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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【新宿伏魔殿ーパンデモニウムー前夜】
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第十九幕:水色の動揺

「マスターの、おっしゃるとおりだと思います」


 俯いて黙ってしまったミオの代わりに、ユウが静かに口を開いた。


「ユウ……」

「私もミオさんも、仮にそういう事になっても対応出来ると思います。でも、マイさんにはきっとまだ無理だと思います」


 うん。ユウはやっぱり解ってたね。


「わ、私は……、ミオさんに合わせればいいと思って……」

「じゃあ、もしミオが居ない編成だったらマイはどうする?」

「えっ?そ、それは……」

「前にハルと息が合わなかった時みたいにならないか?」

「それは……その……」


 以前のマイは、ユウやリンとばかり組んで訓練していた。そのせいで実戦で組んだハルとまるで噛み合わなかったことがあった。

 多分その自覚があったのだろう。マイも押し黙ってしまった。


「ミオ。マイの引き出しを増やしてやるのも先輩(・・)の役目じゃないか?

お前が今まで経験を積んでようやく辿り着いた最高効率は確かに高い完成度だと思う。でも、もしもマイにそれしか教えてないのなら、マイは結局、『ミオがどういう紆余曲折を経てそこに至ったのか』『なぜそれが一番いいのか』が解らないまま、ただ言われるままにそれだけをこなすようになってしまう。本当にそれでいいと思うか?」


 3人とも答えない。ユウは余計な口を挟まずに静聴しているだけだが、マイは怒られてると思ってるのか感情がグルグルしている。

 そしてミオは、少しずつ不満の感情が漏れ始めていた。


「経験の少ないマイに合わせて1から戦術を練り直すのは、確かにミオやユウにとっては無駄な時間になるかも知れない。でもそれは、長い目で見れば決して無駄じゃないと思うんだ。

なんと言っても今の君たちだと経験の差が大きすぎるから、まずそこを均質化しないと」


「分かり…………ました」


 明らかに渋々と、ミオが返事をする。

 うーん、納得してなさそうだなあ。最近よくつるんでるし、将来的に3チーム制になったらこの3人をレフトサイドにするのもアリだなって思ってたんだけどな。


「マスターは、私の考え方は、お嫌いですか?」


 ややあって、やはり納得がいかないのだろう。ミオがぽつりと呟いた。


「いいや?むしろよく理解できるよ」

「だったら……何故……」

「それはね。俺が昔、若い頃に、同じように先輩に指摘されて改めざるを得なくなったからだよ」

「……?」

「俺も昔はミオと同じ考え方をしてた。自分の経験で得たノウハウを元に構築した『一番いいやり方』だけを後輩に教えてやれば、その後輩には俺が苦労した紆余曲折をさせずに済むと思ってた。わざわざ苦労させることはない、って。

でも現実は違ったね。その後輩は、それが何故『一番いいやり方』なのか理解出来ずに、やってはいけない改変を自分で勝手に加えて、そして無惨にも失敗した」

「…………」

「仕事中に死んだんだ、そいつ」


「な……っ!」

「ええっ!?」

「まあ……!」


 予想外の話の展開だったのだろう。3人とも驚いて絶句した。


「昔、警備員のバイトしてたんだ。道路工事の、交通誘導のね。事故で死ぬ危険が伴う仕事だけど、気を付けるべきことにきちんと気を付けていれば、そうそう死亡事故なんて起こるものじゃない。

でも、そいつは『何に気を付けるべきか』が解らなかったんだ。何が危険なのか、危険を避けるためには何をすべきなのか、危険に直面したらどうすればいいか、全く理解していなかった。

俺が、そのあたりを全部端折って『最新の成果』だけしか教えなかったから」

「「「…………」」」

「俺は『最新の成果』さえ教えておけば、そのあたりのノウハウも全部伝わると思ってたんだ。でも、そうじゃなかった。自分がゼロから試行錯誤して10まで到達したのなら、後輩にはやはり『ゼロから教え』なければいけなかったんだ。

