一生、貴方だけです
最終話です。
「っすみません、俺が遅くなったばかりに……! もうすぐ治癒魔法使いが来ますから、どうか耐えてください」
──わたしは、夢でも見ているのだろうか。
こんなにも都合良く、こんな森の中にいるわたしの元にノエル様が現れるわけがない。どうやらわたしは、幻覚まで見えるようになったらしい。本当に死ぬやつな気がする。
けれど最後にこうして幻覚だとしても、ノエル様の姿が見られただけで幸せだと思えてしまう。
「こんなにボロボロになって……俺の、せいで……」
けれど幻のはずの彼の表情も声も、ひどく辛そうで。
思い返せば彼はいつも、自分のことばかり責めていた。ノエル様は何も悪くないというのに。
わたしはまだ動く右手をそっと、彼の頬へと伸ばす。少しだけ冷たい彼の顔に触れられたことで、もしかして本物のノエル様ではないかと、わたしはようやく気付き始めていた。
「……本物の、ノエルさま、ですか」
「? はい、そうです」
突然本物かと訳の分からない質問をしたわたしにも、彼は戸惑いつつも答えてくれた。そんなところも好きだ。
「……本当に、助けに来るのが遅くなってすみません。君を無事送り届けた後は、どんな罰でも受けます」
「ノエル様のせいじゃ、ありません。助けに来てくれて、嬉しいです。好きです」
「いえ、全て俺のせ、……え?」
その瞬間、ノエル様の瞳が驚いたように見開かれた。
わたし自身も、本当に制約魔法が解けていたことに少しだけ驚き、そして心の底から安堵していた。
……きっと今のわたしは泥だらけで汚れているし、顔も殴られたせいで、驚くほど不細工だろう。それでも、今すぐに伝えたかった。伝えるべきだと、思った。
「ノエル様、好き、です」
「………………」
「本当に、だいすきです」
初めて見た時から、どうしようもない位に焦がれていた。
彼が視界に入った瞬間、すべてを持っていかれた。あの日からずっと、わたしの世界の中心はいつだって彼だった。
「あいして、います」
痛みのせいで途切れ途切れになってしまったけれど、ようやくこうして口に出せたことが、嬉しくて仕方ない。それにしても、大分遠回りをしてしまったように思う。本当に、三ヶ月前の自分をいくら責めても足りないくらいだ。
やがて少し疲れたな、とわたしは瞳を閉じたけれど。気が付けば、ぽたぽたと顔に冷たい雫が降ってきていて。
雨が降ってきたのだろうかと薄く目蓋を開ければ、その雫はノエル様の瞳から溢れていることに気が付いた。
「っすみません、泣く、つもりじゃ、」
慌てるようにして彼は手の甲で涙を拭ったけれど、次の瞬間にはまた、ぽたりぽたりと涙はこぼれていく。
そんな彼が、何よりも愛しくて。わたしは柔らかな銀髪へと手を伸ばすと、そっと彼の頭を撫でた。目の前の彼はまるで、小さな子供のように見えた。
「……ずっと、好きでいてくれますか」
不意に呟かれたその言葉に、胸が締め付けられる。
「っこんな俺でも、一生、好きでいてくれますか」
それは、乞うような、縋るような声だった。
なんとなく、気が付いていた。彼が変わらない愛情を求めているということに。ノエル様はわたしに、家族から得られなかった分の愛情を求めているのだと、気が付いていた。
だからこそ、ノエル様を好きだということしか取り柄のない平凡なわたしを、彼は好きになってくれたのだろう。
それなのにわたしは、あんなにも彼を傷つけ、不安にさせてしまったのだ。今感じているこの痛みは全て、その罰なのかもしれないとすら思ってしまう。
「はい。一生、ノエル様だけ、です」
これからはもう絶対に、ノエル様にそんな思いをさせないと誓う。そしていつか、わたしを好きになって良かったと、それが間違いでは無かったと思ってもらいたい。
そんなことを考えながら、わたしは意識を手放した。
◇◇◇
「シェリーちゃん、これお見舞いのケーキね」
「わあ、ありがとうございます!」
「ノエルは?」
「近くのお店に、買い物に行ってくれています」
数日後、病院のベッドの上で座るわたしの元にやって来たのは、チェスター様だった。彼は有名店のケーキを近くのテーブルに置くと、すぐ近くの丸椅子に腰かけた。
「体調はどう?」
「お陰様で、もう完全に元気です! けれどノエル様がまだ安静にしていた方がいいと言って、退院出来ずにいます」
「その調子じゃ、いつまでも無理そうだね」
そう言ってチェスター様は悪戯っぽく微笑んだ。
「あの日、チェスター様もわたしの捜索に参加して下さったんでしょう? 本当にありがとうございました」
「当たり前のことをしただけだよ。とは言っても、あの男はめちゃくちゃ手強かったけどね」
あれから、森の中でわたしを探し回っていたクリフ様は、騎士団の人々によって無事捕らえられた。数人がかりでやっと倒せたという彼は、まともに魔法使いや騎士になっていればかなり成功しただろうと、皆悔やんでいたそうだ。
