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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マスターの一番長い日】
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第一幕:職場復帰と入れ替わるように

次は閑話だと言いましたが、ちょっと長いのでひとつの章としてまとめます。全八幕+閑話が1話か2話かの構成になります。




 7月17日、月曜日。

 いよいよ今日から職務復帰だ。


 まだ完治とは言えないし、休み続けて心身ともになまり気味だけど、レフトサイドの、つまりマイのデビューライブが今週末に控えている。気合い入れて頑張らないとな。


「今日から復帰してもらうわけだが、具合はどうだね?」


 で、朝一から所長に呼ばれて所長室に来ているわけだ。


「まあ、いつまでも具合が悪いとか言ってられませんよね。ここまで散々休ませてもらってたわけですし」

「私としても、そういつまでもタダ飯を食わせるわけにはいかんのでね。課された責任分はきちんと果たしてもらうよ。

そもそも君はもう、私の元で働くしか道は残されていないしな。まあ分かっているとは思うがね」


…そうなんだよね。所長には既に重大な秘密を打ち明けちゃってるし、今さら完全自由の身になるなんて不可能だ。そもそも、社会的には僕は死人同然だし、社会に戻るにしても所長や政府の力が必要になる。

ということは、言われるままに働くしかない、って事なんだよね。


「そう脅かさなくても分かってますよ。⸺で、業務としてはひとまず今まで通りって事でいいんですよね?」


「その前に、確認しておこうか。

アフェクトスの注入、及び記憶の開放。それらはどの程度自分のものにできているのかね?」


 ああ、進捗を報告してなかったっけそう言えば。


 返事の代わりに、右手を掌を上にして胸のあたりまで上げる。ちょっと念じればすぐに白い鍵が現れた。それを所長の目の前で、順番に5色に染めてみせる。

 赤怒(マゼンタ)青哀(シアン)黄喜(イエロー)緑楽(グリーン)、そして紫怨(パープル)。スッと染まり、そしてサッと色が変わる。うん、だいぶスムーズになってきたな。


「ここは濃度が低いので、ちょっと時間かかりますね」

「……今のでかね」

「濃度の高い場所ではもっと簡単に素早くできますよ。逆に屋外、普通の路上とかだともっと遅いですね。

一番早いのは“|シミュレーションルーム《レッスン室》”か、みんなの個室か。まあどっちかでしょ」

「……なるほど。練習(・・)は欠かさなかったということか」

「これが一番大事な仕事になるのは火を見るよりも明らかですからね。さすがにそのあたりはちゃんと分かってますよ。

開放の方はご存知のマイの2件だけですが、それは注入の先の話になりますし」

「ふむ。結構だ」


 満足気に頷く所長。納得してもらえて、こっちとしてもひと安心だ。


「そちらはそちらでもちろん大事だが、マネージャー業務の方もしっかり頼むぞ。レフトサイドのライブも控えている事だしな」

「もちろんです。とりあえずこれからナユタさんに今週の予定を確認して、色々引き継ぎしてきます」


「あー。それなんだがね……」


 ん?

 なんか微妙に口ごもったよな今?


「ナユタは今日()休みだ」


「…………は?」

「どうも昨日1日オフになったことでスイッチが切れたようでねえ。熱が出たと昨夜報告があった。それ以降連絡がない」


…えええええ!?どーすんのそれ!?引き継ぎとか何にもやってないんですけどお!?


「え、あの、じゃあ、もしかして……」

「ああ。済まないが、何がどこまで進んでるのか全く把握ができておらん。詳細の全てはナユタの頭の中と、彼女が持ち帰っているタブレットの中にしかないのでね」

「マージーでー!?」

「一応、こちらで把握しているスタッフの連絡先などはモロズミが知っているはずだから、ひとまずそこから連絡先を辿って詳細を確認してくれ」


…いやいや、ナイから。

普通に無理ですからねそれ!


