂々と、セティはぴんと背筋を伸ばして、アリアはおっかなびっくりそちらに向かう。
「セティ、アリア。そちたちにはこれを授けよう。我は良き人材を見逃すほど、愚かではないのでな」
陛下が二人に渡したのは、見覚えのある首飾りだった。目にエメラルドのはまった白いワシが描かれた、金のコインが鎖に下がっている。
「忠誠の、首飾り……」
二人は首飾りを手に、硬直していた。私も二年前は、あんな感じだったのかなあ。
「ジゼルにも、既に同じものを渡してある。我はそちたちの人生を縛りはしない。だが、それを持っていれば、そちたちの可能性はさらに広がる」
カイウス様の声は朗々と、私たちを包み込むように響く。
「騎士となるも、文官となるも、学者となるも、そちたちの自由だ。もっとも、それにふさわしい力をつけてもらわねばならぬが。そちたちならできると、信じているぞ」
まだ面食らっている二人がおかしかったのか、カイウス様は明るく声を上げて笑った。そうして、私の目をまっすぐに見る。
「セティ、アリア。少しだけ下がっておれ。騎士たちもな。ジゼルはこちらだ」
二人と、それに背後に控えている騎士たちまで下がらせて、カイウス様は私を呼ぶ。そちらに近づくと、もっとこちらだ、と何度も言った。
結局私は、カイウス様のすぐ目の前、手を伸ばせば彼のひざに触れられるくらい近くに立っていた。
「両手を出せ、ジゼル。手のひらを上にせよ。そこにそちへの褒美をのせるから、すぐに両手で包んで隠すのだ」
カイウス様は声をひそめて、そんなことを言っている。訳も分からないまま、言われた通りに手を出す。
と、ひんやりとした何かがころりと手の中に転がされた。急いでぎゅっと手を握る。金属でできた、何か丸っこいもの。でも球ではない。輪っか?
「他の者に見られぬよう注意して、中を検めるとよい」
やはり訳が分からないまま、そっと手を開いた。そこにあったものを見て、息をのむ。
私の親指の爪よりもずっと大きなエメラルドがはめ込まれた、純金の指輪だった。とても細かな模様の浮き彫りが施されていて、ため息が出るほど美しい。
一目で、それがとんでもなく高価で、しかも古いものであることが分かった。
あともう一つ、私の指には大きすぎるということも。もう十年……いや、八年くらいしないとまともにはめられそうにない。
さらに訳が分からなくなって、助けを求めるようにカイウス様を見る。彼は聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声で、私にささやきかけた。
「我はその指輪を、そちに預ける。そちがそれをどうしたいか、ゆっくりと……そうだな、七、八年くらいかけてじっくりと考えるといいだろう。己のものにしてもよいし、我に返してもよい」
「え、でもこんな、価値のあるものを預かるなんて……うっかりなくしたら、盗まれでもしたらって思ったら、怖いです」
「その時はその時だ。それも運命と、我は受け入れる」
とんでもないことをさらりと言って、カイウス様はふっと微笑んだ。
「我は、それをそちの手元に置いておきたい。ただそれだけだ。ああ、そうだ」
そうしてカイウス様は、さらにとんでもないことを口にする。
「……その指輪については、誰にも口外するな。見せてもならん」
無理難題だ。というか、どうしてカイウス様がこんなことを言っているのか分からない。
ただとにかく、私はこのとんでもない指輪を預かっていなければならないらしい。それだけは確かだった。
「でしたら、しっかりと箱か何かに入れてしまっておきます……」
困ったなあと思いながらそう答えると、カイウス様は小さく笑った。どことなくいたずらっ子を思わせる、そんな笑みだった。
「もっといい隠し場所があるのではないか? 召喚獣に預かってもらうというのはどうだ」
その言葉に、胸元からウサネズミが一匹顔を出して、ちゅっと小声で鳴いた。玉座の間の前で全員帰したはずなのに、こっそり隠れていたらしい。
「確かに、この子たちに持っていてもらえば、泥棒が来ても逃げてくれますし……でも、いいんでしょうか」
「我が許す。面白そうだ、やってみろ」
本当にこの人は、何を考えているのか分からない。悪い人ではないのだけれど。
ひとまずぺこりと頭を下げてから、ウサネズミと指輪を一緒にポケットに突っ込んだ。




