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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【閑話集2】
179/185

〖閑話6〗第二幕:マイの1日密着取材(2)

「今日1日、密着取材させていただきます、芸能ジャーナリストのタカギです。よろしくお願いしますね」

「はっはい!こちらこそ、よろしくお願いします!〖Muse!〗ライトサイドのマイですっ!」

「改めまして、〖Muse!〗マネージャーの桝田(マスタ)(ユウ)です。本日はよろしくお願いします」


「では、早速ですが自己紹介をどうぞ。——そうですね、ファンに向ける感じでお願いしましょうか」

「あっはい!」


 7月31日。

 今日は朝から事務所に記者さんをお迎えしている。先日企画したマイの1日密着取材の当日だ。


 ナユタさんは取材してくれる記者さん探しに難航していたようだったけど、あの後、土曜日(29日)に少し探したら割と簡単に見つけることができた。オファーをかけても即諾で、所長にも話を通してとんとん拍子に話が進んだ。日曜を挟んだというのに快く対応してもらえてありがたかった。

 でもこんなに簡単に見つかるなんて、ちょっと意外だったな。ナユタさんが見逃すとも思えないんだけど。


「あの……桝田さん、ちょっと」


 タカギさんやカメラマンさん、音声さんなど取材スタッフに囲まれて、早速始まったインタビューに緊張しつつ話し始めるマイの様子を少し離れて見守っていた俺の脇腹が小突かれた。ナユタさんだ。

 促されるままに一旦離れて、彼女について事務所から廊下に出た。


「どうかしました?」

「桝田さん……どうして彼女にオファーする前に一言相談してくれなかったんですか?」

「……というと?」


 タカギさんは、フリーの芸能ジャーナリストとしてその筋では有名な記者だ。

 フリーで活動し、普段は雑誌やネットニュースなどで、主にアイドル関連の取材記事を書いている。男性が多い業界の中で比較的珍しい若手の女性記者で、女性目線に立った記事が目立つ記者だった。

 一応、オファー前に簡単に素性や実績は調べて、そのあたりの事は把握した上で依頼したんだけど。なんかまずかったかな?


「あの記者さん、空いてるの解ってて敢えてスルーしてたんですよ、私」

「えっ?」


「彼女、『自他ともに認める辛口批評、アイドルと見ればぶった切る毒舌記者』って評判で、業界でも有名な方なんです。

気に入らないアイドルにはかなり辛辣で、取材現場でも手厳しく罵倒するそうなんです。新人には特に厳しくて、彼女にこき下ろされて耐えられずにアイドルを廃業した方もいる、って噂にもなったほどなんです」

「……マジで!?」


 でもなんでそんな人が、人気記者として活動出来てんの?フリーだって話だったし、仕事取れなかったら普通は廃業するんじゃない?


「それが……辛口の毒舌記事がウケる読者層がいるので、ゴシップ雑誌を中心に彼女を好んで起用する媒体が一定数あるんです」


 た……確かに言われてみれば、俺が見た彼女の出演番組もゴシップや極論を多めに流すネット番組ばかりだったような……。


「うわあマジか。やっちまったぁ……」

「一応、彼女に気に入られて絶賛されればアイドルとして成功する、なんて噂もあるにはあるんですが……」


 事務所の扉のガラス越しに、マイとタカギさんの様子を窺ってみる。

 確かに、にこやかな笑顔でインタビューを続けているが、言われてみれば笑顔とは裏腹にタカギさんの目は笑っていないように感じる。緊張のせいか、マイは全然気がついていないようだ。


「とにかく、もうこうなったら何とか無事に取材を終えてもらうしかないので、マイちゃんをフォローしてあげて下さい」

「うう……はい。何とかします……」


 初っ端から前途多難だ。

 何とかマイを守ってやらないと……!




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「ワン、ツー、スリー!

