第七幕:失意の帰投
「ちょっと聞いたわよ!そっちは大丈夫なの!?」
別ルートでパンデモニウム内を探索していたリンたちユニットBが、俺たちの後を追うように脱出して駆け寄ってきた。
「まあ、何とか無事です。大したことはありませんよ、リンさん」
精一杯澄ました顔をしてはいるが、サキが強がっているのは明らかだ。
「新型が出たと聞いたわ。さすがに、一筋縄ではいかないようね」
レイが気遣うように言葉をかけてくる。
ほどなくして、パンデモニウム周辺の探索を担当していたユニットCも合流してきた。
「おいマスター、次はオレを戦わせろよな」
「わたしは、あの中は、行きたくない、です……」
「司令……所長から連絡がありました。ひとまず今日のところは帰投しましょう、マスター」
「……そうだなミオ。一旦帰って対策を練らないとな。——マイ、帰ろう」
「……わかり、ました……」
そう答えてはくれたものの、マイはいつまでもパンデモニウムの入口を見つめ続けて、なかなか動こうとはしなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「パンデモニウム……。そして、正体不明のオルクス、か……」
映像記録の再生を終えて、所長が唸るように呟いた。
MUSEと俺は無事にパンデモニウムを離れ、トンネルを抜け新宿を脱出して、再びパレスまで帰投してきていた。そして作戦指令室で、インカムで記録した映像データと採取したサンプルを提出し、あわせて現場での詳細を報告し終えたところだ。
今この場には、所長の他にはナユタさんと俺、それにリーダー3人の計6人だけが集まっていた。
「さしあたっての問題は、この正体不明のオルクスだな。当該個体を、ひとまずリーパーと呼称することにしよう」
「“死神”ですか。言い得て妙ですね……」
所長の言葉を受けて、ユウがそう応えている。
リーパーとは、タロットカードなどに描かれている、大きな鎌を持った骸骨姿の死神のことだ。正確には古英語でグリム・リーパーというが、あのオルクスの両手の大きく鋭い爪は、まさにその死神の鎌を思い起こさせるものだった。
--いや、兄貴のこと言ってんじゃないからね?解ってるっしょ?
…あの姿の兄さんを知ってるのなんて僕とハルカだけなんだから、ヘンに気にしちゃダメだよ?
うっせぇな。言われなくたって分かってるっつうの。
とはいえ、自分とほぼ同じ姿の存在が“死神”なんて呼ばれて、気分がいいはずもなかった。だが、それ以外に相応しい呼称も思い付かないし、ここで異議を唱えられるだけの根拠も説得力も何もない。
というかまあ、アレが自分ではないと証明しなければならなくなったわけだ俺は。誰に何を証明するわけでなくとも、俺自身を俺が納得させなくてはならない。
これは義務だ。自分は絶対にああならないと、自分自身に証明する必要がある。
「あんなに美しくないものに、知性があるなんて思えないけれど?」
うっく……!
--だーから!兄貴のことじゃないってば!
…いくら知らないとはいえ、レイも的確に兄さんの急所抉ってくるよね。
「白羽ちゃん、だっけ?あの女の子を囮にしてるって証拠でもあんの?」
リンはやや懐疑的だ。レイと同じく、オルクスが知性を持つということが信じられないのだろう。まあレイもリンも、まだ実際に目の当たりにしてないから信じられないのも無理はない。
「明らかに、あの子を守る動きをしてたんだ、あのオルクスは。それに明確な敵意を持ってこちらを威嚇もしてきた。
さらに、白羽ちゃんはあのオルクス、リーパーのことを『新しいパパ』だと言ったんだ。それだけでなく『新しいパパが許さないから、ここから動けない』とも言っていた。言葉を交わせるかは何とも言えないが、少なくとも何らかの意志疎通は出来ているような感じだった」
彼女たちの疑問に答えるように、言葉を紡ぐ。リーパーを擁護するわけでは決してないが、情報は全て共有して認識を一致させないと対策も何もあったものじゃない。
「まさか、そんな……」
「じゃあ、あの子はあのオルクスの仲間だって言うわけ?」
「あの少女は、おそらく誘蛾灯だ」
所長の言葉に、全員が目を瞠る。
「リーパーはあの少女の目の前で人間を殺すことにより、少女からアフェクトスを引き出していると考えられる。そして、そのアフェクトスに惹かれて集まってくる人間を喰らっているのだろう」
パンデモニウム内部で、奥に向かって移動する多くの人間たちを見た。
確かにそう考えれば、彼らがなぜ奥へと向かっていたかの説明はつく。
「この推測は“マザー”によるものだ。ほぼ確定情報と言っていいだろう」
「なるほど。あの子の目の前で人間を、その命と感情と記憶を喰らうことであの子から“感情”を引き出して、そのアフェクトスで新たな人間を呼び寄せて、それを喰らう。喰らうことであの子からまたアフェクトスを出させる、と……」
「おそらくそういう事だろうな」
「……最っ低!」
「その穢れた魂の在り方、到底容認できないわね」
リンの言葉に怒気がはらむ。
レイも怒りを隠そうともしない。
「それで、これからどうされるのですか、所長」
「まずはあのリーパーを排除する。パンデモニウムの最奥を目指す以上、これは必須要件だ」
「何か作戦でもあるんです?」
「——そうだな。知性には知性で応えてやろうじゃないか」
所長の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
--へえ。この人でもドヤ顔するんだ?
「知恵比べなら、生物の頂点として知性をほしいままにしてきた我々人間の得意分野だ。後れをとるわけにはいかん」
「そこで、私たちの立てた作戦はこうです——」
ナユタさんが作戦計画書を全員に配る。
全員が作戦概要を理解したのを見計らって、所長が宣言する。
「作戦の決行は明日とする。今日は皆、ご苦労だった。食事を取って充分休養してくれ」
えっ、と思って壁に掛かっている時計を確認すると、時刻は午後3時近くを示していた。
いつの間にこんな時間になってたんだ。全然気付かんやった。ていうか、昼飯食ってない、よね?
「……そう言えば、お腹すきましたね」
「よく考えたら、お昼抜いちゃったものね……」
「安穏とお昼をいただく気分ではなかったのは確かだけれど……」
思い出したようにユウが言い、リンも、レイも同意の声を上げた。
やっぱりみんなも、新宿地区探索の緊張感から忘れてたんだな。
「それでは、今日は解散とします。明朝8時に、また指令室に集合して下さい」
ナユタさんのその言葉で、みんな指令室を後にした。
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