第三十七幕:マイの正式加入(3)
レッスン場を閉めて全員でパレスに戻り、3人にシャワーを浴びさせて、その間に塩にぎりを追加で作っておく。
「あれ、マスター何やってんの?」
収録を終えて戻ってきたリンがキッチンを覗いてくる。
「マイのやつ緊張し過ぎてて、今日これしか食えねえんだよ。だからスタジオまで持って行く分作ってる」
「あー、あの子今日生出演だっけ。
ていうか、男のくせにおにぎり作れるんだ……それもちゃんと三角のやつ……」
いや、おにぎりぐらい作れるだろ普通。
とりあえず5、6個ほど作ってラップにくるみ、さらにタッパーに詰める。それから事務所に下りてナユタさんに、スタジオ入りに際してマネージャーが用意すべき物などのアドバイスを受けておく。そういうのも全然分かってないし。
「衣装や機材はすでにあちらのスタジオに搬入済みなので大丈夫です。あとレコーディングや音楽番組に立ち会う際には必ずこれを持って行ってます」
「じゃあ、このまま一式貰っていきます!使い方教えて下さい!」
「これは酸素吸入器で、こっちは喉の調子を整えるスプレーで。スプレーは本番直前にワンプッシュずつ皆さんの口に含ませて下さい。薬箱の中身は分かりますよね?それから……」
そうこうしているうちにレフトサイドが事務所に降りてきた。
「じゃあ、行って来ます!」
「あっ、待って下さい!この時間帯は混むので、万が一を考えてタクシーを手配してありますから。もう来ると思います」
…ああっ!気が回らなかった!ナユタさんありがとう!
タクシーの車内で運転手さんに断りを入れた上で、マイにおにぎりを1個食べさせる。食べ過ぎてもアレだけど、少しお腹に入れて気持ちを落ち着かせるのは必要だ。特に今日は夕食も食べずに出てきてるし。
ユウとハルにも勧めて、ふたりとも1個ずつ頬張った。
いやユウ?1個で止めときな?美味しいって言ってくれるのは嬉しいけどさ、さっきの二の舞になるぞ?
ナユタさんの危惧した通り、夕方のラッシュに引っかかりそうだったので運転手さんに裏道抜け道を走ってもらう。所々俺の知らないルートを選択してくれて、予定通り6時前にはスタジオに到着する事ができた。
いやーこれ俺が運転してたら多分6時には間に合わなかったな。危ない危ない。
「おはようございます!」
スタッフさんに挨拶しつつ楽屋入りする。しばらくしてディレクターさんやプロデューサーさん、レーベルの担当者さんなど関係者が次々に訪れるので名刺交換して挨拶する。他の出演者の方も何人か挨拶に来られて、マイがまた緊張してきた。
「わ、私、本当に大丈夫でしょうか……自信なくなってきましたぁ~」
「大丈夫、心配するな!普段のレッスンと同じように歌ってれば終わるから!」
「で、でもぉ~!」
「大丈夫ですよマイさん。もうどこに出しても恥ずかしくないぐらい、マイさんは歌えますから♪」
「マイちゃんが歌ってるの聞いたら、みんなビックリするよね!声キレーだもん!」
他の出演者さんの楽屋挨拶に行ってくれてたユウたちが帰ってきた。
いや、帰ってくるなりケータリングのお菓子に手を伸ばすんかいっ。
「ていうかさ。いくら自信なくてもオルクスを目の当たりにした時ほどは怖くないだろ?」
部屋にレフトサイドの3人しか居ないのを確認の上で、マイにそう言ってみた。
「そ、それは……」
「生出演は、っていうかアイドル活動はさ、戦闘とは違って誰か死ぬこともない。むしろその逆で、みんなが笑顔になって幸せになれるんだ。
マイは常々、ユウやレイやリンたちがステージで輝いてるのを見て羨ましそうにしてるだろ?1周年記念ライブのDVDだって繰り返し見てるじゃん」
「は、はい!あれは本当に感動して……!」
「その感動を、今度はみんなに分けてあげられる側になるんだ。そう考えたらワクワクしないか?」
⸺アイドルは人に勇気と感動を与えられる。自分の力でそれを生み出せる。それはとっても素晴らしい事なの⸺
脳裏には、レイの言葉が浮かんでいた。
「私は、私に皆さんみたいな感動を与えられるか、それが心配で……」
よし、もうこうなれば最後の手段だ。
一か八かの賭けだけど!
