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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マイのデビューライブ】
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第十五幕:苔色の焦り

 マイクロバスはしばらく走って、8時半頃には会場のコンサートホールに到着した。早速楽屋に入ってレッスンウエアに着替えさせ、その間に俺とナユタさんは支配人さんはじめホールスタッフの皆さんに挨拶を済ます。

 ライブに使うのは施設内でも一番大きなメインホールだ。もうすでに昨日のうちに機材の搬入とセッティングが済んでいて、バックミュージシャンを務めるアーティストさんたちが音合わせをしていた。俺たちの姿に気付いて音合わせを中断してくれたので、一言挨拶してから楽屋に戻った。


「みんな、そろそろ準備はいいか?ホール入りするよ?」


 ドアをノックして開けずに声をかける。

 入っても大丈夫よ、と返事があったのでドアを開ける。みんなもうレッスンウエアに着替えを終えて、簡単なウォーミングアップも済ませているようだった。


「では皆さん、ホール入りお願いします」


 ナユタさんのその言葉で全員楽屋を出てホールに向かう。

 みんないい緊張感に包まれている。さながら本番に向かう直前のようだ。


 大ホールに入ってレイがバックミュージシャン達に挨拶し、彼らにマイを紹介したところで、マイの緊張が強くなるのが見て取れた。


「マイ、大丈夫か?」


 なので発声練習に入る前にレイに合図して待ってもらい、ステージ下からマイに声をかける。


「だ、大丈夫です、たぶん。

その、緊張はしてるんですけど、怖いというより、本当にMuse!の一員になるんだ、っていうドキドキが強くって……」

「何を言ってるのマイ。貴女はもうとっくにMuse!の一員でしょう?」

「レイさん……」

「正式加入もアナウンスして、レフトサイドとしても歌声を披露したでしょう?それに、ライトサイドのライブMCで舞台挨拶も済ませたじゃない。もう貴女のデビューは済んでいると考えるべきよ。

このステージはむしろ、ファンの皆に向けての貴女自身の“御披露目”と言ってもいいものよ。だから貴女のダンスを、歌声を、今まで練習して磨いた全てを『見せつけてやる』ぐらいの気持ちを持たなくてはダメよ」

「そ、そうですよね!」


 レイの叱咤を受けて、マイの顔に決意の感情が浮かぶ。

 この分だと大丈夫そうだな。


「ふふ。とは言っても今日はまだいつも通りのレッスンよ。違うのは場所と、音響設備と、ミュージックが生音で演奏されるという、それだけのこと。

だから気楽にやりなさい。今日の目的は『明日への準備』なのだから」

「はい!私、頑張ります!」


 そうして、発声練習からリハーサルはスタートした。


「マイちゃん、ずいぶん頼もしくなりましたね」


 ステージ前方の、音響監督さんや演出監督さんなど裏方の指揮役さん達が陣取る客席の付近に腰を下ろしつつ、ナユタさんが話しかけてきた。


「本当にね。最初の頃のオドオドした姿なんてもう想像もつきませんよ」

「それも桝田さんがマイちゃんの記憶を、Muse!の大ファンだったという記憶を取り戻してくれたおかげです」

「……だったら、俺も少しは貢献できたって思っていい、って事ですかね」

少しは(・・・)、じゃなくて大いに(・・・)、ですよ。もっと胸張って下さい」

「いやあ、偉そうにドヤ顔するのもなんか違う気がするんで……」


「……ホントにもう。桝田さんは時々謙遜が過ぎて嫌味に聞こえます」


 皮肉を言いつつも、ナユタさんは笑顔だ。


「もっとご自分のことを信じて、好きになった方がいいですよ?」

「まあこればっかりは性分なんで。でも、自分を信じてない訳じゃないですから」


--そうね。昔っから自分でこうと決めたら絶対揺るがないとこあったもんね。


 ステージ上では発声練習が終わり、歌合わせが始まっている。


「……『自分を信じている』のは、俺じゃなくて悠なんですよ……」

「えっ?」

「ああいや、独り言です」


 演奏の音に邪魔されて、俺の呟きは上手く聞き取れなかったようだ。

 危ない危ない。つい口に出してしまったけど、気をつけておかないとまたうっかり口走って聞かれてしまいそうだ。



 そのまましばらくリハ前練習の様子をナユタさんとふたりで見ていた。俺の目には特に問題があるようには見えないし、ナユタさんも特に違和感を感じているようには見えなかった。

 そうして気になる点や違和感が感じられないと、途端に気分が間延びする。

 あ、でも、もしオルクスの出現があったらどうしようか。さすがに全体練習の最中は抜けるわけにはいかない……よな。


「あの。もしも出てきた(・・・・)場合なんですが、全体練習中とかだったら抜けられませんよね?どうするんです?」


 ナユタさんにそう耳打ちする。あらかじめ対応を決めておいた方がいいだろう。


「大丈夫ですよ。今ここにいる人たちは、全員そのあたりの事情を分かっている関係者ばかりです」

「……マジで?全部関係者、なの?」


 えっ今この場に何人いる……?少なくとも20人以上はいるんじゃ?


