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第四章 70.来訪者

 アルペドンの王宮内がいろいろともめているなか、宰相ゴルギアスは珍客を迎え入れた。


 彼の名はオレイカルコス。

 先の戦いで、アルペドン王国と姻戚関係にありながらマッサリア王国側についたインリウムの王子である。


 インリウム国の支配者シデロスは、議会を解散させて強引に王位についたので「僭主(正統ではない支配者)」と呼ばれていた。


 インリウムの飛び地となるアルペドンの穀倉地帯の視察と、マグヌスが行っている大規模な工事の見学に訪れたとのことで、年の頃は十五か六、短く刈った黒髪に黒目の青年である。


 シデロスの子ということは、長女フレイアがインリウムに嫁いでいるため、次女マルガリタにとって甥にあたる。


 ゴルギアスはさっそくマグヌスに紹介した。

 オレイカルコスはマグヌスに丁寧に礼をした。


「戦後の復興を成功させたマグヌス様の手腕を学びたいと思います」

「それは、インリウムのご家族も、マッサリアのエウゲネス王もご存知のことでしょうか?」

「もちろんです」

「評価してくださるのはありがたいが、今は秋。運河の掘削は終わっていますが……」

「ルテシアとの違いを良く学べと父から言われております」


 マグヌスの顔が曇った。


「ルテシアは……申し訳ない、隣国なのに気にかけている余裕がありませんでした」

「失礼ながら、メラニコス将軍の圧政によって、市民は土地を捨てて離散、穀物の収穫も十分ではないと」

「そんなことに」


 生来残忍な黒将メラニコスならやりかねない失政だ。


「アルペドンの飛び地の経営を父に委ねられました。頑張ります」


 オレイカルコスの若く明るい声が響く。

 彼は大任に張り切っている。


「ところで、どこに滞在される予定ですか」

「オレイカルコス様にはこの王宮に住んでいただいてはどうかと」


 横からゴルギアスが口をはさんだ。


「ここなら生活に不自由はありませんし、何よりマルガリタ様が血縁ある貴人を歓迎なさっています」

「マルガリタが?」

「はい。先ほどからお会いしたいと矢の催促で」


 マグヌスは、一度に家族を失ったマルガリタの心中に思いを馳せた。


「わかった。あなたさえ良ければここに滞在してください」

「お側で政務を学ばせていただきます」

「いや、それならゴルギアスに付いたほうが良いかと。私は何もしていない」


 マグヌスは率直に言ったが、謙遜ではなく嘘偽りのない気持ちだった。


 大方針はマグヌスが立て、実務はゴルギアスと補佐官ヒッポリデスが行う……その形でアルペドンは新たな道を進み始めていた。


「マグヌス様は剣の腕も一流とか。そのうち手合わせ願います」

「いや、そういっぺんに言われても困ります。まずは長旅の疲れをお取りください」


 ゴルギアスがいそいそと王子の手を取った。


「お疲れでしょうが、マルガリタ様が祝宴の準備をしてお待ちです。どうぞ」


 王子は怪訝な顔をした。


「祝宴の主はマグヌス様ではないのですか?」

「……」


 夫婦の不仲がこんなところで顔を出す。


「私は遠慮します。アルペドンの血を引く者同士、親しく話したいこともあるだろうから」

「ご配慮、感謝します」


 マグヌスの心を知らないゴルギアスにとっては都合よく邪魔者を排したことになる。

 マグヌスはオレイカルコスたちを見送り、執務室にしている王の間の脇の部屋に戻った。


 あの、さんざんな初夜の次の日、何も知らないで祝賀に訪れた有力者の発言を侍女テラサが書き取った書類の束を広げる。


 インリウムの飛び地となった穀倉地帯から来たのは五人、口をそろえて将来への不安を語っていた。


「ルークを呼んでくれ」


 アルペドン領内を気ままに旅した彼の情報は貴重だ。

 ルークは不承不承といった面持ちでやってきた。


「地面をほじくり返したと思ったら、次は何だ?」

「だから、私の評判は悪くなると言ったんだ。当たっただろう」


 マグヌスは気にせず笑った。

 

「何が聞きたい?」

「インリウムの飛び地だ」

「あぁ。あそこはダメだ。種もみを食い尽くして撒く種に困り、今年も不作だ」


 ニヤッと笑って、


「いっそマグヌス様の統治下に入りたいと言った奴がいるよ」

面映(おもはゆ)いな」

「なんで急に気になったんだ?」

「インリウムから、飛び地を治めるために僭主の息子が派遣されて来たんだ」

「ほおう」

「飛び地でそんな不穏な動きがあるなら、不思議はないかな……」


 ルークは、旅の道すがら見た光景を思い返した。

 アルペドン最大の穀倉地帯と呼ばれていた沃土にわずかな実りしかなく、逆に王都周辺の麦畑がずしりとした穂を垂れていた光景を……。


「豊穣の女神の悪戯かもしれんが、それより、お前が頑張った成果だな。前も言ったが自信を持て」

「できるだけのことはした……それだけのこと」


 テラサの書類を(もてあそ)びながら、マグヌスは照れた。


「同じ人として、飢餓に苦しむ姿はみていられなかった」


 人とはなにか……。

 若くして横死したアルペドンのキュロス王子は奴隷を「せめて人として扱ってほしい」と懇願した。


 奴隷は人ではなく物言う道具。

 そして、国が違えば、民族が違えば、同じ人ではない……。


 しかし、マグヌスは旧敵国であるアルペドンの民を飢餓から救うために奔走し、繁栄のために治水にも取り組んでいる。


 勝者が敗者を対等に扱うのは、これまでにない画期的なことである。結果としてインリウムから注目されるほどに、この地の復興は目覚ましい。



 ところが……。

 ピュルテス河の治水工事に軍を動員したのが、本国マッサリア王国で問題にされているという知らせが届いた。

 本国の許しもなく軍を動かすとは何事かと……。


 マグヌスはマッサリアに呼び戻され、釈明の必要に迫られた。



一見無垢に見える来訪者がマルガリタと急接近。彼女の思惑は。そして宰相ゴルギアスの慢心。マグヌスの本国召喚。

不吉な予感ばかりを残して第70話は終わります


次回をどうかお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 治水工事でも軍を動かしたらダメなんですね……せっかくマッサリアに戻るのだから、この機会にエウゲネスさんに「マルガリタさんと上手くいってない、離婚したい」旨を説明するといいのかな(;´・ω・…
[良い点] “人を人としてみる”マグヌスの基本がこの言葉にあると感じ入っています。彼のこの信念が治水を行い、飢餓対策にも効果が出たのでしょう。彼自ら工事に足繁く通う内にアルぺドンの人々に共感をもたらし…
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