第十七幕:純白の鍵(3)
何やらヒソヒソとうるさい外野を無視し、ひとつ深呼吸して、再び目を閉じてイメージを強める。
次は、全てのアフェクトスをこの鍵の中に閉じ込めるイメージだ。
ううん、なかなか上手くいかないな。色のバランスが上手く取れない。
周囲の感情がハラハラしているのが分かる。
…多分きっと、こうじゃない。
色を限定してみよう。
自分で分類した五種類の感情、喜怒哀楽怨の喜、つまり黄色をイメージしてみる。黄色は喜び、明るいポジティブな色。
シミュレーションルーム内に漂う“感情”からその感情だけを選別して、限定して、抽出して、そして鍵に注入する。
「……まあ!」
「驚きです……」
「こんなことって……マジ!?」
「すごい……!」
目を開けると、掌の上の鍵は黄色くなっていた。
よし。
「ユウ、ちょっと胸を出して」
「ええっ!?」
「なっ!?何言い出すのよこのエロオヤジ!」
「こんな時にセクハラとか最低ですねマスター!」
…ああいや、違う違う。
「そうじゃない。胸の『霊核』の鍵穴を出して」
「……ああ。はい、分かりました」
顔を赤らめつつもどこか安堵したようなユウの胸部、ちょうど心臓があるはずの位置に『霊核』のシルエットと鍵穴が光の線となって浮かび上がった。
やっぱりユウも心臓に霊核があるのか。
「ちょっと、ショックあるかも知れないけど、ごめん」
そう断っておいて、今掌の中で作った黄色い鍵をユウの鍵穴に挿し込んだ。
「やっ……!」
ユウが悶えて身じろぎするが、構わず鍵を回す。
「ああっ……んっ!」
周囲の黄色のアフェクトスが、鍵を通してユウの『霊核』の中に入っていくのが分かる。イメージした通りだ。
しばらく注入を続けてみて、適当なところで鍵を抜く。彼女は顔を真っ赤にして肩で息をしていた。
「マスター……その、恥ずかしいです……」
真っ赤な顔でそう言われて、なんかちょっとエロいことした気になってしまった。いやだってユウの感情が“羞恥”と“戸惑い”とに塗りつぶされていたから。
「えっ。あ、いや、なんか、ごめん」
「マスター、今のは何なんです……?」
「ユウの『霊核』に喜黄のアフェクトスを注入してみたんだ。
ユウ、何か変わった事はないか?」
「え、ええと……そのう……」
「?」
「胸の奥が、熱いです……!何だかとっても気持ちが暖かくなって、心が喜びに満たされるっていうか、何だかもっとずっと触れてて欲しかったなって……」
「えっ!?」
「ちょっとユウ?あんた本気で言ってる?」
「有り得ません……どう見てもただのセクハラなのに」
いやいや待て待てサキ。俺今『鍵』を通してただけで、肌には直接触れてなかったはずだけど!?
「桝田さん!ユウちゃんの“感情”の数値が上がっています!」
手持ちのタブレットでユウのステータス数値をチェックしたようで、ナユタさんが俺の横で驚きの声を上げた。
それはつまり、ユウの持つ“感情”の能力が上がったということなんだろう。
「やりましたね!“感情”によるfiguraの能力強化、成功しましたよ!」
…いや、まずは確認しないと確かなことは何も言えない。とにかく全色試してみないと。そしてこれを、日常的に出来るようにしないとね。
興奮するナユタさんに答える代わりに、白に戻っている鍵に今度は赤怒の“感情”を集める。
精神集中し、イメージして目を開けると、今度は鍵が赤く染まっていた。
「リン。今と同じ要領で、いいか?」
「えっアタシ!?……まあ、いいけど」
そうしてリンにも鍵穴を出してもらい、そこに赤い鍵を挿し込んで同じように回す。
「……っ!うああっ……やあっ!」
リンもやはり悶えたが、構わず注入を続ける。
今度はユウの時よりもう少し多めに入れてみた。
ユウほど色っぽいわけじゃないけど、リンは小柄ながらもスタイルが良くて魅力的な女の子だから、こうも悶えられるとやっぱりイケナイことしてる気になっちゃうなあ。
いや、イカンイカン。あの時の下着姿とか思い出したらダメダメ。
「こ、これ…や、やだ……!う、ぁはあっ……!」
しばらく注入して鍵を引き抜くと、リンは胸を押さえて俯きしゃがみ込んでしまった。
えっ、なんかどっか痛めた!?
「⸺っ違うわよ!このバカ!ヘンタイ!責任取りなさいよバカぁ!」
いやそんな顔真っ赤にして涙目で怒られたって。
「リンちゃんの感情の数値も上がりました!……けど、なんでしょう、ユウちゃんの数値とは少し違うような……?」
不思議そうなナユタさんのその呟きが、ちょっとだけ引っかかった。あれ、もしかして“感情”に種類があるって分かってないのかな?
「今ユウとリンに入れた感情って違うものだから、数値が変動するのも当然だと思いますけど」
「…………えっ?」
ナユタさんだけじゃなく、ユウもリンもサキまでなぜかビックリしている。えっもしかして感情をひとまとめに単なるエネルギーとしてしか捉えてなかったのかな?
そう思って、自己分析でもある喜怒哀楽怨の分類と、その色の違いを簡単に説明してみた。ナユタさんは慌ててシミュレーションルームのコントロールパネルの操作席に駆けていって、キーボードを引き出して何やら操作を始めた。
しばらく見ていたら興奮した様子でこちらへ戻ってきて、置きっぱなしだった自分のタブレットをチャチャッと操作して、そしていきなり笑顔になった。
「本当ですね!桝田さんが最初にユウちゃんに注入したのは“喜”の黄色、そしてリンちゃんに注入したのは“怒”の赤色だったんですね!」
えっ、まさか今の短時間で解析済ませた!?
--なにそれ凄くない!?
「ん、まあ、そういう事です。だからユウは喜びの感情が強く出てたし、リンは怒ったと」
「じゃあやっぱりアンタのせいじゃないの!」
「まあまあ、落ち着いて下さいリンさん」
あー、しばらく放っとけば戻ると思うからソッとしといてやって、サキ。
というかサキにも試さないとな。
「というわけで今度はサキね」
「……えっ!?わ、私もですか……!?」
「当然」
サキには敢えて紫怨のアフェクトスを集めて注入してみた。本人のメインの色と異なる感情を、それもネガティブで本来ならば避けるべき感情を入れてみるとどうなるのか、それも試す必要があった。
「ふっ……う、んん……あああっ!」
結果として、サキは予想通りに紫怨の数値が上昇した。そして。
「……もういいんです。どうせ私なんか小娘で、役立たずで、小賢しいこと言ってばかりで生意気で、良いところなんかひとつもないんだからfiguraになんてならずに死んでれば良かったんです……」
めっちゃネガティブな“ネガサキ”が誕生してしまった。
「……あちゃあ〜」
「サキさんったら、こんな……」
「いつにも増して後ろ向きですね……」
「ちょっとサキ!ウジウジしないのっていつも言ってるでしょ!」
サキは元々若干卑屈なところがあったんだけど、それが見事に増幅されている。
まあ、元のこの子の色が“菫色”だからなあ。紫怨のアフェクトスとは親和性が高いのかもな。
「こんな、こんな変化があるなんて……!」
ナユタさんも驚いている。しかし驚くべきはこれだけではなかった。
その時、白く戻っていた鍵が不意に光を発した。
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