第九幕:午前中の巡回バトル(3)
スラッシャーはその巨体に似合わず、素早い所がある。こちらが攻撃に移るより速く先制攻撃を仕掛けてくることがあるのだ。ただでさえ攻撃力が高いのにそれで防戦一方になってしまうと、あっという間に追い詰められてしまう。シミュレーターでマイがやられる場合、大抵はそうして防戦しているうちに防御を弾かれて斬り倒されるパターンがほとんどだ。
だが、こちらも対抗策は用意してある。
「レイ!」
「分かっているわ⸺通さない!」
前に出たレイが冷静にスラッシャーの攻撃に合わせてガードする。彼女もやはりハクと同様にきっちりと受け切ってこゆるぎもしない。
「ハク、防御魔術を!」
「はい」
そしてその間に、ハクにまず防御スキルを展開させる。これで防御力が五割増し、効果時間中は一撃で戦闘不能になる事態は避けられるだろう。
「ミオ!」
「はい!貫け!」
すかさずミオのドレスの、もうひとつのスキルを発動させる。先ほどのは連弾だったが、今度は貫通力のある光線だ。
本来なら“舞台”を張るサポートには、補助的な魔術のセットされている戦闘衣装を装備させる方がいいとされているけれど、今回は攻撃的な彼女の性格を考慮して攻撃特化のドレスを装備させている。どうやらこれで正解みたいだな。
だがスラッシャーは、その放たれた光線をあっけなく躱した。なかなか素早い奴め。だがその代わりに、奴のラッシュを邪魔することができた。
「ハク、前へ!レイはスキルを!」
「はい」
「了解したわ!」
ハクを前衛に出し、先ほどのレイの攻撃力強化スキルを再び発動させ、さらにそのままハクに攻撃させる。だが当然、強個体のスラッシャーは一度では倒しきれない。
「今度はレイが前!ハクはデバフを!」
「ええ!」
「了解です」
再びレイにガードを任せて、今度こそハクのデバフ魔術を発動させる。彼女のそれは敵の攻撃と防御をそれぞれ下げさせ、さらに攻撃力アップを封印する。バリアを張ってくる敵にはそれを封じる効果もある、かなり強力なスキルだ。
強力な分だけ必要とするアフェクトスの量も多く、気軽に使えないのが難点といえば難点か。だが今回みたいに手数のかかる敵なら、出番もあるし必要なスキルになってくる。
「ミオもスキルを!」
「了解!弾け飛べ!」
さらにミオの連弾スキルを発動する。さすがに全弾命中とはいかなかったが、いくつかは命中してスラッシャーが目に見えて弱ってくる。ハクのデバフが効いている証拠だ。
そして。
「レイ、行け!」
「任せなさい!」
攻撃力の上がっているレイの銃が火を噴いた。
「これでトドメよ、全部あげるわ!」
アフェクトスの弾丸を余さず撃ち込んでいく。
「そう、全部だ!」
「分かっているわ!」
そして、溜めに溜めていたレイの“武装魔術”を解放した。
レイに纏わせている戦闘衣装は〖殲滅武装〗、現状の全てのドレスの中でも最強のドレスだ。ドレスにはメインとサブの二種類の魔術がプリセットされており、他に必殺技とも言える武装魔術が組み込まれている。その武装魔術“天空の槍”は、アフェクトスを凝縮して天空から一直線に暴力的なまでの強大な一撃を叩き込む、超攻撃的な魔術だ。
詠唱とともに彼女が人差し指を天に掲げ、そしてスラッシャーに向かって振り下ろす。同時に天空から放たれた一条の光の槍が、避ける間もなくスラッシャーの刀身を粉々に打ち砕いた。
スラッシャーはアフェクトスの残滓をキラキラと散らばせて、そして消滅していった。
「パーフェクト!みんなのおかげね。ありがとう」
ヒラリと優雅に1回転し、レイが両手でスカートの裾をつまむ仕草をしつつ右足を引き、左膝を曲げてお辞儀をする。本物のセレブがよくやるカーテシーというやつだ。
余裕をもって勝利した時の、彼女お得意のキメポーズだ。会心の勝利と言っていいだろう。
「……自分が戦わないのは、落ち着かないわ」
