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第四章 61.投げ与えられた花嫁

新章に入ります。

マグヌス自身予想もしなかった運命の転換をお楽しみください。

 アルペドン王は倒れたが、戦いはまだ散発的に続いていた。

 

 女将軍、竜将ドラゴニアは、王都の裏門が閉ざされたため、長い梯子(はしご)を何本もかけさせ、城壁を乗り越えた。


 城壁の上からは、黒将メラニコスの軍が王宮目指して進んでいるのが見えた。


 その反対からは、マッサリア王エウゲネスと智将テトスの軍。


 いずれも大きな抵抗を受けている様子は無い。


「チッ、出遅れたな」


 梯子を城壁の内側に下ろしている時、彼女は危険なものに気付いた。


(祖霊神の神殿にアルペドン兵が立てこもっている)


 主力と勘違いした彼女はもどかしがって梯子を途中から飛び降り、王に伝令を走らせた。


「兵たちはまだ健在だぞ。祖霊神の神殿にいる」


 地下道から這い出し、まぶしそうに目を細めているマグヌスにも、ドラゴニアは早口で告げた。


 マグヌスの部下は、もう二百人ほどしかいない。


「テトスが投降を呼びかけるでしょう。任せては」

「ええい、(わたくし)は出遅れて地団駄踏んでいるのに、なんだ、その呑気さは!」


 ドラゴニアは急いでメラニコスの軍の後を追い、王宮で合流した。


「来たな、ドラゴニア」


 エウゲネス王が声をかける。


「はッ、壁越えに時間を取られまして」

「こちらはもう良い。アレイオは我が手で討ち取った」

「第一王子エウロストスは?」

「父王に謀反の疑いをかけられ、牢の中で死んだそうだ」


 チラリとドラゴニアに同情の色が見えた。


「では、神殿にいるのは雑兵の群れ?」

「おそらく。テトスと向かってくれ」

「はい」


 ドラゴニアとテトスの軍は、王宮から遠くない祖霊神の神殿に向かった。

 神殿の敷地は聖域であり、殺生は禁じられている。


 なるほど神殿には、多数のアルペドン兵がいた。

 傾きかけた日を背景にこちらに槍を向けている。


 テトスはまず説得を試みた。


「アレイオ王は決闘の末、亡くなられた。これ以上の戦いは無用。投降されよ」

「ここにはアルペドンと旧ゲランスの王族の女性たちがいるのみ。我々は彼女らを守る義務がある」

「命は保証しよう。女性たちを差し出せ」

「王妃はおっしゃっている。捕虜(どれい)となって生き延びるよりは死を選ぶ、と」


 テトスは決断した。


「武装して立てこもっている以上、もはや聖域ではない。敵を排除せよ。ただ、できるだけ殺すな」


 希望のない戦闘が始まる。

 

 テトスとドラゴニアの戦いぶりを王宮から眺めていたエウゲネス王はあることを思いついて、「そうだ」と一言つぶやき神殿へと馬を進めた。


 


 一方、マグヌスは裏門を修理して開けるという地味な作業に没頭していた。


 希望する部下のみ、ドラゴニアの指揮のもと神殿の制圧に回らせた。


 新しい綱を付け、滑車を通して巻き上げ機につなぐ。

 吊り戸を引き上げ、封鎖されていた扉を開ける。


 城門が完全に開かれると、ふわりと夕暮れの風が吹き込んできた。


(長かった……。これで旧帝国の西半分は統一され、安定する)


 安堵すると立っているのも辛かった。

 彼は手頃な瓦礫(がれき)に腰を下ろして、これからのことを考えた。


 まさか、すぐに東の帝国に喧嘩をふっかけたり、第二次南征を行うことはあるまい。


 義兄王エウゲネスのために尽力しても異母弟として受け継げるはずだった所領は返してもらえそうにもない。


 それに、アルペドン王国が倒れた今、自分は当分御役ごめんだ。


 また南国のナイロに帰るのもいいだろうし、親友ルークと気ままな放浪の旅をするのもいい。異国の文化はルルディ妃のことを一時的にでも忘れさせてくれるだろう。

 

 マッサリアにとどまるなら、王に願い出て、皆に醜いと言われているテラサと結婚するのもいい。

 聡明な彼女なら生涯の伴侶にふさわしい。何よりテラサはマグヌスのルルディ妃への想いを見抜いている。


(王が落ち着かれてからだな)


 アルペドンほどの大国を落としたのだ。

 戦後処理の大変さは想像がつく。


 生き残った旧臣のうち、協力的な者を集め、統治機構を再編成する。


 アルペドン王国は王の独裁制だったので、代わりに立つ者を選ぶ必要もある。

 とりあえず、智将テトスあたりが適任か。


(しばらく酒も飲めなくなるな)


 これまで助け舟を出してくれていたテトス抜きでの、ドラゴニア主催の宴会を想像して、マグヌスはゾッとした。


 マグヌスは遠くに戦いの物音を聞きながら、とりとめのない物思いにふけっていた。


 どれほど経っただろう。

 物音は止んだ。

 薄闇があたりを包み、低い空に三日月と明るい星が輝いていた。


「マグヌス! マグヌスはいないか?」


 エウゲネス王の声がした。


「ここです」 


 重い足を引きずって王の前に出る。


 エウゲネス王は、がっしりした鹿毛の馬に乗り、鞍前に何やらきらびやかに着飾った女性を抱えていた。


 結った髪が崩れ風になびく。


 両腕は力無くだらんと垂れていた。


「弟よ、お前を赦す」


 王は宣言した。


「もともとお前がルテシア王国の待ち伏せから逃れて事実を伝えてくれなければ、この勝利は無かった。お前にアルペドン王国の第二王女マルガリタを与える。妻とせよ。そして新たにアルペドン王を名乗るがよい」


 ドサッと女性を馬上から投げ落とす。


 マグヌスはあわてて抱き起こした。気絶している。

 整った顔立ちに、黒髪がかかる。

 マグヌスよりやや年上に思えたが、美しい女性だった。


「王よ、あまりに突然……」


 エウゲネスは大笑した。


「幸運とは突然に訪れるもの。大切にしろ」


 エウゲネス王は、笑いながら馬を返すと闇の中へ去っていった。


 マグヌスは事態が飲み込めず、投げ与えられた女性を抱き起こしたまま、しばらく呆然としていた。


マグヌスは思いがけない形で初めて領土を得ました。しかし、本国にも周辺国にも一筋縄ではいかない勢力が……。


来週夜8時ちょい前の更新をお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読書配信へのご応募ありがとうございます! ずっと悲願だった自分の領地を手に入れることができて、マグヌスさんおめでとう!!٩(*'▽'*)۶ ゲランスをピュトンにとられた時はすごく悔しかった…
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