「うわあ……それ、どんなに頑張っても午前中潰れますよ……」

「普段からナユタに任せきりにしていたからな、こうして突然倒れられると大わらわになる。

以前もあった事だし分かっていたことだが、正直有効な対策が取れなかった。すまんが、何とか頑張ってくれ」


…いやだから、病み上がりの人に課す仕事内容じゃないですってば……!



 確かにナユタさんは昨日はパレスには顔を出さなかった。Muse!の業務もいつも通り完全オフで、他の職員さん達も所長も誰ひとり出てこなかった。

 それでも巡回だけは通常通りにこなすべきだったんだけど、“マザー”のオペレーションのフォローも何もないので出現予測もへったくれもなく、そのため俺の独断でfigura達も完全オフということにして、みんな思い思いの日曜を過ごさせた。

 何かあったら俺が怒られればいいんだから問題ない。ただまあオフと言ってもミオとハクのレッスンはやらせたから、みんな入れ替わり立ち替わりでそれに付き合っていたっけ。


 そして月曜日(きょう)からはリフレッシュして元通り、と思っていたのに。まさかまさか、肝心要のナユタさんが居ないとは思わなかった。


「本日の“マザー”のオペレーション関連は私がやるからそこは心配ないんだが、アイドル業務の方がどうしてもな……」

「俺も療養中だったから進捗とか全然把握してないですよ……どうするんですか……」


 休職中はみんなも俺の前で仕事の話しなかったしなあ。


「どうもこうもない。どうにかするしかないだろう」

「まあ、今日のスケジュールに関してはみんなには伝わってるはずですからいいとして、やっぱりライブ関連の進捗ですよ問題は。

と、とにかく、モロズミさんに話聞いてきます」

「ああ。頼む」

「じゃあ、失礼します……」


 うう、復帰の初っ端から胃が痛え……!

 だからあんなに頑張ったらダメだって言っといたのに!てかせめて、昨夜のうちに教えといて欲しかったよそういう事は!




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 所長室を出て、壁掛け時計を見上げたら8時過ぎだった。ぼちぼちみんなも事務所に降りてくる時間だ。


 とりあえず、言われた通りにモロズミさんにライブ関連のスタッフさんの連絡先を聞いて、メモに控える。

 普通ならどんなにキツくても、ナユタさんならそのあたりの詳細をメールしてくるはずなんだけど、それもなかったって事はかなり具合が悪いんだろう。

 それはそれで心配だが、今はひとまずそれどころじゃない。


「あら。ナユタは今日も休みなのね。体調でも悪くしたのかしら?」

「どうもそうらしい。昨夜所長に報告してきてから連絡がつかないそうだ。で、俺も復帰したばかりでみんなのスケジュールも全然把握できてないんだよね」

「はあ?何それ!?ぜんっぜんダメじゃない!」

「あらぁ……。それはナユタさんが心配ですね。

マスターも、今日は大変になりそう……」

「だから、申し訳ないが今日は俺は収録にも巡回にも同行できないんだわ。リーダー3人に全部任せるしかないんだけど、お願いできる?」

「お願いもなにも、やるしかないでしょう?」

「んもう。だからきちんと休み取んなさいって言ってたのに。もう!」

「本当、それな。だけどまあ、なっちまったものは仕方ないから、そう怒るなよリン。⸺で、今日の君らのスケジュール、教えて?」


 というわけで、聞き取りした結果。

 マイはユウに付き添われて午前中にインタビュー収録、午後はレッスン。

 レイは午前中がハル&サキと巡回、昼前から単独でイベント出演、夕方からはサキとふたりでバラエティ収録。

 リンとアキは午前中にイベント出演、午後はハルと合流して巡回。夕方からは先週バレた収録の再収録。

 ということだった。ちなみにミオとハクは終日レッスン。午後からはユウに見てもらってマイを含めて3人でレッスンだな。


 てかなんで月曜からこんなにスケジュール詰めてんのナユタさん!






次回更新は20日です。

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