約束(コミックス1巻発売記念)
「シェリー、何をしているんですか?」
「ノ、ノエル様! ど、読書をしていました」
ある日の昼下がり、広間のソファに座り読書をしていたところ、突然ノエル様に後ろからぎゅっと抱きしめられて。戸惑うわたしを見て、ノエル様はくすりと笑った。
最近はこうして触れられることが増えた気がする。もちろんそれはもう嬉しいけれど、負担がかかりすぎているわたしの心臓はいつまで持つのかとひっそり心配もしていた。
「冒険記……意外なものを読んでいたんですね」
わたしの手元の本へと視線を落とし、彼はそう呟いた。
実はこの本、間違って買ってしまったのだ。このまま読まないのも失礼な気がして、何気なく読んでみたところ面白く、ページを捲る手が止まらずにいる。
「この主人公がとても格好いいんですよ」
「好きなんですか?」
「はい。強くて頭も良くて格好よくて……」
どんな過酷な状況にも負けず、立ち向かう主人公がとても格好良くて、ワクワクドキドキしてしまう。
すると不意に、ノエル様はわたしから離れて。そのままこちらへとやって来ると、わたしのすぐ隣に腰を下ろした。
その表情はなぜかとても悲しげで、何か失礼なことをしてしまったのだろうかと不安になってしまう。そんなわたしの頰にノエル様はそっと触れると、口を開いた。
「シェリーは、俺以外の男も好きになるんですね」
「へ?」
「悲しいです」
「ええっ? いえ、あの、」
まるで浮気でもしたような口ぶりに、わたしは更に戸惑ってしまう。とは言え、わたしがノエル様を悲しませてしまうなんてこと、絶対にあってはならない。
わたしは迷わず、光の速さで本を閉じた。
「わたしはいつだって、ノエル様一筋です! それに、物語の中のキャラクターですし」
「現実にも似たような男がいれば、惹かれてしまうかも」
「絶対にそんなことはないです! ノエル様だけです!」
信じてください、という気持ちを込めてまっすぐにアメジストのような瞳を見つめ返せば、ノエル様は「困らせてしまってすみません」と困ったように微笑んだ。
そんな憂いのある表情も素敵すぎて、胸が苦しい。
「俺は君のこととなると、とても狭量になるんです」
「……っ」
「好きで好きで仕方ないシェリーの全てが、常に俺に向いていないと嫌で」
これは一体、なんのご褒美だろう。間違って買った本を読んでいただけで、ノエル様がこれ以上ないくらいに甘い言葉を囁いてくださるなんて、想像すらしていなかった。
「わ、わたしの全てはノエル様です。百パーセントです!」
「ありがとうございます。俺の全ても、いつだってシェリーに向いていますよ」
動揺して訳の分からない言葉を紡ぐわたしに、ノエル様はこれ以上ないくらいに愛おしげな眼差しを向けている。
突然の僥倖に、目眩すら覚えた。こんなにも贅沢で幸せなことがあっていいのだろうか。
「ではもう、他の男の話は二度としないでくださいね。実在しない人物も駄目です」
「は、はい! 分かりました!」
「ありがとう。約束ですよ」
そうしてノエル様はわたしの頰に軽くキスを落とし、一瞬意識が飛びかけた。とは言え、なんだかとんでもない約束をしてしまった気がしてならない。
けれど、ノエル様はとても嬉しそうで。そんな彼の笑顔を見られるのなら、わたしは何だって受け入れてしまうのだ。




