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第五章 76.三段櫂船

 三段櫂船(トリエレス)とは、櫂を握る漕手を上中下三段に配置した巨大なガレー船を指す。

 船の長さは五十櫂船とさほど変わらぬものの漕ぎ手はおよそ百五十人、三倍の漕ぎ手が出す速力と船首の衝角(ラム)の破壊力は、五十櫂船とは比べ物にならない。

 二枚の帆を備えているがあくまで補助。戦闘時にはたたまれるか、帆柱ごと外される。


 ルテシア中からかき集められた船大工が、必死に三段櫂船を建造する様子を、マッサリア王エウゲネスは興味深く見守った。


 船の芯となる竜骨と肋材は強靭な(オーク)、それ以外は軽く柔らかい松や(もみ)

 船首と船尾は優雅な曲線を描いて上方に伸びているが、これは浜に乗り上げて停船するためのもの。


 舵は船尾の左右に一つずつ。

 甲板はいちおうあるが、船室は無い。

 そして船首に輝く青銅製の衝角(ラム)

 簡単に言えば、平らな青銅の板を重ねた構造をしており、敵船の喫水線に体当たりして船体の破壊、浸水を狙う、強力な武器である。


 エウゲネスは軽く見上げながら、船の周りを一周した。

 彼は内陸国の出身であるため、船に詳しくはない。しかし、細長いこの船は、海における剣だと思った。


 寝食する区画さえ備えず、三段櫂船は、まさに戦いに特化した船であった。


「新しい木のいい匂いだ」


 エウゲネスは後ろからついてきたメラニコスに言った。


「ルテシアの森の匂いでありましょう」

「うむ」

「春までに三十隻は完成させます。もとからあった船と合わせて五十隻」

「まあまあだな。夏までに船員の訓練を終わらせろ」

「はっ」


 議論の結果、漕手はルテシアから出し、船長クラスは小規模ながら海軍を持っているインリウム国に依頼することに決まった。

 マッサリア兵は重装歩兵として各船十人ばかり乗り込み、船同士が接舷して白兵戦になったときに備える。

 当然、ルテシア人が不穏な動きをしないように見張りも兼ねる。


「メラニコス、お前とドラゴニアに海軍は任せる。慣れぬことも多いが力を尽くしてくれ」

「かしこまりました」


 二人は、それぞれに部下を連れ、略奪を免れて格納庫に残った三段櫂船の構造を調べ上げ、頭に叩き込んだ。


 海に出る前に一度、三段櫂船に人を入れてみた。インリウム海軍からきた船長の指導を、メラニコスとドラゴニアが見学する。


 巨大な動力部となる三段の櫂は、実際に動かしてその重さを体験した。男たちがぎゅうぎゅう詰めになって一人一本の櫂を握る。


「漕ぐときには腕に頼らず、全身の力をうまく使うんだ」


 インリウムの船長が、緊張した漕ぎ手に声をかける。


「合図は笛ではなく太鼓か」


 メラニコスが興味深そうに言った。


 マッサリアの陸軍では行進のときに笛に合わせるが、船を操るにはそれ以上に規則正しく太鼓の拍子のとおりに櫂を動かし、前進、後退、左右の回転を行わねばならない。


「ちょっと貸してみろ」


 ドラゴニアが、一番上の段の漕ぎ手に代わって長い櫂を握ってみた。

 拍子に合わせて動かしてみようとするが、どうしても遅れる。


「海水を掻く時はもっと重くなります。失礼ながら、女性の力では無理かと」


 インリウムの船長がたしなめ、ドラゴニアは櫂から手を離した。


「重いな。これは大変な苦役だ」


 勝ち気なドラゴニアが、音を上げた。



 艦隊の建造には莫大な資金が必要になる。

 ゲランス鉱山からの銀だけでは足りず、エウゲネスは王妃ルルディの実家ミタール公国にも援助を求めた。

 使者に立ったのは老将ピュトンである。


「最近跳梁する海賊を一掃できるなら容易いこと」


 ルルディの父親は快く出費してくれた。



 一方、テトスとマグヌスは、海賊の根城となっている植民市を特定しようと躍起になっていた。


「もともとルテシアに同情的な植民市が四つ、いや五つか」

「それだけでなく、ルテシアの難民が建設したものが、海峡沿いに三つ。これが一番の脅威となっています」


 うなずきながら、テトスは、海図上で半島と島々で複雑に込み入った海峡を指さした。


「ここだな」

「ここを抑えられると、貨物船は島を大回りする航路を取ることになります」


 貨物船は、ガレー船と異なり、ずんぐりした船体に帆に受ける風力で進む。

 軍艦の縦横比が約二十対一であるのに対し貨物船は四対一。

「丸船」と呼ばれる由縁である。

 酒、穀物、油、アーモンドなどを壺に詰めて満載し、ゆっくりと航海する。

 一度海賊の標的となれば、なすすべもなく拿捕され、貴重品は奪われ、乗客や乗組員は奴隷として叩き売られる。


 商取引のために、海賊は陸上の拠点を必要とし、海賊行為で栄えた港はいくつもある。


「海軍はメラニコスとドラゴニアにまかせて、こちらは陸上から植民市を攻める」


 言うは易いが、植民市の多くは切り立った石灰岩の崖の奥に存在し、攻めるのは容易ではない。


「矢の雨を降らせましょう」


 と、マグヌス。


「私はいったんアルペドンに戻り、夏を待って動員をかけます。海賊の掃討は評議会も許可しています」

「今度は大丈夫だな」

「懲りましたよ」


 今は冬。

 荒々しい北風で多島海の海面は波立ち、よほどの用でない限り貨物船は航行しない。


「夏までの準備が勝負だ」


 テトスはつぶやいた。




 マグヌスは、三段櫂船の建築場に入り浸っているエウゲネス王に、アルペドンへの帰国の許可を求めた。


「運河の掘削はどうするのだ?」

「少しばかり遅れても仕方がありません。旧ルテシア人の海賊対策が急務かと」

「何人くらい動員できる?」

「最大二万」

「うむ、出発の前に連絡をよこせ」

「はい」



 マグヌスは、幕屋をたたむと帰路についた。

 あの黄色いオオカミが告げた「空の巣の蛇」は、アルペドン王宮内の異変を告げたものと彼は確信していた。


 その話をすると、テラサは、


「薬湯を変えてみましょう」


 と、言った。


「いや、あれに薬湯は効かぬ。これからは、もう飲まない」


 自分が学んだ医学ではどうしようもないものもある……テラサはそれも承知していた。


 帰途、アルペドンとの国境にかかったとき、マグヌスは従者の一人を王宮に走らせた。

 帰還を告げ、準備を促す通常の手続きだったが、彼を待っていたのは、想像以上の危機だった。



たぶん世界史の教科書かなんかで名前は知ってる三段櫂船。

現在、一隻がギリシャ海軍に現役で所属しているそうです。

見学したい〜。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「空の巣の蛇」がずっと気になっていました! マグヌスさんが留守の間にアルぺドンに何が入り込んでいるのでしょう……(;´・ω・)
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