第四章 75.五将、集結
マッサリア五将のうち四人、メラニコス、マグヌス、ドラゴニア、ピュトンは、王の間に集合していた。
王の席はまだ空白である。
「飢饉の余波はあるが、このところ周辺は落ち着いている。一体何があるというのだ?」
「わかりません。戦いをいとう冬に五将を集めるというのがそもそも異例です」
「メラニコス、マグヌス、久しぶり。新しい公領の運営はどう?」
竜将ドラゴニアの遠慮のない物言いに、二人の将軍はしゅんとした。
メラニコスは旧ルテシア領の荒廃ぶりを、マグヌスはいっこうに解決の見込みのない家庭生活を思い出していた。
「そういうドラゴニア、あなたはどうです?」
「安泰よ。第一、父がしっかり運営しているので」
ドラゴニアはちょっと気の毒そうな顔をして、
「マグヌス、あなたが受け継ぐはずだった私領を王から頂いたわ。ごめんなさい」
これは、もともとマグヌスの母ラウラの遺領で、彼が追放された際に没収されたもの。
「気にしていませんよ。もう諦めています」
個人が所有する私領と、評議会の決定を受けて預かる公領には違いがある。
前者は売買や相続の対象になり、領民の扱いも主人の一存で決まる私領である。
対して後者は、広大ではあるが王や評議会の干渉を受け、権限も制約されるうえに、善政を敷かねば領民に告発される。
マグヌスは後者の意味でアルペドンという公領を預かったが、亡き母から受け継ぐはずだった私領は依然として奪われたままである。
また、平時ならば執政官が任命されるところ、将軍が公領の経営を任されるということが、軍事国家マッサリアの異常なところであった。
「ピュトンの銀山経営は順調なようですね」
老将ピュトンは皮肉な声音で、
「マグヌスめが鉱山奴隷を優遇する条件を出してから、費用がかさんでかなわぬ」
「ああでも言わなければ、反乱はおさまらなかったでしょう?」
「うるさいわ」
四人がそれぞれに情報交換していると、控えの間からマッサリア王エウゲネスが姿を現した。すぐ後に智将テトスが続く。
「待たせたな」
四人は王の言葉を聞き漏らすまいと王座の近くに寄った。
「メラニコス、まず、お前の失敗を咎めねばならない」
「は……」
「ルテシアの港に停泊していた船が、半数以上反徒に奪われた」
ルテシアには旧西帝国最大の良港リマーニがある。
「旧ルテシアの流れを汲む反徒どもは、その船を利用して、南の大陸からの輸入を妨害している」
「申し訳ありません。港を占領したとき、焼いていれば……」
「焼くなと命じたのは私だ。メラニコス、奪われないように警戒はできなかったのか」
「は……」
マッサリアはもともと内陸の国である。
海を知らずに育ち、旧ルテシア領での失政を回復するのに追われていたメラニコスが、港や船にまで気が回らなったのはやむを得ない。
しかし、ルテシアを滅ぼし、良港リマーニを手にした以上、マッサリア王国として海上交易に無関心ではいられない。
「次の夏、我が物顔で海を行き来している海賊どもを殲滅する。もちろん、海賊どもが根城にしている植民市も叩き潰す」
王の宣言におぉ、と小さな声が上がった。
「海陸両方からの戦いになる。心して掛かれ」
テトスが言葉を補った。
「軍艦はどうするのですか?」
マグヌスが尋ねた。
「いくらかはリマーニに残っている。それ以外は夏までに建造し、マッサリアの海軍を養成する」
しん、と静まった。
「無理だと思うか?」
「もう少し時間が……」
マグヌスが、考えながら言った。
「主力は三段櫂船と五十櫂船になりますか?」
「三段櫂船だ」
テトスが王の代わりに答える。
「材木はルテシアの森を利用するとして、船大工は?」
「俺が責任を持って集める」
名誉挽回の機会とばかり、メラニコスが断言した。
「漕手は?」
「貧しい市民どもと戦争捕虜たちと半々」
「……軋轢が心配ですね。陸の軍にも奴隷はいない」
「戦争捕虜たちの中から市民権を欲する者を募集してはどうだ? 志願すれば解放してやる」
テトスが答える。
「いい考えかもしれません」
議論は昼食を挟み、夕方まで続いた。
冬の海は曇り空を映したかのように鉛色だった。
珍しく北風が凪いだ午後、細長い五十櫂船が滑るように小さな港から漕ぎ出した。
五十とは櫂の数、すなわち漕手の数を指す。
帆はあくまで補助的、推進力のほとんどは漕手の力による。
喫水は浅く、やや不安定、船首には青銅の衝角を備え、いざ戦いという時には敵の船の横腹に衝突させて戦闘能力を奪う。
船首の脇には大きく目の模様が描かれていた。
冬は海が荒れることが多く、海上輸送には適さない。
「やはり、獲物は無さそうだ」
綱を握り、船首に立つ男が言った。
「今のお仕事は伝令ですよ」
鈴を振るような美しい声が、殺気立つ男を止めた。
「わかっております。マッサリアもいつまでもやられっぱなしではない。連中が海に乗り出す前に、南の大陸まで広がるこの多島海の支配を固めてしまう……そういうお考えですね」
「そうです」
みぞれを含んだ風が吹き付け始めた。
「我らの植民市が三つ、以前からの同盟市も五つ、連絡を密にして、マッサリアの動きに備えると」
「そうです。言うのは簡単ですが、実際には難しい」
「それで、ご自身でお運びを……」
「はい。私で役に立つならば」
毅然とした声の主は、若い女性だった。
「マッサリアの横暴を陸上に留めておかなければ」
「聡明なあなた様の仰せに従います」
女性は風に乱れる髪をかき上げた。
「お祖父様、海はマッサリアの自由にはさせませんわ」
銀色の髪が踊った。
「いつでもご命令を。ソフィア様」
筋骨たくましい男が、ほっそりとした女性に礼を取った。
ルテシアの生き残り、ソフィアの再登場で第4章は幕となります。
多島海を舞台とする海上の決戦は、どうぞ次章で!
木曜夜8時ちょい前にお待ちしております。