そいつが死んでから、先輩にしこたま怒られたよ。なんで全部教えてやらなかった、ってね。俺はお前にゼロからちゃんと教えてやっただろ、って。その時になってようやく、自分が間違ってたことに気付いたんだ。でももう、全ては手遅れだった」


…へえ。初めて聞いたなその話。


--兄貴、自分のことほとんど話さないからね。


「私が間違っていました。申し訳ありません……」


 さっきまでとは打って変わって、ミオは明らかに消沈していた。感情はさっきとは打って変わってほぼ水色一色。“動揺”の色だ。

 まあ、ショックを受ける話だったのは間違いないよな。そもそも10代の女の子に話すような話じゃないもんな。


「謝る必要はないよ。解ってくれれば、それでいいんだ」


 でも、オルクスとの戦いも死ぬかもしれない(・・・・・・・・)()()だ。figuraがいくら『霊核(コア)』で復活した生命なき存在だとしても、その状態でロストしたソラって子の実例がある以上、彼女たちも死ぬ(・・)存在(・・)だ。その前提に立って考え、行動しなくてはダメなんだ。

 だからミオにはどうしても解ってもらわなくてはならなかった。彼女やユウは、いわば後輩(マイ)の命を預かっているのだから、その重みをしっかり受け止めて欲しかった。

 それが解ってもらえたのなら、俺の苦い経験もきっと無駄にはならないはず。そう信じたい。


「食事の前に気が滅入る話しちまってゴメンな。俺が言えた義理でもないけど、理解してくれたならそれでいいからさ。気持ちを切り替えて、今日はもう上がろうか」


「…………マスター。少し、独りにさせてもらっても構いませんか……」


 これはひとりで考える時間が欲しいんだろうな。

 ミオだって経験が長いとはいえfiguraになってからまだ1年半くらいのはずだし、よく考えたらずっとハクと、あとソラだったか。先輩とばかり組んできて後輩を教えるのはマイが初めてだったはずだしな。

 多分だけど、後輩に教えるのが初めてだったからこそやり方を間違ってしまったのだろう。そう考えると、ちょっとキツいこと言いすぎたかな。


「そうだね、悩んで考えるのは必要なことだし、自分の中できちんと答えが出せるまで、じっくり考えてみるといいよ。⸺その、ゴメンな。かえって悩ませる結果になったみたいだけど」

「いえ、謝るのは私の方です。ワガママ言って申し訳ありません……」


 そう言って俯いたまま一礼すると、ミオはひとりでシミュレーションルームを足早に出て行ってしまった。


「ミオさん、大丈夫でしょうか……」

「マイさん、ミオさんはああ見えて芯の強い方ですから、きっと大丈夫ですよ」


 いや、まあ、ボッキリ折っちゃった気がしないでもないけどさ。


「……とりあえず、俺たちも上がろうか」


「ですが今のお話、ミオさんには少し辛いお話だったかも知れません」

「……そう?」

「自分のせいで仲間が亡くなった。その事が、今ミオさんが一番苦しんでることのはずなので」


「えっ…………あっ!」


 うわー、やっちまった!

 なんであんなにショック受けてたんだろうって思ったら、ソラって子がロストした時のことを思い出させちゃったからか!


 そういう事か!

 ヤバい……どうしよう……!


「ミオさんも、乗り越えなければならないと解っているとは思うのですが……」


 自分の中で消化しきれてないトラウマを、それをよく知らない他人に引っかき回されるとか、どんだけ……!






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は25日です。



この章始まって、まだ1日目が終わってないっていう(爆)。なのでこの日お休みしているナユタさんが、いつまで経っても出てこれません(汗)。

元になった二次創作から話の構成とか順番とか色々変えてるんで、この1日に話が詰まっちゃいました。多分章自体も前後編で分けることになるかと思います。申し訳ないですm(_ _)m


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