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その感情には“色”がある  作者: 杜野秋人
【マイのデビューライブ】
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第十三幕:藍玉色の尊敬

 目を覚ますと、時刻はまだ6時前だった。


 ……おかしいな。昨夜寝たのは12時回ってからだったはずなのに。

 ライブ前で気が昂ぶってる?でも、それにしてはやけに目覚めがスッキリしているし、眠りが浅かったような感じじゃない。


 とりあえず寝起きの一服をしてから、簡単に身仕度を整えて部屋を出た。二階に降りて、リビングへ続く渡り廊下を渡る。


「おはようございます」


 リビングに入る手前で声をかけられ、声の方に向くとミオが三階から階段を降りてきた所だった。上下ジャージ姿で、首にタオルを巻いて……ってそれ絶対いつもの朝ラン行くつもりでしょ。


「……おはよう。今日も走り行くつもりか?」

「もちろんです。日課ですので、休むわけにはいきません」

「今日、何の日か分かってるよね?」

「前日リハーサルですが、何か?」


 何か?じゃないだろ、ったく。


 実はマイのデビューライブでは、ミオとハクがバックダンサーとして参加することが決定している。決まったのは最近だけど、歌唱はともかくダンスはふたりともセンスがいいので、ステージを経験させる意味でも一度使ってみようということになったのだ。

 まあ提案したの俺だけどね。そしてバックダンサーがふたりだけだと締まらないから、ほかにもプロのアクターを数人起用することになっている。ただ、急遽の予定変更になったせいで彼女たちふたりにはやや負担がかかっているはずなんだよね。


「分かってるんなら体力温存しときな」

「必要性を感じません。朝のランニング程度でバテたりしませんので」

「昨日は遅くまでリハーサルと振り付けの調整してたんだろ?それに今日も1日リハーサルとレッスンで、明日は本番なんだから、今日明日は自重しとけって」

「問題ありません。むしろトレーニングを欠かす方が体調に影響します。

それとも、私がその程度でへこたれると、体力がないと、マスターはそう思っておられるのですか?」


 案の定、なかなか頑固だな。

 全く強がってる気配もないあたりが、いかにもミオらしい。多分、自分自身はまだまだ余裕があるつもりなんだろう。

 ミオは出会った当初の印象通りに勝ち気で自分の意思を曲げないタイプだ。そして自分の意志を押し通すだけの実力もあるから、彼女が自分で決めたことを変えさせるのはなかなか骨が折れる。

 まあそれでも、〖MUSEUM〗に加入した時の挨拶の通りに俺の指示を聞いて俺の意見を尊重してくれるから、まだ何とかなってるんだけど。


「ん、まあ、体力に自信があるのは良いことだし、俺だってミオがそんなヤワなヤツじゃないとは思ってるけどね。

でもこないだも言ったろ?『身体休ませるのも仕事のうち』なんだよ」


 レッスン以外でのミオは、ハクとではなくマイとトレーニングしていることが最近増えている。シミュレーションバトルを中心に、どうも新人のマイを鍛えてやってるみたいだ。

 ただ、ユウも巻き込む形でスキマ時間とかみっちりハードに詰め込もうとするから、一度注意した事があるんだよね。


「……確かに、先日ユウ経由で聞きましたが」

「まあミオはまだ若いし、体力的な限界を感じたこともないだろうから感覚的にはまだ分からないかも知れないけどな。

でも、『まだ大丈夫』って思ってるうちからセーブしとかないと、気づいた時には倒れてるんだよ。だから今日は止めときな。ライブ終わったらまた走っていいから。じゃないと、何かあってからじゃ遅いぞ?」

「そう、言われましても……」

「実際に倒れた奴が言ってるんだから、聞いといた方がいいぞ」


 立ち話もなんだからとミオを促して、話をしつつリビングに移動して、ソファに腰を下ろす。さすがにこの時間はまだ誰も部屋から出てきておらず、リビングにはミオとふたりきりだ。


「先日マスターが倒れたのは、明らかに無茶をしたからではありませんか」

「ナユタさんもこないだ倒れてたよな」

「それも同じです」

「俺もナユタさんも、傍目にはどう見ても無茶にしか見えないのに、本人的には当たり前にやれるつもりだったんだぜ?

でも倒れたんだ。言ってる意味、分かるよな?」


「マスターは、私が無茶をしていると、そう仰るのですか?」


 んー、もう一押しかな。


「まあそこまで無茶って程でもないだろうし、すぐにどうこう、って事もないだろうとは思うよ。でも後々響いてくることはあるんじゃないかな。それがいつかは分からんけど」

「今でないのなら、別に構わないでしょう?」

「その『いつか』が、『実戦のさなか』に起こっても、か?」

「……!?」


 さすがに想定外だったのだろう。ミオが驚きに目を瞠った。


「今回のライブに響くぐらいなら全然いいんだよ、別に死ぬわけじゃねえんだから。でも、取り返しのつかない所でそのツケが回ってこないって保証はどこにもないんだよ。

それも、自分がそれで大変な目に遭う程度ならまだよくてさ。自分がその時倒れることで仲間に迷惑をかけてしまったりしたら、どうする?」

「…………」


 ミオはしばらく何も答えなかった。

 だが、意外と不満を滲ませるようなことはなかった。出てきたのは藍玉色(アクアマリン)をした感情、これは……尊敬、かな?


「マスターは、本当に深く物事を考えておられるのですね。感服します」


 そうして出てきたのは、俺への称賛だった。

 そんな言われるほど深く考えてる訳でもないんだけどな。


「俺は臆病者だからさ、失敗するのが何より怖いんだ。だからいつだって最悪のシチュエーションを考えて、どうしたらそれを回避できるか、そればかり考えてるだけだよ。

それでも、こないだオルクスに襲われた時みたいに想定外のことは起こるし、そうなった時に上手く対処が取れなかったりする。そういう意味では俺もまだまだだよ」

「マスターは、臆病者ではないと思います。少なくとも、最悪の事態を想定してあらかじめ準備しておくのは、臆病とは違う気がします。それは必要なことだと感じます」


 嬉しいこと言ってくれるじゃん。

 拒否らずにちゃんと考えてくれて、よかった。


「まあでもさ、だからってミオが俺みたいな考え方をするのはなんか違うっていうかさ。ミオにはミオらしさを失って欲しくないっていうかさ」


「……マスターは私に自重して欲しいんですか、それとも自重して欲しくないんですか。どちらなんですか」

「どっちかって言われたら、そりゃ自重して欲しいよ。でも、そういう細かい事は俺が考えればいいっていうか……」

「つまり、こうやって制止をかけたときにはちゃんと聞け、と」

「まあそういうことになるかな。

なるべく、命令とか強制とかにはしたくないんだけどね」


「…………マスターのお考えは分かりました。ですが、命令ではないと仰るのであれば今日は行かせてもらえませんか。明日はきちんと休みますから」

「……そっか、分かった。じゃあ事務所行こうか」


…うーん、言うこと聞いてくれなかったかあ。

けど、体力をセーブする意味と必要性はちゃんと伝わったようだから、まあいいか。



 ミオと一緒に事務所に降り、正面玄関のセキュリティを解除する。


「では行って参ります。30分ほどで戻りますので」


 いつものようにそう言い残して、ミオは朝の街に消えていった。事務所の壁掛け時計を確認すると、ちょうど6時半を指していた。






お読み頂きありがとうございます。

次回更新は7月5日です。

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