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第三章 60.決戦の刻

 春を迎えても、王都攻略戦は続いていた。

 マッサリア側が優位とはいえ、堅固な壁に守られた王都を落とすには人数が足りない。


 ただ、第二王子アステラスを失ってから、アルペドン側の士気は目に見えて下がった。


 王都の中では食糧が行き渡らず、貧しい者たちの間には不潔な食糧や水を口にすることによる疫病の兆しさえ見えていた。


 手入れされないままの果樹の花が郊外を美しく染めるのと対称的である。


 マッサリア王国軍は表と裏の王都の門付近を重点的に破城槌で攻めていた。


「よくまあ()りずに同じ所を攻めるものよ」


 アルペドン王国側は嘲笑したが、マッサリア軍の真の目的には気づいていなかった。


 彼らは王都の門のすぐ脇に地下道を掘っていたのである。(れき)が多く掘るには難儀する土壌を、長い時間をかけて()むことなく掘り続けていたのだ。

 

 破城槌の発する不気味な音は王都の民を精神的に参らせ、かつ、視界をさえぎるための偽装──。


 それがわかったのは、真昼、突然表門近くの王都の街路が崩れ、大穴が開いてからだった。

 湧くようにマッサリア兵が現れる。


「制圧しろ!」


 表門の側の先陣を切った老将ピュトンが命じた。

 不意を突かれた守備兵がバタバタ倒れる。


「開門し、王をお通しせよ」


 堅固な二重構造の門を塞いでいた重い吊り戸がゆっくり上がり、続いて扉も開いた。


「ピュトン、ご苦労」


 真紅のマントを羽織ったエウゲネス王が万を超える軍勢を率い、鹿毛の馬に乗って開け放たれた門の正面で待ち構えていた。

 足元には、王都への侵入を阻止しようとしていたアルペドン兵の死体が虚しく横たわっている。


「はっ! 王宮への道、私が先に立って切り開いてご覧にいれます」

「無理をするなよ」


 エウゲネス王は白い歯を見せて笑った。


 


 ほぼ同時刻。

 裏門近くの民家が地下に飲み込まれるように崩れた。

 マッサリア軍はこちらからも同じように地下道を掘り進めていたのだ。


「略奪を許す。思う存分暴れろ!」


 崩れた民家の瓦礫(がれき)の中から、ホコリだらけのメラニコスに率いられた一軍が姿を現した。


「おっ、その前に門を開かねばならないな」


 門の外から激しい戦いの雄叫びが聞こえる。

 ドラゴニアが城門が開くのを待っているのだ。


「門にかかれ!」


 メラニコスは短めの槍と盾を手に先頭に立った。

 背後を突かれた形となった守備兵は、顔を引きつらせながら応戦する。


「無駄だ。投降して捕虜(どれい)となれ!」


 メラニコスが嘲った。


 二度、三度と槍を交わす。

 槍が長い分敵兵には有利だが、メラニコスは懐に入り込み、敵兵の首を狙う。


 その時、矢がメラニコスの(もも)を射た。


「飛び道具とは卑怯……」


 彼は槍を杖に立ち続けようとしたが、次の矢が黒い鎧の胸を打った。

 勢いを取り戻した敵兵が槍を繰り出すのをかろうじてはねのける。


「弓兵がいるぞ! 気を付けろ」


 彼は片膝立ちになって警告した。


「将軍!」


 部下が厚い盾の防壁を築く。


「大丈夫だ。それより、門を開けろ!」


 次々と地下道から現れるマッサリア兵が抵抗を排除して、二重構造になっている門の、内側にある落とし戸を引き上げる機械に取り付く。


「扉は開けさせない!」


 と、叫んだアルペドン兵が落とし戸の綱を断ち切ったことで、分厚い戸が地響きを立てて落下し、門扉はその向こうに見えなくなった。


「ドラゴニア! いったん引け! この門は開かない!」


 メラニコスが叫ぶ。

 返事は聞き取れない。


「俺はここへ置いて、王宮へ! 王宮へ急げ!」


 メラニコスの下知に、王都攻略のために通した地下道を抜けた完全武装のマッサリア兵は、街路を埋めて王宮へと殺到した。


 東を向き、ほぼ長方形、中央を中庭にくり抜いた形の王宮には、もともと防護壁がなかった。

 籠城中に急ごしらえの壁を作ったが、大掛かりなものではない。

 

