第十幕:桝田悠
所長が部屋に入ってきたのは19時半すぎだった。
これからこの人に話すことは、最後の手段だ。
「待たせたね。話があると聞いたが」
「はい。⸺その前に、この部屋の会話の傍受とか、一旦止めてもらっていいですかね?」
「何故だね?」
「所長以外に聞かれたくないんですよね。あと部屋の外で盗み聞きしてる奴とかいませんよね?」
「それは問題ない。ホムンクルスたちは立ち聞きなどしないし、指示がなければ待機室から出てこない。常駐の医師もここには居ないしな」
「えっ、コウヅマ医師やササクラ先生がいましたよね?」
「あれらは出向だ。コウヅマはすでに〖MUSEUM〗付きを解除したし、ササクラは君の診察と問診を終えたあと持ち場に戻っている」
えっちょっとなんかそれ、組織の裏側がチラ見して見えるんですけど!?俺あんま余計なこと知りたくないなあ!?
「心配するな。君に話していい情報と知らせてはならない情報の選別くらい済ませてある」
「な、ならいいですけど……」
…こういう時に信用していいか、まだイマイチ分かんないんだよね。
「あと言うまでもないですが、絶対に他言無用でお願いします」
「君にしては随分もったいぶるじゃないか。そんなに重要な話なのかね?」
「重要というか、内密にしたい話ですね。だから、できればナユタさんの会話モニタリングも切ってもらいたいところなんですが、いいですかね?」
さすがに所長が訝しげな表情になる。
でも、これを断られたら話はそれで終わりだ。
「……分かった。少し待ちたまえ」
所長はそれでも、視線を俺から外して片耳に手を当てた。あー、この人もインカム装備してんのか。
「ナユタ。聞いての通りだ、しばし外せ。
なに、私が一緒だ。問題ない」
俺の手元にはタブレットはなく、インカムも付けていないからナユタさんの声は俺には聞こえない。
しばらく待っていると、所長は再び視線を俺に向けてきた。
「待たせたね、全て君の要望通りにしておいた。
しかしそこまでしなければ出来ない話というのは、一体なんなのかね?」
「俺のとっておきの秘密ですよ。本当は、出来ることなら貴方を含めて絶対に誰にも打ち明けたくはなかった話です。でもライトサイドのライブに間に合わせるためには他に手段がないので、やむを得ずに話すんです」
「……ただの相談事ではない、という事か」
俺はうなずくと、ひとつひとつ、言葉を選んで話し始めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「⸺それは、本当の話なのか……?」
話を終えたあと、しばらく絶句していた所長は、やっとそれだけ吐き出した。
さすがの所長も色んな感情が渦巻いている。まあ無理もない。普通なら絶対有り得ない話をした自覚はある。
「今この場でホラ話したって始まりませんよ」
「それはまあ、そうだが……」
そう言いつつも、まだ信じきれていないのが手に取るように分かる。
「しかし、君は本当に信じられない存在だな……。だが、何故それを最初の聞き取りの時に言わなかったのかね?」
「言えるわけないでしょこんな話。あの時に言っていたら、今頃は処分されてこの世にはいませんよ」
「それはない、とも言い切れんが……」
弟を喰ったオルクスごと弟を喰った……なんて話をしたって、一体誰が信じてくれるっていうんだ。よくて妄想の与太話で片付けられて終わり、ひとつ間違えば精神異常者として排除されるわ。
特に、オルクスと戦う秘密戦闘組織に捕捉された直後に、そいつらにべらべらと話したりできるわけがない。どう考えてもオルクス扱いされて消されるのがオチだ。
今だってそう。もし仮にあのコウヅマ医師にこんな話してみろ。嬉々として人体実験にかけられるに決まってる。
所長に話したのも、彼が信用に足ると、この話をしても直ちに敵対的な行動は取らないだろうと、そういう判断にようやく至ったからだ。
信用に足る……というか、そう信じるしかなくなった、というのが正直な本音だ。完全に一か八かの賭けでしかない。
左手の掌を上に向ける。
少し念じると鍵が現れる。
「ま、だから、これも俺だからこそって事です。普通はこんな事、ただの人間に出来るわけがないんです。
オルクスを喰ってその性質までこの身に取り込んだからこそアフェクトスを、感情を扱えるんです。色として知覚できるんです」
「……到底信じられん話だが、そうと聞けばある意味で納得もいく。
君はあの時、死にゆくマイの姿に動揺こそしていたが、オルクスそのものには何の反応も示さなかった。それが少し気になってはいたのだが、そういうこと、だったのか……」
ようやく所長も、話を信じる気になったようだ。
「そして、俺の見る限りではオルクスとfiguraはほぼ同じ性質を持っています。だからMUSEのドレスの魔術は両方に効く。普通はオルクスに回復スキルなんて使いませんが、もし使えばおそらくfiguraと同じように回復するはずです。
だったら、俺にもドレスのスキルが効く」
「……なるほど、そういうことか。オルクスの性質を持っている君には回復スキルが効くはずだから、それを自分に使えというのだな。
そうすれば明後日のライブまでに間に合う、と」
「まあ簡単に言えばそういうことです。
もちろん、表向きはただの人間のままで通したいので、治ったとしても必要な期間はギプス付けたままで過ごしますけどね」
「……いいだろう。私としても君が早期復帰してくれるのならそれに越した事はない。ファクトリーに準備させよう」
「ありがとうございます」
どうやら、賭けは成功したみたいだ。これでライトサイドのライブにも間に合うはずだ。
でも、やはり聞かずにはいられなかった。
信じておいて裏切られるのは、ゴメンだ。
「だけど、こんな話を聞いて、このまま俺を使い続ける事に不安はないんですか?」
「なんだ、“処分”して欲しいのかね?」
「まさか。でも普通、味方の中の“敵”って気味の悪いもんでしょう?」
それに、どうやって“普通の人間”がオルクスを喰ったのか、気にならないんですか?
「まあ気にならないと言えば嘘にはなる。だが、この私が胸の内に一体いくつの“秘密”を抱えていると思っているのかね?」
「……なるほど。今さら秘密のひとつやふたつ増えたからってどうという事もない、ってわけですか」
「そういう事だ。まあ心配するな。君の秘密は墓場まで持って行ってやる」
おー、心強い御言葉。
「念のため、回復はユウを先に済ませてからだ。だから早くても明日の夜か、明後日の早朝ということになる。⸺それでも構わんな?」
「もちろん」
万が一効かなかった場合はライブに間に合わなくなるが、そこはもう諦めるしかない。ササクラ先生も明後日に関しては何か手を打ってくれるようだし、そっちに一縷の望みを託すだけだ。
ああ、その事も話しておかないとな。
「なるほど、了解した。ササクラには『ダメ元で先にスキル回復を試みる』と言っておこう。それで効かないようなら処置をしてやれ、ともな」
「やっぱり所長に話して良かった。貴方に信じてもらえなければ終わりでした」
「正直、まだ完全に信じた訳でもないぞ。本当にスキルで回復したら、その時には信じられる……というか、信じるしかない、といった所だ」
まあ、その辺りは何でもいいさ。
信じてもらえるならね。
「ところで」
所長が真っ直ぐにこちらを見据える。
「君の名前を、もう一度聞いておこうか」
真顔でそう言われて、血の気が引いた。
「弟を喰ったオルクスごと弟を喰った」話の詳細は、次回で。
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次回更新は10日です。
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