その横で、ミオがやや居心地悪そうに呟く。
やれやれ。この子も相変わらずだな。
「トランプルに対して攻撃力を上げてからの一気呵成な畳み掛け、そしてスラッシャーに対しての強化と弱体化の合わせ技。マスター、戦う前からきちんと考えてドレスを選んでたわけですか」
おっと、サキもちゃんと気付いてるな。
「まあ、たまたま属性の相性も悪くはなかったからな。もし敵の属性が違っていたら、その時は予定を変えて、ミオじゃなくてハクかレイにスケーナを張ってもらっていたかもね」
五色あるアフェクトスは、色ごとに相性というべきものがある。それを属性と呼ぶけれど、属性の相性が良ければ与えるダメージが増え、受けるダメージが下がる。相性が悪ければその逆だ。
アフェクトスを結晶化させたメモリアクリスタルを主材料として作られる、MUSEたちの戦闘衣装は必ずその属性を備えていて、そしてオルクスたちもまた必ず属性を持っている。以前にシミュレーターに実装されたアフェクトス収集クエストは、それを参考にオルクスの属性を固めることで特定の属性のアフェクトスを収集しやすくしているわけだ。
だが現状、まだMUSEたちのドレスはそこまで豊富に揃っているわけではないので、必ず相性有利で戦闘に臨めるわけじゃない。ミオとハクのドレスはさらに数が少ないので尚更だ。これから開発するドレスは最初から9人分作られるはずだし、すでに運用している既存のドレスもふたりの分の追加生産がファクトリーで進められていると聞いてはいるけども、さすがにすぐ仕上がるわけじゃない。
ということで今回、属性均等だったレイとハクに戦ってもらって、属性不利だったミオには出現前の雑談どおりにサポートに回ってもらったわけだ。
「……使える戦闘衣装が増えないことには始まりませんね」
「ま、それはおいおいってやつだね」
サキにそう答えつつ、戦闘に出た3人の武装を解除する。念のために物陰に隠れて人目を避けて、それからミオのスケーナも解除させた。
『諸君、討伐ご苦労だったね。“マザー”の出現予測が更新された。付近の反応は消失したため、少なくとも午前中の出現は無さそうだ。少し早いが戻ってきて構わないぞ』
「了解しました。では一旦帰投します」
やれやれ、助かった。これで午後の巡回まで少し休憩できるな。
午後には雨止んでくれるといいんだけど。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
パレスに帰り着いたのは、まだ午前11時を少し過ぎたぐらいの時間だった。巡回には2時間も出ていなかった計算になる。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だったね。マスター以外はシャワーでも浴びて一息つくといい」
「ですよねー……」
…僕はどうしようかな。シャワー浴びてもいいんだけど、昼からも出るって考えると、ちょっと無駄なような。
「マスターには申し訳ないですが、私は浴びてきます。皆さんはどうしますか?」
「そうね。私も行くわ」
「……ハクは歩きながら寝ているわね……」
「……?……着き、ました……?」
毎度思うけど、歩きながら寝るとかハクほんと器用だよな。
普段こんなにおっとりボーッとしてるのに、アキとは違う意味で戦闘の時には凄いし。そのギャップが激しすぎる。
「マスターは昼食の後に午後の巡回にも出てもらうが、それまではとりあえず自由にしていてくれ」
「分かりました」
まあとりあえず、着替えて身体を拭きたいかな。ということで寮棟のバスルームに向かう彼女たちと別れて、事務所棟三階の自分の部屋に戻った。
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次回更新は10月5日です。