タブレットでSNSを開く。
マイの自己紹介動画のツイートは、リツイートが2万5千、イイネが4万を超えていた。
「これ、見てみなよ」
「えっ。……ええっ!?」
「こんなに沢山の人が、マイが歌うのを楽しみに待ってるんだ。返信欄見てごらん?応援コメントで溢れてるだろ?」
マイは言われるままに夢中で返信欄を読み漁る。
…あんまり時間ないから、ほどほどにね?
「わぁ……」
「マイさん凄いです!サキちゃんやハルちゃんたちの時はここまで反響なかったんですよ♪」
んーまあ、サキやハル、アキの時はチーム制移行の時で個人が目立ってた訳ではないとは思うけど。
「私、こんなにたくさんの人に応援されてたんですね……ちっとも知らなかった……」
「そうだよ。だからマイも絶対、この人たちに喜びと感動を与えられるはずだ。そのために今までレッスン頑張ってきただろ?
それをみんなに見てもらおう。な?」
「マスター……!」
「ふふ。もう大丈夫そうですね♪」
ユウがそう言って微笑った。
ネット上の反応を見たマイの顔からは不安や弱音が嘘のように消えた。緊張はまだ残っているが、それまでなくなるとつまらないミスをするから残っていた方がいい。
3人を衣装に着替えさせ、メイクさんやスタイリストさんに整えてもらって最後の確認に入る。衣装を着てのダンスはほとんどやってないはずだから、入念にチェックする。一通り問題なさそうだと確認できた所で、スタッフさんがスタジオ入りを促してきた。
「よし!じゃあみんな、頑張って!」
「「「はい!」」」
元気よく返事をハモらせて、新生レフトサイドの3人は歩き出した。
本当に、頑張れ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
すったもんだあったけど、レフトサイドの出演は大成功に終わった。本来は、というか今までは6人で歌っていた『Fabula Fatum』をレフトサイドの3人だけで歌う特別バージョン、ということもあり、放送開始直後から大きな反響が各アカウントに殺到した。
楽屋入りして最後のチェックをする3人の様子、歌い終えて最高の笑顔の彼女たちの姿、それらの投稿もそれぞれ大きく拡散された。そしてその結果、早速マイを推す人もたくさん現れた。
“マイちゃんと一緒にお掃除したい!”
このコメントが一番多かったのは、昼に投稿した自己紹介動画でマイが『得意なことは掃除することです!』と緊張しながら言ったためだ。彼女はこれに対してやや戸惑っていたが、
「マイさんのファンの皆さんは“お掃除し隊”さんですね♪」
ユウのこのツイートで、マイのファンクラブ名称も『マイちゃんとお掃除し隊』に決定した。
ナユタさんもそのあたりチェックしていて、放送直後に募集開始したマイの公式個人ファンクラブには、“お掃除し隊”が大勢集まった。
「ただ今戻りました」
「お帰り!みんな、お疲れ!」
「マイ。素晴らしかったわよ!」
「おーおー、一躍時の人ってヤツか」
「お疲れ様です。無事に成功したようで、何よりです」
「は、はい!皆さんありがとうございます!」
「ふふ。マイさん、本当によく頑張りました♪」
「そうそう!マイちゃんカッコ良かったよー!」
TV越しに、そして同じステージで見守ってくれていた仲間たちに囲まれて、マイが晴れやかな笑顔を見せている。
そうだ、これも撮って投稿しとこうか。
これからの新生レフトサイド、そして7人体制になるMuse!の活躍が今から楽しみだと、心からそう思えた夜だった。
いつもお読み頂き誠にありがとうございます。
日当たり300pvに満たない状況ではありますが、読んで下さる方がおられるのはとてもありがたい事です。
しかしながらこの作品は全く評価されておりませんで、2023年8月5日(作品公開から約1ヶ月半)の時点でブックマーク4件、評価が26pt(3名、10+10+6)、感想なしという体たらくです。
さすがに、いくら何でも心が折れます。
ということで、誠に勝手ながら週1更新にさせて頂きます。
次回は明日8月7日、新章【オールナイトダンス】第一幕になりますが、その次は14日、つまり毎週月曜更新ということに致します。毎日読んで下さる数少ない読者様には大変申し訳ないですが、悪しからずご了承下さい。
今からでも評価頂けるなら、それはそれでありがたいので是非お願いします。作品を受け入れて頂けるなら毎日更新を続けたいですので。