「そこは政府の威信ってやつです。私たちは誰にも知られることなく作戦を遂行しなければなりませんが、それは私たちだけで隠しおおせるようなものではないんです。協力者は大勢いるんですよ」


…いや、それはそうだろうけど、それにしたって裏事情知る人多過ぎじゃない?こないだの魔防隊の事後処理専従チームの件でもちょっと思ったけどさ。

ていうか、政府が裏で抱えてる人材豊富すぎじゃない?


「正式にアイドル活動でアフェクトスを収集すると決まってから、政府は極秘で人材を募り、集めました。名声や実績にとらわれることなく、時には政府職員の中からも隠れた才能を発掘しました。

そうして集めた人たちが、今のMuse!のステージを支えているんです。だから、そうした皆さんも彼女たちとともに名声を高めていった、と言っていいかも知れません」


 なるほどねえ。俺が思ってるより全然大きなプロジェクトだった、ってわけか。というか俺、とんでもない世界に足踏み入れちまったんじゃねぇのかもしかして。


「皆さん待遇としては桝田さんと同じ『特殊自衛隊の嘱託職員』です。“本職”としての収入の他に、政府から一定の報酬が出ています。だから皆さん口は堅いですよ」

「えっそれ、めっちゃ待遇良くないですか」

「まあそうですね。口止め料の意味合いも含んでいますから」

「……それ、財源って国家予算、ですよね」

「そうですよ。まあ、一般会計予算には含まれませんけど」

「えっじゃあ、裏金?」

「機密費と言って下さい。桝田さんのお給料も同じですよ?」

「……え、俺、給料あるんですか」


 それは初耳。確かにMUSEUMの職員として働けとは言われたけど。


「無いわけないじゃないですか。表向きは桝田さんは『芸能事務所MUSEUM』の正社員なんですから。お給料が出ないほうがむしろ問題です」


 さすがに驚いた様子でナユタさんが身体ごとこちらに向き直る。

 そんな驚かれても。その説明受けてないしなあ。


「…………あ、そうでした。桝田さん、次が初めてのお給料でしたね」


 そう。パレスに来てからは俺はまだ何の金銭的報酬も受け取ってはいない。

 今財布の中には、これまでの社会人生活でコツコツ貯めた貯蓄を全部引き上げて現金化されたものを渡されていて、それが入っている。総額で200万を少し超えた程度だが、さすがに全部を財布に入れるわけにもいかないので大半は部屋に隠してあり、財布の中に入れておく現金はそのうち2~3万というところ。

 まあ強いて言うなら、部屋の家賃や日々の食費、それにホスピタルでの手術費や治療費などは一切支払っていないので、それが報酬と言えば報酬にはなるだろうか。


「ちなみに、MUSEUMからのお給料は特自からの報酬とは別に支払われます。だから実質的にお給料日が2回あるんで、楽しみにしてて下さいね」

「えっ、その話も俺聞いてない……」

「あら?特自の報酬はもう受け取りました、よ……ね?」

「いやいやいやいや。初耳だし!」

「えっ、そんなはずは……」


 そう言って考え込むナユタさんだったが、すぐに灰味がかった暗めの黄緑色⸺苔色(モスグリーン)の“焦り”の感情がブワッと立ち上る。

 ん?さてはこの人、また何か忘れてたな?


「…………えっと、その、あの、ごめんなさい。

私、預かったまますっかり忘れてたかもしれません……」

「念のために聞きますけど、何を?」

「桝田さんの……特自からの報酬……」


…そりゃ知らないはずだわ。貰ってないんだもん。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は15日です。



【補足】

ステージスタッフは映像監督、音響監督、演出監督と彼らの補佐とアシスタント、照明担当、それにカメラマンとその助手、バックバンドとダンサーと。

全部合わせて20名以上、30名まではいかないかな〜という想定で書いています。実際のグループアイドルのライブに裏でどれだけの人員が動いてるか、正確なことは知りません(爆)。

なお本番(当日)になれば、会場整理やトラブル対応係、アナウンス担当に途中のMCの司会役なんかも加わるので、人数はさらに増えるはず。

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