わたしを監禁しただけでなく、マリアン様への殺人未遂の罪もあり、彼は終身刑もしくは絞首刑になるらしい。少しだけ胸が痛んだけれど、当然の結果なのだろう。
「それよりも、あいつを殺しに行くってきかないノエルを押さえつけるのが一番大変だったよ」
「そ、そうなんですか……」
ひどく疲れたようなチェスター様の様子に、ノエル様が人殺しにならなくて良かったと、心の底から安堵する。
そうして彼と話していると病室内にノック音が響き、どうぞと声をかければ、ノエル様が中へと入ってきた。
「チェスター、来ていたのか」
「ああ、ノエルの分もケーキ買ってきたから食えよ」
「すまない、後で頂くよ」
それじゃ邪魔者は帰るわ! なんて言うと、チェスター様はあっという間に出て行ってしまった。ノエル様からも彼の話は聞いている。彼に素敵な友人がいて、本当に良かった。
「シェリー、頼まれていた物はここに置いておきますね」
「ありがとうございます、ノエル様。大好きです」
「…………っ」
そうお礼を言って微笑めば、ノエル様は口元を片手で押さえ、視線をわたしから逸らした。その顔は、少しだけ赤い。
「まだ、慣れませんか?」
「……すみません」
どうやらノエル様は真顔で素っ気ないわたしに慣れてしまっていたせいか、笑顔を向けたり好きだと伝えたりする度に、こうして照れてしまうようになっていた。
あまりにも可愛すぎるその反応に、わたしの心臓は休む間もなく悲鳴を上げ続けていた。彼の言う通り、まだまだ入院が必要かもしれない。
「そのネックレス、まだつけてくれているんですね」
「はい、ノエル様に頂いたものですから」
「それは防犯対策として追跡魔法がかかっているので、新しく別のものを贈りますよ」
このネックレスのお陰で、わたしが屋敷の外に出てすぐ、ノエル様はまっすぐ探しに来ることができたそうだ。
魔法がかかっていることも隠すような魔法を重ね掛けしていたお陰で、クリフ様にもバレなかったらしい。もしもこれを着けていなかったらと思うと、ぞっとしてしまう。
だからこそこれからも、このネックレスをお守りがわりに着けていたいと思っていたのだけれど。何故だかノエル様は躊躇うような様子を見せている。
「……俺はきっと、君がそれをつけている限り、一日中どこにいるか確認してしまいます」
「えっ」
「そんなの気持ち悪いでしょう? だから捨ててください」
そう言って困ったように笑うノエル様は、わたしのことをまだまだ理解しきれていないらしい。
「い、一日中、ノエル様がわたしのことを考えて下さるなんて、そんな幸せなことがあっていいんですか……?」
「…………えっ?」
「ネックレス、死ぬまで大切に身に着けますね!」
そう言って微笑めば、ノエル様は驚いたような表情を浮かべた後、今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「本当に、死ぬまで着けてくれるんですか?」
「はい。むしろ死んだ後も、お墓の中に入れてください」
「そうしたら、来世まで追いかけますよ」
「そ、そんなことまでして頂けるんですか……! わたし、今すぐ死んだとしても後悔しません」
そこまで言った瞬間、わたしはノエル様にきつく抱きしめられていた。
「……本当に俺は、君に救われてばかりだ。大好きです」
「わ、わたしもです!」
「それは良かった。後はお願いですから、長生きはしつつも俺より先に死んで下さいね」
「どうしてですか?」
こういう時は、俺より先に死なないでくれと言うのが普通な気がする。それでもノエル様がそう言うのなら、わたしは喜んで彼より先に死ぬけれど。
そんなわたしの髪を指で掬うと、ノエル様はぞっとするほど美しい笑みを浮かべ、そっと口付けた。
「君の一生を見届けたらすぐ、俺も後を追いますから」
……その言葉に、思わず納得してしまったわたしももう、普通ではないのかもしれない。
ひどく重たい愛情を抱えた、疑り深い彼の唇を受け入れながら、わたしはこれ以上ない幸せを噛み締めていた。
これにて本編は完結となります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
今後は番外編も書きたいと思っているので、引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。
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長くなってしまいましたが、最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!