 それでもアルペドン兵は、防壁に寄り、マッサリア軍を撃退しようと試みた。


 鉱山労働を強いられているゲランスの捕虜(どれい)の運命を、アルペドン兵はよく知っていた。

 戦って死ぬか、鉱山の毒に侵されて死ぬか……。


「抵抗を止めろ! お前たちは捕虜にするが鉱山奴隷にはしない!」


 エウゲネス王に引き続いて王都に入った智将テトスが触れて回った。


「武器を置け、命は助ける。メラニコス、略奪も禁止だ」


 盾の上に載せられて前線に運ばれていたメラニコスは、明らかに不満そうな顔をした。


「アルペドン王国の富は平原から得られる穀物。その働き手を奪ってどうする」

「しかし……」

「これは王の意志でもある」

「──わかった」


 テトスの言葉に、一般の兵は次々と投降した。

 もはや、戦っているのは親衛隊とでも呼ぶ者たちだけだった。


 一人減り、二人減り、王宮の守備は見る見る手薄になった。



 金銀で飾られた豪華な王宮。

 マッサリア軍はそれには目もくれず突入した。


 中央部──王の間で、アレイオ王は彼らを待っていた。

 二十人余りの精鋭兵を従え、宝剣を手に玉座についている。


「アレイオ王、覚悟!」


 勇敢な歩兵が斬りこんだが、たちまち精鋭兵によって返り討ちに合う。

 しかし数に勝るマッサリア兵たちは王の首を前に攻撃の手を止めない。

 アレイオを守る兵は、あるいは倒れ、あるいは傷付き、戦力とはならなくなった。 


「エウゲネス! お前が来い!」


 アレイオが叫ぶ。

 突風に青い麦があおられるように、兵士たちが道を開けた。

 きらびやかな鎧に身を包んだ若者が現れる。


「私がマッサリア王エウゲネスだ。一騎打ちを望むとは殊勝(しゅしょう)。相手になってやる、ご老体」


 最後の一言がアレイオの怒りに火をつけた。


「母殺しが何を言う!」

「ご自慢の息子たちはどこだ?」

「第一王子エウロストスは入牢の(はずかし)めに耐えきれず自害した。謀反など企ておって……。第二王子アステラスはお前たちが殺した。第三王子キュロスも死んだ。あの子もお前たちが殺したようなものだ。皆、死んだわ……この気持ち、子を持たぬお前にわかろうはずがない」


 エウゲネスは嘲笑した。


「私にも子はいる。祖霊神の恵みにより珠のような王子が生まれたばかりだ」

「なにっ!」


 立ち上がりかけて、ガクリと膝が崩れる。


「神々はアルペドンを見捨て給うた。この先、何の楽しみがあろう。せめてお前をあの世の道連れにしてやる」


 再び立ち直り、宝剣を抜き放つ。

 最後の気力を振り絞り、


「来い!」

「おう!」


 二人の王が剣を交える。

 アレイオは老練な剣士であった。

 だが、勢いに乗ったエウゲネス王の鋭い攻撃の前に防戦一方となる。


「王よ、私が!」

 

 足元がふらついたのを見て、生き残っていた精鋭兵が割って入る。


「どけ!」


 アレイオが彼を突き飛ばした。


 その動作が命取りになった。

 エウゲネス王の鋭い突きが、鎧を破ってアレイオの胸に深々と刺さった。


「む……う……」

 

 崩れ落ちたアレイオの身体に足をかけて剣を引き抜きながら、積年の思いを果たしたエウゲネスは宣言した。


「我はアルペドン王に勝利した!」


 怒涛のような歓声が城を包んだ。

 マッサリア王国のこれまでの長い戦いの道のりを思い、苦難は報われたのだと噛みしめる。


 すでに気力の尽きたアルペドン兵に、テトスが呼びかける。


「投降せよ! 命だけは助けてやる!」


 バラバラと剣や盾の地に落ちる音。 

 膝を屈したアルペドン兵たちは、慈悲を求めてエウゲネス王を見上げた。


「帝国の再統一に一歩近づいたぞ。皆、喜べ!」


 全軍は喉が裂けんばかりの歓喜の声をあげた。



悲願の帝国再建に一歩近づいたマッサリア王エウゲネス。一方マグヌスの運命は次回あっという展開を迎えます。


木曜夜8時をお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私の中で統一に向けてエウゲネスさんを応援したい気持ちはあったけれど、マグヌスさんとの関係でちょっと応援したい気持ちが消えてしまいそう><; エウゲネスさんよりマグヌスさんの方が王として相…
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