ワン、ツー、スリー、フォー!」


 曲に合わせて、レッスン場にレイのかけ声と手拍子が響く。


 今日の午前中はMuse!全体のダンスレッスンで、もちろんマイも参加している。浄化(フェブルア)ライブまで、TV出演を減らしてレッスンを多めに組んでいるため、早速今日からそのシフトだ。

 とはいえ巡回は無くせないので、今日の巡回はミオとハク、それにリンに終日出てもらっている。今日は取材だし、デビュー前のミオとハクを撮らせるわけにもいかないからね。

 そして取材なので、タカギさんと取材スタッフがレッスン場の隅でカメラを回している。そのせいかマイの動きがどこかぎこちない。


 というかレイも、取材入ってるの分かっててこんな難しい振りの曲をやることないだろ。元々のカリキュラムの都合はあるにしたって、少しぐらい考えてくれよ……!


「はい、ストップ!マイ、少し遅れているわよ。気を引き締めなさい」

「はい!すみませんレイさん!」


 ホント、レイは取材が入ってても全然お構いなしだな。


「この曲は難しいですから、コツを掴むまでが大変ですけど頑張りましょうねマイさん。ライブまでに間に合わせればいいですからね」

「ハルも、慣れるまではタイヘンだったなあ」

「マイさん。この曲のサビ、16小節目のところは気持ち早めにターンした方がいいですよ。その直後に変拍子ですから、早めに動いた方が拍頭に合わせる余裕ができるはずです」


 あっサキのやつ、カメラあるの分かっててちゃっかりデキるとこ見せようとしてんな?これお前の取材じゃないんだから、アピールしても無駄だぞ?


「そ、そっか!ありがとうサキちゃん、次はそれでやってみるね!」

「いいアドバイスねサキ。よく理解してる証拠ね。この曲は変調拍子が多くて難しいけれど、今の貴女ならきっとできるわ。だからしっかり頑張りなさい、マイ」

「はい!ありがとうございます!」


「……ふうん。なかなかハードにレッスンするわね。最近人気が出てきて調子に乗ってるからどんなもんかと思ってたけど、まあまあ真面目にやってるみたいじゃない」


 帯同してる俺から少し離れた所で、タカギさんがボソッと呟くのが聞こえてきた。うわあ、やっぱりこき下ろす気満々じゃないか。

 ていうか、少し離れてるから聞こえないと思ってるのかも知れんけど、全部聞こえてるっつうの。


「このレッスン、どのくらい時間取ってあるんですか?」


 と、タカギさんが寄ってきて聞いてきた。一通り見たからもういい、とか思ってそうだなこれは。


「今日は午前中いっぱいレッスンですね。ダンスレッスンだけでなく、歌唱レッスンもこのあとやりますん で」

「えっ、午前中いっぱい?もしかしてヒマなんですか?」


 ヒマとはまたずいぶんなこと言ってくれるじゃないか。


「ウチは正統な実力派アイドルグループを目指してやってますからね。メインの活動はあくまでもライブですので、そのためのレッスンは大事な業務の一環です。

それに、ライブが控えていると話したでしょう?彼女たちにとっては、レッスンとライブこそがメインの活動なんです」

「はあ、なるほど……」

「今日は1日密着ですから、タカギさんたちにも最後まで付き合って頂きますよ。取材だからってマイだけ抜けさせるとか、そういった対応は取れません。それはご依頼時にもお話したと思いますが」


「……まあいいですけど。分かりました、ではしばらく見学させてもらいます。あ、でも、途中途中にインタビューの時間は取って下さいね?」


 そう言いつつ、彼女はカメラマンに指示して撮影を止めさせた。尺は取れたからもういい、ってか。

 なんかだんだん、本性漏れ出してきてない?


「では頭からもう一度、いきましょうか」


 レイがそう言って、プレーヤーのスイッチを入れた。イントロが流れる間にレイ自身も素早く列に加わり、そうして再び振りがスタートする。


「はいワン、ツー、スリー!

ワン、ツー、スリー、フォー!」


 タカギさんがいくら辛口批評だと言っても、こっちはいつもの姿を見せるしかできないんだし、普段通りにやることをやろう。もし彼女が酷評記事を発表するようなら、反論記事を上げたり然るべき対応を取るだけだ。

 まあ、場合によってはナオコさんにも相談する事になるかも知れないが。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は15日です。

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