聖女認定式と瘴気溜まり 4
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聖女ラウラ・グラッツェルは体調不良につき、急遽、フェルゼンシュタイン国の王女、聖女ヴィルヘルミーネが瘴気溜まりの浄化に赴くことになった――
と、世間に発表された翌日の朝。
わたしたちは大勢の騎士を引きつれてテニッセン辺境伯領へ旅立った。
せめてもの救いは、同行する騎士たちの中に、騎士団長のエクムント様がいらっしゃったことだろう。
エクムント・リッツ男爵。
ユーバシャール伯爵家の三男で、騎士に徐爵されたのち、今から十年前に男爵に陞爵されてリッツ男爵を名乗るようになった。
お父様と同じ年で今年四十歳。
マリウス殿下に剣を教えたこともあり、彼に対しても強く出られる頼りになる方である。
暗赤色の髪に茶色の瞳の騎士団長は、今回は護衛というよりはマリウス殿下のお目付け役みたいなものなんだろうな~。
いろいろ(自分自身でやらかして)汚点がたくさんあるマリウス殿下が、これ以上の失点を重ねないようにという陛下なりの配慮ではないかと思われる。
跡継ぎがマリウス殿下だけだからね。陛下も、マリウス殿下を廃嫡にしないために必死なのだろう。
聖女に同行して瘴気溜まりの浄化に貢献した、となればマリウス殿下の評判も上がるだろうし、ここは穏便にことを運びたいに決まっていた。
わたしやライナルト殿下に対してどういう態度に出るのか未知数なマリウス殿下を同じ馬車には乗せられないと、道中の馬車も分けられているし、宿は同じだけど部屋は離れている。
極力わたしたちと関わらせないようにという配慮が見られるので、まあ、わたしとしてはこれ以上とやかく言うつもりはないけどね。
ライナルト殿下はマリウス殿下を警戒しているみたいだけど、出発して三日くらいからその警戒を解いたみたいだった。
ちっとも関わることがないからだと思う。
「マリウス殿下のことを詳しく知っているわけではないけれど、以前の彼なら、嫌味の一つでも言いに来ていた気がするんだが……、成長したのかな?」
「どうでしょう? エクムント様がしっかり監視してくださっているのかもしれませんよ」
再教育中だとは言うけれど、たった数か月でどこまで性格が矯正できるのかはわからないため、わたしは楽観視なんてしない。
……わたしは言われ慣れているからいいけど、もしライナルト殿下に失礼なことを言ったらボコってやるんだからっ。
今やわたしは聖女で王女だ。以前のように身分差を気にして下手に出ると思うなよ。
な~んて、心の中でシャドーボクシングをしつつ黒いことを考えながら、わたしは馬車に揺られている。
大人数での移動だから舗装された広い街道を選んでいるし、お兄様の改良馬車は揺れが少ないので、馬車の移動もとっても快適だ。
しかもこの広い馬車に、わたしとライナルト殿下の二人だけだから(ギーゼラは後続の使用人たちが使っている馬車に乗っている)、座り疲れたら交代に膝枕役を買って出てごろごろできるというとっても素敵な状況である。
……いちゃいちゃ、楽しいっ!
今後の販路拡大につながるかもしれないから、王都まで使って来た我が家の馬車のすべてを今回の旅に貸し出している。
ギーゼラ達が乗っている馬車も、マリウス殿下が乗っている馬車もお兄様の改良馬車なので、彼らも快適だろう。
……王都に帰った後で、マリウス殿下から馬車の購入依頼が入れば万々歳なんだけど。
まだ我が家で使う分しか作っていない改良馬車だが、これは今後のフェルゼンシュタイン国の主力商品になること間違いなしだと思うわけよ!
まだお兄様にしか作れないから、生産台数が少ないという理由で価格を吊り上げれば、がっぽり儲かるはず……。
公爵家の立場のままだったら、王家に「献上」となるのだけど、独立したから献上なんてしない。高い値段で売りつけますよ、もちろんね!
もっとも、相手が欲しいと言わなければそれも無理なんだけど……、こんなに快適なんだもん、欲しいよね? ね?
「ヴィル、楽しそうだね」
「この馬車を売り出すならいくらになるかと考えていました」
「なるほどね。そうだな……普通の馬車の相場の、三倍以上でいけると思うよ」
「三倍⁉」
倍くらいは吹っ掛けられるだろうかと踏んでいたのだが、三倍以上ですか。顔がにやけそうですね。それが通常売価なら、そこにプレミア価格をくっつければ一体いかほどに……。
……すっごく性格の悪いことを言うようだけどさ、嫌いな相手から大金を巻き上げる想像をするのって、楽しいね。ふふ。
聖女らしからぬ思考回路である。絶対に他人に知られてはならない。
わたしの膝に頭を預けているライナルト殿下の、さらっさらの銀髪をそっと撫でる。
……ここに、ここにうさ耳があれば……っ!
と、ついつい思ってしまうのは、許してほしい。
膝枕のときに頭を撫でても殿下は何も言わないので、頭を撫でるついでにうさ耳を触っても大丈夫なはずなのだ。うさ耳……。
……あ、でも、瘴気を吸収してうさ耳が生えて来るってことは、マリウス殿下やロヴァルタ国の騎士たちにばれるわけにはいかないからね。瘴気溜まりが近くなったら慎重に行動しなきゃ。
いつでも誤魔化せるように帽子は持って来たけど、突然ぴょこんと耳が生えたら誤魔化しようがない。
いっそ公表してしまえば楽だけど、それをすれば、ライナルト殿下が長らく魔王の呪いにかかっていたということも知られてしまう。
シュティリエ国王(伯父様)たちがずっと隠してきた国家の秘密だ。公表は、しないだろう。
……そもそも、普通に生きていて瘴気に触れることってものすごく低い確率なのよ。去年から今日までのこの確率がおかしいだけで。
テニッセン辺境伯領の瘴気溜まりを浄化すれば、瘴気に関わることは早々ないだろう。そんなにぽこぽこ瘴気溜まりが発生したら、世界は大混乱に陥る。
……ということは、うさ耳チャンスは今回が終われば発生しないのか。
カッコカワイイ婚約者の、キュン死にしそうな萌え姿を拝む機会は、今回が最後になりそうだなぁ。
うん、うさ耳チャンスがあるかどうかはわからないけど、もしあったら……しっかり拝んでおこうっ!







