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第四章 66.ライ麦のパンと大麦の粥

「汚らわしい」


 マルガリタの言動はマグヌスの心をえぐった。


 翌日、詳細を知らない祝賀の客が次々と訪れる。

 彼は上の空で対応していた。

 テラサがため息を一つ落とし、どの有力者が何を話したかを物陰で記録する。


 最後に最も会いたくない人物が訪れた。

 宰相ゴルギアスである。

 彼はすでにマルガリタの侍女たちからマグヌスの胸の烙印のことを聞き取っていた。

 旧アルペドン王国王女マルガリタとマッサリア王国の代官マグヌスが結ばれなかったことも。


「マグヌス様、その、胸の傷のことは……」

「ああ、私が十二歳で追放されたときのものだ」


 マグヌスはイライラと返事をする。


「では、夜は……」

「うるさい! 精鋭の兵を二十人集めろ」

「は?」

「山賊退治に出る」


 マグヌスはこの問題から逃げ出した。


(やはり、烙印でけがれた身なのだな)


 ゴルギアスの心にマグヌスを侮る気持ちが小さくが芽生えた。


 それにも気付かず、マグヌスは黙って書付けを渡すテラサに、


「お前がマルガリタの世話役を辞退したのは正しかったよ」


 と、吐露した。

 そして振り切るように、


「山賊を一掃してくる。無事を祈ってくれ」

「はい。勝利を祈っております」


 テラサの言葉に送られ、マグヌスはゴルギアスが準備した部下二十人を連れて、シュルジル峠に向かった。


 例によって軽装でロバのヒンハンに乗っている。

 部下は皆徒歩で、マントを羽織り、弓を布やむしろで隠し持つ。かさばる盾と矢を荷物に偽装して荷駄隊のロバの背に乗せる。


 食料は少量の固く焼いたパンと(かゆ)にする大麦。


「戦場で粥をすするようになったらお終いだ」


 十日の道のりの間、部下は口々に文句を言った。


「まぁそう言うな。来年こそ美味いパンを食べ放題にしてやる」


 


 山賊は、シュルジル峠が開かれてから張梁(ちょうりょう)するようになった。

 豊かな時代ならば、金目の物を持っていそうな者だけを襲うが、食糧難の今、見境なく旅人を襲って食糧ごと身ぐるみ奪うようになっていた。


 輸送隊に偽装した二十人の兵がシュルジル峠に差し掛かる頃、山賊は襲ってきた。

 石を紐で繋いだ安物の武器をロバの脚めがけて投げ、絡ませて文字通り足止めする。


 矢が降ってきたが、こちらの装甲を射抜く威力は無い。


「かかったぞ!」


 荷駄のロバの荷を開き、盾と大量の矢を取り出す。


 山賊は峠の両側から攻撃してくる。


 しかし、一度ここを戦場としたマグヌスは地形を熟知していた。


「よく見ろ。敵は灌木に隠れているだけだ。冷静になってこちらの弓で射抜け」


 盾の影に身を隠し、はるかに強い正規軍の弓で狙い撃ちにしていく。


 弓の強さで勝てないと悟ると、山賊は奇声を上げて斜面を駆け下りてくる。

 マグヌスの部下はこれにも矢を浴びせた。

 山賊たちの予想を上回る矢の量が功を奏した。


 峠道までたどりついたのはわずか。


 無謀にもマグヌスに斬りかかったのを、一刀のもとに両断する。


「このまま戦えばお前たちは全滅するぞ。それでも良いならかかってこい」


 マグヌスが叫んだ。


 ピイィーと鋭い指笛の音がして山賊は一斉に引く。


「あれです!」


 すかさず、部下のヨハネスが、崖の上にすっくと立って指笛を鳴らしている男を指した。


「あれを狙え! ただし殺すな!」


 放たれた矢は男の腿に刺さった。


「親分!」


 肩を貸して逃がそうとする配下の尻にも矢が刺さった。

 二人とも崖下へ転落する。


「捕らえろ!」


 二人へと軍隊が殺到した。


 矢傷の上存分に殴られて、マグヌスの前に据えられた二人。

 逃げる力もないから縛ってもいない。


 マグヌスは二人の前にしゃがみこんで尋ねた。


「なぜ旅人や荷を襲う?」

「俺たちの取り分だからだ」

「どういうことだ?」


 しばし沈黙。


「お前は誰だ?」

「私はマッサリアから派遣されたアルペドンの代官。名はラウラの子マグヌスという。お前は?」

「げ、本物が出張ってきたのかよ……俺は、レステス。こいつらの頭だ」


 彼はむしろ誇らしげに顔を上げ、


「祖霊神を信仰する俺たちはグーダート神国から追放された一族、国の果のこの地に住めと言われた」

「そうか」


 食い詰め者の烏合の衆と考えていたマグヌスは意外に思った。

 あわよくばこれ以上の被害を避けることができる。


 レステスは、地面の上に座りなおして言葉を続けた。


「崖の上に俺のズタ袋がある。取って来れば説明してやるよ」


 部下がよじ登り汚い麻袋を取ってきた。

 

 レステスは中を探る。


「これが俺たちの上等なパンだ」


 黒く重い塊を短剣で薄く切る。


「黒パンさ」


 差しだされたパンを受け取り、マグヌスは口に運んだ。

 まず酸っぱい。

 そして、ざらざらした不快な食感。


「お前たちの食べているパンと違って、ライ麦から作る」


 寒さや荒れ地にも負けず育つライ麦は、高地に適する。

 山賊たちは峠を通る者を襲う以外に麦も作っているらしい。妻子の役割でもあるのだろうか。


「俺たちをこんなところに追いやって、あいつらはうまいパンを食ってやがる」

「そうか。我々が食っているものがうらやましいか?」


 マグヌスは部下に合図した。


「大麦を持ってこい。かまどの用意をしろ」


 レステスたちの目の前で大麦の粥をつくった。


「食ってみろ。今、アルペドンの王都の連中の多くはこれで腹を満たしている。腹は膨らむが減るのも早い」


 水っぽい粥が器に注がれた。

 一気にすすり、腹がタプタプになってげっぷする二人。

 顔を見合わせ、マグヌスの真意を探ろうとする。


「どちらが貧しいかを競っていても始まらない。お前たちが豊かな小麦をつくれる土地をアルペドンに提供すると言ったらどうだ? ここから立ち退いてくれるか?」


「そんな夢のような話、信じられるか」


 疑り深い目。


「ただ時間がかかる。待ってくれ」

「待つ間の食糧を準備してくれるのか?」

「良いだろう。ここに関所を設け、税として荷物の二十分の一をとり、それをお前たちに譲る。だから、旅人たちを襲うな」


 レステスたちは返事をしなかった。

 弾圧され、幾度も裏切られている彼らは、簡単には人を信じない。


「土地の準備ができたら必ず呼ぶ。それまでおとなしくしていろ。言うことを聞かなければ今度は根絶やしにするぞ」


 正規軍の圧倒的な力を見せつけられているレステスたちはやっと承知し、解放された。


「あれでいいんで?」


 ヨハネスが心配顔で訊いた。


「さあな。ダメなら、今度は十倍の人数を動員するまでだ」


 マグヌスは、ゴルギアスの前とは別人のように自信を見せてうなずいた。

山賊たちに土地を与えると約束しましたが、そのあては?

来週も木曜日夜8時ちょい前をお楽しみに!

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