序章 9.暴かれた秘密と暗い過去
梶一誠様による主人公のイラストです
パラスが狙うルルディだが、彼女は混乱のさなかにあった。
「私はマッサリア王ではありません」
と、青年は言った。
「う……そ……。あなたは私の許嫁じゃないの?」
ルルディの返事に、信じられないという響きが混じっていた。
「私はマグヌスに違いありません。王の推薦で評議会の任命を受けたマッサリア五将の一人。そして王の異母弟になります」
「では、十万の軍をおいて私を助けに来たのも嘘?」
「そうです。王はまだ南征から引き上げる途中。おそらく同時に逆らった軍中のアルペドン派と戦っておられるはず」
「では、あなたは王弟殿下になられるの?」
「いえ、私は臣籍に身を置いております。ただマグヌスとお呼びください。いろいろ……いろいろありましてねぇ」
ふいと横を向いて、妙に寂しそうな顔をした。
「王とは双子ほど似ていると、小さいころから言われてきたのですよ。それで、時々王の身代わりを務めます」
「騙されましたわ。私も、叔父のケパロスも……」
ルルディは潔く認めた。
マグヌスはすまない気持ちで、いっそう身を低くかがめる。
「姫、失礼ながら歩けますか?」
「えぇ」
と、答えはしたものの、立つのがやっとでほとんど歩けない。
やはり、一晩ロバの背に揺られた疲労は大きいとマグヌスは確認した。
「わかりました。大丈夫です。ここで、本隊を待ちましょう」
マグヌスは立ち上がって天幕の奥をのぞいた。
「私は少しやることがあるので失礼します。お休みください。ご用があればそちらの兵が申し受けます」
マグヌスは、垂れ幕を跳ね上げて奥に入った。
隊長の寝所に身を隠して、マグヌスはあえぐようにゆっくりと大きく息をする。
ルークに打たれた脇がひどく痛んでいた。
(すぐに馬に乗るなんて無茶をするから)
一人で苦笑しながら、隊長の寝台から敷布をはがし、短剣で割いて細長い布を何枚も作った。
それから、誰も見ていないことを確かめて、そっと、上衣を、それから鎖帷子、最後に肌着を脱いだ。
その胸に、痛々しい烙印が刻まれていた。死刑囚を意味する二つの十字……。
彼はその火傷の跡を左手で触れた。
なにかの間違いで、消えてくれてはいないかと確かめるように。
「そんな訳はないか……」
いまいましげにつぶやく。
生きている限り負わねばならぬこの烙印。
脇の痛みをこらえながら、きつく布を身体に巻く……固定すれば少しは楽になることは兵士ならだれでも知っている。
巻き終わると素早く身支度を整える。
忘れられない言葉が耳の奥に蘇った。
「──これで、王と間違える者はおらんだろう」
烙印を押される苦痛で気絶する間際、響いた哄笑。
あの日、すべてが変わった。
二人の王子とともに国を治めていた王妃に対する謀反、そして、粛清……。
「愚か者ども! お前たちには永遠に真の王を選べぬ!」
王妃は呪いの言葉を吐き、その言葉は黄色いオオカミと化して弑逆者たちを襲ったといわれる。
今もマグヌスの前に幻影としてあらわれ、呪詛の言葉を口にした。
「臣籍の身か……。その傷を負ってまで偽の王に尽くすのか……」
「違う。お前はどちらが王でも構わないのだ。お前自身の権力、それを奪われたことに我慢がならないのだ」
オオカミは引き裂かれるような笑いを洩らした。
「図星なんだろう、義母上」
半ば開いた口から、舌を垂らし、オオカミはなおも笑った。
「消えろ。永遠に」
マグヌスは我知らず、大声を上げた。
寝所の入り口の幕が開き、兵士が心配そうに顔を出した。
「マグヌス様、何かありましたか?」
「いや、大事ない。そちらこそ何かあったか?」
マグヌスは、普段通りの柔和な表情を浮かべていた。
「昼食の準備ができております。姫様はマグヌス様には心を開いていらっしゃるご様子。お二人で召し上がってください」
「それはありがたい」
マグヌスは、隊長の幕屋の、ルルディがへたり込んでいる床几の前に戻った。
「用は済んだの?」
「はい、おかげさまで」
ルルディの前にあぐらをかく。
「失礼します。お食事を一緒に摂らせていただきます」
「殿方と一緒に?」
「何でしたらヒンハンも呼びましょうか?」
ルルディは、笑い出した。
「それは無理よ」
「では、人間同士として」
「……戦場ですし、そんなこともあるでしょう」
「ありがたく」
すかさず兵士が大きな皿を二つ運んできた。
それぞれに、薄く焼いたパン生地を四つに畳んだもの、硬そうなチーズ、タマネギ、サクランボがいくつか。
「暖かいものもございます」
深い器には、干魚をちぎって豆と煮込んだスープ。
「お昼にしては多いわね」
「身体を動かす兵士たちが必要とするのと同じ食事ですから。食べられるだけ食べてください」
ルルディはチーズをかじった。
うなずいてもう一口。
マグヌスも食べたがかなりしょっぱい。
「……塩は大切」
塩屋のことを思い出しながら、パンも手に取ってみた。パサパサである。
ルルディにパンとスープを交互に食べるよう助言する。
そうやって食べてみるとなかなか美味しい。
「タマネギは食べると臭うので残してください。兵士は精がつくと喜びますが」
「分かったわ」
ルルディは、パンとスープを半分、やっと食べてサクランボにうつる。
「メイのお城にもサクランボがあったのに」
「取り返しましょう。そして、お腹いっぱいサクランボを召し上がってください」
マグヌスは励ました。
「ええ、約束よ」
護衛の兵士が声をかけた。
「間もなく本隊が来ます。ご準備を」
「ご苦労」
と言って、マグヌスは美味しそうにスープを飲み干した。




